165話 ザ・アンフォアギヴン5~滅亡の話~
記憶を遡る。
数年前まで。
そう。
あれはプラムと俺が出会った日。
あの時、この白くて上から目線の猫と一緒に旅をするなんて思わなかったんだ。
「貴方がウルファンスの助力を得て戦いを起こしてから、今日は約2年後よ」
そうだ。
大魔石から出てきた後、こんなことを言われたんだっけか。
辺りは砂漠と風化した建物があるだけ。
2年の歳月でこんなに建物がボロボロになるとは・・・
「・・・2年後」
「そうよ」
「あれから2年・・・経ったのか」
だとしたら、疑問は解決する。
俺はそう思ったはずだ。
「ここが砂だらけなのは・・・」
「大魔石が街を支えるパイプラインなのは知ってるわね?貴方がいない間は、大魔石もいなかった。同時にどこかへ消えたのよ」
天使との再開。
飛行機内の会話。
つまり・・・つまり。
「街は壊滅。魔王を含め、当時いた悪魔全員が死亡。大魔石がないから、結界も張れず、街の再建も難しい。結局それが今の殺風景な景色に繋がるのよ」
尻尾をユラユラ振りながら、俺が入ってきた穴の向こうを金眼で見据える。
そこには無尽蔵の砂漠が見えた。
広い砂漠が。
「そんな・・・」
動揺。
が、同時に核心を突いていた。
風化した土の僕の残骸。
それは間違いなく俺が乗り込んだ魔物で・・・
「クスクス、厳しい?悲しい?」
「いや・・・」
「あの時いた・・・ダゴラスさんとマリアさん、ウルファンスはどうなった?」
ダゴラスさん達の行方を知りたい。
この世界の大物・・・72柱の行方が分からなくなったなら、行方を追おうと悪魔達がするだろう。
でも、彼女が言ったのは・・・
「死んだわ」
無慈悲の言葉が俺の耳にやってきた。
死んだ・・・死亡。
最悪の結果。
俺以外・・・全員。
そうだ。
俺はこの時思い違いをしていたんだ。
「俺は・・・」
また、俺以外死んだと思った。
その衝撃が強すぎた。
きっと、心のどこかで思っていたんだ。
誰かが死ぬかもしれないと。
そう思っても仕方なかった。
「災害そのまんまじゃないかよ」
全てを壊す、自然の権化。
その後には何も残らない。
それを起こしたのは俺。
原因は俺。
「まるで俺が災害じゃないか」
「そう思ってる連中が殆どみたいね」
「・・・だろうなぁ」
俺だってそう思ったのだから。
本人公認じゃ仕方ない。
砂漠の景色が目に映る。
この後、数年経っても自然環境は変わらなかった。
実質放置している状態だ。
だが聞くと、古代はグリード領一帯が砂漠だったのだという。
そうなのだ。
これこそが、この土地の本来の環境だった。
大魔石を使って、本来の環境から緑豊かな土地へと悪魔達は変質させたのだ。
生物が住みやすい環境が、必ずしも世界にとっていい環境とはなりえない。
自然には元の形がある。
砂漠があるように。
氷雪地帯があるように。
海があるように。
緑があるように。
悪魔にとっての世界のバランスとは、結局悪魔にとってのバランスなんじゃないだろうか?
悪魔の視点から見た、世界のバランスじゃないのか?
まるで人間のようだ。
他者と心を通わせても、自身の視点は揺るがない。
何故なら悪魔は悪魔だから。
きっと大魔石で出来上がった街は、悪魔にとっての楽園だったのだ。
悪魔だけの楽園。
「生き残った奴は?」
「有名どころだけなら知ってるわよ?」
「それでもいい。教えてくれ」
「72柱の第10位、ヴァネール、ラース騎士団隊長2名。以上よ」
「それだけか・・・」
そう。
ここだ。
生き残った奴。
ここで彼女が答えたのは、有名どころの悪魔だけだ。
もし、あの子達が生き残っていても、プラムは気が付かなかったんじゃないか?
みんながグリード街で戦っていた時、あの子達はどこにいた?
