187話 憎い
瓦礫が炎の向こう側で降り注ぐ。
音が乱れ飛ぶ。
その中で、俺は瞑想した。
強く念じる。
強大な力に勝りたいと。
肉体の差。
精神の差。
センスの差。
全てが秀でるように、自己を改革する。
人の持つ肉体やセンスには上限値がある。
限界がどうしても見えてくる。
人の肉体は脆弱だ。
ちょっとしたことで死に至る。
身体の代わりに、脳が発達したからだ。
道具を作ることによって、肉体の使用によるコストよりも、もっと効率的に狩りを行えるようになった。
その時点で、人間という種が持つ肉体の限界はピークだったのだ。
幾ら筋肉を鍛えようが、幾ら敏捷性を上げようが獣には勝てない。
骨格からしてまず違うからだ。
生物的な強さの差。
そこはどうあっても努力で埋められる差じゃない。
だが、俺には神秘が肉体に宿っていた。
物体に蓄積された穢れた記憶を引きずり出して、俺の魂と重ね合わせる。
かつ、俺の肉体に適合するように加工を施す。
物質的な肉体がない今、俺はどこまでも自分を強化することが出来る。
ためらうことはない。
今、ここでやらなければ命はない。
なら、命ぐらい懸けて強化しても問題はない。
心に溜まった汚物をすくいだす。
記憶とともに。
それは俺の体を巡って蓄積された経験として血肉と化す。
血に異物が混じる感覚。
他者の穢れた魂が同化してくる。
でも、俺は受け入れた。
汚い泥をゴクゴクと飲み干していく。
臭くてむせる。
それでも飲む。
そして俺は、少しだけ俺じゃなくなった。
・・・どこかの誰かに少しだけなれた。
敵と向かい合って身構える。
より強化された俺の五感は、世界の姿をより綿密に捉えた。
空気の流れ。
重力の働き。
全部分かる。
戦って勝つために、どのように世界に働きかけるのか。
それはいつだって目の前に存在していた。
俺の体はより戦闘に耐えられるように肉体が変化していた。
より曲がりやすくなった関節。
硬質化した表皮。
全身の筋肉強化。
人間を超えて、獣の規格により近付く。
もう元には戻らない。
だって、俺はその一線をとうとう超えてしまったから。
力のリスクを知ってしまったから。
「・・・」
フードを被った大剣持ちの悪魔は、どこかで見たような構えをする。
デジャヴだ。
誰かと重なって見える。
誰かの使っていた大剣とそっくりの武器。
同じくそっくりの雰囲気。
「来るわ」
彼女の一言が言い終わる前に、俺も相手の動きを感知した。
前とは違って相手の動きがよく見える。
敵の一歩は数メートルの距離を縮める。
予期していたタイミングで、俺の予想通りのコースに大剣が振られた。
片方の剣で受け流して、もう片方で敵を突く。
骨格から繰り出された決められた可動範囲内の攻撃。
体の仕組みに理解が届けば、軌道は簡単に読めてくる。
相手が後ろに倒れるように背中をそらす。
俺は突いた剣をそのまま振り下ろす。
それだけでいい。
それだけで、敵の胸部を斬れる。
「ぐっつ!!??」
敵が背中をそらした状態から、無理矢理脚を伸縮させる。
通常の筋肉量でこの動きをこなすには無理がある。
身体干渉系の能力を使ったんだろう。
体を柔軟にしならせて後方に宙返りをする。
追撃の意味でナイフを数本投げつける。
1回視界を後方に預けたくせに、正確にナイフを剣で防いだ。
敵がバックステップで距離を取る。
・・・俺は追撃するようなことはしなかった。
絶好の隙なのに。
何で?
