180話 光の意思の願い
魔王の進行を止めたとして、私達生命が迎える滅びの危機から、完全に脱することが出来ますか?
天使からの問い。
魔王は闇の手先にしか過ぎないとスティーラは言った。
世界に干渉出来る悪魔を使って、生命を滅ぼすことが闇の意思の目的であるならば、魔王を止めても一時しのぎにしかならないだろう。
・・・答えはNOだった。
「ランティスは・・・魔王を止めろって言ってたんだ。それが一時しのぎって彼女も分かってたのか?」
「彼女も闇の意思に干渉出来る者の1人ですが、世界の現状を正しく把握している訳ではありません。天使側だってそうかもしれません」
「・・・何が正しいんだよ」
「貴方が正しいと思った答えを、答えとしましょう」
自分で判断しろってか。
「それに、預言者も世界の滅びを望んでいるようですし」
「何?」
「彼女は本当に世界を救いたいとは思っていないということです」
「・・・彼女は世界を救いたがってた」
とは言いつつも、ある種否定出来ない話だった。
彼女が嘘を吐いている可能性があるからだ。
意思を読めない。
運命干渉系能力者に共通した特徴だ。
漏れ出る意思を感じ取れない。
嘘を簡単には見抜けない。
「彼女も闇の世界の住人です。分かるでしょう?かつて人間が光を神に仕立て上げたように、選ばれた特別な悪魔も、闇を神にしたのです」
「神がいないと、生きていけないから」
「そうです。心を読むことも、読まれることもない特別な存在。全悪魔とは違うその特質に、苦しまないはずがないでしょう?」
つまり孤独だ。
殆どの者と共感を得られない。
孤独は生物にとっての毒だ。
希望が必要だったんだろう。
かつて、人間が真っ暗な道を光が照らしたことに感銘を受けたように、魔王達もそうなったんだ。
でも、神への依存もまた、生物にとっての毒でしかない。
「ランティスは・・・敵?」
「生命にとっての、ですね」
「・・・じゃあ、魔王を止めろと言ったのは何だったんだ?」
「私は直接見ていないから、判断しかねますが・・・何か目的があるはずです」
「世界を滅ぼすためのかよ」
闇が世界を滅ぼそうとするのはなんでだよとは思わない。
分かりきっているから。
人間が自殺するのと同じだ。
生物が何かを殺そうとする理由は、大まかに分けて2つ。
生きるために殺すこと。
そして、自分への暴力の結果、自殺すること。
その2つしかない。
生物を捕食する以外の目的・・・私欲を満たすために殺す輩もいるが、それは生きるために殺すことに該当する。
生物の欲は満たされなければいけない。
例え欲が満たされないことが通常なこの世界においても。
だから生物は生きる。
そこにひとまず生存意義を置いておこうと試してみるからだ。
欲がなければ、生命は広がらない。
繁殖しない。
絶滅する。
そして、もう1つ。
自殺。
自分で自分の命を絶つこと。
これは、地球では人間にしか見られない現象だ。
世の中に絶望するから、自殺する。
自己犠牲の精神があるから、自殺する。
いずれも共通するのは1つ。
知能が高いということだ。
それは悪魔だって同じだし、生命体を超越している3つの意思だって同じだろう。
知能が高ければ、自我を持ち、願望や欲求を持つようになる。
様々な思考の中で、欲を持つことに対して葛藤を覚えたりする。
実にくだらなかった。
だから穢れるのだ。
世界の理は万物に対して共通である。
生物がそこに気付くか気付かないだけで、人間と動物ほどに差が広がる。
生命というのは、どうしようもないシステムなのだ。
改善の見込みが殆どない。
しかし生命が生まれて間もない頃、それを危惧した3つの意思は、穢れを取り除く御業を生み出した。
転生と呼ばれるシステム。
無の意思は触れたことがないから分からない。
けど、光は転生に希望を見出していた。
「光が生命体を全ての天使に生まれ変わらせようってことと対極の結論だな」
「・・・光の意思を読み取ったんですね?」
「何回も光と同調してたら、嫌でも分かるよ」
「ということは、光の願望も?」
「俺がここに来るまでの同調で分かってる」
俺は天使に光から感じ取ったことを全て話した。
天使は生命体にとっての敵じゃない。
かと言って、人類や悪魔の味方でもない。