ウルファンス山脈にいたじゃないか。
雪崩に巻き込まれないように、城で待機をしていたじゃないか。
もし俺達が全滅した時には、転移の陣を使って逃げ出すようにとも言っていた。
俺は・・・気付いていなかった。
あの子達の生存の可能性を。
スー君とソフィーが生きているかもしれないってことを!
目の前の絶望に目を奪われて、先の希望が見えていなかった。
自分のことばかりを考えていたから・・・
ランティス達はプラムの言ったことを何も否定していない。
新しい肯定的な情報を付け足しただけだ。
俺は・・・
いや、まだ疑問はある。
あの時、確かに俺は聞いたんだ。
マリアさんが死んだって。
今だって彼女が言っていたじゃないか?
それは・・・どういうことなんだよ?
俺の記憶が薄れていく。
真っ白く、掴めない。
であれば当然ここに立ち止まることは出来ない。
記憶とは例えると霧だ。
朧で、不確かで、都合よく変わるもの。
形がないんだ。
だから、どうとでもこねくり回せる。
人は自分の記憶を美化する傾向がある。
それが現実逃避に使われると、周囲の記憶とどんどん合致しなくなっていく。
自分でも、相手でも本当の記憶は見えないし、掴めない。
霧だから。
故に自身で捏造し、そして補完する。
自分で自分を騙すのだ。
それが派生して思い込みになる。
でも、真実は確かに存在する。
霧によって隠されているだけだ。
それを今、正確に辿れているのは・・・未来を司る予言者の力があるからかもしれない。
未来を知るなら、過去だって知れるはず。
過去がなければ未来は存在しえないから。
過去があることで、現在があり、未来が生まれる。
過去は疎かにしてはいけない。
全ての土台だから。
きっと予言者はこのことを知っていて・・・
だから俺にも知ってほしかったんだ。
俺は霧になって薄れていく記憶を見ながら、そう思った。
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「おかえりなさい」
「・・・はっ!?」
俺覚醒。
突っ立ったまま放心してた。
やばいぞ。
これを仕掛けたのが敵なら俺はもう死んでいる。
1人の養女と1匹の黒猫は変わらない位置で俺を待っていた。
「俺はどのくらい放心してたんだ?」
「どのくらい?じかんはとまってるよ?」
・・・そうだったな。
「ねえ、どうだった?」
「懐かしいことを思い出した」
「うれしかった?」
「悲しいけど・・・俺、お前の言う通り勘違いしてた・・・のか?」
「いまみたのがぜんぶほんとうのこと。うそはないよ」
「だよな」
嘘じゃないのは俺だって分かる。
今見たものは如実に彼女達が真実を語っていたことを証明していた。
「でも・・・納得しない部分はある」
「それはなあに?」
「マリアさんは生きていない。死んだ。プラムだけじゃない。ラースの魔王だって同じようなことを言ったんだ」
「う~んとね、そうだね。まりあはしんだね」
「おい、さっきここに書かれている奴は生きてるって言ってなかったか」
「うん。死んでるけど、生きてるの」
また理解しにくい言い回しを・・・
「いきてることと、しんでることをどうていぎするの?」
「・・・どうとは?」
「まりあはたしかにしんだけど、それはしょうめつしたってことじゃないよ。まりあのいしをだいべんするものはまだいきてるんだよ?」
「代弁者?」
「まりあのおもっていることとかおねがいごと、いしをちゃんとりかいしていて、それをさいげんしてくれるなら、それはもう1りのまりあなんだよ?」
「マリアさんはマリアさんだ。彼女のことを完璧に理解してても、彼女にはなれない」
「いしはいのち。いのちはいし。てんしさんからおはなしはきいてるんでしょ?」
何で天使と会っていることを知っている?
天使について話したのは、極少数のはずだ。
「なにかをしようとするときのもとになるこころがいし。いしはこころ。こころはいのち。いのちはなにかをしようとするこころとおなじなの。いきたい。たべたい。ねたい。ぜんぶこころがあるからこうおもうんだよ?」
天使の話してくれたこと。
それと似ている気がする。
命の話。
命はアニマだ。
アニマはかつて神の意思・・・命だった。
それは心?
