192話 思う
・・・気が付いた。
目の前には・・・星門があった。
俺の意識はどこへ?
「・・・起きて!起きて!!」
プラムが叫んでいる。
上から俺を覗き込んで、俺も聞いたことがないくらい大声を出していた。
焦っている。
何をそんなに慌てているんだ?
体を起こす。
身体機能を極限まで上げて、さらにその限界をぶっちぎった肉体の筈なのに、重い。
体がギシギシと音を立てる。
体に異常はない。
むしろ、俺は心の方に気を使う必要がある。
他者の心に惑わされないように。
厳密には、俺と同調した魂は既に俺として機能している。
でも、感覚的には侵食でもされた気分だ。
それが体にも影響を及ぼしていた。
「・・・ごめん、状況が分からない」
「囲まれてるわ!」
意識が少しずつ戻っていく。
ああ、プラムの言った通り囲まれてるし。
殆どが雑魚だ。
多分、煙の騎士がうち漏らした奴。
全員ボロボロで、傷を負っていない奴はいない。
思い出すじゃないか。
空中要塞で、悪魔を虐殺した時のことを。
思わず興奮して、殺人衝動が沸いてくる。
凶暴な獣が心の中で唸り声を上げる。
殺せ、と。
「・・・うるさいな」
立ち上がる。
全身から力が溢れてくるのに、気持ち悪い。
動けるのに、動きたくない。
でも、殺したい。
生命の心を重ね合わせるとそうなる。
矛盾の坩堝。
心が解け合っても、それぞれの主張は崩さないことの証明だった。
「・・・かかって来いよ」
悪魔達が一斉に駆け出す。
遠距離から攻撃は来ない。
俺の姿を見て恐怖しないどころか、逆に士気が高まっているようだった。
「ハハ」
1人、すれ違いざまに首を手刀で断つ。
魔剣を使うまでもない。
同じ要領で1秒かけて10人殺す。
命が軽く見える。
重く重く俺の心に重圧をかけたあの命がだ。
体のスペックが違いすぎて、最小の動きを取る必要性すらない。
ただ動くだけで、相手を翻弄出来る。
試しにデコピンを悪魔の額に食らわせてみた。
敵の額が凹み、内出血を起こす。
・・・即死だった。
それでも敵は止まらない。
感じる。
悪魔達が怒っているのを。
そっか。
ここにはサタンの死体があったんだっけか。
そうだった。
世界の意思を代行する者はもういない。
まずは、一安心といったところだろう。
そう考えている内に、悪魔を全滅させていた。
無意識に体が動く。
周りにいる悪魔のレベルじゃ話にならない。
殆ど条件反射的に敵を殺せるようになっていた。
急所を確実に突く攻撃を最短の距離から最短の時間で。
意識はしていない。
感覚的な理解と実行。
そのプロセスが頭に染み込んでいる。
「・・・やるのね」
詳しく聞かなくても、その言葉の意味は分かった。
俺が星門に向かっているからだ。
「やるよ。後は味方がどうにかしてくれる。俺は代行者を殺した。それでいいだろ?」
「・・・ええ、そうね」
肯定してくれた。
嬉しいな。
彼女に認められることは何だって嬉しい。
時は止めない。
邪悪種はこのままにしておこうと思う。
それが自然なことだろうから。
72柱達なら、きっと適応するだろう。
この過酷な環境下でも。
それが自然なことなのだ。
悪魔の残した不始末は、悪魔で決着をつけること。
これがベストだと思う。
それで生き残れず、繁殖も出来ずに命の循環が正常に行われなくなってしまったら。
もしその時になったら、命は終わるだろう。
けど、それでいい。
そういう確信がある。
魔王が原因で生命が滅ぶことと、この自然環境の中で種が絶えていくことは違う。
そうだ。
これでいい。
後は、残る者達に任せれば・・・
・・・お別れだ。
「・・・やっとだな」
星門の前まで歩いた。
その間に向かってくる悪魔を殺しながら。
見なくても殺せた。
大体の感覚で敵の位置は掴める。
「ここへ来るのに、どれだけ苦労したことか」
やっとだ。
門へ行けと言われたのが映画館の時だ。
俺の記憶の始まり。
俺は・・・これで帰れる。
きっと。
俺の体が反応する。
ビシビシとエネルギーが呼び起こされる。
