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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第15章 父祖の辺獄と地獄篇 深淵
188/244

188話 死ね

 汚染が始まる。

 人の犯した罪の数は計り知れない。


 どのくらいの植物を殺したのだろう?

 どのくらいの動物を殺したのだろう?

 どのくらいの人間を殺したのだろう?


 人類の祖先が誕生した数千年前以上の断絶された歴史の中で、奪った命は兆ではきかない。

 その分、今の人類は発展してきた。

 その発展すら無駄なことだ。

 いつかこの世界は壊れる。

 破壊と再生。

 地球やその他の星々はそれを繰り返してきたのだから。


 命が潰えると分かっていて、何故俺らは種を保存したがるのだろう?

 生き残りたがるのだろう?

 死を恐れるのだろう?


 人間の進化の方向性はいつだって汚染と共にあった。

 人間同士の心の汚染。

 自然環境の汚染。

 全て、自分にとって生き残るための土壌を作るためだ。


 これらの記憶を継承した魂は、いつか自壊して周囲に汚染をまき散らす。

 光の恩恵があればこそ、人類は滅ばなかった。

 だが、それすらも踏み台にして人類は高みに上ろうとする。


 光に触れるだけでは、この穢れは完全に落としきれない。

 人類の業は洗い落とせない。

 たった1人の人間ですら膨大な穢れを背負って転生しているのだ。

 知的生命体の魂に直接触れる時、俺の心で何かがガリガリと削られていくのが分かった。


 暗く苦しい経験が俺を蝕む。

 心が満たされなくなる。

 対して力は満たされる。

 受け入れの上限値はないに等しい。

 でも、俺の心は壊れそうだった。


 人は限りある命を持って生まれてくる。

 器の違いは命の消費速度に影響した。

 混沌の器は短命になるよう燃費が悪く、闇の器はそれよりも燃費が良いため寿命が長い。

 でも、命の量はみんな等しい。

 器に蓄えられた命の消費ペースを超えて、俺の中に命が入ってくる。

 命が溢れている。

 その溢れた分が体を変質させる。


 正気を失いそうになる。

 それでも抑え込む。

 理性が吹っ飛ぶ寸前で、命の波が収まる。

 安定していく。


 「ぅぅ・・・ぁぁ・・・」


 目を開けた。

 フラフラする。

 世界が回る。

 胃の内容物をまた吐き出す。

 さっき殆ど血と一緒に吐いたから胃液だけ出す。

 口の中がほんのり溶けていくのが分かった。


 手を見てみる。

 獣の限界を超える身体能力は、俺自身の体では表現出来ない性能だ。

 両手が異形と化していた。

 俺の全身も同じだ。


 化け物。

 害獣害獣と呼ばれてきたが、いよいよこれは本当に・・・


 でも、いい。

 力が満ちる。

 レデグルグの魂が流れ込んでいく。

 体の主導権を握らせないように集中していく。

 どこまで俺で、どこまでレデグルグの魂なのか区別がつかない。

 もう、戻れない。

 そんな予感がしていた。


 「・・・魂が膨れているな、お前」


 驚いたように俺に話しかける同じ異形者。


 「代償を払ってるんだよ」

 「魂が壊れて死ぬぞ、人間?」

 「ここでお前に殺されるよりはマシだろ。このトカゲ野郎」


 トカゲ野郎と呼ばれたクルブラドは、楽しそうに薄く笑った。


 「世界は広い。まさかこのような異端者と戦えるとは。さぞ、運命に選ばれて生かされた者なのだろうな」

 「運命とかそんなのはどうでもいい。ただ、俺はやりたいことをやるだけだ」


 懸命の意思表示だった。

 自分の願望が薄れそうで怖い。

 でも、踏み込むのだ。


 他者から力を奪い取らなければ、生き残れない。

 同調という能力はそれを可能にしてくれる。

 他者から命を奪うこの力は、狩猟者として発達してきた人間の本質を表現したものかもしれない。


 命を犠牲にしてでも、生き残ること。

 それは人類のとってきた選択をそのまま準えているようで。

 酷く滑稽な力だった。


 「では」


 敵の一言で戦いは再開した。


 「ドラゴンブレス」


 クルブラドの口が大きく開く。

 火炎放射みたいに炎が俺を襲う。


 体の芯から神秘を引き出す。

 神経が異形の体を通じて力を発生させる。

 双剣の刀身に闇が宿った。

 エネルギーの使用。

 同調の影響が肉体に深く影響したことで、能力が使えるようになっていた。


 出した闇で双剣のリーチを伸ばす。

 そして、全力で横に武器を振るう。

 ヴァネールの炎と同等であろう灼熱の炎が消え去る。

 消えた炎の隙間から、クルブラドが接近してくるのが分かった。


 堂々と真正面から斬撃を繰り出してくる。

 単純な質量攻撃。

 手数も威力も申し分のない物理的な攻撃は、単純に強い。

 小手先の攻撃方法は逆に死角を作る。

 心理戦や駆け引きを前提とした戦闘はしないこと。

 効率的で火力の高い物理攻撃こそが、もっとも戦闘における純粋な奥義なのかもしれない。

 それを体で示した斬撃を目にも止まらぬスピードで放ってくる。


 1度でもヒットしたら死ぬ。

 人は簡単に死ぬ。

 ふと死ぬ。

 あっけなく死ぬ。

 こう考えている間だって、死ぬ可能性は高い。


 人は死を意識しなさすぎの傾向がある。

 道をただ歩いていて、死の可能性を考える奴がどこにいる?

 いない。

 だから弱い。

 強者は死の存在を察知することに長けている。

 終わりの気配を探らなければいけない。

 そう理解して俺は敢えて前に出る。

 死を生み出す斬撃の世界に足を踏み入れた。


 パワーとスピードは互角と思っていい。

 それでも武器の性能や形状、性質といった細かな要素が戦闘の優劣をつける。

 大剣は異常に大きい。

 手数はこっちの方が上ではあるが、受け止めることは難しい。

 それを前提に攻撃を敵が仕掛けてくる。

 特攻に対して特攻。

 逃げれば殺される。


 大剣を上手く潜って躱すが、すぐさま刀身が俺を追いすがる。

 誤差数センチ。

 そのちょっとした誤差を読み誤れば死に至る。

 緊張感が足を巧みに動かすことを強制する。


 逆に俺の闇が少しでもクルブラドに振れれば勝機はある。

 しかし、何故か当たってくれない。

 左右から挟撃を仕掛けてもスルリと紙一重で躱されてしまう。

 あちらも俺に触れるようなことはしなかった。

 手数で有利な双剣すらもだ。


 音と気配だけで死角から迫る闇を見もせずに回避する。

 圧倒的な五感を有していた。

 生物としての限界はどこにあるのだろうか?

