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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第13章 父祖の辺獄と地獄篇 ラース街中央執行所
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163話 ザ・アンフォアギヴン3~黒猫のナビゲート~

 悪魔の街、ラース。

 ここは、地獄の中でも特に繁栄した街として知られている。

 この領地を支配する魔王が精力的に民と関わり合い、街の発展に貢献してきたからだ。


 現世とは違い、地獄では大規模な紛争などは起こっていない。

 せいぜい一部の離反した強大な力を持つ悪魔と、魔王の勢力が争うくらいに留まっている。

 それだって、ここ数百年間はまったく発生していないらしい。

 争いたい欲望を持つ強大な力を持った悪魔は、現世へ行ってしまうのがこの地獄でのパターンだからだ。

 いくら力が強くても、個人と魔王が争うなら絶対と言っていい程魔王の側が勝ってしまうのがその原因だ。

 何故か?

 地獄にいる殆どの悪魔が魔王勢力と言ってもいいからだ。

 だから必然的に地獄は平和になる。


 ・・・ということを、俺は数年前に回想した。


 俺は気付けなかったんだ。

 平和は悪魔という種族の中だけで完結されていたことを。

 この世界のバランスは、たった1つの異物が介入しただけで簡単に壊れてしまうことを。

 それらに俺は気付けなかった。


 今のラース街は俺が来た数年前とは違う。

 他領土に大魔石がなくなったことで、転移による物資の流通が途絶えてしまった。

 よって、物資の確保に騎士団と狩人が動き出す。

 すると今度は、72柱が隙を狙って攻撃を仕掛けてくる。

 魔物も活発に動いている。

 結果、死傷者が多数出ていた。


 悲しみは憎しみに変わる。

 それはあっという間に伝染する。

 憎しみと悲しみがこの街を包み込んでいるのだ。


 そして、それらの元凶は全て俺ということになっている。

 人間は世界の敵だと。

 まあ、勝手に悪魔達が世界の敵だって言ってるだけだから、別に世界の敵でもなんでもないんだけど。


 「・・・こっちダヨ」


 黒猫の言葉に従って動く。

 中央執行所は相も変わらず複雑な構造をしていた。

 階段を上って、降りて、上って、降りてを繰り返し。

 よくもまあ古代にこんな建造物を作ったと感心しないでもない。


 「・・・サスケ」

 「ハイハイ?」

 「今更なんだけどさ、どうして俺が目覚めてすぐに助けてくれなかったんだよ」


 すぐ前にうろついていた雑兵の背後に音もなく近付き、首を捩じ切りながら問う。

 片手間の作業でも、悪魔を殺せる程度に俺の実力はまた向上したみたいだった。

 大魔石の恩恵だということは疑いようがない。


 「さあ?」

 「・・・」

 「僕はランティスの言うことに従ってるだけだからネェ」


 とぼけてるのか本当に知らないのか、判断しずらいな・・・


 「まあ、ランティス本人に聞けばいいか」

 「そういうことダネ」


 走りながら会話する。

 何かこなしながら走ると、どうしてもその行為自体が粗雑になるものだが、今の俺にそれはなかった。

 サスケと同調しているから。

 猫の身のこなしは、野生の獣に柔軟性を与えたような動きを実現する。

 こんな地面の起伏がない場所で、音を出さないようにするのはそう難しいことじゃない。


 「次は右ダヨ」

 「あいよ」


 十字型に分かれている道で、俺はスピードを殺さずに右へ行く。

 曲がった瞬間、悪魔と至近距離で鉢合わせした。


 「あっ・・・」


 悪魔が叫ぼうとするが、声が出ることはなかった。

 ナイフを喉に突き刺したから。

 相手が怯んだ隙に、魔剣で頭部を縦にかち割る。

 致命傷になったのを確認して、そのまま走る。


 死体の処理はしない。

 どうせ定期的に牢屋を見に来る悪魔がいるのだ。

 死体を隠したところで、俺の脱走はすぐにばれる。

 今はただ指示通りに走らなければいけない。


 「右ダヨ」

 「おう」

 「左ダヨ」

 「オーケー」

 「右ダヨ」

 「はいはい」

 「そこは真っすぐダヨ」

 「分かった」

 「左イッテ」


 黙々と指示に従って進んでいく。

 それにしても、よくこんな道順を覚えているもんだ。

 現世では軍事的な訓練を施されていないと、中々出来ないことだ。

 この黒猫も、生きている中で色々なことがあったんだろうな。

 こんな技能に精通していなくちゃいけないことが・・・


 世界を生き抜くには何が必要か?