「いきものだけじゃなくて、ものもおなじ。わたしのあそんでるにんぎょうさん。いす。てーぶる。ふく。ゆか。かべ。とびら。ぜんぶぜ~んぶいしがあるの。いのちがあるの。それはにんげんさんならわかるでしょ?」
「・・・それは分かるさ。俺の力でな。でも、マリアさんとは関係ない」
「なんで?」
「なんでって・・・」
「なにかをしようとするときのもとになるこころは、ぜんぶたましいのなかにはいってる。いしのちがいはあたまなかのうつわがちがうから、そうなってるだけ。もとはみんなおなじ、かみさまのこころだったもの。うつわのかたちがおなじなら、いしもそれとおなじになる。おもてのすがたがちがうからって、そのままそうおもってはだめ。わかる?」
「ちっとも分かんねえよ」
「たぶん、てんしさんがわからせないようにしてるのね」
幼女は上を見てそう言った。
上には何もない。
明かり代わりのクズ魔石があるのみだ。
「さだめがないのにかわいそうね」
「勝手にかわいそう呼ばわりするな」
「そうだね。まだきまってないことだもん。それでいいとおもう」
そこで、黒猫が俺の肩に飛び乗って話しかける。
「まあ、人間さんがどう言おうと、マリアとスーランはいきテル。少なくとも、スーランは人間さんがそのまま見ても分かる形で生存シテルヨ」
「スー君の場所が分かるのか?」
「ウン。だって、ついこの間も見たモノ」
・・・心の中で歓喜の渦が巻く。
死んでいたと思っていたのに、生きていた。
これ程の朗報はない。
マリアさんとダゴラスさんの忘れ形見。
ここで無視する程、俺はあの2人に対して恩を忘れてはいない。
「そのこね、もうすぐにんげんさんとあえるとおもうよ」
「本当か!?」
「たぶんね。にんげんさんのみらいはきまってないから、またすぐにかわるかもしれないけど」
「未来は変わるものなのか?」
「めったにないよ、こんなこと。わたしもわからないの。ふしぎだね」
やる気が急に出てくる。
スー君は生きている。
その事実だけで俺はまた戦える。
「そのスーランについて話す前に、こっちからお願いがあるんだヨネ」
「ん」
「先に情報を話してあげたのだから、それぐらいはいいヨネ?」
「・・・分かった。とりあえずは聞くよ」
「さすがうんめいのさだまらぬひと!ありがとう!!」
満面の笑みでそう言われる。
けど、幼女の心は全く変質しない。
深い心の底から、俺を見据える意思が見える。
その視線がある限り、どんなかわいい笑顔を向けられても、俺は喜ぶ気にはなれない。
・・・敵じゃないことは分かるんだけどさ。
けど・・・怖い。
「で、聞き直すけど、どうして俺をここへ呼んだ?」
「・・・うんめいをかえられるのが、にんげんさんしかいないから」
「それ、さっきも言ってたな。なんだよ、その変えてほしい運命って」
「このせかいがほろびそうなの」
「・・・」
「それをとめてほしいの」
・・・天使みたいにスケールの大きい話になったな。
「まず質問1つ」
「なあに?」
「どうして世界が滅ぶ?」
「そういうよげんなの」
「・・・具体的に教えてくれないか?」
滅ぶったって、そこに至るまでの過程があるだろう?