 そういう想像を一瞬させる、絶句必至の動きだった。


 動作の効率化だ。

 究極の動きは効率的な動きを模索した結果に過ぎない。

 無駄を省くことで攻撃方法を多様化させたり、高度化することが出来る。

 これは世界の物理法則に乗っ取った正当な成長方法だ。

 経験が世界への理解を感覚的に深める。


 頭で理解しなくてもいい。

 感覚的理解は人の知恵を時として凌駕する。

 脳の考える理解の範疇外に、その動きの可能性があった。


 模倣しなければいけない。

 相手の長所を掠め取ること。

 人の知恵じゃないか。

 そうした知識を抽出し、物質として固定したものが近代兵器だ。

 近代兵器で表現された知識を、武器ではなく体で直接デザインする。


 体の欲求に従って、効率的な動きが実現される。

 戦いに優れた者の道筋を辿っていく。

 過去の強者のプロセスを同調で引き出して。


 かつて、狩猟者が狩りを行った記憶を掘り起こす。

 幻視だ。

 戦っていた。

 連携はない。

 突出した個は協調性を乱す。

 故にその者は1人で狩りを行っていた。


 そう。

 集団には混ざれない強者。

 孤独でいられることこそが、異常だった。

 異常こそが強さの証だったのだ。


 俺は連携して戦うことをもう覚えないだろう。

 孤独な個体に俺はなってしまった。


 暗くなった性格が影響して闇の規模が増す。

 能力の運用も効率的にすればエネルギーの消費を抑えて最大限の威力を発揮出来る。

 戦いながら、成長していく。

 記憶を探っていく。

 狩りの仕方を体に染み込ませていく。


 「ぐっ!?」


 ギアが凄まじい勢いで上がっていく俺に対して、クルブラドが徐々に押されていく。

 殺すに至る可能性の道が開けていく。

 開拓されていく。


 俺の剣速は遂に、彼の動きを超えた。

 対処出来ない攻撃。

 回避する手段は与えない。

 胸にぶつかるぐらい接近して、絶対に距離を離さない。

 得物のリーチが長ければ長いほど至近での切断は不利となる。

 だから、ナイフを取り出した。


 魔剣を1本口に加える。

 空いた手を使ってナイフを握る。

 さあ、勝負だ。

 闇が四方を塞ぐ。

 逃げ場はない。

 彼は、こちらの攻撃を防がざる負えない。


 「・・・」


 彼は・・・代償を払った。

 片腕だ。

 左腕を上げて、それを死角とした。

 俺の目の動きが腕に集中する。

 魔剣の軌道も腕を捉えていた。


 音もなく腕を切断する。

 龍の鱗がギャリギャリと逆立って舞い散る。

 腕がボトリと落下した。

 腕を盾代わりにして距離を取られる。

 ・・・離された。


 「斬鉄剣」


 聞いたことのある技だ。

 一刀両断の殺し技。

 片腕だけで剣を振るう気でいるらしい。

 なのに、気迫が危機感を募らせる。


 大剣の位置から攻撃範囲を算出する。

 機械じみた解析能力を有して、俺は前へ駆ける。

 引くことは出来ない。

 前へ、前へ進む。

 死に急ぐ命のように。


 異形化した脚は、一瞬で彼の元へ運ぶ。

 獣レベルなんか、とっくのとうに超越していた。

 斬らせる前に斬る。

 俺に求められるのは速攻性だ。


 音が途中から置き去りになる。

 狭い時間の中で、両者の目が合った。


 ほぼ同じタイミングで、必殺の剣技が放たれる。

 防御はお互いになし。

 回避出来る姿勢でもない。


 攻撃は・・・わざと当たった。

 命を加工して、俺は左腕を改変する。

 魔物のような腕が、さらに肥大化する。

