186話 殺す
・・・深淵。
そこには赤い大地が広がっていた。
太陽の代替えとなる月光が長い期間届かなかった為、植物は一切生えていない。
岩だらけだ。
正常な肉体を持った原生種も存在しない。
食料が一切ないから。
普通の生物は生き残れない。
略奪することでしか、生物は生存出来ない。
人間が生活を自然という存在に支えられていることと同じだ。
資源は全て、自然環境が作り出した産物だからだ。
自然を大切にしようという勘違いを起こした人間や、自然が恐ろしいと思っている人間にはとても適応出来ない環境。
そこを邪悪種がウロウロしている。
生物としての建前を捨てた、動物的欲求の塊。
汚いし、醜い。
獣として完璧な本性。
でも、形は人間と同じ。
・・・皮肉だ。
俺達はそれらを上から見下ろす。
見下すと言ってもいい。
そして、俺達も同じになる。
いつか、生物の存在が消滅するその時まで。
邪悪種は星門に近付けなかった。
業火が邪魔しているからだ。
丁度輪っかの形をした炎の壁が、星門を囲んでいる。
その中に、奴らがいた。
・・・世界を滅ぼさんとする悪魔達が。
72柱や、騎士団などの勢力。
守護団や狩猟団も当然混じっている。
総勢戦闘態勢。
俺の強化された目がその姿を捉える。
星門の目の前には魔王とランティス、その他に見慣れない小さな女の子の悪魔が1人いた。
異様な気配を身に纏っている。
・・・運命干渉系能力者だろう。
諸共に殺してやる。
「・・・行こう」
俺はそう答えた。
いつも通り。
そして・・・俺達の乗る巨大な空中要塞は、月の照らす不毛の大地へと落下した。
落下ポイントは星門。
そこに群がる数々の悪魔ども。
巨大な門が壊われるくらい、巨大な質量を誇る空中要塞を落とす。
これで死んでくれれば最善だ。
だが、簡単に敵もやられてはくれない。
集団の前から歩む者が1人いた。
・・・クルブラドだ。
強力な魔剣であろうプレート状の大剣を持って、下段に構える。
極限まで研ぎ澄まされた俺の聴覚は、彼の大声を聞き逃さない。
「斬鉄剣!!!」
下から上へ。
天を斬るように剣閃が半月を描く。
振った剣が空間を切り裂く。
その距離は異常に伸びた。
歪みが一瞬で空中要塞へと到達する。
そして・・・要塞は縦に両断された。
ゴゴゴゴと音を立てて、かつて魔王の所有物だった建物が崩れていく。
室内に風が侵入する。
深淵の腐った臭いが鼻をつく。
視界がクリアに風景を捉える。
「行くぞぉぉ!!!!!」
俺達は散らばった。
俺はプラムと共に。
72柱は方々に散る。
遥か高度から獲物を狩る鷹を連想させるように。
空気が体にビシビシと容赦なく当たる。
空気抵抗を極力受けないように、身を小さくする。
他の奴もバラバラにそうした。
でも、みんな門を目指している。
魔王側と俺達側。
それぞれ目が合った。
「来るわ!!!」
肩に乗ったプラムが警告する。
直後、地上から大量の太矢が俺達を射抜こうと、ある一点のポイントから襲ってくる。
72柱・・・クルトだ。
複数に分かれた俺達に合わせて、乱雑に矢の雨を放ってきた。
「レデグルグ!!!」
「霊性なる守りの壁よ!!」
俺の合図と同時に、彼が巨大な結界を空中で張る。
膜の姿をした壁だ。
それは矢を次々と遮断していく。
次はヴァネールの炎がやってきた。
炎で出来た龍の頭が何十本も出現して、結界へ食らいつこうと空へ昇ってくる。
「主の水よ!!!」
エマが今度は向かい合う形で、水の龍の頭を同じ数だけ出現させた。
