173話 ザ・アンフォアギヴン13~大魔石へ至る階段~
争いは激化の一途を辿る。
味方の72柱は中々に頑張る奴らで、未だ強大な意思の消失は確認していない。
ヴェネールやその他もろもろの72柱と交戦中のはずだ。
今の状況は色々な意味で分岐点だと思う。
魔王が勝つのか。
それとも、俺を含めた外部からの寄せ集め集団が勝つのか。
どっちにしても、どっちかが滅ぶしかない。
魔王側に現世行きを許したら、世界が滅ぶことを俺以外の悪魔は理解していないだろう。
この世界についての真実を知る者は少ない。
ランティスは例外だったのだ。
まあ、世界の事情を知ろうと知るまいと、72柱達が味方してくれているのは変わらない。
俺と一緒に戦える余裕がないことも変わらない。
「・・・ここか」
最初、俺が中央執行所で魔王と会った時は謁見の間だった。
普段は謁見の間で他の悪魔達とあれこれしているんだろうけど、この非常時だ。
どこかに移動している可能性が高い。
脱出は恐らくないと思う。
逆に、あの魔王なら大魔石の場所へ行こうとすると思う。
言ってしまうと、大魔石が置かれている場所は、一番気密性の高い空間だからだ。
どの領土でもそうだが、大魔石は街の外からでも見えるような形で置かれている。
透明なガラス状の結界で守られているからだ。
誰からでも見える位置にあるから、大魔石が取り放題って思うかもしれない。
けど、大魔石を守る結界は強力だ。
第5段階のチャントが施されたものだからだ。
壊せないし、外からの侵入も許さない。
転移の光ですら弾くから、転移での移動も出来ない。
直接大魔石の置かれている部屋へと、この足で行かなくちゃならない。
そういう意味で、あそこは防壁と言える。
「大魔石の気配がする。間違いなくここだ」
「ソウダネ」
俺達は大魔石があると思われる部屋の前まで来ていた。
ここから膨大な意思の塊が肌で感じられる。
それと敵の意思も。
多分、72柱。
しかも複数いる。
「慎重に行くか、大胆に行くか、どっちがいいと思う?」
「・・・何のために第4隊長のレイディを殺したんだろうネ?」
「一時的に位置を分からなくするためです」
「これ、何のためのやり取りナンダイ?」
「リラックス。落ち着きの準備運動」
こういう軽いどうでもいい話が、心に平穏をもたらすのだと俺は思う。
「人間さんがそんなことをしてる間にも、味方さんが死ぬかもしれないノニ」
「こういう間がなかったら、俺が死ぬかもしれないってのに」
「・・・本当に世界を救う気はあるのカイ?」
「あるよ。さっきだって命を懸けてたじゃないか」
疑うとは心外な。
「心を読まれない者同士、仲良くいこうじゃないか」
「なら、早くシテ」
黒猫が急かす。
ドライだ。
まあいいけどさ。
大魔石のある場所に繋がっているであろう部屋の入口は、どこぞの領土の城と同じ、巨大な扉になっていた。
だが、それは無惨にも半壊している。
戦闘がここでもあったってことだ。
ここに来る途中、悪魔の死体が結構な数あったし。
先にここへ到達した悪魔がいたってことだろう。
今ここで俺が侵入して、気付かれない可能性は高い。
扉を潜って中へ。
先にあったのは巨大な階段だった。
人が20人並んで歩いて、やっと窮屈さを感じるような横幅。
顔を上に上げないと最上段が見えないくらいの高さ。
とにかく大きい階段としか言えなかった。
途中には死体がこれでもかと散乱している。
血もベタベタと階段を濡らしていた。
「こんなに大きく作る必要あるかね?」
「昔は幻想種をここに置いて、大魔石を守らせていたソウダヨ?」
「ドラゴンとか?」
「今は幻想種はドラゴンだけだけど、本来はもっと別の種類がいたソウダヨ」
「・・・それもランティス情報か?」
「ウン。実際に過去を見たッテ」
アイツはホントに凄いな。
なんでもありって気がしてくる。
「でもまあ、ここには何にもいないな」
既に戦闘は終わっているみたいだ。
72柱らしき死体はない。
無事に上へ行ったらしい。
「油断はしちゃダメダヨ」
「おう」
階段の一番端っこまで移動して上り始める。
ズリズリと壁に体をつけて、出来るだけ速く。
「聞きたい事あるんだけどさ、いいか?」
「今のうちにドウゾ。心残りがあるといけないカラネ」
じゃ、遠慮なく。
「ランティスは72柱達がここに攻めてくるのは分かってたんだろ?あの口ぶりじゃあ」
「ソウダネ。僕にも教えてくれてたヨ」
「それじゃあ、この先は?」
「先ッテ?」
「この戦いはどういう終わり方をするんだよ?」
これから戦おうってのに、勝敗を聞いたらアレな感じがするが・・・
聞きたいものは聞きたい。
もちろんこっちが負けると分かっても、最善は尽くすけど。
だって、そういう運命を知っていてもランティスは俺に世界を救ってほしいと思ったってことだ。
それに、運命は変えられる。
個人的にはそう思ってる。
「それはご主人様にも分からないヨ」
おや?