目の前の敵が顔見知りだったからだ。
さっきの動きでフードが取れる。
顔がハッキリと露わになる。
「・・・スー君」
そうだ。
ダゴラスさんの息子・・・スーランだった。
背が・・・あの時よりもだいぶ伸びている。
顔を隠されたらまず気付けない。
だって、彼はとてつもなく成長していたから。
身長は180センチ程か。
ダゴラスさんには及ばないものの、俺よりも背が高い。
筋肉も程よく発達している。
いくらか修羅場を切り抜けたんだろう。
表情が強者のソレだった。
「・・・何をやってるんだよ?」
「・・・戦ってる」
彼はただそう言った。
俺のことはずっと見ていたはずだ。
なら、俺を敵としてずっと見ていたってことだ。
少なくとも、1回は戦ってんだから。
「どうして?」
「殺したいから」
「・・・俺をかよ」
「お前のせいで、父さんと母さんが死んだんだ。当然だろ」
無口だったのに、突然饒舌に喋り出す。
本当は分かってた。
今では悪魔と同様に心が読める。
相手の心理が脳に受信される。
親への愛情と、俺への憎しみ。
両親を殺されたことによる感情の暴走。
表面上では決して見破れない心の怒り。
俺は・・・もう分かっていたのだ。
親とは切っても切れない縁がある。
それは特殊で、愛情と憎悪の関係性によく似ている。
愛と憎しみは紙一重。
表と裏の存在。
全く逆の性質ではあるが、1番近い距離に存在する性質でもある。
俺はこの子からすれば他人で。
憎しみをぶつけるには、建前上都合が良くて。
そうだろう。
絶対に越えられない世間の壁がそこにあって、自身に蓄積する憎しみを壁にぶつけられない時。
知的生物はそういう時、大義名分を求める。
憎しみを理不尽にぶつけて良い環境と対象を探す。
それは今回の場合、俺だ。
この子は・・・俺が何故悪魔から襲われ、何故マリアさん達が俺に味方をしたのか知っている。
それを感じる。
でも、敵対は逃れない。
憎しみは彼を動かす。
正当性という皮を被って。
「自分のしていることが分かってるんだよな?」
「・・・」
無言の肯定が伝わった。
なら、かける言葉もない。
なけなしの時間を使った。
それでも彼の意思は変わらない。
・・・殺すか無力化するしかない。
「・・・」
俺も静かに双剣を構え直す。
悪魔という存在を殺すのに適した手順というのは数パターンある。
能力の補正を考えるなら話は別だが、規格外の能力を出さないのであれば、ある程度悪魔の骨格に由来した動きを見せる。
それは見える者からしてみれば、明らかな隙なのだ。
物理攻撃の大半が肉体に依存する。
強者と弱者の壁は常にそこにあった。
尋常ならざる脚力で彼の懐へ入る。
敵の動きは遅かった。
双剣で峰内をする。
一瞬だけ筋肉が硬直し、一気に緩んで倒れる。
悪魔の体は強靭だ。
気絶させるなら岩を破壊させる程度の攻撃力を腕に乗せなければならない。
でも、岩ですら手加減で砕けそうだ。
スーランはズルズルと倒れた。
こっちにのしかかるようにして。
俺は見たよ。
お前が攻撃に反応しているのを。
そして、敢えて反撃しなかったのも。
中央執行所の時だってそうだ。
俺を積極的にターゲットにする訳でもなく、中途半端に戦う感じ。
・・・彼が目覚める前にこの戦いを終わらせたい。
少しそう思った。
俺のさらに先で戦っている筈のレデグルグを見る。
彼は、丁度倒れていた。
大分奮戦したみたいだが、結界ごと盾を斬られて蹴りを首に入れられたようだ。
意識が刈り取られていた。
まさに、レデグルグの命が奪われようとしたその直前。
「・・・ほう」
双剣でクルブラドの攻撃を遮った。
力では負けている。
けど、不意に邪魔が入ったせいか力が思ったほどではない。
力を込めて、はじき返す。
「その姿・・・魔物か?」
硬質化した肌を見て、クルブラドがそう言った。
そうだ。
人間の肉体を保ったまま悪魔を圧倒出来るのはおかしい。
俺はすでに人間の外見から、離れた姿をしていた。
プラムや魔剣、俺自身の体に残る同調の履歴が脆い骨格を補強する。
人の姿を保てる訳がなかった。
・・・諦めるしかない。
それで納得した。
「人の身で・・・よくぞそこまで」
「敵なのに、感心するのな」
「お前が大魔石を狙わなければ、敵にはならなかっただろうよ」
「・・・それがお前の願望か?」
「語る必要もない」
意見の同意。
そして目指す先の相違。
下らない会話だったな。
「1度は負けたけど、今度は勝つ」
気合を入れ直す。
さあ。
狩ろう。
同調した何者かの本能が、頭の中でそう告げた。
クルブラドが音より早く俺へ駆ける。
実質1秒もかからず俺と剣を接触させた。
いかなる攻撃も、圧倒的な速度の前には触れることも出来ない。
その異常な速度を支えているのは、強大な能力の影響を受けた四肢だった。
獣以上、機械以下。
それでも生物の頂点に立つには相応しい強靭な肉体だった。
恐らく、身体干渉系肉体強化を最大までフルチャントしている。
単純な動きを極限まで高めること。
それは戦闘においては合理的な判断だ。
この速度に反応出来なければ、今度こそ殺される。
「うおおおおおお!!!」
死ぬ気で敵の動きに食らいついていく。
剣の軌道が残像を残して、鋼色に周囲が輝く。
俺の周りが金属色に輝く。
キラキラと空間が歪むその攻撃の連続性を俺は崩す。
獣は攻撃を防がない。
防ぐという概念を確立したのは、知的生命体だ。
獣は本能で攻撃するか、躱すしか選択が取れない。
だからこそ、防御は対人戦で培われてきた人工的な戦術だった。
獣の動きを体得した俺にそれは適合しない。
進化とはある種の退化と同じだ。
嗅覚が発達すれば視覚が伸びなる。
逆も然り。
全て同じ事だ。
俺が得たのは特攻性。
獣は防御を覚えない。
なら、俺も覚えない。
適合しない。
ただただ加速する。
手に持った双剣が手のような感覚に置き換わる。
同調は物体と肉体の境界線を壊していく。
俺が俺でなくなる。
黒い汚染が始まる。
だが、穢れるごとに強くなる。
俺はどこまで強くなれるのだろう?
