191話 救い
俺は漂っていた。
どこに?
・・・知らない場所だ。
安らぎを覚える場所。
戦わなくても良い場所。
そんな風に感じる。
ここは景色が何もない。
真っ白い以外何も存在しない。
そんな中に、誰かが立っていた。
姿は白い靄に遮られて、よく見えない。
でも、スティーラではないことは分かる。
「ここは、かつて前任者の訪れた場所」
前任者って誰だよ?と聞きたかったが、口がない。
全身がなくなっていた。
けど、俺の意識はここにある。
不思議な感覚だ。
「キリストや釈迦といった超越者です。かつて、彼らも貴方と同じ、この地に立ちました」
白い靄に遮られて、彼女に近付けない。
俺は黙って彼女の言うことを聞いていることしか出来ない。
「現世で強大で純粋な意思を持つ彼らは、地獄に貴方と同じ形で転生しました。世界を動かしたからです。貴方とは違い、人類に対して諦めは持ちませんでしたが」
音もなく彼女が近付いていく。
靄で隠されていたその全身が露わになった。
その姿は、予想した通り天使だ。
背中に翼が生えている。
違うのは顔面だけ。
清楚そうな整った黒髪の女が俺を見ていた。
「前任者は全員人類に対して希望を見出し、教えを説きました。少しでも穢れた魂を浄化出来るよう、徳を積むことをね。そして私達天使は、彼らをそのままの魂で転生させました」
何を言っている?
天使が転生させた?
「私達は一刻も早く、この世界に浄化された生命が満ちることを望んでいます。ですから、彼らの魂を呼び寄せたのです」
謎の天使がニヤリと笑う。
神々しいのに、そこには歪みのような何かを感じた。
「彼らはやはり、地獄の世界でも教えを説きました。その影響で魂は浄化され、幾人かの天使が生まれた程です。ですが、それでもやはり進行は遅々としたものでした」
演説を説くように俺にそう言ってくる。
何が目的で、何がしたいのかもこっちはよく分からないのに。
「星々を光で移動するにしても、数百年の時が流れてしまいます。このままでは、世界の浄化が一向に完了しません。だからこそ、私達は貴方を呼んだのです・・・大罪人の貴方を」
俺は・・・人を殺したらしい。
でも、何でそんな理由で俺を呼ぶ?
「力のある汚らわしい人間は、力を利用して世界を変える。前任者達は正しい信仰を力に世界を変えていきました。ですが、それらは最終的に世界を浄化する方法にはなりえません。地道すぎるし、なにより信仰が枝分かれしたこと自体が、人間という種族を統一することが難しいと言える、何よりのいい証拠ですから。なら、どうしたらいいのか?」
世界に変革をもたらす一石。
それは・・・
「貴方は世界を破滅に追い込むことで、世界を導こうとしたのです。そしてそれは、多くの犠牲を出しましたが、結果的には人類の方向性を合致させたのです」
人には様々な考え方がある。
それらを統一することは不可能だと考えてもいい。
なら、俺はどうやってそれを?
「貴方は世界の浄化を加速させる鍵です。そして、先駆者が開くことを拒否した世界への扉を、貴方は今こじ開けようとしています」
笑顔だった。
怖い笑顔だ。
人間は幸せな時、笑う。
けど、この嬉しいという感情が行き過ぎると、とても怖い笑顔になる。
執着心が凄まじいからだ。
執着心は狂気を生む。
それと同種のものを彼女が笑顔として俺に見せる。
・・・生物的な怖さを。
「ありがとう。今まで、ご苦労様でした」
お礼を言われるようなことなのだろうか?
・・・分からない。
何か、俺は間違いを犯している気分になる。
彼女はいないのか?
スティーラがいないと不安になる。
俺は彼女の導きにしたがって、こんなことをしたのに。
「では、世界が幸福に包まれる瞬間を、その功績として目に焼き付けておくように」
謎の天使がスティーラと同じく指を弾く。
あれを俺は知ってる。
魔法だ。
そして、俺の意識が朧になる。
そうして俺は、問答無用に霧として拡散させられてしまった。