「・・・未来読めなかったのか?」
「人間さんが大きく関わるからダッテ」
「何で俺が関わると未来が分からなくなるんだよ?」
「この世界の住人じゃないからダヨ」
あっ。
そうか。
俺、この世界では1人ぼっちだったもんな。
「闇の世界に混沌の記憶は持ちこんじゃあいけないんダヨ。それは本来光が闇の世界に人間の魂を運ぶ時、削り落とすものナンダカラ」
「いや・・・俺は記憶喪失だから」
「でも、記憶喪失は記憶が完全に消去されたってことじゃナインダヨ?それはただ思い出せないダケ」
・・・天使にもソレ、言われたな。
全く別の生命体と言っていることがかぶってることに少し驚く。
「今の行動基準や性格はどこから来てると思ウ?それは魂に穢れとしてこびりついた記憶ダヨ」
「ああ・・・マリアさんも言ってた。記憶は性格なんかと強くリンクしてるって」
性格や本質の純化。
ダゴラスさんの家で聞いた話だ。
記憶をなくすと、自身の本質が純粋になっていくという。
黒猫の話では記憶は汚れとのことだ。
と言うことは、汚れが落ちたから、本質が純粋に・・・綺麗になったと言える。
それは魂を浄化する転生の話とガッチリ合致している。
マリアさんの指摘は間違っていなかったってことだ。
彼女がこの世界について、どれほどの知識を得ていたかはもう聞きようがないから分からない。
けど、その目や思考は世界の姿を完全に捉えていたんだろう。
改めて物凄い悪魔だったんだと思い知らされる。
最初に会ったのがマリアさんで、本当に良かった。
「マリアか・・・死ぬには惜しい存在だったネ」
「・・・そういえばお前、グリード領で俺を見たって言ってたな」
「言ったネ。ソレガ?」
「それは俺が大魔石から出た時か?それともその前・・・グリード領での大災害の時か?」
「大災害での時ダネ」
だと思った。
予言書は大災害時に死んだララやダゴラスさんのことも記されていた。
ってことは、預言で既に俺の位置を捕捉していたってことだ。
すぐにでも俺の行方を把握しておきたかったランティスとしては、すぐに俺のいるグリード領へサスケを向かわせたに違いない。
「・・・マリアの最後が知りたいのカイ?」
「・・・知りたい」
「ウ~ン。不快な結果だけど、それでも聞きタイ?」
「聞きたい」
聞けるのなら。
プラムも知らない大災害の決着。
その時の状況を詳しく知っている奴がいるのなら、聞かせてほしい。
これは前々から思っていたことだ。
時々それが原因で、疎外感に苛まれることもあった。
俺だけがあの場にいなかった。
俺が中心で起こった戦いなのに。
後悔はしてない。
けども、時々その時のことを思い出す。
「マリアは、ヴァネールに首を刎ねられタ」
「・・・苦しんでたか?」
「イイヤ。むしろ最後の瞬間までシャンとしてタ。あんな死に方が出来る悪魔は滅多にイナイネ」
「分かった」
「もうイイノ?」
「うん、十分だよ」
不思議そうな顔で俺を見る黒猫。
もうマリアさん達の死に対しては飲み込めているから悲しまない。
既に起こってしまったことだから。
取り返しの付かないことだから。
俺は一体どんな表情をしているんだろう?
「・・・着いたネ」
ゴゴゴと戦闘の余震が響くなか、俺は階段の最上段に到着する。
奥には・・・真っ白い巨大な壁が立ちはだかっていた。
手前には死体の数々が。
それ以外は何もない。
「・・・行き止まりか?」
扉がない。
あるのは死体だけ。
・・・おかしい。
これだけ巨大な階段があるっていうのに、上ったら何もなし?
そんな馬鹿な。
「違うヨ」
「でも、何もないぞ」
見えるのは壁だけ。
何も描かれていないホワイト一色の、だ。
「ここには結界が張ってあるのサ」
「結界?そんなのないぞ」
結界は不可視じゃない。
ガラスのような形で存在するちゃんとした物質だ。
「違う違ウ。気配断ちの方ダヨ」
「・・・張ってあるのか?」
「気配断ちの結界を使ってた時期が長いのにネェ?」
なんだか黒猫がニヤニヤと笑っている。
何がおかしいんだよ。
「いっつも銀叉の猫が結界を使って隠れてたカラネ。人間さんの傍で追跡する身としては、辛いものがあったヨネ」
「なんだ、ただの恨み言か」
「ただのッテ・・・どれだけ僕が人間さんを追いかけるのに苦労したと思っているンダイ?」
「じゃあ、さっさと姿を見せればよかったじゃないか」
「あの時は銀叉がいたからネ。こういう非常時でもない限り、銀叉と夜叉は会っちゃいけないンダ」
「なんでだよ?」
「お互いが死ぬカラ」
死ぬ?
