176話 ザ・アンフォアギヴン16~集結~
新しい5人の悪魔が頭上から降ってきた。
月の出すオレンジ色の光の中、強い意思が俺達に向かってくる。
人間なら死ぬであろう高度。
でも、悪魔なら問題ない。
人間の体はか弱い。
本来生存競争には向いていない肉体だ。
2本足で直立するということは、嚙む力を減退させた。
そして、移動力も。
動きも無駄が多い。
2本の足で立つという行為は、生きることに何のメリットも生んではくれない。
人間は、そういう意味でデメリットの塊だ。
対して四足獣は、体の構造上さっき言ったような人間の欠点を全て克服している。
狩猟向きだ。
生物としての格は、明らかに獣の方が上だった。
でも、それらすら凌駕する超常の生物であるところの魔物すら敵わない、2本足で立つ種族がいる。
・・・悪魔。
現世ではあり得ない軌跡を使い、自身の弱点を克服する者。
この世界における強者。
人間は知恵を凝らすことで、弱い肉体でありながらも狩猟をこなしてきた。
物理的に狩れない生物は、事実上地球上からは存在しなくなった。
でも・・・狩れない生物は存在する。
悪魔や魔物。
それらが現世へ攻めたらどうだろう?
現代兵器で対抗するのか?
あの、銃の弾を剣で斬る様な悪魔に?
地獄には邪悪種もいる。
死なない生物。
地獄の生物に対して、現世の生物はか弱い。
赤子も同然だ。
虐殺が始まり、現世は戦争状態に移行するだろう。
混沌の世界で、混沌の時代が長く続いた現世に対抗出来るのか?
知恵を持たない相手ばかりだったが故に地球上の頂点に君臨した人間達。
なら、殆ど同じ知能を持つ悪魔相手では?
しかも、生物としての肉体に格段の差がある相手では?
弱い。
弱いのだ。
弱いヒト。
今ここに集結した72柱達を見て、そう実感せざる負えなかった。
「仲間?」
俺は周りにいるメンバーを見渡す。
どいつもこいつもが強烈な個性を宿す意思の持ち主だった。
歴戦の風格。
安定が続いたこの世界で、昔から死について学んでいる者達。
その中に、俺の知っている悪魔がいた。
「・・・オセ」
「また会ったわね、お兄さん」
72柱第20位オセ・アム。
俺気に入ったと言ってくれた悪魔だ。
「数年ぶりね」
「俺の体感的にはそんなんでもないけど」
「それ、私には言ってくれなかったわね」
プラムが肩から俺を睨む。
数年たっても変わらないなぁ・・・人間と違って。
「それは非常時だったからだろ」
「今、戦闘はないけど」
「・・・すいませんでした」
何も俺は悪くないが、とりあえず謝ることにした。
時間がかかりそうだから。
「ま、お兄さんも無事だったし、殆ど順調かしら?」
「バルバトスとレデグルグが・・・」
「大丈夫よ」
2人を指さす。
黄金の鎧を着た悪魔は、もう治療を受けていた。
片腕からの出血が止まっている。
それでも、重傷であることには変わりがない。
血を失いすぎているから。
もう、しばらくは戦えないだろう。
そしてバルバトス。
コイツは・・・なんと生きていた。
胴体から真っ二つにされていた筈だが、上半身から銀色に輝く無機質な下半身が生えていた。
液体金属だ。
肉体の主要器官をどうやって代替えしているのかは分からない。
それでも生きていた。
胴体を斬られれば誰だって死ぬのに・・・それでも生きるとか。
強者の境地に達すると、ここまで生命力が上がるものなのか?
