178話 光の記憶12
俺は差別を嫌っていたことがある。
身分の差別。
職業の差別。
人種の差別。
性別の差別。
くだらない。
人は人だ。
差をつけることに意味はない。
俺は最初、そう思ってた。
1人の人間は、生きているうちに何を成せるのか?
・・・大したことは出来やしない。
たった1人の人間が、大きく物事を動かすのは不可能だ。
人間は、集団で動くからこそ力を発揮する。
社会には自分の力で世界を動かしていると勘違いしている連中がいるが、それは違う。
上に立つならば下がある。
下に全て指示を出しているに過ぎない。
下という集団がいなければ、何も出来ない。
頭だけで何をしろと言うのか?
考えるのはいいが、実行が伴わない思考に価値はない。
1人の人間だけでは、実行が出来ないことも多い。
そして、上に立つ前に人間からはぐれてしまった人間は、弱者になるしかない。
孤高なのも、孤独なのも結果的に見れば一緒だ。
力のない人間。
人に影響を及ぼして動かすことでしか、大きなことを出来ない人間。
本質的に言えば、1人の人間が力を強く持つことは大した意味がある訳じゃない。
単なる自己満足だ。
でも・・・
集団というのは、どうしてもブレインを欲しがる。
集団的なリーダーだ。
体だけあっても、考えて動かなければ本能的な行為を実行するのに傾いてしまう。
本能に傾けば、弱いヒトの肉体だ。
あっという間に死に絶える。
だから、上と下の関係が出来る。
人の上に人を作らず、という言葉があるが、生物学的に見れば完全な間違いだ。
差別こそが人間の生存根底の支柱だ。
だから、差別を失くそうとする人類の意思は生物的には間違っている。
差別は弱いヒトには必要不可欠な要素だ。
この関係から逃れることは出来ない。
いくら、差別を反対する運動が起ころうとも。
変えられない。
そういう風に人間は出来ているから。
人間という生物はそういう風に設計されている。
天使から見れば、忌避の対象だろう。
悪魔が人間を危険視するのも分かる。
生物としての格は1番低いくせに、傲慢なのだから。
差をつけたがる生物なのだから。
それに気付いた者は、集団から孤立する。
孤立して、それを貫いた者は死ぬ。
孤独に殺されて。
ヒトは弱い。
集団の中でしか生きられない。
集団に癒着しなければ、命を紡ぐことも出来ない。
そして高潔な孤独を好んだ魂は、社会的弱者と同じように息絶える。
人は死ぬという結果だけ見れば完璧に平等だ。
永遠に生きる者はいない。
病死で苦しもうが、事故死で一瞬で死のうが、安楽死でゆっくり楽に死のうが関係ない。
死ぬものは死ぬ。
けれど、生きている間にこれほど差別する種族もいないだろう。
死んだらどれだけ楽になれるだろう?
そう思うのも無理はない。
そして、その考え方こそが人類という種にとっての壁だった。
進化の壁だ。
種族として停滞してしまった。
どうしようもない絶望が、人類を侵食してしまった。
死は本来恐ろしい現象だと考えなければいけない。
けど、今の人間は死は苦しみからの開放だと考えている。
辛い環境で育つ者ほどそうだ。
そして、心が肥え太った醜い豚のような人間ほど死を恐れる。
俺からしてみれば、どっちも間違っていると思う。
死は恐れるものじゃない。
かといって、辛さから解放されるものじゃない。
差別的な環境で育った俺は、そう考えていたはずだった。




