179話 闇の意思の願い
夢を見ている。
俺が光になって宇宙に行く夢。
とても気持ちいい夢だ。
ずっと見ていたい夢。
なのに。
ザァ・・・・・・
夢から現実へ強制的に引き戻される不快な砂風が俺を襲った。
・・・8回目。
夢心地から一転。
口の中に砂が入っていた。
「オェ・・・」
口の中の唾液に砂がくっついて、中々砂が取れない。
ザラザラとした感触は、ペッペッと唾を吐いても消えてくれない。
何か、妙に懐かしい気分になった。
恒例の状況確認。
砂だから、海なんだろうかとちょっと期待した俺がバカだった。
・・・砂漠。
見渡す限り砂と岩。
要するに荒野だ。
植物の1本も生えていない。
人が生きていけない環境どころの話じゃない。
大概の生物が生きていけそうにない。
だって、水が一切ないし。
カラカラの岩肌。
なんか赤黒い石まである。
多分、血だ。
何に使われたのかは、想像に難くない。
ただ、この辺りに人はいなかった。
いつも通りってことだな。
俺はこんな場所に、何のために来たって言うんだろうか?
雪山の件といい・・・
登山とかならまだ分からなくもないが、荒野って・・・
何にもないぞ?
どうせなら、こんな自然真っ只中なクレイジーフィールドじゃなくて、人工物のある場所がいい。
街中なんてどうだ?
いいじゃないか。
俺はどうしてそういうところで目覚めない。
クソ・・・
何か不公平でムカつく。
俺1人だけだから不公平も何もないけど。
「お目覚めですか?」
声をかけられる。
こんな場所で綺麗な声が聞けるなんてことは滅多にない。
天使のような声色を発するのは、やはり天使だった。
スティーラだ。
前会った時と変わらず、天使の後光が眩しい。
荒野に照り付ける太陽が一層それを強くしている。
「・・・ここは荒野でいいんだよな?」
「見た通りのままです」
ですよね。
「ここがどこかよりも、ここで何が起こったかの方が重要なんですよ?」
「この世界に記憶としてちゃんと投影されてるってことだもんな」
相当印象深いことが起きていたに違いない。
そうじゃなきゃ、こんな場所まで来る意味が分からない。
「お前、ここも知ってる風景なのか?」
「何故、そのようなことを聞くんですか?」
「前の雪山、お前知ってそうだったじゃないか」
「あれは・・・そうですね。その通りです。けど、ここは知りません」
「・・・あれ?雪山は知ってるのにか?」
「見たことがないですからね、ここは」
むむ。
予め知っていたんじゃなくて、見てから知った?
「まだ、思い出しませんか?」
「懐かしい感じはするんだけど・・・全然だな」
「・・・余程トラウマだったみたいですね」
「トラウマっすか」
良い記憶じゃなくて悪い記憶かよ。
「良い記憶であれば、もう思い出してもいい頃合いです。それがなければ、何か特殊な理由があるものです」
「じゃあ、悪い記憶だから思い出さないって?」
「それか、思い出したくないか」
思い出したくもない程、胸クソ悪い思い出だってのか?
