175話 ザ・アンフォアギヴン15~圧倒的強者との闘い~
「ヴァアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!!!!!!!」
クルブラドの攻撃が当たる直前。
乾き飢えている叫びが聞こえた。
目を見開く。
銀色の液体が敵の攻撃を雁字搦めにしていた。
「バルバトス!!」
俺の声に反応することなく、バルバトスは銀色の液体を全身に纏ってクルブラドに突っ込んでいく。
後から全身に返り血を浴びているポポロも追う。
「ぐっ・・・」
気絶したかと思われたレデグルグも獣の叫びを聞いて起き上がり、再び向かっていく。
驚異的なタフネスだ。
潰れているはずの片腕をブラブラ揺らして、彼は加勢する。
だがそのことごとくを敵は弾き、斬る。
液体金属が四方八方に舞い散り棘を発生させるが、クルブラドがプレート状の大剣で全て中間辺りから切断。
続いてポポロが補助的に炎の球を飛ばしていく。
それは弾かれるまでもなく避けられた。
バルバトスが銀の剣を生成し、投擲しながら真正面に突っ込んでいく。
「アアアアアアアアアア!!!!!」
「・・・獣畜生が人間を助けるのか?」
言いながら正確無比に銀の剣を切り捨てる。
弾いてはいない。
金属すらスッパリと切断されていた。
即死属性が付加された大剣を避けることはせず、クルブラドの攻撃圏内へ。
容赦なく大剣が横薙ぎの形でバルバトスの胴体へ。
液体金属を何層にも重ねて防御するが、それは薄皮のように抵抗もなく切断されて、本体へ迫る。
ガギンと音が大きく広がる。
瞬時に両者を割って、レデグルグが盾で防いでいた。
バルバトスの動きを阻害することなく。
片腕で防いでいるため、クルブラドに押し負けて横へ彼が弾き飛ばされる。
交差する形で銀騎士が敵へ肉薄した。
バルバトスが全身に装着している銀色の鎧から、余す箇所なく針を出現させる。
敵は伸びてくる針が到達しない内に一瞬で液体を斬り刻む。
そして防御から一転して攻撃を仕掛けようとする。
「ほう?」
だが、敵の後ろにはアメーバ状に広がった銀色の液体が忍び寄っていた。
クルブラドを包み込もうと覆いかぶさってくる。
閃光の如き剣技で銀色のアメーバが細かく寸断される。
でも、俺は知っている。
死の金属は切断属性に滅法強いことを。
細かく散るはずの液体金属が元の形に収束する。
クルブラドが何度でも、何度でも斬るが、再生が止まらない。
後ろにはアメーバ。
前にはバルバトス。
うまく敵を挟んでいた。
クルブラドが敢えてバルバトスの方向へ走り出す。
先には液体金属で作った銀色の獣の頭部が待ち構えていた。
姿はそう・・・ライオンだ。
人間を5人纏めて食えそうな、大きな口を開いている。
獰猛な牙まで再現されていた。
頭部が伸びて敵に食らいつこうと襲い掛かる。
1秒も間隔がない隙間の時間。
そんな短い時の中でクルブラドは、小さくこう呟いた。
「斬鉄剣」
強大で純粋な殺意が場を支配する。
相手を殺そうとするその意思は、古代から変わらない生物の本質だ。
生き残ろうとする心の在り方。
世界が太古の頃、それは純粋なものだった。
何のために生きるのか分からないと迷う者には、到底真似の出来ない境地。
自身が全て正しいと思えるような傲慢で強靭な心。
それは強者の在り方で。
360度全ての方向に剣閃が走る。
半径5メートル。
円形状に放たれた剣の通り道は、歪んで見えた。
・・・空間が切れている。
時間が止まったような錯覚は終わり、斬鉄剣と呼ばれた技の結果が反映される。
「・・・嘘だろ?」
俺は唖然とする。
真横に全てが斬られていた。
アメーバや銀色の獣に形成された液体金属・・・そして、その向こうにいたバルバトスも。
液体全てが形を崩す。
バシャバシャとボロボロになった床に落ちていく。
能力の使用者と共に。
斬鉄剣。
接近戦で相手を瞬殺するのに、これ以上物理的に適した性質はないだろう。
斬れば死ぬ。
生き物はみんなそういう風に出来ているのだから。
バルバトスの胴体が床に落ちた同時に、ポポロとレデグルグが迷わず特攻。
武器を構えて走り出す。
・・・やばい。
このままじゃみんな殺される。
そう判断してすぐにデザートイーグルの弾を装填する。
そして、トリガーを引いた。
唯一、クルブラドに防御させられる武器。
もう次に運を賭けるしかない。
この拳銃の装弾数は9発。
バックパックに入っている弾も残り9発。
これで最後だ。
ありったけ使ってやる。
拳銃を連射。
