174話 ザ・アンフォアギヴン14~大魔石の守護者~
俺達はたどり着いた。
ある部屋に。
宮殿の内部みたいに豪華で真っ白な内装。
床の材質はタイルみたいにツルツルしていて、1つ1つに複雑な文様が描かれていた。
この部屋自体も広い。
スケートリンクぐらいの大きさ。
真っ暗だった通路から一転し、強烈な光が場を照らす。
大魔石による光だ。
その光は奥の部屋から漏れ出た残光に過ぎない。
大魔石は奥の部屋にある。
そして、魔石の守り手はこの部屋の中にいた。
さっきから戦闘の音が響いていた元凶。
でも、今はその音も止んでいる。
戦いの決着がついたのだ。
潰していた。
人ほどの大きさを誇る盾が、ルフェシヲラを。
彼女は圧死した。
俺が見た瞬間に。
そこでどんな戦闘が繰り広げられたのかは分からない。
俺はその過程を見ていないから。
とにかく結果は明確だった。
ある者が負けて、ある者が勝った。
勝った者・・・それはどうやら俺の味方で。
ルフェシヲラを殺したその悪魔は、俺の知っている猫をその肩に乗っけていた。
「プラム・・・」
「久しぶりね」
「ああ・・・久しぶりだ」
嬉しかった。
やっぱり助けに来てくれたのだ。
見捨ててはいなかった。
彼女のことを信じていた甲斐があった。
奥を見る。
そこには2人の悪魔がいた。
狂った魔王とその配下・・・クルブラド。
魔王はただ静かに大魔石への部屋の入り口前に佇んでいる。
ルフェシヲラの死に悲しむでもなし、怒るでもなし。
虚ろな目で俺を見据えていた。
そして、その前にいる男はダゴラスさんと近い雰囲気を持っていた。
見た目は壮年の男。
角の片方は切れ落ちて、もう片方はボロボロ。
ホームレスと見間違いそうな汚れたマントを着ていた。
両手には古代の産出物と呼んでもおかしくない、所々錆びて穴の開いた四角いプレート状の大剣を持って、地面に剣の先端を置いている。
俺は見た目に惑わされない。
強い者。
全く隙がない。
攻め込めない。
・・・真っ向勝負では殺される。
ただそう思った。
「2対1では俺の信条に反すると思い黙って見ていたが・・・存外呆気ない死に方だったな、ルフェシヲラよ」
もう話すことのない死体に向かって、クルブラドが語りかける。
別れの挨拶みたいに。
「安心しろ、そこの人間」
彼が俺に声をかけてくる。
しわがれた声の中に、何人にも変えられない強い意志を感じる。
「貴様を殺しはしない。ただ、それ以外の者には死んでもらうことになるが」
結果を告知するようにそう言った。
確定事項かよ、とか軽くつっこめない。
彼にはそれを実現するだけの力がある。
大魔石に負けないくらいの強い意思がそれを物語っている。
「・・・ですって。怖いなあ」
プラムが肩に乗っかっている悪魔が俺に対して話しかけてくる。
全身に金色の鎧を装着していて、両腕に大盾を持った奇妙な装備だ。
声からして男だろう。
人間がスッポリ隠れる大きさの盾で、重量は・・・とても重いだろう。
悪魔1人を圧死させるぐらいには。
盾を持った悪魔ってことは・・・
「・・・レデグルグか?」
「ええ、そうです。猫ちゃんに頼まれて加勢しに来ました」
敬語で気軽な口調なのに、態度が重い。
内面が悲哀と復讐心に燃えていた。
従って、心は真っ黒だ。
外観と話し方が著しく食い違っている。
悪魔のように心のセンサーを持ってしまった俺は、もう相手がどのように心で思っているのかは大体検討がつく。
だからこそ、話しにくい。
悪魔の大半は中身と言葉が一致している。
問題なのは一致していない時。
相手が嘘を吐いていると分かった時、その者に対して追及するのかどうか。
どうだろう?