逆に気になるじゃないか・・・
「いずれにせよ、記憶は戻るんだろ?」
「ええ。でなければ困ります」
「俺がか?」
「どちらもです」
自身と俺を交互に指さす。
「使命か」
「そうです」
「まだ、教えてくれないのか?」
「最後の大魔石に触れた時、貴方に伝えます」
最後の大魔石か。
「どうしてそんなに教えてくれるのを先延ばしにするんだよ?」
「記憶が欠けた状態で、そんなことを教えても意味がないからですよ」
「大魔石を全部揃えても、思い出せないかもしれないのにか?」
「前にも言ったでしょう?失っているのではなく、思い出せないだけだと」
・・・言われてたな。
「それを教えてくれるのも、俺が大魔石を手に入れたからか?」
「もちろんです。欠けた魂が補完されていますから」
「そんな実感ないんだけどな」
「でも、以前よりも変化したとは感じているでしょう?」
確かに。
俺の力・・・同調。
大魔石に触れて戻る度に、強くなっている気がする。
力の使い方もどんどんバリーエションが増えてきた。
今じゃあそこら辺の悪魔にも負ける気がしない。
「力が増してる」
「それは生前に持っていた力の使い方を思い出しているからです」
「以前の俺はもっと使いこなせてたのかよ」
「今の貴方は現世の肉体を捨てた状態ですから、力も本来の形を取り戻しています。現世で使うよりももっと強力なはずですよ」
そうだよなぁ・・・
現世でこんな力を使ったら、大騒ぎどころの話じゃないだろうからな。
最悪どこかの研究機関に、人体実験とかされたりするかもしれない。
どっかの研究者あたりに。
そんなアニメみたいなことがあるのか?とか思っちゃうが、この世界がもうアニメみたいなものだし・・・
「でも、地球の人間を大虐殺出来ちゃうぐらいには強かった訳だ」
「同調の力単体では成し得ないことです。知恵を司る人間だからこそ、そういうことも出来たというだけの話です」
「だけの話で人間は殺された、と」
「それだけ脆弱な生命だということです」
目の前で堂々と言ってるが、一応俺も人間だからな?
死んではいるが。
まあ、それはいい。
俺はコイツに聞きたいことがあるのだ。
「話は変わるんだけどさ、ランティスって悪魔知ってるか?」
「運命を知る者ですね」
やっぱ知ってたか。
「お前、運命干渉系能力者と面識あるだろ?」
スティーラが感心したように俺を見る。
それは自分の子供が成長して嬉しがるみたいに見えた。
「それは私ではなく、他の天使でしょう。世界の真実を知る力を持つ者には、天使が接触しているはずです」
「だから世界の仕組みを知っている?」
「おっしゃる通りです。よく気が付きましたね?」
「サタンが天使と面識があるようなことを言ってたんだ。その時は気付けなかったけど、ランティスと話していてさ、もしかしてって思ったんだ」
「・・・その者達が世界の在り方を正しく認知しているとは限らないんですよ?」
世界の在り方?
「なんだよ、それ?」
スティーラの手には1つの光球が握られていた。
魔石のように輝いている。
「光です」
「・・・見れば分かるけどさ」
「なら、光が何者かは知っていますか?」
「お前が教えてくれたじゃんか。神様が残した3つの意思だろ?」
「では、何者かは理解していますか?」
理解か。
理解とは、その対象のあらゆる意味を知っていること。
意味を知っていると言うことは、その対象の存在の全てを把握しているってことだ。
たった1つの物事を究極的に調べたとして、それを理解することはあり得ない。
その物がどういう風に、何を働きかけるかは調べられるだろう。
だが、何のために、どのようにして生まれた・・・或いは出現したかは知ることが出来ない。
それが知的生命体の限界だから。
そういう意味では、生命は宇宙に漂うその全ての現象について、理解していないことになる。
そこを踏まえて、俺は答える。
「光が思っていることは知ってるよ」
それを聞いて、天使が伝承の中の天使らしく笑う。
「貴方の誇るべき力は限界がありませんからね。地獄の運命に干渉出来る3人の者達も、自身の器の創造主たる、闇の意思についてその目で直視し、手で触れています」
「俺みたいにか?」
「貴方の力は別格です。3人の者達には及びません。あくまで彼女らの能力を通した上で、ですよ」
俺の力について、なんかやたら褒めてる気がするのは気のせいか?
「悪魔の使う能力には限度があります。それも、モーセ五書に記されている能力は、闇の意思にしか干渉出来ません。貴方のように、全てに同化出来るということはありえないんですから」
「んん?ってことは、光の意思については、ランティスやサタンはあまり詳しくない?」
「そうです。それに、彼女達の干渉出来る闇の意思ですら、完全にはその意思を読み取れないでしょうね」
ううむ。
運命干渉系能力者って言っても、流石に世界の全てについては知りえていないってことか。
そりゃあそうだよな。
もし、サタン達がそういうことを知っていたなら、さっき理解について語った俺の立場がなくなる。
「ですがまあ、闇の願望については彼女達も理解出来ているのでしょうね」
「ああ・・・」
3つの意思。
古代に保っていた純粋さを失い、穢れた者達。
そして穢れるに従って、願望が芽生えた。
光に同調して、そこまでは俺も分かっている。
でも、3つの意思が何を願っているのかは知らないな。
「闇の願望ってなんだよ?」
「・・・滅びです」
「世界の?」
「いいえ、生命にとっての滅びです」
・・・嘘じゃないよな?
