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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第14章 父祖の辺獄と地獄篇 とある荒野
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181話 スティーラの願い

 鉄が血に付着して、錆が出現する。

 それは言葉に表しがたい、リアルで残酷な惨状を俺の頭に描かせてくれる。


 血は命を動かすためのガソリンみたいなものだ。

 ガソリンを燃やすのは命の象徴・・・心臓。

 これがなければ、本体は動かない。

 体を車に例えることが多いが、本当に良い例えだと思う。


 ただ、車はいつか壊れる。

 メンテナンスのしようがない程大破していれば、即廃棄だ。

 人間もこれと同じ。

 死んだら墓に入れられ、即廃棄。


 人は言うだろう。

 廃棄だと言えるような尊厳のない弔い方はしていないと。

 人間は車とは違うと。

 ただ、彼らは勘違いをしている。


 墓を作るのは、ただの自己満足に過ぎない。

 死んだ本人はどこへ行く?

 そんなことも実際に目で確認出来ないから、みんな不安になる。

 だから、仮想的に天国と地獄を宗教の中で作った。

 起源として、墓を作る行為は死んだ者の為ではなかった。

 自分の心に整理をつけるためだ。

 ・・・自己満足だ。


 ただ、人間の間でだけ尊厳のあるように見える廃棄方法を選んでいるだけだ。

 心が痛まないように。

 命は大切だ。

 だが、死んだ者に執着する人間という種は、異常だと言えた。


 物は生きている。

 人間も生きている。

 俺はその両者に区別をつけない。

 ただ、人間は物を物として見ていなかった。

 意志を交わせる者にしか、コミュニケーションが成立しないと思い込んでいたから。


 だから、神道の考え方は俺の性に合っていたんだと思う。

 物質には神として命が宿るということ。

 俺はそれを簡単に視覚化出来た。

 神ではなく、命の本流として。


 人間にも同じものが流れている。

 なのに、気付けない。

 それは、どうしようもなく人間という種が濁り切っていることの証だった。


 ここに立って、そう思う。

 さっきまで、何も思い出せなかったのに。


 「・・・あの時の絶望を、思い出してください」


 彼女はそう言った。

 ここで何が起きたのか、ある程度ぼんやりと思い出す俺に対して


 「絶望は生命の1つの在り方です。希望もまた然り。どちらが正しいという訳でもない」


 それは理解している。

 希望、絶望。

 人間は希望が正しいと思い込む生き物だ。

 希望がなければ、この冷たい世界を生きてはいけない。

 温かさが欲しいのだ。

 そうしなければ、生きてはいけないから。

 弱いヒトだから。


 「命の在り方を貴方の力で体現出来ます。それは、希望も絶望も同一です。希望はもういい。ですが、絶望は今ここで思い出してください」

 「・・・そう願えばいいのか?」

 「かつての自分はどのような存在だったのか・・・興味を持ってください」


 天使の手の平から、光が集まりだす。

 本来陣を描かない限り、召喚することが出来ないのに・・・

 それは紛れもない、光の眷属たる天使の力だった。


 「光は闇に、闇は無に、無は光に情景を抱きます。求めるものは本来孤独ではありません。自身に万能性を求め、孤独を打ち消すことと同じです。光はそう考えました。貴方は・・・どうですか?」

 「混沌は何を求めるのかな?」

 「混沌は眷属を人間として定めました。ですが、悪魔と同じようにそれを理解出来たのは極僅か。貴方もその内の1人だったはずです」


 混沌。

 そうだ。

 4つ目の意思は、何で生命なんか作ろうと思ったんだ?

 混沌はどこから来た?

 そして、どこへ行こうとしているのか?


 考えてみれば、1番の謎はそこだった。

 生命は穢れとして3つの意思に嫌われた。

 でも、作られてしまった。

 混沌によって。


 その意思は、最初から汚れていたのだろうか?