透明で純粋な体色をした水の龍は、真正面から炎の龍とぶつかって食い合う。
伸びた首に噛みつき、炎と水をお互いに消滅させあう。
水蒸気が大量に発生する。
雲みたいな霧は、俺達の体をあっという間に包み込む。
そこが狙い目だった。
「転移、行くぞ!!!」
バティが叫ぶ。
彼の体が光を放つ。
その手にはありったけの魔石が握られていた。
光が俺達に触れた途端、連動してそれぞれの体が光りだす。
最初にフォワードであるエマ、ロノウェ、グシャラボラス、バルバトス、ポポロが光となって消えた。
その次にフォワードの後方支援、バティ、ベルゼブブ、オセ、カイムが。
その後に俺達とレデグルグが光に飲まれた。
意識が消える。
だが、それはすぐに終わった。
距離が短いからだ。
通常の転移とは違い、意識を保つことに成功する。
バティの能力の恩恵だった。
瞬間移動。
転移系4段階目の能力。
それは陣を使うことなく発動することが出来る。
転移のように長距離は移動出来ないが、短距離で確実に戦闘に流用出来る能力だった。
ルフェシヲラの上位互換バージョンだ。
移動に隙がなく、意識も保てる。
頼もしい能力だ。
光から抜け出す。
今度は地に足がついていた。
光で景色がよく見えない。
視覚以外の感覚で周囲を判別する。
既に戦闘に入っているようで、凄まじい爆音が周囲から聞こえてくる。
5秒後、目が慣れる。
そこは戦場だった。
赤い土。
周囲を囲む業火。
そう。
瞬間移動でやってきたのだ。
星門付近まで。
「行きますよ!!!」
「っつ!!」
レデグルグの声に従って、真っすぐ駆け出す。
目の前には巨大な能力をぶつけ合う72柱達の姿があった。
空中で凄まじい戦いを見せるエマとヴァネール。
矢を射るクルトに対して斧で応戦するダウェン。
風をぶつけ合うグシャラボラスと空駆ける聖馬。
他の72柱や大勢の騎士団や守護団と戦うロノウェ、ポポロ、カイム、オセ。
召喚王が空中に浮いて無数に召喚した魔物を、大規模の毒で殺していくベルゼブブ。
みんな、必死だった。
血が噴き出し、世界が赤くなる。
炎の外側でニヤニヤと邪悪種が眺めている。
・・・地獄だった。
殺し合うこと。
生物の本来行うべき生存行為。
闘争本能が疼く。
世界がそれを嘲笑する。
他人事のように争いを見てしまう。
1秒経過するごとに、命が散っていく。
「何をやってるの!?早く走って!!!」
「!?」
プラムの叱咤が俺の鼓膜を震わす。
やばい。
見とれていた。
飲み込まれていた。
・・・戦争に。
「右から来るわ!!!」
俺が戸惑っている間に、敵はすぐそこまで来ていた。
ロノウェが操る煙の騎士を倒して、俺に向かってきていた。
距離は1メートル。
相手は騎士団の悪魔で、得物はロングソードだった。
あらかじめ抜いていた双剣を十字に持つ。
至近まで迫っていた攻撃を防ぐ。
・・・軽い。
攻撃の受け値に余裕がある。
受け止めたロングソードを力ずくで叩き斬る。
その際に相手の心臓ごと胸を切断した。
次の攻め手が来る前に俺は走る。
周囲の状況を気にせずに。
上から炎が降ってくる。
ヴァネールの攻撃が水から漏れているのだ。
火の粉と言ってもいい小さなものだったが、それでも威力は驚異的だった。
漏れた火に触れた瞬間から、雑魚の悪魔が炎に包まれる。
土に転がっても、一向に消火されていない。
・・・やばいな。
鋭敏な感覚と強化された肉体を駆使して、激しい闘争の渦を切り抜ける。
いくら悪魔をすれ違いざまに殺しただろう?
いくら血を見ただろう?
