190話 抉る
・・・ついにたどり着いた。
星門。
俺の前に立ちはだかる奴はもういない。
邪魔者は今、この時だけはいないのだ。
「・・・義理を果たそう」
魔王を殺したことで、世界が救われたとは言わない。
闇の意思は不滅だ。
第2第3の滅びの代行者が生まれてくる。
でも、先延ばしすることは出来る。
俺はランティスだったものに近付く。
肉体という闇の器から漏れ出る命の輝きに触れる。
命はランティスそのものだった。
この世に悲観し、滅亡を望んだ彼女。
暗い気持ちが命を穢していた。
それは命の外見にも明確に表れていて、オーロラの輝きに暗い色が混じっているのが分かる。
俺は彼女の全てを受け入れる。
光と同化する命の輝きに触れて、別世界に運ばれるのを阻止する。
魂をこの世に留めておくこと。
その行為は彼女を激昂させるだろう。
この世に留まりたくないから、命を捨てることを選んだのに。
1人ぼっちは寂しいから、みんなと死ぬことを選んだのに。
それでも俺は同調する。
記憶が流れ込んでくる。
悲惨な過去が。
彼女もまた、害獣扱いされていた。
非力で弱い。
しかし、運命に干渉する能力を持っていることで当初は危険視されていた。
結果、命を追われることになる。
魔王の仲間になったのはつい最近のことだ。
表面上では分からなかったが、彼女は狂っていた。
あらゆる生物を増悪していた。
だが、それは読み取られない。
他の悪魔と気持ちを共有も出来ない。
ある時彼女は、世界を恨みながらにして、世界との接触に成功する。
世界の気持ちに共感出来た。
生物は存在してはいけない。
弱いが故に、力を求める性質を持たざる負えない愚かな命。
・・・不必要だ。
私も、全ての命も。
芽生えた願望を叶えるために、私は同じはぐれものを探した。
そして、見つけた。
サスケだ。
私同様強力な能力を持ち、それを理由に迫害された者。
・・・似たもの同士だった。
彼の命を私の能力で救う。
そしたら命の恩人だと言って、私についてきてくれた。
正直、楽しかった。
悪魔達から逃亡する辛い日々でもあったが、それでも心は少しだけ晴れた。
心を読めなくても、心を通わすことは出来る。
例えそれが不完全であったとしても。
誰かと触れ合うことがこんなに楽しいことだったなんて、意外だった。
孤独は辛い。
暖かい温もりさえ忘れてしまう。
それを思い出した時、私は生命への恨みを忘れかけた。
生命は忘れることを得意とする。
どうでもいいこと、良いこと、悪いこと。
平等に忘れていく。
それは生命が生き続けることを可能にしてくれる重要な要素だ。
辛いことを忘れることで、生きていける。
癒される。
幸せな時間の中で。
忘却は生命の守護者だ。
生きる希望を与えてくれる。
けど、それはすぐに終わった。
サスケが殺された。
悲しかった。
嫌だった。
思い出してしまった。
辛い過去を。
苦しい。
助けてほしい。
けど、無駄だ。
もう死んだ。
サスケは死んだ。
死んだらどうしよう?
私はどうすればいいの?
・・・やり返してやろうと思った。
せめてもの弔いに。
私は長い時をかけて、1つの魔具を作り出した。
時の槍だ。
運命を捻じ曲げて、思うとおりに動かせる理想の槍。
それを私は使った。
少しだけ時間を元に戻した。
私の視点が、逆戻りになっていく。
起こったことが逆になぞらえていく。
その過程で私は認識した。
私は幸運よりも不幸の方が多い生き方をしていることに。
私の幸運が何故少ないかと言ったら、それは奪い取られているから。
誰に?
他の不幸な悪魔達に。
みんな、幸運が足りていなかった。
私だけじゃない。
みんな、平等に不幸だった。
自身の楽園を築こうと均衡を保つ悪魔達でさえ、そうだった。
自分の環境が不幸だと気付いていないだけ。
それは抑制された心の影響だ。
・・・彼女によって作られた均衡だった。
幸運が足りない。
これは他者のせい?
それとも自分のせい?