俺はまだ、そこには到達していない。
強くそう感じる。
力が欲しい。
強欲にもそう思う。
愚かなことだ。
自身の発展を願うこと。
周囲の環境を変えること。
それは言ってしまえば破壊だ。
以前の自分を破壊。
周囲の環境を破壊。
人類が行ってきた愚かな行為、そのまんまだ。
生存競争を地球で勝ち得た人類は、本来ならもう発展する必要はない。
それでも、まだ科学は進歩を続ける。
人自身を破壊し、周囲の環境も破壊し、全ての資源を食らいつくすまで。
異常な生物だ。
けれど、それが人間でもある。
それは・・・俺も同じだ。
「さて、再会の挨拶も済んだし、魔王様にでも会いに行きましょうか、お兄さん」
「でも、炎が・・・」
俺がそう言いかけた時、新しく来た5人の悪魔の1人が前に出る。
水色のマントを羽織った、綺麗な女悪魔。
その手には杖を持っている。
先端に拳大程の魔石がはめられていた。
「私、エマ。よろしく」
「・・・よろしく」
72柱第9位のエマ。
知っている。
水の能力の使い手だ。
順位はヴァネールよりも上。
あの断罪者が憎い顔で逃げ出す訳だ。
それはそれは強力な味方だった。
他のメンツを見てみると、強力な連中だということが分かる。
オセとエマ以外には、第12位ラ・グラシャラボラス、第18位バティ・メルゼム、第22位カイム・アモット。
みんな魔王の統治を離れて孤独に生きていた者だ。
相反し、誰からも理解されず、願望を持ち続ける者。
全部合わせると、俺を含めて計10人と2匹がここに集結していた。
普通の奴はここにはいない。
異常者の集まりだ。
なのに、ちょっとした安心感がある。
そんな俺も、きっと異常者なんだろうな。
他の3人がそれぞれ俺を一瞥する。
声をかける者。
無視する者。
そして、俺とは正反対の方向へ行く者。
集団から離れだしたのは第18位バティ・メルゼムだった。
瞬間移動の使い手。
光を熟知せし者。
簡素な服装を纏った女悪魔だ。
見た目だけは徹底的に地味にしているようだった。
概念種は無駄な装飾のない姿をしている。
単一の要素を基軸とする意思の過密集合体だ
服装が地味なのは、光を扱う者としての本人の資質によるものなのかもしれない。
彼女・・・バティがある死体に近付く。
ルフェシヲラだ。
彼女はレデグルグに殺された。
押し潰されて。
肉体は若干薄くなっている。
外傷が少ないから、そんなに出血していない。
代わりに内出血が酷かった。
顔は紫色に変色し、苦悶の表情で固定されている。
さぞ、悔しかったんだろう。
敵とはいえ、死体を見続けるのは辛い。
1分間、彼女はそんなことを続けていた。
他の悪魔は着々と入口に放火された業火の処理の準備をしている。
そして・・・言った。
「私の弟子の最後を・・・見た奴はいるか?」
みんなに対してそう言った。
代表してオセが答える。
「ああ、あんたの目的はその子だったものね」
「弟子の1人を連れ戻したかったんだが・・・死んではもうお終いだな」
彼女の声が暗くなる。
俺には分かる。
バティが死体を見た直後、意思が黒色に染まったことを。
「俺が殺しましたよ。盾で押し潰して」
カイム・アモットに治療をしてもらっていたレデグルグが言った。
「・・・最後に何か言っていたか?」
「いいえ、何にも。ただ、魔王には最後まで忠誠を誓っているようでしたがね」
「分かったよ。ありがとう」
簡素なお礼。
でも、心の中は悲しんでいた。
それは一切表には出てこない。
周りの悪魔達も心を読めるから分かるんだろう。
お互いに、これ以上追及することはしない。
様々な事情や目的があって、人は行動する。
人に近しい願望を持つ72柱もそれは同じだ。
バティの目的の1つは、きっとルフェシヲラに会うことだったんだろう。
彼女が死んだ今、それは2度と叶わない。
納得しただろうか?
それともしていない?
時間はそれでも止まらない。
それだけは確かだ。
そんな中で彼女がした選択は、明快なものだった。
「行こう」
切り捨てること。
捨てなければ前に進めないという状況。
それは全てを物のように見ることと似ている。
物はいずれ捨てる。
ゴミみたいに。
大切なものであっても、いずれは人の手を離れて壊れていくのだ。
例外はない。
そして、命ですら物のように扱う生物・・・それが人間だ。
犬などの動物を疑問の余地なく売買したり、完全な食物として扱うこと。
その一方で犬は家族として迎えられたりもする。
矛盾だ。
人間にとって、命とは物だったり、大切な家族だったりする。
そんな人間自身は、社会の中で物のように生きていた。
自分の意志で生きていると思い込んで。
彼女の中で、ルフェシヲラは物として扱われた。
そういう感情が俺にも伝わってきた。
そうしなければ捨てられない。
次に進めない。
「じゃあ、始める」
小さく控えめな声でエマが能力を唱える。
ヴァネールの火を消せるのは同等ランクの属性能力か、闇などの特殊な方法に限られる。
闇を扱える黒猫は、さっきから姿を見せない。
多分、プラムがいるからだろう。
「主の水よ」
杖に取り付けられた魔石が輝く。