 金?高潔な精神?卓越した技能?

 俺みたいな境遇の奴がそう質問されたら、答えは1つだ。


 ・・・力。

 生き抜く力。

 相手を死に至らしめる力。

 自分を生かす力。

 総合して、物理的な戦闘力。

 そう答えるだろう。


 でも、どこかで見た言葉がある。

 タフでなければ生きて行けない。

 優しくなれなければ生きている資格がない。


 果たして、俺に生きる資格はあるのか?

 自分だけに優しい俺が、他者を殺してまで生きる価値はあるのか?


 思いながら悪魔をまた流れ作業でもしているように殺す。

 殺す殺す殺す。

 動物の屠殺をイメージする。


 命は消費される。

 コイツらは自分がそうやって簡単に殺されるだなんて夢にも思っていないだろう。

 みんな同じだ。


 死という現象を知っていながら、自分にも死が降りかかることなんて意識していない。

 例えば、その辺の道を歩いている時。

 海で泳ぐ時。

 食事をしている時。

 仕事をしている時。


 生物は死を意識しない。

 けど、確実に俺らの隣には死が付き添っている。


 例えば石。

 例えば紙。

 例えば紐。

 例えば木の枝。


 こんな物で生物は簡単に殺せる。

 物に固定の使用方法なんてない。

 殺しに使おうと思えば、いつだってなんだって凶器になりえる。

 死に対する自覚が足りなさすぎる。


 物の意思が訴えてくる。

 様々な元始の心を。

 それは単純で、でも生物の出す貧弱な意思よりも確かなものだった。


 今の俺なら、その辺に落ちている石の破片でも難なく悪魔を殺せる。

 殺すのなんか簡単だ。

 生きている自覚がない奴らなんだから。


 生きていることが当たり前だと思っているような奴らなのだ。

 生きていることが何だって前提になっている。

 だから生きていることを忘れている。

 自分が生きていると思い出すその時は、愚かにも自身の命が危険に晒されている場面だ。

 従って、自分の死の可能性を明確に想像出来ない。


 弱者と強者の区別はそこでつけることが出来る。

 死を意識したり、享受したり、常に拒んだり。

 死に対する対応は違っても、そこには死を意識するという共通点がある。

 そういう奴は必ず強い。

 俺はきっと、そういう奴らの領域に足を踏み入れたのだ。

 