 一回り以上、腕が大きくなっていた。

 

 こんなの、人間じゃない。

 ただの化け物だ。

 そういう認識を持って、腕を盾のように大剣の軌道上に置いた。


 大剣が俺の腕に食い込む。

 切断は・・・されなかった。

 腕の中間部分で大剣の刃は止まっていた。

 死の可能性がギャンブルによって跳ね除けられる。

 それは半ば必然だったのかもしれない。

 勝った。

 それだけが今、提示出来る真実だった。


 「・・・負けたな」

 

 俺がレデグルグの首を切断する直前、そんな声が聞こえた。


 血が噴き出す。

 敵の首と、俺の左腕から。

 俺の血はもう赤くなかった。


 ヘモグロビンが異常な変化を遂げて、黒く濁っている。

 黒い血液。

 不快だった。

 こんなものが自分の全身を流れているのだ。

 化け物の血だ。


 動脈が切れて噴出する血液を、異形の血で固める。

 命の奔流が硬質化する。

 俺は、自分の体を好きに改造出来るようになっていた。


 もう人間の姿じゃない。

 72柱を殺せるような実力が、人間程度の肉体で再現出来るわけがない。


 72柱の首が転がる。

 今は肉体から出る命が可視化出来ていた。

 オーロラみたいな輝かしい現象が、クルブラドの死体から抜け出ていく。


 生物の魂だった。

 外見からは、とても穢れているように思えない。

 これから彼は、旅をするのだろう。

 生まれ変わりの旅を。


 「うっ・・・!?」


 吐き気が俺を襲う。

 胃には何もない。

 けど、代わりに吐血した。


 心臓が硬直しかける。

 血流を加速させて、血圧を上げる。

 無理矢理心臓を鼓動させておく。


 内臓が、ボロボロだ。

 そうだ。

 運動性能が偏っているからだ。

 奇跡的なバランスを保っていた肉体が、悲鳴を上げている。

 知的生命体の経験を蓄積するには、この器は狭すぎる。

 もっと、力を上げなくてはいけない。


 強化を加速させる。

 心臓が痛み出す。

 急激な体内環境の変化に、体が驚いているのだろう。

 数百年かけなければ到底たどり着けない境地に、数秒でたどり着く。

 体が各部、補強されていた。


 体が黒々としている。

 新しい体だ。

 顔は見れない。

 きっと、もう人間の顔じゃない。

 ま、彼女の1人もいない俺には関係がない。

 どうせ、捨ててもいい命だ。

 どうなろうが気にはしない。


 「・・・大丈夫・・・なのね?」


 プラムが声をかけてくる。

 反応して顔を向ける。

 ・・・いつもどおりの感じだ。

 深い金瞳の奥には、俺の顔が反射して映る。

 ・・・哀れなほど、化け物だった。


 「・・・」


 レデグルグを置いて、先に行く。

 彼の命の半分は俺の中に渦巻いている。

 ごめん、もう寿命は返せない。

 そう謝罪しておく。


 「プラム、言っておく」

 「今更何をよ?」

 「俺、多分お前の命を吸ってる。寿命、もう戻らないと思う」

 「いいわ、別に」


 即答だった。


 「・・・ありがとう」


 何も言わずに感謝しておく。

 ・・・理想的な関係だと思った。

 自己犠牲。

 生命が持つ、本能のようなもの。

 どこかで感じたことのある、生命の尊さ。

 こんな戦場でそれを感じるとは・・・


 「後、もう少しだ」


 そう言う俺の目の前には、3人の悪魔と1つの星門の姿があった。

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