事情にもよるかもしれないが・・・俺には分からない。
「ん」
プラムがレデグルグの肩から飛び降りて、俺の肩へと飛び移る。
俺の両肩に猫が2匹・・・と思いきや、黒猫はいつの間にか消えていた。
俺の肩にいない。
そんなにプラムと会いたくないのか。
まあいい。
それがアイツの意思ならば。
「助けに来てくれたんだな」
「当然よ。貴方の為なら死んでも守るわ」
重い言葉が軽く飛ぶ。
いや、嬉しいけども。
とにかく、これでいつものパートナーが戻ってきてくれた。
しかし、再会の喜びに浸っている時間はない。
やるべきことが目の前にあるのだから。
「まず先に、目の前の2人を倒さないとな」
「そうね」
と言っても、隙がまるでない。
攻めようにも攻められない。
「レデグルグ。お願い」
「ええ、ええ。分かってますとも」
金色の鎧を着た大盾持ちの悪魔が先頭へ出る。
それに合わせてクルブラドも前へ出た。
「魔王様、どうか中へ」
「・・・」
クルブラドがそう話すと、魔王がフラフラと奥へ消えていく。
眩い光の元へ。
「人間、お前・・・いつか見た時よりも魂が元の形に戻っているな」
クルブラドがレデグルグを無視して俺へ視線を合わせる。
余裕だ・・・コイツ。
「お前なんかと会ったことないだろ」
「・・・記憶が消されているのだったな。お前が最初に地獄へ来たことも覚えていまい」
「消される?」
「ふん、何を言っても無駄か。自身で選択したとは言っても、マリア殿もこれでは報われまい」
「地獄に来た時のことは覚えてる。お前、適当に話してないか?」
「・・・」
クルブラドが剣を持ち上げる。
大剣の表面からポロポロと落ちてくる錆が印象的だ。
あんなものからでも強い意思が感じられる。
魔剣。
それも、俺が出会ったどの魔剣よりも強い。
ヴァネールの剣よりも、ダゴラスさんの魔剣よりも。
レデグルグも両手の盾を持ち直す。
ルフェシヲラの死体が邪魔なようで、彼はサッカーボールでもシュートするように蹴る。
死体は一蹴りで隅に転がる。
あれだけ俺を苦しめていた悪魔がこんな扱いだ。
虚しかった。
「俺が出来るだけ敵をの攻撃を防ぐから、とにかく隙を見つけたら攻撃してください」
「・・・分かった」
とりあえずそう言ったが、俺のレベルで攻撃なんて通じるのか?
本能が敵の戦闘技能を悟る。
俺とクルブラドじゃあ格段の差がある。
死ぬ覚悟は出来てはいるが・・・不安だ。
本当に、コイツに勝てるのか?
不安は恐れだ。
恐れは生物が生存競争を出し抜くために、かつて存分に培ってきた資質だ。
今の感情を無視することは出来ない。
けど・・・そんな不安を押し込めて、俺は片手にデザートイーグルを、片手に魔剣をそれぞれ持つ。
この大型拳銃は片手で扱えないぐらいの反動があるが、今の俺には関係ない。
馬鹿デカイライフルですら片手で打てそうだ。
巨獣の一撃を今まで受け止めてきたのだ。
こんなもの、俺にとって衝撃でもなんでもない。
「・・・」
3者無言。
それはいきなり始まった。
「!!!」
閃光の如く相手の姿が消える。
次の瞬間、レデグルグが盾で大剣の斬撃を防いでいた。
メリメリと白いタイルに足がめり込み、床が割れる。
速い。
速過ぎる。
目で追いきれない。
ギリッと音がして、クルブラドが大剣を振りぬく。
レデグルグが真横に吹っ飛ばされた。
体が壁に突っ込んで煙を上げる。
「いっ!!??」
また姿を見失う。
能力じゃない。
単純にスピードが速い。
カンで横に駆ける。
一瞬遅れてゴンと叩き付ける音が聞こえた。
殺さないと言っていたから、多分みねうちだろう。
後ろを見ることをせず、ベリーロールの要領で前へ転がる。
さらに2撃目の反響音がすぐ後ろで響く。
俺が立ち上がろうとするその刹那。
横に影が見えた。
クルブラドがプレートの平らな部分を俺に打ち付けようとするのが見えて・・・
「うあ!?」
ドンと後ろに突き飛ばされる。
レデグルグが間に割り込んで、しっかりと敵の打撃を防いでいた。
その間を見逃さない。
俺は引き金を迷わず引いて敵を撃つ。
クルブラドが後ろに後退しながらプレートで発射された弾を斬り落とした。
・・・防いだんじゃない。
斬った。
異常な反射スピード。
どんな鍛え方をしたらそんなことが出来る?