それこそ何で?って話だ。
「ま、予言ではそうなってるんダ。結構アルヨ?コイツとアイツが出会えば死ぬ運命だとか頻繁にあるんダヨ。この悪魔に会ったから、相手の行動が変わって事故死した、トカネ」
「・・・行動が変わると、運命も変わるってことか」
「その通りダヨ」
嬉しいことを言ってくれるね。
やっぱり運命は変えられるんじゃん。
「ま、話を戻すけど、ちゃんと道は存在するヨ」
「この壁の先か?」
「ウン」
「・・・でも大魔石の意思が・・・なんて言うか、漂ってこないんだけど」
この城の上からは感じ取れるが、この壁の先からって感じではない。
本当にここはただの壁じゃないかって疑うぐらいだ。
「ここにはドミナス級の結界が張られてるカラネ。無理もナイヨ」
「・・・マジか」
ドミナス級。
第5段階のチャント。
これは滅多に見れるものじゃない。
今まで見たのは72柱上位のウルファンスとヴァネールの能力くらいだ。
ドミナスの領域まで能力を習得した悪魔は、他の能力を殆ど使えなくなるくらい特化してその能力を鍛えないと到達出来ない。
それも、数百年単位で。
無理だろ、とか思っちゃうところだが、この世界にはそれを達成しちゃう頭のネジがぶっ飛んだ奴らがいる。
人間みたいに心の多様性を持たない結果、こうなったのかもしれない。
何にせよ、極める者の心理は理解しがたい傾向にある。
俺なんかが考察したところで、何の意味も持たない。
「予め知ってなきゃ、この先に道があるなんて思わないヨ。だって、第6感の強い72柱でもここを見破ることは出来ないンダカラ」
「・・・じゃあ、ここらに散らばってる死体を作った奴は引き返したかな」
「イヤ、奥に進んでると思うヨ」
「よくそんなこと分かるな」
「だって、大魔石の近くに歩いてる気配はナイカイ?」
「んん?」
探ってみる。
・・・確かにいた。
大魔石の意思がでかすぎるから分かりにくいが、大きな意思がある。
「意識してなきゃ分からないって。気配探るの得意なのか?」
「夜叉の得意な分野ダネ。これで人間さんも見失わずに済んだんダヨ」
へぇ、闇を使うだけの種族じゃなかったのか。
「それで、どこに入り口があるんだ?」
「壁の丁度真ん中辺りだった気がするヨ」
「左右上下の中心ってことか?」
「ソウ」
黒猫は真っ白い壁の中心を指さす。
「下じゃなくて、上っすか」
「意外性がアルデショ?」
「これも大魔石を守るため?」
「地上を移動する魔物の侵入を考慮したって聞いたネ」
ええ・・・
でも、魔物なら数メートルジャンプが出来る個体もそれなりにいる気がする。
・・・弱い魔物除け程度ってことか?
「よし、中央だな」
俺は壁の真ん中、その根元まで移動する。
助走はいらない。
完全に人間を凌駕する脚力を手に入れているから。
「よっ!!」
平らな壁を走っていく。
垂直なのに、普通に走っている感覚だ。
体も軽い。
これじゃあ、努力したとかそんなレベルはとうに超えちゃってるな。
俺、現世に帰ったらちゃんと人間達に順応出来るんかな。
・・・出来ないだろうな。
「うお!?」
急に足が壁をすり抜けた。
そのまま勢いに押されてビタンと壁の中の床に転がる。
感覚を強化してなかったらそのまま顔面打ってたな。
「・・・本当に結界だったのか」
中は細長い通路になっていた。
暗い。
真っ暗だ。
明りのクズ魔石がない。
猫の目のおかげで歩くのに支障はないけども。
「ん・・・」
ガンガンガン、と地震のような揺れと共に、金属音が廊下を反響していた。
壁の外じゃあまるで聞こえなかったのに。
それだけドミナス級の能力が完璧だったってことか。
「先客が戦ってるな」
「味方ダネ」
「なら、加勢しよう」
恐らく、この先では72柱同士が戦っているんだろう。
クルブラド・オドロリス。
騎士団の長。
この街において、最強の悪魔。
正直怖い。
けど、行かなくちゃならない。
俺のために、世界のために。
いつの間にか芽生えた使命感が俺を動かす。
ただ、幼女みたいな悪魔・・・ランティスにお願いされただけで。
どうして、こんな大役みたいなことを引き受けたんだろう?
自分でも不思議だ。
未だに。
それでも、先に進む。
激しい戦闘音が響く暗闇の通路へ、俺は足を踏み入れた。