素早く破壊力のある弾の存在に気が付いて、クルブラドは大剣を使って防いでいく。
その間だけ、神速の移動は中断した。
トリガーを引く間隔は0.5秒が限度だ。
それ以上空けると相手に攻撃の余地を与えてしまう。
拳銃で動きを止めていられるのは約4秒。
こんな強力な武器を使っても、これが限界なのだ。
動き自体に隙がない。
しかもどんな生物よりも速いし、物理的に力強い。
単純な火力負けだ。
それでも、少しの間だけ攻撃の機会を作り出せれば・・・
1秒でポポロとレデグルグが敵の攻撃圏内に入る。
2秒後、武器を両者振り上げて攻撃を仕掛けようとする。
3秒・・・攻撃が入る直前。
「んな!?」
大剣で拳銃の弾をガードしながら、人程もある巨大な大盾を片手で受け止めていた。
渾身の一撃が・・・片手で?
クルブラドの表情は至ってクールだ。
昼にコーヒーブレイクをするみたいに、落ち着いていた。
その表情に心が焦りを覚える。
72柱がこんなに必死で戦っているのに・・・あり得ない。
「ぐお!!??」
片手の腕力と握力だけで、レデグルグごと盾が持ち上がる。
何回も言うが、片手でだ。
そのまま横に投げつける。
続くポポロが投げられたレデグルグとぶつかって、攻撃が中断された。
その後、弾切れ。
そして・・・
「斬鉄・・・!?」
必殺の攻撃が行われようとしたその時。
クルブラドの頭上から黒い霧が降り注ぎ、彼を覆った。
・・・闇だ。
闇の影響で、彼の動きが鈍くなる。
・・・チャンスだった。
拳銃の弾はもうない。
銃を捨てて、魔剣を2本抜く。
プラムとの同調はもう終わっていた。
獣の瞬発力。
チーターが獲物を狩る様子。
それを意識して俺は全力でダッシュした。
止まることは考えない。
刺し違えるつもりで接近する。
「・・・剣」
「!!!」
脳が危険シグナルを発する。
このまま真っすぐ進んだら死ぬと。
脅威が俺の胴体を横に切断しようとするのが本能的に感じられた。
闇で止められた筈の斬鉄剣・・・それをクルブラドが放った。
人外の動きで感じられた脅威よりも上に飛ぶ。
その瞬間、俺のいた場所に空間の斬れ跡が残った。
大剣を見ると、刃が潰れている方で攻撃を行っていた。
死ぬことはなかった・・・でも、戦闘不能にはなっていた筈だ。
恐怖が背を伝う。
殺意に対する原始的な反応。
死を逃避したいがための、正常な判断。
ジャンプ、してしまった。
もう動けない。
空中で浮かぶその短い時間で、俺の意識をクルブラドは刈りとるだろう。
でも・・・諦めない。
俺の心の中に、そんな言葉が熱く滾る。
絶対的な強者に立ち向かうことは、自然界では愚行に値する。
それでも・・・人間は恐怖を飲み込んで、格上であるはずの生物を狩ってきた。
狩猟本能。
俺は本能と感覚だけで体得した狩猟技術を体で再現する。
通常の人間の筋力や骨格では再現出来ない、異常な行為。
俺は咄嗟に投げやりのように体の姿勢を空中で整えていた。
槍の代わりとなるのは・・・魔剣だ。
槍は空気抵抗を受けない投擲として完璧な形状をしている。
人間は投擲行為が異常にうまい生物だ。
だから本能で分かる。
これは投げられない。
でも・・・それは通常の人間での話だった。
空中での体重移動。
体を横に回す。
回転運動。
手首のスナップを意識する。
体の動きは運動エネルギーを起こす。
それは最終的に全て魔剣を握る右手に集約された。
かつて、獲物を狩った古代の人間のように・・・俺は投げた。
「いっけぇぇぇっ!!!!!」
殺人的な運動エネルギーを得て、槍代わりの魔剣はクルブラドへ直進する。
彼は斬鉄剣の構えをまだ解き終わっていなかった。
闇ごと空間を切断するが、まだ沈静化の余韻は残っている。
反応が・・・少し遅れていた。
だが、察知するのは速い。
大剣は振れず、防ぐことも体勢的に叶わない。
結果、クルブラドは横にローリングして避けた。
・・・そこが狙いだ。
「うおおおああああ!!!!」
気迫で体を動かす。
同調して強化された体は、クルブラドが避けるであろう方向のすぐ傍に移動し終わっている。
転がってきた騎士団の長に、1本の魔剣で連撃を浴びせる。
だが、手数が足りない。
簡単に俺の剣を受け流しながら起き上がる。
俺の反応速度を超えて、体験の刃を潰した部分が俺の首を襲う。
ガギンと俺の目の前で火花が散った。
レデグルグがまた、俺を守っていた。
片手に持つ盾を、全身で支えて。
横には攻撃を行おうとするポポロの姿が捉えられた。
まだ・・・やれる!