弾の軌道を読み取って避けたり、盾のような物で防ぐことは出来る。
けど、斬るって・・・
困惑しながら続けて発砲。
だが、敵はこっちの目で追えないスピードで横へ逃れる。
銃で照準を合わせられない。
先行してレデグルグが1撃目を対処する。
また衝撃の余波が地面を伝ってひび割れる。
今度は全力で踏ん張ったのか、吹っ飛ばされない。
ガガガと床を足で削り押されながらも、静止する。
だが、敵が盾を上へ蹴り付ける。
重量のある黄金の姿が、中空に浮く。
尚も盾を構え続けるが、さらなる足蹴りで空中に浮いたまま後方へ吹っ飛ばされる。
空中では踏ん張りが効かない。
そう思った思考の縫い目。
眼前に敵が迫る。
「霊性なる守りの壁よ!!」
「守りの壁よ!」
2重の結界が俺の目の前に現れる。
1つはプラムの結界。
もう1つはレデグルグの強力な結界。
ルフェシヲラと同等のスピーリトゥス級。
なのに、大剣を振るだけでいとも簡単に破ってきた。
止まらない。
こんなのチートだ。
強すぎる。
「う、うおおおおお!!!!」
足で避けるよりも剣で対処した方が速い。
そう思って反射的に剣で応戦しようとする。
攻撃ではなく防御。
受け止めきる覚悟で剣を見切ろうとする。
真っ正面から平らな部分で大剣を振り下ろすのが分かった。
頭上に横にして剣を振る。
攻撃が・・・俺の魔剣に叩き付けられる。
ダイレクトに真上から力がのしかかってきた。
体中の筋肉が悲鳴を上げて、すぐに過負荷がかかる。
呆気なく俺は大剣に押しつぶされた。
「が・・・ぁ・・・」
床にメリメリとめり込む。
大剣のザラザラした錆に頬が押し付けられて不快だ。
そして、それ以上に俺の全身を苦痛が襲う。
それでもプラムをかばうようにして守る。
直後、大剣の感触が離れる。
大盾を避けるクルブラドが見えた。
「大丈夫ですか!」
彼が俺を起こす。
頭から血を流していた。
ボタボタと。
「後ろ!!」
俺の叫びの前に襲い掛かる陰に気付いて、レデグルグが俺を守る。
彼は1撃なら耐えられるが、2撃目が危うい。
予想通り彼は初撃を耐えるが、構えが崩れていた。
「こんの!!!」
さっきと同じ形でデザートイーグルを弾切れまで打つ。
生物が反応出来る速度を超えた弾を彼は後退しながらも弾いていく。
マグナムなのに、ボロボロの剣は欠けもしない。
大型拳銃を撃っている短い間に片手でどこかに潜む黒猫に合図した。
すると、上から闇が薄っすらと降ってきて2本の魔剣に纏わりついた。
・・・魔剣自体は遅くなっていない。
どうやら、サスケはサポートしてくれるみたいだ。
拳銃を捨てて、魔剣をもう1本抜く。
もう敵はすぐそこまで来ていた。
「はあああ!!!」
レデグルグが大盾を体術の構えで持ち直していた。
その姿はどことなくボクサーに似ている。
グローブをはめた選手のようにクルブラドへ連続で殴りつける。
巨大な盾を両手に持っているくせに、悪魔が剣を振るよりも早く拳が前へ出されていた。
ボディーブローを狙って右腕を伸ばす。
が、ヒラリと横に少し体をずらして躱される。
伸ばした腕を切断しようと、大剣が振り下ろされる。
それを阻止する形で、もう1本の腕につけられた盾を使って防ぐ。
「ぐうっ!!」
片手で斬撃を防ぐのは無理だった。
振り下ろされた攻撃に押されて、地面に体が激突した。
うつ伏せで倒されたレデグルグの背中に刃が迫る。
「させるか!!!」
両方の剣で、垂直に降ろされる大剣を受け止める。
闇の効果が作用しているおかげで、攻撃は止まる。
それでも重い。
沈静化の作用が働いているはずなのに、なんでこんなに重い?
