171話 ザ・アンフォアギヴン11~包囲戦~
「緑多き我が領土!!」
レイディの叫びで植物が共鳴する。
搾取されるのが運命のその身から降り絞るように。
食物連鎖に入るのは動物だけじゃない。
狩り、狩られるのは植物も同じだ。
食肉植物は虫を誘引し、その肉を食らう。
だが、そうした特殊な機能を備えていない限り、別生物に対して植物は無力だ。
移動の出来ない、単体の生物としては出来損ないの類。
生態系を根本から支える弱者。
人類はそういう認識をしていたはずだ。
中には、生物ではないと思っている馬鹿な輩もいる。
それ程までに、植物とは意思の疎通がしがたい。
本能的な欲求がどの既存の生物よりも純粋だからだ。
栄養を吸収し、次代へ繋ぐこと。
ただそれだけを願って、植物は移動するという機能を破棄した。
はっきり言って、搾取されることが分かっているのに移動する手段を取らないのは、生物的な見解から言って常軌を逸している。
他の本能を伏せ持つ俺ら動く生物は、とにかく移動しないと話にならない。
殺し、殺され。
その行動の基本にあるのは移動だ。
仮に動物が移動出来ない状況に陥ったとしよう。
それはとても苦痛なはずだ。
十分に罰として機能する行為。
だから現世には刑務所があって、独房が存在する。
自由を奪われたという心境が苦痛を発生させてるんじゃない。
ただ、動物は動くことこそが自然的なことなのだ。
そうしないと、本来生きてはいけないから。
今度は植物が我慢の限度を超えたのだろうか?
植物の根が、蔦が、葉が軟体生物の如く動き出す。
今まで生物達の土台にされてきたという事実に、怒りを示しているみたいに。
どいつもこいつもが、危険なシグナルを発している。
ツタが鞭のように何度も何度も地面を叩いている。
地面に張られた根はそれによって寸断されるが、すぐに修復されていく。
狂気がそこにはあった。
破壊と再生。
調和することのない性質が、彼女の植物には全て宿っている。
「さあさあさあ!あれだけ大口を叩いていたんだから、いい勝負をしてくださいよね!!!」
蔓の鞭が無数に俺を襲う。
猫の目で躱す順番を判断し、掻い潜っていく。
躱した蔓が生えていた木を叩き折る。
・・・暴力のお手本だ。
一切の手加減がない。
1本1本の蔓の攻撃には連携がないに等しい。
全て、狩猟本能的に個々で攻撃を行っているようだった。
同時に攻撃が来ることがなければ・・・俺は回避出来る。
植物には目がない。
視線で攻撃の方向は推測出来ない。
撓るその体から想像し、攻撃を避けていく。
「ハハハ!」
植物達の攻撃。
その隙間から彼女が遠距離攻撃を仕掛けてくるのが見えた。
ミキミキと音を立てて、ニードルの形をした槍を一瞬で生やす。
命の成長を強引に加速させて。
緑色のニードルは小さな種からその形状を構築している。
武器を作るために生み出され、使い捨てられる。
尊いはずの命の誕生が、何だか色褪せて見えた。
剣を下段に構えて、投げられた槍を下から斜めに切断する。
強化された腕力が、分厚い物体の切断を容易にした。
槍の圧力は殆ど先端部分に集約している。
それ以外の個所を狙うのは当然のことだ。
俺を吸収したいという食欲じみた本能が俺の進行を阻む。
だが、それには隙間がある。
植物にもちゃんとした領域があるのだ。
そこへ全力で駆け出す。
俺がそのポイントへ進行するのが分かっていたようで、タイミングよく彼女は槍をこちらに投げる。
両サイドには植物が存在し、横に逃げることを許してはくれない。
槍が投げられると同時に、彼女もこっちへ迫る。
・・・槍を防げば隙が出来るな。
俺は魔石を使って闇を放出する。
闇はその性質に従って、進行していた槍と両側の蔓の動きを著しく遅くさせる。
「なっ!?」
俺が闇の能力を使うことに驚いたみたいで、一瞬動きが鈍る。
辺りに浮遊している闇の接触を警戒したのか、急激な180度バックステップで後方へ飛びのく。
その際に黒い種を幾つも蒔いた。
瞬間、種から棘の生えた茨が続々と生えてくる。
どうやら、俺の進行を邪魔したいらしい。
茨が天井部分まで届かない内に、俺は全力で跳躍する。
1秒も経たない内に天井へ到達。
さらに天井を蹴って斜め下へ加速する。
「中々やりますね?」
グルグル回転運動をしながら下へ落ちる。
攻撃を行おうとしている俺を見た彼女が、またもや種を周りに落とす。