クルブラドの動きは俺よりも速い。
彼は大剣に力を乗せているから、動きに若干乱れがある。
ほんの・・・少しだけだが、確かにある。
俺は最小の動きでそれを躱す。
だが、そのせいで斬撃に力が乗らない。
互いの長所と短所を潰し合っていた。
斬鉄剣は放たせない。
空間を斬るあの抜刀術は範囲が広い。
それを逃れるためには手数で押していかなければならない。
とにかく剣を振るう。
消耗戦にもつれ込む気はない。
もっと速く、攻撃的なデザインを求めたい。
けど、俺の履歴は洗いざらい体の隅々までインプットされ、肉体に表現されていた。
「やるな」
「・・・は?」
クルブラドの動きが途端に変わった。
敵の顔が鬼の形相に変化する。
表情が変わった?
いや、顔の形自体が変わっているのだ。
なんで?
刹那の急激な変化に、不覚だが気を取られる。
それを狙われて、掌打を腹に貰ってしまった。
胃の内容物を血とともに吐き出す。
衝撃は受け身で和らげた。
痛いことは痛いが、何とか堪えて体制を素早く整える。
「・・・ララと同じか」
クルブラドの魔剣が持ち主に共鳴していた。
能力を発動しているのだ。
その影響は持ち主をダイレクトに影響させていた。
体の性質が変化していく。
ララの時と同じだ。
彼女は吸血鬼としての側面を持っていた。
他種族とのハーフだったからだ。
本性を表に出すことで、戦闘の性質を大幅に変える。
でも、彼は少なくとも吸血鬼じゃない。
肌の色は紅蓮。
ピキピキとトカゲみたいな鱗が肌という肌から姿を露わす。
腰あたりからボロボロのマントを突き破って尻尾が生えてくる。
全身が大きくなっていく。
まるで怪獣だ。
俺と同種の獣の雰囲気が漂ってくる。
これはただごとじゃない。
直感でそう分かった。
「久々の本気だ」
肩をグルグルと回すクルブラド。
悪魔の形は保っていたが、外見はトカゲの姿と変わらない。
全身が生まれ変わったみたいに生物としての威厳を放っている。
この感じと外見、もしかして・・・
「・・・幻想種?」
「よく分かったな、人間。俺は赤龍の末裔・・・龍族と悪魔のハーフだ」
「幻想種と・・・創造種のハーフ?」
「世界にはそういう存在もいる。だから人間、お前の気持ちも分からなくはない」
クルブラドの心は読めない。
表情は鱗に覆われて分かりにくくなっている。
「・・・」
プラムと目を合わせる。
お互いに分かっていた。
これはやばい。
まだ、俺の実力が足りない。
「フン!」
クルブラドが剣を試し振りする。
剣は見えない速度で振られ、軌道上の地面が振った形そのままに抉れた。
肉体限度をまたさらに超えた実力。
幻想種としての側面を持つなら当然だ。
龍なんて化け物の体だぞ?
悪魔の標準性能なんか遥かに上回っている。
クルブラドが何故物理的にあんなに強いのか、説明がつく気がした。
「・・・こっちも準備しないとな」
俺の足元には気絶したレデグルグがいた。
彼にそっと触れる。
そして、クルブラドに対抗出来るように、同調を開始した。