レデグルグがバッと起き上がって、追撃を仕掛ける。
俺も合わせて攻撃を行う。
斬る。
いなされる。
魔剣でフェイントをかけて、足技を仕掛ける。
軽く看破されて、カウンターを決められそうになる。
慌ててガードする。
受け止めることに成功するが、後方に押されそうになる。
プラムが発動した結界で背中を支えられる。
続いて剣を振る。
見ることもなく躱される。
・・・レデグルグと攻撃を一緒に行っているのに、相手は全く退かない。
むしろ俺達を防戦へと追い込んでいく。
藁で鉄を叩く感覚。
弱い人間。
自身の肉体に限界のある人間は、武器を作った。
そして技を学んだ。
過酷な自然界の中で、生き残るために。
人類が積み重ねてきた武器の知識は、代々受け継がれていく。
その技の知識は生き物のようだ。
代を重ねるごとに進化する。
ある時代では剣が。
またある時代では弓が。
その先では銃が。
時代が変わるごとに武器もまた変わっていく。
人間の敵も獣から人間自身へと変わっていった。
体得するべき技能は多く枝分かれする。
それでも知識はなくならない。
積み重ね、練磨していく。
人間の強さは火力ではなく、武器の扱い・・・熟練した知恵によるものだった。
その知識は現代にまで受け継がれているが、全てを体得した者はいない。
弱い人間。
強い悪魔。
生物としての格は明らかに悪魔の方が上だ。
なのに、技まで悪魔の方が習熟しているなんて言ったら・・・
どう立ち向かえばいい?
生き残りの戦闘において、強者を負かすにはどうしたらいい?
・・・無理だ。
強者は食われる。
自然界の掟。
ネズミがどうして猫に勝てる?
勝てはしない。
それがルールだ。
気が付けば、レデグルグの片腕は真っ赤に染まっていた。
受け止めきれない巨大な衝撃。
何度も受け止められるはずもなく、腕が限界を迎えて壊れた。
完全に粉砕している。
こうなれば後はもう一方的だった。
レデグルグの盾が弾かれる。
粉砕した手でよく持っていたと思うが、それも弾かれてしまう。
このことを予想していたらしく、彼がバックするが、クルブラドの異常に速く力強い攻撃が届く。
肩から斜めに胸をバッサリと斬られる。
切断は避けられたが、それでも放っておけば命を奪う傷。
72柱が・・・倒れた。
「・・・」
敵の視線が俺へ。
絶望を気力で押し返す。
2本の魔剣を持ち上げる。
闇はだいぶ前に消えている。
魔石もない。
それでも戦う意思は崩さない。
「その意気やよし!」
言ってクルブラドが弾丸の速度を肉体で再現したような動きで俺を襲う。
もうダメか。
そう思われた時。
「ヴァアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!!!!!!!」
銀色の液体が俺を包んだ。