みんな、努力した。
幸せになれるように。
でも、今なら分かる。
その行為は他の者から幸運を奪う努力なのだということを。
みんな、努力して幸運を奪い合っていた。
生きているだけでそうだ。
生命は飢餓に満ちていた。
満たされない抑制の中で、騙し騙し生きていた。
サスケの生きている時代に私は戻る。
けど、そのサスケには共感が出来なかった。
私と過ごした記憶がない。
だから駒のように扱った。
それでも彼は私の為に動いてくれる。
・・・余計に悲しい気持ちになった。
「・・・ぅぇ・・・」
死にそうだ。
頭がパンクしかけている。
膨大な負の念が俺を崩壊させようと試みている。
記憶が暴走していた。
負の念を抑圧出来るように、体の改革を行っていく。
存在自体を昇華させていく。
心を貶めていく。
人の感情がなくなっていく。
悲しいとか嬉しいとか、そういった感情が物理的にしか見られなくなっていく。
それは恐ろしい。
生きる意義がなくなる。
あれ?
生きる意義ってなんだっけ?
生きる意味も分からないのに。
感情が生きる意味を詮索させてくれる。
全てこの世のものが計測可能なのだとしたら、俺の感情も無意味だ。
感情は不可侵の領域でなくてはいけない。
計測不可能なものでなくてはいけない。
生きる意味を探すことも出来なくなってしまうから。
考え方が変わる。
他者の考え方が混ざる。
戦う。
幾つかが負ける。
侵略される。
俺が俺ではなくなってしまう。
混ざること。
それは多様性を求めること。
多様性はか細い可能性や、強い可能性を残す。
実際に辿るのは生命だ。
生きるため、生きる意味を探す。
生命はまず、生きることが前提だった。
そのために、生きる理由を探す。
感情がなくなると、生きる理由を探さなくなる。
俺達はただの現象だったと判断してしまう。
それはどうしても思いたくないことだった。
未知があることは素晴らしい。
何もかも解明されようとする地球にもう希望が見いだせない。
だから逃げる。
俺がかつて世界に逃げたみたいに、外に可能性を探す。
その意思だけは、失いたくない。
考え方は生命の数だけ存在する。
中には全くの平行線で交わらない考え方も存在する。
生の肯定と否定。
俺の肉体には全く交わりそうにない2つの考え方が宿り、戦っている。
痛い。
体がはち切れる。
その度に俺は命の器を増やす。
彼女の分の記憶を受け入れられるように。
交わらない考えは、脳の容量を圧迫する。
記憶を収納する別の部屋が必要だ。
この記憶とは共生出来ない。
だから俺は頭の中でこの世の解明を急ぐ。
知的探求に身を任せ、希望を辿っていく。
また、新しいことを覚えた。
俺の頭の中で革新が発生する。
意識がより上を向いた。
宇宙の流れを知る。
物事は縦に伸びていく。
とにかく、外に向かって。
そうだ。
どんなものにも外がある。
卵のようだ。
殻を破る雛のように。
全ての存在は殻を破るように出来ている。
未だ殻は壁として存在し、そこに到達した微弱な意思は存在しないが、それでも全ての物事には縦方向に伸びる性質が備わっている。
本能じゃない。
そういう風に遍く全ての物質は構成されていることを知る。
生命はその流れから変化して、伸びるのではなく広がる性質を持った。
拡散だ。
これは繁殖を意味している。
数を増やし、勢いよく構築していく。
それが生命が壁に近くあろうとする行為だった。
星とてそれと同じこと。
繁殖を繰り返す。
重力や引力といった運動エネルギーが宇宙の基礎として存在するのは、縦方向に伸びる万物を引き留めておくためだ。
命は1つになりたがる。
それを抑制するための手段が、星だった。
まるでその様子は足を引っ張り合う人類のようにも見えた。
そうまでしてなんで壁に近くあろうとするのかは理解が出来ない。
物質は生命のように愚かな欲求を持たない。
なのに、それだけが願望のように、ひたすら宇宙における上を目指す。
謎だ。
疑問が俺を突き動かした。
さらに俺は変化する。
そこからは魂以外の非なる不可視物体が見えた。
あらゆる根本だ。
俺は先端がどのように見えるかを気にしていたが、その根っこも同じように重要だ。
根がなければ枝も生えない。
ルーツを俺は確認する。
物質の根源は結晶だった。
ガチガチに固められていて、虹色だ。
何色にも輝くその姿は万物の根本を表していた。
そうだ。
物質は元々1つの物から誕生した。
命も同じだ。
ドロドロで、不定形。
そして外気に触れると意味と形状を獲得する。
性質はそれだけ。
可能性はその求めに応じて形を変える。
可能性とはそういうものだ。
万物の欲求に答えるものでなくてはいけない。
では、物質にも欲求が?