「・・・もしかして、混沌に対して恨みを持っているからとかか?」
「それもあるでしょうが・・・」
「あるけど?」
「・・・」
珍しく言いよどむ。
何を言うのを躊躇ってるんだ?
言えないなら、いつも通り言えませんでいいんじゃないのか?
「私達、天使にも図りかねることはあります」
「万能種族って言ってたじゃないか」
「万能に近いと言ったんですよ」
あれ?
そうだったっけか。
「天使にも分からないことはあるんだな」
「選ばれた特別な悪魔が闇の意思に干渉出来るように、私達天使は光の意思に干渉出来ます。光や闇を通して他の世界に関する知識は得られますが、あくまでそれは所属する世界の意思を経由してです」
「と言うと?」
「闇は光を3つの意思として認めていますが、生命体に関しては敵意を持っています」
「光のことは認めても、天使は認めないってか」
「そうです。そして、そんな闇からもたらされる情報には生命体に対する忌避感が含まれているものです」
スティーラの話を聞いて思い出す。
サタンの奴、確か天使のことを嘘吐きだとか言って、毛嫌いしてたな。
俺が初めて中央執行所で魔王と会った時だ。
後に何度も命懸けの修羅場を潜ることを知らない、まだ純粋な頃の俺。
魔王が闇の意思に干渉しているのなら、スティーラの言っていることと辻褄があうだろう。
現世にも、マスコミというものがある。
情報をテレビから流し、国民に伝えるのだ。
人間は大々的に放送されているからと言って、マスコミから流れる情報を鵜呑みにしてしまう傾向が強い。
嘘の情報が流されているなんて思う人間は少ないのだ。
国民には知る権利があるということ。
その権利を実感出来るのがマスコミだが・・・見る側がいるのなら、作る側だっている。
作る側は時として、それを自己の都合のいいように改変することだってある。
これも生命が必ず持つ欲のせいだ。
情報を見て、信憑性に欠けるかどうかも考えず、見たままを信じる国民。
利用する側とされる側。
一見騙す方が悪いと思うだろ?
俺からしてみれば、どっちもどっちだった。
そもそも、人間に権利なんてものは必要ない。
法律だって、何だって必要なかったのだ。
願望があるから、こうなった。
生物が汚いと呼ばれる所以だ。
そんな生物と関わり、穢れた3つの意思。
願望が芽生えたが故に、自身の世界に生きる悪魔達を利用するということは、十分に考えられる。
光だってそうだった。
俺は光と同調して、ちゃんと概念種にも願いがあるのを感じたのだ。
なら、闇だってそうだろう。
そうでなきゃおかしい。
「3つの意思に自我が強く芽生えたことで、生命は滅びの危機を迎えています」
「ランティスも言ってた。世界が滅ぶって。このまま魔王の現世侵攻を許せば、生き物はみんな死ぬって」
「それは魔王の願いだと思いますか?それとも、闇の願いだと思いますか?」
「・・・魔王、じゃないのか?」
「魔王が世界を渡ろうとしているのは、魔王自身の願いのためなのでしょうね。ですが、それを利用して生きとし生ける命を摘み取ろうとしているのは、他でもない闇の意思です」
「魔王が利用されてる?」
「では、ここで問いです」
スティーラが俺に見せたのは、格下を見るような目ではなかった。
格下って言ったら悪い言い方だな。
そう・・・今までは、愛しい子供を保護している感じだった。
けども、今は違う。
同等の存在を見ているみたいに・・・そう見えた。
その次に聞こえたのは、深刻で重い重い言葉。
問いというよりは、分からないことを知るための質問に近い聞き方だった。
「魔王の進行を止めたとして、私達生命が迎える滅びの危機から、完全に脱することが出来ますか?」