何もない空間から水が生成される。
空気中に含まれる水分が凝縮しているのだ。
普通は水のある場所でしか行使出来ない能力だが、マグナス級から無条件で水を発生させる奇跡を行える。
水の能力が希少と呼ばれる所以は、使い勝手の悪さからきている。
水のある場所でしか能力が使えない。
だから、エマ程水の能力に精通した悪魔はこの世界にいないだろう。
出現した水は、輝いていた。
命の輝きだ。
水は生命を根元から支える神格化された物質だ。
火は恐れ。
水は恵み。
相反する2つの性質が、直接ぶつかる。
ジュウ、と水蒸気が発生する。
そして火が消え、水も消滅する。
燃えては・・・いない。
消火に見事、成功していた。
「もう、安全。行ける」
進路は姿を現した。
障害は最早ない。
大魔石に繋がる通路の先に、アイツらがいる。
「待って」
秋へ行こうとしたら、プラムにそう囁かれる。
「何だよ?」
「貴方は後方にいなさい」
「俺が傷を負ってるからそう言ってるのか?」
だとしたら、少し嬉しい。
「それもあるけれど、大魔石の密集している部屋で体調を崩さないとも限らないでしょう?」
・・・忘れてた。
あの忌々しい頭痛のことか。
「そういえば、頭がまだ痛くないよ」
「近付いたら、また痛くなるんじゃない?そんあ状態で貴方、まともに戦えるの?」
・・・確かに迷惑をかけそうだな
「お願いだから、素直に従って。もう生きている内に貴方と離れたくないの」
「お・・・それって俺のこと好きってことか」
「いいえ、愛しているのよ」
お互いコソコソ話だ。
誰も聞こえてはいないが、それでも恥ずかしい。
猫に愛してるって言われる俺か・・・
何とも言えないなぁ。
「貴方がどう思おうと、ね」
プラムが俺の心境を見透かしたようにそう言った。
「・・・負傷者はどうするんだ?」
話を逸らす訳じゃないが、オセに俺は話しかける。
プラムは不満そうな声も上げないで、素直に俺の言葉に耳を傾けている。
「バルバトスとレデグルグは置いていくわ」
「外の悪魔の襲撃は?」
「それは、ない」
エマが無表情で前に出てくる。
表情だけからじゃなく、意思も読みにくい悪魔だ。
感情の起伏がまるでない、と言ったらいいのだろうか?
「蠅の魔王。彼が悪魔達の転移。それを確認した」
「ベルゼブブか?」
「そう。私も、見た。72柱、下っ端全部、転移で逃げたところを」
全員が転移で逃げただと?
本拠地を捨てて?
「残った悪魔は、まだ多い。1人か2人は、72柱殺したけど。まだ数は、残ってる。だから5人そろって、ここに来た」
「・・・転移でどこに逃げた?」
「多分あそこね」
オセが俺を見ながら言う。
「最後の大魔石がある場所・・・スロウス領」
スロウス領。
ベルフェゴール2世が統治する地。
治療能力や水の能力者が集まる希少な人材の宝庫でもある。
「あそこには修復中の空中要塞がある。だから転移の陣も、そこに繋がっている可能性は高いわ」
「じゃあ、ラースの魔王も?」
「それは奥に行かなきゃ分からないわ」
目の前に続く通路を見つめる。
未だ、大魔石の放つ強大な意思の塊が渦巻いている。
光は失われていない。
まだ、大魔石はある。
「みんな、準備はいい?」
オセが周りのメンバーへ一斉に確認を取る。
それぞれがみんな頭を頷いた。
不思議な一体感を持って。
それぞれの願望を持った悪魔達。
それが団結していられるのは、いつまでなのだろうか?
俺達は個であって集団じゃない。
自分の考えがあり、思いがある。
集団はいつの日か、空中分解する日がやってくる。
どんな集まりだろうと。
それが領土や国、人類や悪魔なんかの種族的規模になっても。
それが生物としての宿命だ。
集団で力を合わせることの尊さは理解出来る。
けれどその行為が尊いと思えるのは、それが一時的なものだと誰もが分かっているからだ。
失わない永遠のものに、生物の中で尊さは生まれない。
失うから、みんな大切にする。
無いから求める。
だからみんなが集まる。
社会とは、そんな集まりを無理矢理法律というルールで雁字搦めにしたようなものだ。
それは集団の拘束と同義で。
だから、社会で生きることに閉塞感が生まれる。
縛られていると感じる。
もし法というルールがなかったら、集団は個々に散ってしまうだろう。
でも、それが自然なことなのかもしれない。
多様性を求めて、進化を促すことは古代から行われてきた。
生物は可能性を模索したのだ。
生き残るために。
社会とは、その可能性の一旦でしかない。
1つの在り方でしかない。
俺は・・・社会が嫌いだ。
人間が嫌いだ。
異常な集団の中で生きてみる。
それも世界の提示した可能性の1つ。
ここが心地いいのなら、そうするのもありなのかもしれない。
現世に帰らないで。
一瞬そんなことを思ってしまう。
まあ、現世には帰れるように努力するさ。
そのために、色々な犠牲があった。
今更引き返せない。
戻れる訳がない。
行くしかないのだ。
「先へ進むわよ」
オセの声に従って、俺を含めたこの世界の異常者達は輝かしい光の中へと姿を消した。