 俺は・・・その疑問の答えを知っている気がする。


 俺の力は魂をと魂を同化させる。

 そして同調が終わった時、俺の魂に少しだけ付着物が残る。

 ・・・魂の欠片だ。

 それは俺の中にずっと溜まっていって、本質を少しずつ歪ませていた。


 俺が俺でなくなること。

 人は成長する。

 成長することで、変わっていく。

 記憶がどんどん蓄積していくからだ。


 記憶が変わると性格も変わる。

 かつてマリアさんが言ったことだ。

 そして、同調した相手の魂には記憶がこびりついている。

 スティーラの言う穢れだ。


 穢れを負うごとに、記憶を重ね、人間は成長していく。

 俺の魂には、その記憶が少しずつだが付着していたのだ。

 俺の中で付着した記憶は、徐々に性格を変えていく。


 俺が俺でなくなる。

 同調する度に、俺は他人の分まで成長し、穢れていく。


 そうだった・・・

 そうだったじゃないか。

 俺の力のリスク。

 それは俺が俺でなくなることで・・・


 寿命の短い動物などはまだよかった。

 だが俺は紛争を経験して、人に同調することを覚えた。

 人間の記憶は、動物の記憶の穢れと比べて格段に汚れていた。

 俺は蝕まれる。

 それは劇薬と同じだった。


 強力な力を一時得られはするが、その度に副作用に悩まされた。

 寿命が減っていったんだ。

 毒だから。


 人間は汚染物質を作り出す。

 環境を破壊し、生命体の住まう住処を蹂躙する。

 生物にとっての略奪者だ。


 人間は増えていく。

 自然環境から得られる資源に満足出来なくなると、今度は養殖という手段を使いだした。

 それに伴い、星の命は短くなっていく。

 資源の循環が、通常よりも早くなったからだ。

 星の寿命を減らし、人間という種の寿命を延命する。

 ・・・親を殺すようなものだった。


 そういった破壊の記憶は、人類の魂に染みついている。

 古代から狩人として生命を蹂躙し続けた、死の記憶だ。

 

 人間の業いう業が詰まったその記憶は、人間には耐えられない。

 致死量を超える毒だ。

 それを食らうような感覚で、人間との同調を俺は続けていた。


 叶えたい願望があったからだ。

 何を犠牲にしても。

 命を等価交換の天秤にかけてまで、俺は力を得る。


 そうさ。

 俺にはちゃんとした願いがあった。

 人間という種族が、何の為に生きているかも分からない。

 そんな中で、戦っていた。

 俺にとっての悪意と。


 俺の力は魂を歪ませ、複合させて強くする。

 時には自由自在に自分の力をコントロールして、加工する。

 そうして表現された力の表出は、混沌が生み出した器である人間の肉体にまで影響を与えた。


 奇跡の代償だ。

 等価交換の結果。

 でも、それでも俺はそれを続ける。


 ある時、同調した魂を体に引き留める術を知った。

 試行錯誤して同調を使い、戦い続けた成果だった。


 それは死神と呼ばれてもいい奇跡で、相手の魂を刈り取る行為に似ていた。

 同調した相手から魂を奪うこと。

 それは相手の汚れた魂を一手に引き受けることだ。


 体が変質し、魂が汚れる。

 その度に苦痛に苛まれる。

 膨大な力は肉体という器を抑えきれなくなり、勝手に変形するようになる。


 その代わり、力を得た。

 何にも負けない力を。

 重要なのは、力を手に入れたことじゃない。

 その先にあるものが欲しかった。


 それは・・・思い出せない。


 でも、確かに今の俺の魂は前世で同調した魂がくっついているはずで。

 その穢れた魂は、光が浄化してくれたのだろうか?

 だからこそ、俺はこうして自我を保てているのだろうか?


 俺はそれで、人間をたくさん殺した。

 殺した。

 殺しまくった。


 世間からは異常者として扱われた。

 でも、それでよかった。

 異常なのは本当だから。


 混沌が3つの意思に異常と認識されたように、人間から俺も外されたのだ。

 異常者として。


 そう考えると、混沌に親近感を感じる。

 疎外されること・・・生命の誕生を混沌が行った訳。

 それは、やっぱり4つ目の意思にも願望があったからなんだろう。


 俺は・・・混沌の意思に触れたことがあるのか?

 いや、むしろ人間達の在り様が混沌のようで・・・


 人間は孤独を嫌う。

 生態的に社会性を獲得しているのがいい証拠だ。

 弱いから、お互いに補助しあって欠点をなくす。

 それが人間だ。


 なら混沌は?

 もし人間の総念が混沌の意思と似通っているのであれば、孤独が嫌いだったのだろうか?