分からない。
無我夢中だ。
目指すは星門ただ1つ。
そこにいるはずなのだ。
運命干渉系能力者達が。
「矢よ!!」
「!!!」
プラムに言われて脅威に気付く。
正面斜め右から驚異的な速度で太い矢が接近していた。
見ると、ダウェンとの戦闘中に、隙を狙ってクルトが矢を放っていた。
ただ、依然と比べると速度はさほどでもない。
それはダウェンと戦っているせいなのか。
それとも俺が強くなったせいなのか。
矢を見切って、顔を横にずらす。
すぐ横を矢が轟音を発しながら通過した。
恐怖はない。
当たらないと確信したからだ。
人間としての正常な判断が最早失われていた。
反射行為が恐れを含んだ行動じゃなく、もう確実に避ける行動を取っている。
今なら銃弾も避けられそうだ。
気にせず直進する。
前へ、前へ、前へ。
バルバトスの水銀を飛び越え、ポポロの叫びを聞きながら走る。
煙の騎士達に守られながら悪魔の集団を突破し、オセとカイドウがコンビを組んで戦っている傍を通り抜ける。
無数の攻撃は俺に当たらない。
全て躱した。
「ん」
視界が薄暗くなる。
・・・影だ。
上からの物体に月の光が遮られていた。
上を見る。
遥か高度から一刀両断された空中要塞が、すぐそこまで落ちてきていた。
片方は炎の壁の向こう側・・・邪悪種達の集まる場所に。
もう片方は星門の場所に。
「・・・」
でも、それをみんな無視した。
落ちっこないと分かっていたからだ。
何故なら・・・
「斬鉄剣」
またあの声が聞こえた。
クルブラド。
星門の目の前にいたあの男だ。
俺は走って、向こう側に複数のターゲットを捉えた。
運命干渉系能力者3人。
クルブラド、大剣を持った悪魔。
計5人。
要人を守る形で、クルブラドがボロボロの大剣を振るう。
今度は剣閃が連続して空間を切断する。
その形がそのまま空中要塞に反映され、落下する巨大な質量が分断されていく。
壊れる建造物。
1つが2つに。
2つが4つに。
4つが8つに。
8つが16つに。
数秒経たない内に要塞が細々と両断されていく。
豆腐を切るみたいに、軽々と。
ただ鋭利な剣で斬ったと説明するには、あまりにデタラメな荒業だった。
「ほう、王の盾の王よ。また会ったな」
斬鉄剣を放つ最中、先行していたレデグルグが盾を持ってクルブラドに接近していた。
リベンジ戦だ。
実質、72柱としての順位は7位と6位。
1位の違いだ。
なのに、圧倒的に敗北を味わった。
そこにはとてつもなく高い巨壁が存在している。
打倒出来るかどうかは分からない。
けど、やらなくちゃいけない状況だった。
・・・命を賭してでも。
後方から俺が加勢するべく近付いていく。
だが、それはフードを深く被った例の大剣を持った悪魔に遮られた。
何度も邪魔してくれた手練れだ。
1回手合わせしたから分かる。
中央執行所であのまま戦っていたら、俺は死んでいた。
確実に。
「・・・」
闘争に本来言葉はいらない。
剣を構える。
意識を統一する。
今まで俺が同調してきた、意思の履歴を体から呼び起こす。
経験とは、本来自らが長い時間を経て蓄積していくものだ。
そうすることによって、周囲の環境に自分を適応させたり、社会においても闘争においても自分の必要な技術を獲得していく。
自分で行動して、自分で手に入れるべきものなのだ。
だけど、俺は違う。
他の経験を盗んで、数年分・・・いや、数十年分の闘争に必要な力量を手に入れている。
まごうことなきズルだ。
反則技だ。
しかも、1回同調した意思は俺の中に少量眠っている。
それは俺の体を変化させる劇薬にもなりうるが、力にもなる。
俺がこの場に必要な闘争力を経た瞬間。
空中要塞の残骸が天から降り注ぎ、地表を荒らした。