でも、意思は感じられても意志は分からない。
今までないと断言していたことが、分からないに変化していた。
・・・進歩だ。
知的欲求はこの段階を経験して、真相に近付く。
もっと。
もっと俺は壁に上る。
でも・・・痛い。
体が痛い。
俺の指示に命が従ってくれない。
足を引っ張っている。
足場が瓦解する。
解体される。
強制的に、俺は生命の視点に戻らざる負えなくなる。
そうか。
ここまでなのか。
俺の力では、まだここまでしか知ることが出来ない。
その先には何が広がっているのだろうか?
余計に気になった。
そこで俺は、目を覚ました。
「貴方・・・」
心配という尊い感情を乗せた声が聞こえた。
肩に乗った猫を見る。
ああ・・・そのまんま心配そうな顔じゃないか。
前までは猫の表情も分からなかったのに。
世界の色が変わっていた。
意思の色だ。
星の発する命の輝きが、大地を薄く照らしていた。
糸だ。
意思は糸で構成されていた。
細かく見える。
光さえも糸だ。
糸の集合体。
肉体に宿るにはこういう形状がベストなんだな。
色々な意味で納得だ。
神がどういう意図で生命の源を拡散させたのかは分からない。
けど、命の仕組みは分かった。
命が消える時は、糸が解かれる時だ。
生命が誕生する時は、糸が絡み合う時。
それは大雑把に見ると、オーロラに見える。
命の形はやっぱり決まっていなかった。
肉体の遺伝子情報に乗っ取って、その欲求に従い糸が形を決める。
知って満足する。
今はこれでいい。
だが、現状では満足出来なくなる時が必ずやってくる。
その時までは・・・
「・・・大丈夫だよ」
そう白猫に声をかけた。
「でも・・・体が・・・」
「分かってる」
異形化が進行していた。
人の形じゃないナニカ。
彼女の糸を俺の糸に無理矢理結んだのだ。
それは仕方ない。
手を見てみる。
色は黒だ。
岩石みたいな肌質で、簡単には斬れないだろう。
生命を集めると、醜くなる。
糸自体が汚れているから、遺伝子が傷付けられる。
肉体はそれに耐性を持つよう体を作り変える。
結果、魔物に近くなる。
今の俺は魔物に近い。
闇の性質を取り込んだからだ。
混沌は闇と交わらない。
闇が混沌を憎む限り。
俺はあったかもしれない可能性を肉体で表現していた。
代償として、今の俺は俺じゃない。
考え方が以前とは違うかもしれない。
俺は半分プラムで、レデグルグで、ランティスで、魔剣だから。
俺の一人称が俺としていること自体が不思議なレベルだ。
それは俺自身の魂が中核として成しているからなのだろうか?