天使は天使自身を愛した。
光の愛は自己愛に留まる。
自身の生み出した天使という生命の器が、この世に存在する生命の中で、1番美しいと思っていた。
でも、光は天使を生み出す度に穢れていく。
汚い魂を運んでいるから。
ただ、天使を生み出すためなら転生体の運び手なんて、とうの昔に放棄していただろう。
そこまで自己愛という名の自我は光に根を張っている。
もちろん、ナルシスト的な性格を有した光の意思は、1つの願望を持っている。
自己愛から生れ出たその欲望は、結局自分自身の格を取り戻すことだった。
かつての穢れない自身の姿。
それを手に入れるために。
光は全ての生命体を天使にしようと転生を続ける。
長い長い時間をかけて。
天使になれるまで穢れを落とせる命は少ない。
その殆どが無の世界で弾かれてしまう。
でも、光は永遠にそれを繰り返すだろう。
そういう願望があるから。
天使が世界を飽和した際は、光は天使という己の一部で出来た器を全て取り込むつもりだ。
究極の1になるのだ。
それはすなわちかつての光や闇、無の意思を超えた存在で。
神の体はアニマとして宇宙に散った。
魂はアニマで出来ている。
その膨大なエネルギーを集めるということは、神の体を復元することと同じだ。
それを光の体に天使として取り込むこと。
それが光の願望だった。
話が終わる。
光を通して、直接感じたことだ。
嘘偽りはないだろう。
「・・・結局さ、3つの意思は人間と一緒じゃないか」
「そうですね。貴方の言う通りですよ」
「俺、スティーラの言うことを今でも信じてるんだけどさ、さっきランティスも闇を信仰する1人の悪魔だって言ってたよな?」
「はい」
「なら、天使だってそうじゃないのか?世界の真実をスティーラは知ってる。光を通してだ。お前も、光に利用されてるんじゃないかって思っちゃったんだよ。ランティスのことをそういう風に話されたらさ」
正直に話した。
天使に嘘は吐けまい。
それに、個人的にもスティーラに正直でありたい。
そう思ったから、俺は嘘を吐かない。
「世界の願いについては、最後に話すつもりだったんですけどね」
苦笑して、天使はそう答えた。
「前任者も、その領域には最後の試練をクリアしてから到達したのですけど、流石に貴方は違いますね」
「・・・はい?」
天使がいつかどこかでしたようにハグしてくる。
好意的なものだ。
そして、口で熱くキスする。
ディープではない。
けど、熱かった。
愛を感じた。
「・・・何だよ、いきなり」
「光の意思を知っても、貴方は私を信じてくれるんでしょう?」
「まだそうとは言ってないんすけど」
けど、そうは思っていた。
「命とは、生きようとする運動エネルギーの塊なんです。それは欲として器から滲み出る。私が貴方にこういった行為をするのも、欲の1つです」
スティーラが抱きしめる力を込める。
胸の奥から心臓の音が伝わってくる。
「確かに世界は穢れてしまった。けれど、それでも愛おしいと思うものは、いつだって穢れた魂から創出される。そうは思いませんか?」
「でも、世界は止まらない。闇も光も、結局生命を全て失くしてしまおうとしてるんだろ?滅びたら、そんなの関係なくなる」
「でも、貴方と私がいる」
「・・・俺とお前?」
「私に生命の滅びは止められません。もし、貴方がそれを止めたいのなら、いずれは魔王だけじゃなく、世界全体に立ち向かわなくてはいけません」
世界。
俺にとっては広すぎる言葉だ。
でも、その事実を知っている奴は何人いるんだろう?
知っていても、それを止めようと生命は働きかけようとするのか?
「どうやってだよ?」
「もし、貴方が最後の大魔石・・・試練を達成した時、選択肢が提示されます。貴方はその時、死んだ直前の貴方になるでしょう」
「前世か」
「今の貴方は、不完全です。それでも、強大な力は獲得しました」
スッとスティーラが離れていく。
「貴方は私を信じてくれているんでしょう?」
「・・・うん」
間違いなく。
俺はそう言える。
その言葉に満足したのか、親しみと信頼の混ざった表情をする。
「私は貴方に選択肢を与えます。それを叶える力は貴方の心に宿っています。私を信じてくれるのなら、ついてきてくれませんか?」
天使が手を伸ばす。
どこかに行くんだろうか?