 だって、願望を持っているのだから。

 成就したい願いがあるのは、その者が不完全だから。


 不完全なら、欠点がある。

 直したいと思う。

 修正する余地がある。


 混沌と呼ばれる存在には気付かなくても、俺は現世でそれを感じ取っていた。

 それぐらい、代償を払って同調を続けたのだ。


 「・・・何で、俺が他者の意思を感じれるのかが分かった。同調出来るからなんだな?」

 「人間に同調すること。それは不老不死になりたいと思った古代人が、過去に水銀を飲み込んだ行為と同じです」

 「愚かじゃないか」

 「でも、そこには生きたいと思う強い心があるでしょう?」


 即ち、欲望だ。


 「そんなものを同調して取り込むから、前世で苦しい思いをしてたのは思い出したよ」

 「力の使い方は思い出しましたね?」

 「多分、悪魔にも出来るんだよな?」

 「人間と同調する以上の力が手に入るでしょうね。ですが、相応の代償も貴方が今言った通りです」


 悪魔は人間の魂の穢れをある程度落としてから、地獄に転生して生まれてきている。

 なら、人間よりは負担が軽いはずだが・・・


 「72柱に同調はやばいんだろうな」

 「肉体がある状態で同調する場合、力の許容範囲の問題が出てきます。ですが、今の貴方は魂だけの状態です。同調した魂の分だけ変質し、力を増すでしょう」

 「でも、肉体のリスクは減っても魂自体のリスクは変わらないだろ」

 「気付いているでしょうが、72柱の魂は汚れています。願望を持ち、強い力をその身に宿しましたから。その分同調した魂は歪み、性質を大きく変えていきます」


 命自体はより強力になる。

 だが、魂には記憶共に毒がある。

 毒は俺の魂を蝕むだろう。


 「同調を使いすぎたら・・・どうなる?」


 重要なことだ。

 プラムなんかの同調は負担も少なかったからまだよかった。

 だが、これ以上の力は大きな代償を払うことになる。

 72柱に対抗するなら、避けては通れない道だろう。


 「・・・言えません」


 そこで、お馴染みの言えませんか。

 ・・・本当に言えないんだろうな。


 「・・・もう、時間がないみたいですね」


 ふと唐突に、スティーラがそう言った。

 話を逸らした風にも聞こえる。


 「時間?」

 「外の時間ですよ」

 「外のこと、把握してるのか?」

 「もちろんです」

 「・・・どうなってるんだ?今の地獄は」

 「それは自分の目で確かめた方がいいでしょうね」


 輝かしい光を纏った彼女は、足を進める。

 先には暗い空間が。

 嫌な場所だとすぐに分かった。


 ここも十分に酷い。

 だが、向こうの暗闇が酷く怖い。


 「ちょっと待ってくれ」

 「・・・進むのは嫌ですか?」


 彼女は俺の感情を見抜いていた。


 「何か、嫌なんだ。そっちに行くのが」

 「そう思う理由は何か思い当たりますか?」


 カウンセラーの質問みたいに彼女が問う。

 心の奥を覗こうとする言葉の手。


 「きっとトラウマかなんかだろ」

 「思い出せないのか、思い出したくないのか。どちらなんでしょうね?」


 輝きが暗い空間を照らす。

 そこには・・・拷問するための器具が何種類も置かれていた。


 爪を剥がす器具。

 睾丸を潰す器具。

 眼球を抉る器具。

 肌を焼く器具。

 膣を破壊する器具。

 腸を引きずり出す器具。

 舌を抜く器具。

 鼓膜を破る器具。


 近代的な物じゃない。

 古代にも使われた、残酷な物だった。

 恐ろしい。


 かつて、拷問器具は相手から情報を抜き取るために使用した。

 悪魔相手なら必要のない代物だが、人間は違う。

 心なんて読めない。

 人は正直に話すとは限らない。

 嘘か真か判断し難い。


 では、人はどうやったら正直に情報を話すだろうか?

 金ではダメだ。

 家族を脅すのでもダメだ。

 大切な物を壊すのでもダメだ。

 ならどうする?


 古代人の答えは痛みを与えることだった。

 耐えきれない苦痛。

 死が希望に思えてくる程の痛み。

 事実、睾丸や子宮から汁が飛び散る頃合いには、誰もが情報を吐いていた。


 その苦痛を俺は知っている。

 叫びと血。

 気持ち悪い。

 拷問は敵を殺すことよりも残酷なことだ。

 俺はそれをよく知っている。


 「ここです」


 スティーラの止まった場所。

 そこは、ドアの前だった。

 もう既に開け放たれている。

 奥からは光があふれ出ている。


 「行く前に1つ」


 ドアの前で、彼女は通せんぼするみたいに俺と向かい合う。

 後光が2重に眩しい。


 「自分の行動に責任を持つ者に、貴方はなれますか?」

 「・・・何の責任だよ?」

 「これから起こること、全てです」


 ・・・何を言っているんだ?


 「貴方には他の者には選択出来ない道を選ぶ力があります。貴方の前任者達は、苦しみから逃れるために無の世界へ回帰しました。貴方はどうですか?自身の選んだ結果に対して、後悔はしませんか?」

 「何を言ってるのかよく分からないけど・・・後悔はしない。絶対に」

 「絶対に?」

 「物事に絶対はないけど、そのつもりでいる。そういう決意だ」

 「それは・・・誰のために?」

 「俺の為に死んでしまったマリアさん達の為に」


 そう言うと、彼女はニコリと自然に笑った。


 「彼女はきっと満足していますよ」

 「・・・どうして分かる」

 「私が満足しているからですよ。愛する人よ」


 ・・・それも言っていることが分からないんすけど。

 つまり、どういうことなんだよ?


 「さあ、行ってください。貴方を待つ者の元へ」

 「ちょ、ちょっと待て。話ぶった切ってないか?」

 「いずれ分かります。それに、もう時間がないですよ?」


 スティーラに押されてドアの奥へ。

 光が俺を包囲。

 肉体と精神を分解していく。

 ・・・光との同調が始まる。


 「貴方がどのような道を選ぼうとも、私だけは貴方の味方です。だから、さっきの言葉の通り・・・後悔はしないで」


 味方か。

 安心させるようなことを言ってくれるじゃないか。

 口を開こうとするが、もう口の部分が存在していなかった。

 身振り手振りしようにも、体自体も消えている。

 そうして俺の意識が霞んだその瞬間。


 「・・・いってらっしゃい」


 俺のよく知っている猫と、寸分違わぬ言葉を天使は言った。

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