いきなりパッと世界が滅ぶのはちょっと考えにくい。
その可能性もあるかもしれないけど、あるとは思えない。
「てんしさんからおはなしはきいたよね、いのちはじゅんかんしてるって」
「そういう説明も受けたな」
「でも、いまのせかいはもうげんかいなんだ。じんるいのたましいがきたなすぎて、こまってるの」
「・・・魂の穢れか」
命はリサイクルされている。
地球で最初に生まれた人類は、地獄へ行って穢れを落とし、煉獄で試練を受ける。
そういう循環をしないと、穢れはあっという間にこの宇宙を包む。
この世界を支えているのは3つの意思だ。
だが、その汚染が進んだ時、正常に魂の循環は行われなくなる。
「魂を浄化するペースが足りてないってことか?」
「それだけじゃないの。まおうがげんせをしはいしたら、たましいのじゅんかんがとどこおっちゃうとおもう」
「人間を殺すから?」
「・・・それがやみのいしだって、せかいはいってた」
「闇の意思・・・」
世界は穢れた。
混沌のせいで。
その影響で光や闇が汚れ、格を落とされたと聞いた。
「ただでさえいまのげんせにはじんるいはころされちゃって、まものにてんせいしているたましいもおおいのに、まおうがげんせにいったら、にんげんがほろぼされちゃう」
「・・・魔物にも転生するのか、人間は」
「あくまとか、たしゅぞくのうまれるかずがすくないと、やみがげんせからやってきたたましいにうつわをあたえるの。そうしてできたのがまもの。まものはにんげんのかくしていたほんしつをおもてにだすの。せいよく、しょくよく、すいみんよく。だからきぞんのいきものよりきょうぼうなんだ」
ちょ・・・
魔物が・・・人間?
そんな馬鹿な・・・
「でも、まものにてんせいするのはあくにんだったひとたちだよ。だからきにやむことはないとおもうな」
「・・・うん、正当防衛ということにしておこう」
それがいい。
実際に魔物は俺を問答無用で襲い掛かってくるし。
殺さなきゃどうしようもない。
そうさ、俺は悪くない。
だから罪悪感なんて、ない。
それを意識し始めたら、俺は今までの行動を後悔することになる。
ただでさえ悪魔を殺してるっていうのに。
「人間が現世にいないと・・・どうなるんだ?」
「ちきゅうのちいさなどうぶつやさかなたちにてんせいするけど、それじゃあうつわがたえきれなくてすぐにしんじゃう。そしたら、じごくにたましいがいくけど、そのじてんでにんげんのてんせいさきであるあくまがほとんどげんせにいっちゃってる。そしたら、じごくのしゅをぜんぶたしてもにんげんのてんせいさきがぜんぜんたりなくなっちゃう」
「だから、魔物に転生するしかないのか?」
「うん・・・」
「・・・確か魔物は、魔物を食う習性があったな」
魔物は同族を食って、その力を大きくする。
果てはあの邪悪種だ。
誰にも手が付けられないわけじゃないが、それでも危険すぎる存在。
それが・・・増えるのか。
「まもののたましいはとけあって、1つのせいめいたいになるまでくいあう。それで、せかいはほろぶの。なにもかもくいつくしたら、たましいはじゅんかんしなくなる。たましいのてんせいがなくなったら、ちきゅうにいきものはうまれなくなっちゃう」
「結果、悪魔も絶滅・・・か」
まさに滅びだ。
生命体の絶滅。
最悪のデッドエンド。
「・・・天使は生き残るのか?」
フルフルと幼女が首を横に振る。
答えはノーらしい。
「じごくにたましいがなくなったら、つぎはてんしのせかいにいっちゃう。けがれのあるばしょでは、てんしはよわっちゃうの。だから、かんたんにてんしはたべられちゃう」
・・・スティーラが化け物に食べられていく姿を一瞬だけ想像してしまった。
嫌悪感が体中に流れる。
「てんしもいなくなったら、きゅうきょくのじゃあくはあんそくのなかでけがれをひろめる。それはせかいのどくで、3つのいだいないしも、4つめのいしもぜんぶしぬの。ぜんぶ・・・しんじゃう」
「・・・」
スティーラからあらかじめそういう知識を聞かされてきたから、なんとなく話は頭に入ってくる。
あれだ。
世界の滅亡の話だ。
敵が残るのならまだいい。
けど、ここで敵に好き勝手させたらもう生物は滅んでしまう。
敵も味方も関係ない。
ただ1頭の邪悪種を残して、全て消え失せてしまう。
「ハハ・・・」
少し笑う。
世界が滅亡する話を聞かされても・・・なあ?
しかし、俺の戸惑いなんか最初から分かっていたように幼女は話を続ける。
次の言葉は、俺でも何となく予想出来ていた答えだった。
それは・・・
「にんげんさん。せかいをすくって」
矮小な人間である俺に、超の付くほど無理難題をこの小さい幼女は吹っかけてきたのだった。