闇の鎮静化の影響が解ける前に・・・
そう思い、必死で連撃を仕掛ける。
ポポロは俺の攻撃に合わせて的確に補助攻撃を入れてくれる。
でも、攻めきれない。
手数は十分の筈なのに。
これでもまだ、対処出来るレベルらしい。
ことごとくポポロと俺の攻撃は大剣で防がれていた。
徐々にクルブラドのスピードが上がっていく。
本来の力量へと戻っているのだ。
もう・・・ダメか。
絶望が脳裏を掠めた。
その直後。
「・・・来たか」
「な!?」
「アブナイ!!」
3人は戦闘を中断して、天井を見る。
ガラガラと大きな瓦礫が崩れていた。
ポポロは俺の腕を掴んで後ろに放り投げる。
クルブラドも同時に後ろへ引いた。
人間の数十倍もある瓦礫が雨みたいに落ちてくる。
膨大な煙が舞う中、3人の悪魔がその中から姿を現した。
「ほう・・・ヴァネール。お前か」
燃える剣を片手に持った悪魔・・・断罪者ヴァネールが姿を現す。
そして、対面に降り立った悪魔。
それは・・・
「72柱14位ロノウェ・エリカナ、13位ダヴェン・シルーダム・・・」
プラムが俺に説明するようにそう言った。
最初にヴァネールと戦っていたメンバーだ。
ってことは、今までずっと戦ってたってことか?
しかも、こんなところまで来るような戦い。
・・・戦闘範囲が広すぎる。
3人ともクルブラドよりもボロボロだった。
所々出血していて、大斧を持ったダヴェンにいたっては片腕が燃えカスみたいに真っ黒だった。
きっと燃やされたんだろう。
それでも苦痛は顔に出していない。
流石に、72柱だった。
「・・・ヴァネール、あんたももうお終いよ。もうすぐエマが来るんだから」
「・・・黙れ、小娘が」
ヴァネールが憎々しげにロノウェを睨む。
断罪者も手傷を負っている。
あの断罪者が、だ。
相当な戦闘だったんだろう。
「クルブラド殿・・・」
ヴァネールが隣にいたクルブラドを見る。
その目は・・・上司と部下のものだった。
「・・・引こうか、同士ヴァネールよ。72柱がここに集まるのを感じる。殺せはするが、人間の確保は難しい」
「では・・・彼の地にて?」
「とにかく、魔王様のご命令次第だろう」
「ならば」
「行こうか」
2人は後ろへ走り出す。
その際ヴァネールが置き土産に大魔石に繋がる入り口付近を全て燃やす。
業火が俺達の進路を阻む。
「あんのじじい!ちょこざいな真似をするわね!」
「・・・あの炎、どかせるか?」
俺は殆ど初対面のロノウェに質問する。
こんな状況だ。
初対面だとか、そういうことがどうでもよくなる。
「・・・エマじゃないと無理よ。中途半端に能力をぶつけても、あの炎は能力ごと燃やしちゃうもの」
じゃあどうやってヴァネールと戦闘を?とは聞かない。
命懸けなのは分かっていたから。
それは俺の味方をしてくれたコイツにする質問じゃない。
「でも、もう来るわね」
ロノウェが上を見上げる。
天井に空いた穴・・・その向こうに見えた。
新しい5人の悪魔が。