もはや俺の潜在的なエネルギー量はどの悪魔よりもでかいものになっていた。
今までは深く眠って使えなかったが、今のこの体なら引き出せる。
闇に混じったこの魂なら。
エネルギーを両手に集中させる。
不可視のエネルギーがオーロラ状の糸として出現する。
俺はそれを躊躇うことなく門に注いだ。
ズルズルと俺の中から大切なナニカが失っていく。
それは心でもあり、魂でもあり、意思でもあり、かつて神だったものでもある。
全部、1つだ。
そんなことを理解するのにも、時間がかかってしまった。
さあ。
行こう。
扉を開けて、帰ろう。
エネルギーの流出がある境で止まる。
門のエネルギー量が満タンだった。
もう入らない。
対して、俺のエネルギーはまだ底をついていない。
余裕がある。
同調のおかげか、それとも・・・
「開くわ」
「そうだな・・・」
ゴゴゴと威厳をもって、門が開かれていく。
中からは真っ白な光があふれ出していた。
通常の転移で見ることが出来る、赤い光じゃない。
スティーラと一緒にいる時に見る本来の光だ。
地獄の闇の性質と、魂を運ぶ関係上地獄に来る光は赤く変化する。
それは穢れであり、沈静化を受けた影響でもある。
赤い光は純粋ではない。
けど、これは違った。
純白の光だ。
地球から見える光よりも純粋な、光そのものだった。
思わず見とれる。
地獄で初めて見た神々しさだったから。
生命の出す神秘の数々には、どうしても後ろめたさが残る。
それは何かを代償にして発動した、等価交換の結果だからだ。
命が結果を残す時はいつでもそうだ。
犠牲の上に成り立つ結果とは、いつだって生々しく価値のない結果に見える。
けど、真実はそうだ。
そうすることでしか生命は生きられない。
受け入れなくてはいけない。
受け入れた上で、変化しなくてはいけない。
この神々しい光は俺達が目指すべき究極の形の1つのようで・・・後ろめたさが何もなかった。
「ありがとう」
光から声が聞こえる。
それは綺麗で、純真に聞こえる。
穢れてしまった俺とは大違いだ。
声帯は魔物的な構造に変化して、今は濁声しか発せなくなっている。
俺であるという名残は体に一切残っていない。
でも、その声は俺をちゃんと認識している声だった。
「貴方の暗闇を彷徨い続けたその行為は、今、果実となって収穫されます。恵みの時が来たのです」
相手にそのことを教える、と言うよりも、その言葉を自身に言っているような言葉だ。
或いはどっちにも。
「さあ、世界を救いましょう」
扉からゾロゾロと無数に出てくる者達がいた。
・・・それはこの地獄にいるはずもない天使達で。
みんな、武器を持っていて。
「なん・・・で?」
予想外の展開に動揺する。
俺が使う門で、天使がこちらにやってきた。
なんで?
・・・分からない。
「貴方はこの時の為に、今まで苦しんだのです。胸を張りなさい」
そう言って、天使の1人が浮遊しながら近付いてくる。
俺が大魔石の光に飲まれた先にいた、黒髪の天使だ。
ニッコリと、本当にニッコリと笑っていた。
平等な笑顔なんかじゃない。
上の者が下の者を見る目だ。
生物が思うような下賤な価値観で見ている訳じゃない。
本当に、生物的に下の者達に祝福を与えるような笑顔だ。
同時に哀れまれている。
・・・魔物化した俺にとっては、不快なことだった。
「・・・何をする気だ」
「浄化を。いずれ来る幾つもの死に苦しむ前に、私達が浄化をするのです」
「浄化って・・・」
「光はこれ以上の天使化を望んではいません。哀れな転生者達の為に、光は汚れることを望んでいません」
つまり・・・
「ここで地獄の生物には死んでもらいます。転生しないよう、魂の一片も残さずに」
「スティーラ・・・どういうことだよ!!スティーラ!!!!」
俺は魂から叫んだ。
どこにいるかも分からない、あの彼女に向かって。
「彼女ならいませんよ?」
「・・・どこだ」
「貴方という魂の案内役の任を解かれた彼女は、天国でこの浄化を見守ることでしょう」
「んな・・・」
嘘だと言って欲しかった。
彼女は俺を騙した?