でも、俺は彼女を信じている。
たとえ彼女が、生命を1つにしようとする光の僕でも。
迷わずその手を握る。
握手の形で。
「・・・ありがとね」
また彼女がキスしてくる。
今度はフレンチなキスだ。
抵抗せず、それを受け入れる。
この行為にも懐かしさが溢れている。
俺は・・・彼女と昔に、キスをしていた?
錯覚。
ここではないどこか。
それは・・・遠い過去だ。
俺がここに来る遥か前の時間。
それはどこだっただろうか?
彼女は岩だらけの殺風景な砂漠を進んでいく。
上からは容赦ない直射日光が俺達を照り付ける。
なのに、暑いと感じなかった。
普通なら、脱水症状で死んでもいいくらいのレベルだ。
熱中症にもなるだろう。
黒髪の俺にはもっとキツイはずだ。
進んでいくと、血の臭いがほんのりと流れてきた。
・・・人間の痕跡だ。
「この世界には、人間はいないんだよな」
「貴方がそれを望まなければ」
「なら、大丈夫か」
こんなところに来てまで、敵と遭遇したくはない。
そもそも、俺は好戦的な性格じゃないのだ。
仕方ないから悪魔を殺しているだけ。
俺の心を殺しながら。
そんなことをずっと続けていたせいか、血の臭いも嗅ぎ慣れてきている。
嗅覚はあらゆる情報を教えてくれる。
目で見えない情報・・・この場合、血の臭いは争いが近くで起こったことを教えてくれる。
そういった危機感知能力がないと、俺は今頃死んでいるはずだ。
「何で、人間がいないのに血の臭いが?」
血からは鉄の臭いがする。
けど、ここらに鉄なんて鉱物があるはずもない。
明らかに生物的な臭いだ。
「人間はいませんが、いたという痕跡は再現されますよ?」
「前世ではここに人がいたんだな」
「そして、殺し合いをしていたみたいですね」
「紛争?」
「そう思っても間違いではありません」
争いか。
どんな理由にしたって、珍しいことじゃない。
人間は毎秒毎分世界のどこかで死んでいる。
その中で、1番多いのが人間同士の争いごとのように思える。
平和に暮らして、平和に死んでいく人口の方が、本当は多いんだ。
統計などあてにはならない。
さっきのマスコミの話と同様に。
「ここは・・・紛争が起きるような場所なんだな」
「貴方は別の場所から流れてここに来たんです。そして、長期間留まった」
「何でこんな場所に・・・」
「人間を動かすのはいつだって、自身の願望です」
「まあ、色々な意味で汚いこったな」
自虐の意味でもそう言った。
さらに数十分荒野を進む。
そして、辿り着いた。
「・・・工場か」
「麻薬工場です」
オンボロの建物。
そこは見る影もなく殆どが壊されていた。
全体的に黒々とした炭のような破片が落ちている。
焼かれたんだろう。
「何でここに?」
「これを見て、まだ何か思い出しませんか?」
「・・・全然」
「・・・」
彼女はそれを聞いて、さらに歩みを再開する。
工場の内部だ。
そこからは、血の焼けた臭いが充満していた。
室内は密閉じゃない。
十分に換気出来ているはずだ。
なのに、気持ち悪いぐらいの悪臭が鼻を犯す。
「貴方はここで、力の本質を理解したんです」
「同調を、ここで?」
「そう。貴方が苦しんでいた時期です」
「・・・悪いけど、思い出せないよ」
心の中では、思い出したくもない記憶なんだろうなと思っていた。
血の歴史は残酷な歴史を連想させる。
それが個人レベルでも、国レベルでも大して変わらない。
命は命を消費して、初めて命になれる。
けど、その真実を果たして誰が真正面から受け止められる?
殺しが生命の本質だと悟れるような人物は、頭のネジが大概緩んでいる。
正常な人間と、異常な人間。
殺人鬼を嫌う人間が大多数なのは、みんな真実に向き合いたくないからだ。
それか、ただ無知なのか。
俺は・・・前世でどっちだったのだろうか?
「貴方はここから先、強大な力を得て地獄に戻るでしょう。けど、その力の使い方に気が付くまでには時間がかかります」
「・・・教えてくれるのか?」
「ええ。だって私は、貴方を愛しているんですから」
血の臭いが充満する崩壊した室内で、彼女はどこかで聞いたセリフを言ったのだった。