成長の過程をすっ飛ばして誕生した植物は、不気味な花だった。
毒々しい色をしたチューリップ。
それを人間サイズまででかくした花が、周りに咲き乱れる。
気色の悪い花畑だった。
・・・あの花は危険だ。
そう本能が囁いている。
けれど、加速して落下している俺自身は止められない。
俺は攻撃を中断して、花畑の中に柔らかく衝撃を吸収して着地する。
四肢に鈍い痛みが走るが、体制は崩さない。
辺りを警戒する。
殺気が花と花の間からやってきた。
気配を殺して植物の隙間から黄色い液体が飛んでくる。
鼻先を掠めて、液体は花に付着した。
「・・・酸液?」
花がジュウジュウと溶けている。
形が爛れて、やがては全体が枯れていく。
命が溶けていた。
酸液の乱れうち。
液体の発射音を頼りに俺は避けていく。
そして、見つけた。
植物の殺意に身を隠す狩人の姿を。
鋭利に彼女に向かって魔剣を突き出す。
彼女が反応して、液を飛ばしながら右手にニードルを形成する。
それは通常の投擲用の槍とは違う。
凶悪な棘が牙のようにいくつも並び、しまいには高速で回転さえしていた。
チェーンソーみたいな音が響いてくる。
俺の魔剣で切られたのを見て、改良したんだろう。
狩人の目をして、俺を獲物として捕らえる。
そういう顔をして彼女は俺を襲う。
闇を2本の魔剣に乗せる。
分厚く、頑丈に。
高濃度の闇を纏った魔剣を、さっきの要領で回転しているニードルに対して横に斬りつける。
接触した瞬間ギャリギャリ闇が霧散していくが、それは長くは続かなかった。
どんどんスローモーションになっていく。
片方の負担が軽くなったのを感じて、片方の剣で彼女の胸を狙う。
・・・ニヤリと彼女の顔が笑った。
ゾクリと冷たい感覚が心臓を貫く。
俺は咄嗟に飛びのく。
すると直後に、彼女の手からニードルが分離して爆発した。
持ち主の方向だけに破片が飛ばない。
バックした俺を狩人は嘲笑っていた。
「こっの!!」
この辺に身を隠せそうな障害物は存在しない。
周りに生えている植物に隠れても意味を成さないだろう。
破片を見切って、魔剣で斬り防ぐ。
が、あまりの数に防ぎきれない。
「ぐっ!!」
ダメージを覚悟した、その瞬間。
服の襟が後ろに引っ張られる。
・・・煙の騎士が2体、俺の背後に駆けつけていた。
俺より先頭に立って、攻撃をその身で受け止めていく。
そして、消えた。
すまないと、心の中で詫びる。
煙の騎士の消滅と同時に、周囲の異変に気が付く。
・・・周りが結界に囲まれていた。
花畑の場所だけに。
そして、花からは緑色の煙が出てきている。
「毒か?」
「・・・ダネ」
ゆっくり毒殺する気か。
趣味が悪いな。
魔剣を確認する。
闇はもう消滅していた。
・・・もう魔石もない。
悪魔は相手の手持ちに魔石が存在するかどうか、大体の感覚で察知することが出来るらしい。
相手は魔石がないことを知っている。
・・・素の俺が能力を発動出来ないことも。
「・・・お前、さっきから闇を使ってないよな」
「敵に僕が能力を使われるのを、出来るだけ悟られたくないんダロ?」
「ナイスだよ」
本当にナイスプレイだ。
「闇、頼めるか?」
「もちろんイイヨ」
猫と俺の口に、マスクの形をした闇が覆いかぶさる。
これで、しばらくは持つだろう。
現世の自然界に毒ガスを噴出する植物は存在しない。
全部液体という形で人体を蝕むのだ。
だが、地獄にはそれを霧状にして周囲に散らす植物が存在している。
そんな植物は大概数秒で悪魔を殺してしまえる。
この緑色の毒もそうだろう。
強力な結界で囲ってしまえば、風の能力を持っていてもいずれは室内に毒ガスが充満する。
結界で自身を覆っても、最終的には酸素欠乏になって死ぬオチが見えている。
通常の方法で脱出するなら、この花畑を覆っている結界をなんとかするしかないが・・・
「結界、マグナス級だよな」
「ただの物理的な攻撃じゃあ割れナイネ」
「だったら待つしかないか・・・」
俺は気配を殺す。
黒猫の闇を出すのに使うコストは実に低い。
数分間ぐらいは問題ないと思う。
このまま、結界で俺達がなんの抵抗も出来なく死んだと思わせられれば・・・
「・・・と、思ってたんだけどなぁ」
目の前にレイディが現れた。
結界の外じゃなく、内側に。
俺は馬鹿だ。
結界の外でじっくり観察するような油断を、手練れがするだろうか?