信じてたのに。
あれだけ信じてたのに。
彼女にとって、俺は騙されやすい哀れな人間だったのか?
この世界を浄化するための、変化を投じる一石に過ぎなかったのか?
どれが真相で、どれが真相じゃない?
かつての俺は、騙されても後悔しないと思っていた。
そう思い込んでいた。
だが、今はどうだ?
・・・揺れている。
他者の心が揺らしているのかもしれない。
けど・・・けど・・・
「・・・光の名の元に」
黒髪の彼女が筆頭に立って、そう宣言する。
後続している天使達も、そう言った。
調和する声で。
種としての自覚を持って。
戦っていた悪魔達は、その様子を遠巻きから見ていた。
戦闘は中断されていた。
共通の敵が出てきたからだ。
天使の存在を知らない者も多いだろう。
けど、感じたはずだ。
天使が明らかに敵として俺達を見ていると。
殺戮の笑顔が悪魔達の瞳に映り込む。
全員、笑っていた。
気味が悪い。
完全なる神聖は生命にとって毒になる。
行き過ぎた正義は身を亡ぼす。
生命はバランスを重視することで繁栄を保ってきたのだから。
「ねぇ?」
肩に乗っているプラムが俺に話しかける。
決意のこもった声だった。
「・・・貴方は私を信じる?」
「・・・俺は・・・」
他に頼れる者がいない。
だって、俺は元々1人ぼっちだったのだから。
仲間なんていないのだ。
俺が仲間だと思い込んでいただけ。
俺が信じたプラムやスティーラ、マリアさんだって、各々の目的で動いている。
俺はかってに信頼を置いていただけだ。
けど・・・
それでも、俺は信じる。
間違ってなんかいない。
そう思う。
信頼に値する根拠はない。
裏切られるかもしれない。
実際に、天使という種族は敵だった。
でも、分かる。
限界点を超えて魔物化した肉体が教えてくれていた。
魂と肉体の境目が解きかかっていたから。
思い出せない記憶が、唐突に思い起こされる。
どうしても、寄り添いたい者。
その存在を欲していた。
俺の記憶と魂が片隅に追いやられても、きっと忘れないと言ったあの時の情景が、魂に紛れ込んでいた。
現世で、大切だと思ったこと・・・それは愛だった。
単体で聞くと、何とも滑稽な言葉に思える。
ちっぽけで、恥ずかしく思えるようなチープなもの。
でも、尊いと思えた。
この尊い繋がりこそ、俺が求めていた信頼の具現だった。
魂に紛れていたその記憶から、縁が小さくも強く残っているのを感じられた。
そうだ・・・繋がっていたんだ。
俺がこの世界へ来る前から。
スティーラや、マリアさん、プラム・・・そしてアリアも。
大切なものはそこにある。
俺は既に本能的にそれを感じ取っていて・・・
だから、俺は彼女達に出会った時から信頼していたんだ。
・・・全部、繋がっていた。
「信じてる」
迷いなくそう言った。
「・・・じゃあ、提案があるの」
彼女の動物的な無表情から、感情を読み取る。
それは慈愛と言うべきものだ。
天使のソレより、天使らしい。
彼女はいつだって、そうやって俺を助けてくれたのだ。
「貴方だけは助かってほしいから」
天使が残酷な表情を浮かべて浮遊しだす中で、彼女の最初で最後のお願いを俺は聞いた。