「・・・」
指を動かす。
肉体を動かす手順が前までと変わっていた。
指を動かす時、動かそうといちいち直接頭で考えはしない。
だが、今の俺はそれを考える必要がある。
脳が重鈍になっていた。
アニメみたいに合体すればするほど強くなるってことでもない。
人体の構造は奇跡的なバランスで成り立っている。
直立するだけでも、1つ筋肉の構成バランスを間違えれば歩くことも出来なくなる。
巨大化にしたって同じだ。
自重で支えられなくなる限界点というのは存在する。
だからこそ、俺の力で変化したこの体は奇跡的な存在だ。
だって、まだ動く。
「やることやろうか」
歩く。
ジュウジュウと血が余計に滾る。
血圧が高すぎる。
強靭な思考と肉体に耐えられるよう、臓器やその他器官も変化を遂げていた。
心臓や血管が2倍の血圧に耐えられるように改良されている。
体内に生息する微生物が超進化している。
過剰に脳内物質が生成されるが、それに対する耐性を取得している。
必要酸素量が何倍にも膨れ上がり、肺が肥大化する。
それに合わせて肋骨が広がり、胸が異常化する。
広がった肋骨に合わせて骨格が歪まないように全身の骨が鋼のように固く、蔓のように伸びる。
筋肉や皮膚も膨張し、伸び始める。
体の機能は把握している。
けど、敢えて見た目を知ろうとはしない。
俺は再生する彼女の元へ行く。
サタンだ。
ランティスの話を信じるなら、サタンは死なない。
魔具が体内にあるからだ。
彼女の遺品の存在をそこから感じる。
・・・彼女は俺に嘘は吐かなかった。
それだけ今は理解する。
サタンの上半身からガチガチと音が聞こえる。
能力が発動されようとしているのだ。
「・・・ごめんな」
俺はサタンの胸に手を突っ込む。
布でも破くような軽い感触だった。
胸を抉り、内容物を取り出す。
・・・それは小さな槍だった。
「これがランティスの魔具か」
「・・・時の魔槍」
槍の周囲が歪んで見えた。
俺の中に眠る彼女に共鳴して、その力は増幅されているように感じた。
なんにせよ、これで魔王が蘇ることはない。
周囲を見渡す。
72柱達はまだ戦闘を続けていた。
悲しいぐらいボロボロになりながら。
この光景こそが、幸運の奪い合いだと見て悟る。
戦争によって得られるものは何もないと誰もが言う。
けど、それは違う。
むしろ逆に生まれるものがある。
それは犠牲の先にある可能性だった。
戦争をして、極限に命を減らすことでしか開けない道もある。
これは命の消費を自身で賄うことを恐れた現代人には理解出来ないだろう。
自己保身という欲に身を埋めているからだ。
だから、戦争を止めたがる。
今を捨てて、先の未来に賭けることを尊くないと思う。
人間の視点の限界だ。
しかも、少ない戦争支持者は己の願望を己自身の完結で済まそうとしている。
・・・世界の為じゃない。
欲の為だ。
戦争を支持しない者も、戦争を支持する者も変わらない。
よって、生命は滅ぶべきだと思う。
そういう思考が確かに俺にはある。
けど、まだ俺の意思は存在している。
「・・・」
俺は導かれるようにして、星門の前まで歩いた。
そう、星門。
世界を繋ぐ門。
何故、世界を渡るためにこれほどの大仕掛けをしなくてはいけないのか?
今更疑問に思っていた。
転移に莫大なエネルギーを消費するのは何故かと言えば、それは光を召喚するからだ。
本来概念種は物質的な役目を果たさない。
悪魔や人間の意志によって利用されることを望まないからだ。
それを強引に集約させ、顕現させる。
だからこそ光の召喚には莫大なコストがかかる。
だが、1回光を召喚してしまえば話は別だ。
後は光の成すがまま、目的地まで運んでもらえばいい。
事前にマーキングしている陣まで向かって。
ここに星門という入り口がある以上、地球のどこかにも門があるに違いない。
そこは普通の転移と同じだ。
違うのは距離だけ。
星と星の大移動だ。
旅と言ってもいいかもしれない。
意識のない旅だ。
疑問。
俺は本当にこの門を開けてもいいのか?
いや、開けなければいけない。
その為に、ここまで来たのだから。
叶えるのだ。
願望を。
俺は帰る。
こんな姿になっても、会いたい人がいるはずなのだ。
俺は大魔石に触れる。
輝かしい光を放って星門の前に置かれていたソレを、俺は直接掴む。
強大なエネルギーの塊は、俺の意識を攫うことはせずに俺の体と同化していく。
汚れた記憶のない、純粋な意思だ。
だからこそ、大魔石に触れても魂の変質が起こらなかった。
でも、これで最後だ。
大魔石からさらに強い光が発せられる。
それは俺の全身をスッポリと覆っていく。
俺は・・・光に飲み込まれた。