「その黒猫が夜叉の一族だってことぐらい知ってますよ?」
「・・・バレてたんだ」
「いやぁ、浅はかですね」
確かに。
否定するつもりはない。
俺は間を置かないで、すぐに彼女に攻撃を仕掛ける。
・・・時間がない。
闇が尽きる前に、コイツを殺さないと。
「ハハハハ!!!」
命が凝縮された黒い種を周囲にばら撒く。
地面から出てきたのは、ウツボカズラを巨大化した植物だった。
本来は虫を捕らえる袋が、俺に覆いかぶさろうと茎の部分が伸びてくる。
「もうなんでもありだな」
こんな風に動く植物がいるだなんて驚きだ。
俺は袋の範囲から一気に加速して脱出する。
遅れてウツボカズラが俺のいた場所に覆いかぶさる。
・・・動きは単調だ。
これなら、対処も簡単だ。
ウツボカズラを躱しながら、彼女に迫る。
彼女は両手を巨人と見紛うほど大きくしていた。
植物を絡めさせて、大きく見せているのだ。
5本の指の先端には鋭い棘が爪みたいに存在している。
ポタリポタリと毒液がそこから落ちていた。
俺は彼女に両方の剣で縦斬りをかます。
だが、片腕を盾代わりにして受け止められる。
いとも簡単に。
剣は植物に食い込んでいるが、切断に全く至らない。
・・・分厚すぎるんだ。
「っつ!!!」
片方の手が俺を襲う。
至近距離からの攻撃をバックして躱したいが、背後にはウツボカズラがいる。
下手に後退出来ない。
何とか懐で躱そうとするが、爪の先端に俺の腕が掠ってしまう。
血が薄っすらと流れ出す。
その間にも巨大な腕の攻撃は止まない。
植物の肉に食い込んだ剣を抜いて、両方の剣でガードしていく。
重量が植物によって増していて、一撃一撃が重い。
堪らず横にローリングして距離を取る。
「うっぐ・・・!?」
急に吐き気がした。
両足が震えて、目が霞む。
・・・毒だ。
腕から毒が入ったんだ。
「人間サン!!!」
黒猫の声すら耳鳴りでかき消されていく。
毒の巡りが速すぎる。
「あ~あ。時間制限に気を取られるからですよ?せっかくいい勝負をしてたのに」
「・・・うぅ」
「苦しいでしょう?この毒を受けるとね、脳みそを酸の海に浸からされている気分になるんですって」
聞きたくない言葉だけが耳に入る。
クソ。
あり得ない痛みが全身を襲う。
痛みは、脳が神経に警告を促すからそうなる。
体中が悲鳴を上げていた。
この毒物を何とかしてくれと。
体がボロボロになっていくのが分かる。
体と毒は相容れない。
軽い毒であるならば、体に耐性をつけることも出来るだろう。
だが、その毒が超強力なものであれば。
ほんの少しの量で、致死に至るのであれば、話しは別だ。
こんな強力な毒がないと、魔物は殺せない。
原生種の二尾サルですらがそうだったのだ。
体の構造が頑丈なんだ。
それに対抗するための毒なのに、人間が抗える訳がない。
・・・死が俺を誘っている。
毒を通じて。
「ごぼぉ!!??」
吐く。
胃の中の内容物ごと。
胃酸が逆流して、息が出来ない。
口の中が若干溶けている感覚がある。
涎をタラタラと垂らしているのが屈辱的だ。
でも、抗えない。
どうしよう。
これ、死んじゃうぞ?
隣を見ると、植物の隙間から大剣を持った悪魔が複数の煙の騎士と戦っていた。
味方がどんどん消されていく。
騎士達は殺すというより、俺のために時間稼ぎをしているといった感じだ。
・・・助けに来てくれる余裕はなさそうだ。
「汚い汚い。まさに害獣。床を汚さないでくれますか?」
俺の中で殺意が増す。
けど、体が動かない。
意思と感情が高ぶる。
「苦しいのにまだ闘志があるんですか。ダゴラス様みたいな害獣ですねぇ。不快です」
「げほ、げほ!!!」
「ま、すぐに楽にしてあげます。救援のテレパシーも入ってきてますし」
外部からの死と、内部からの死が同時に歩いてくる。
止められない。
止められるとしたら・・・それは人間以外の力でだろう。
俺の同調という力。
生物の意思に干渉して取り込む力。
今までそんな解釈をしていた。
けど、違う気がする。
俺の力の本質。
まだ、気付けていない部分。
・・・どうせ、このままだと死ぬのだ。
可能性があるのなら、やるべきだ。
抵抗なく雑魚死するよりは・・・
死ぬのはいつでも出来る。
足掻け。
理不尽を殺せ。
俺はそう思って、目を閉じた。
女狩人の足音を聞きながら。