 「いやぁ・・・強いね、人間さんハ。人間離れシテルヨ」


 俺が悪魔を20人殺した時点で、サスケが感嘆の意思を俺に向けて喋った。


 「色々苦労してるからな。それはお前だって同じだろ?」

 「そうダネ」

 「てゆうかお前、人間の種族について知ってるのか?」


 この世界では人間という種族を知ってる奴は少なくない。

 サタンが俺についてテレパシーで情報を広めたからだ。

 けど、人間という種族の知識を持っている存在は珍しい。

 そういう奴は、サタンの運命干渉系能力で現世へ行ったりした者か、強大な力を持った悪魔が大半だ。

 プラムみたいに、他種族でそういう情報を持っている奴は殆どいないのだ。


 「知ってるヨ。弱っちいんダロ?外側も内側モ」

 「おぅ・・・大正解だよ」


 人間の本質を一言で言い表している。

 実にナイスな回答だった。


 人間は単体じゃあ殆ど何も出来ない。

 共同体にならなければ、世界に影響をもたらす種族にはなりえなかった存在だ。

 単体でも十分強い悪魔とは別物だ。

 だから社会なんてものがあるんだ。

 人間の穢れの象徴が。


 「滅べばいいんだよ、あんな種族」

 「・・・フゥン」

 「生物を殺して、自然を殺して、仲間を殺して・・・何もかも殺さなきゃ満足しない連中だからさ・・・それで自分の首を絞める行為だって分かってないんだからタチが悪い」

 「自分の同族を嫌ってるんダネ」

 「そうさ。生きているだけで害になるような出来損ないの種なんだよ」


 苛立ちをダイレクトに攻撃へ乗せる。

 併せて斬った悪魔の肉がグチャグチャに飛び散る。

 斬撃の属性が打撃の要素を帯び始める。

 無駄に力が入っているからだ。


 「じゃあ人間が害獣っていう魔王の主張は、あながち間違ってないってことダネ」

 「・・・でも、いい奴はいる」

 「どんなサ?」

 「それは・・・うまく言えないけど」

 「都合がいいんダネ」


 そう思われても仕方ない。

 人間を憎む心と、妥協の心。

 2つの思いが俺の中でせめぎあっていた。

 それは俺の中で苛立ちとなって表現される。


 腹の中で怨嗟の蟲が蠢く。

 黒くて気持ち悪い地面を這うもの。

 それは卵を産んで、増殖していく。

 その卵からは憎しみという感情が産まれてくる。

 感情は生きている。

 そして生物が子孫を残すが如く情報は伝えられ、増殖するのだ。


 「同族嫌悪カイ?」

 「違うよ。俺があんな種族と同じだなんて思いたくもないんだ」

 「でも、やってることは同じダネ」

 「・・・否定は出来ない」


 生きるために殺してる。

 それは事実だ。

 ・・・事実なんだ。


 「あまり同族を嫌わない方がイイヨ」

 「・・・理由を聞いていいか?」

 「突っかかるネエ。そんなに人間が嫌いナンダ」

 「いいから言えよ」

 「・・・どんな形であれ、同族は手を取り合って生きているモノサ」

 「殺しあってるのにか?」


 強く疑問の声を出す。

 自身の矮小さが表出する。

 本当に俺は自分が嫌いだ。

 自己嫌悪に溺れそうで・・・苦しくて。

 それは呼吸の出来ない魚のようで。


 「1人で生きていける生物がいるとしたら、それは神様だけダカラネ。1人じゃあ自分の遺伝子を後世に残すことも出来ナイ」

 「孤独と生物は相容れないものか?」

 「少なくとも、生物にとっては何のメリットもナイヨ」


 また悪魔を殺す。

 殺しながら考える。

 生について。


 孤独は自分と向き合える時間だ。

 けど、何も残さない。

 生物同士の営みこそが、唯一の生きる術。

 でも、孤独はある意味心地よかった。

 1人の方が楽なんだ。


 「でも、俺は人間が嫌いだ」

 「それでもいいと思うヨ」

 「・・・いいのか?」

 「そういう方向で人間と関わる人間もいると思うカラ。それは個人の在り様を認めたい人間という種を肯定する生き方でもあるカラ。それが実際に実現されてイナクテモ」


 嫌いなのに?

 俺は・・・正直現世に対する執着心が薄れてきていた。

 なんで、俺はここで戦っている?

 それは、本当は現世に帰りたいからじゃない。

 会いたい人がいるからだ。


 嫌いな人間。

 けど、会いたい人がいること。

 そうだ。

 いい奴だって確かにいたんだ。

 俺は確かに・・・ソイツらに会ったじゃないか。


 「自分が分からない」

 「混ざりすぎたせいジャナイ?」

 「混ざる?」

 「意思がサ」


 ・・・同調の力のことか。

 前々からこの力のリスクについて考えてた。

 等価交換。

 何かと引き換えに得る力。

 本当にノーコストでこんな力が使えるものなのか?

 ただの人間が、悪魔を凌駕する程の力を。


 「てか何で同調の力を知ってるんだよ」

 「知ってるからだよ、ランティスが」

 「・・・なんで?」

 「本当に何でも知ってるんだよ、僕のご主人様は」

 「運命干渉系の能力者だから?」

 「それも1つの理由ジャナイカナ」


 判然としない答えだ。

 ここで回答を求めるのは間違っているのは分かっているけど・・・


 「だからさ、本人に会えば分かるッテ」

 「じゃあ、いつになったらソイツがいる場所まで行けるんだよ?」

 「もうすぐサ」

 「もうすぐっすか・・・」


 走ってからもう10分近く過ぎてる。

 恐らく俺が殺した悪魔の死体も見つかってるんじゃないだろうか?

 悪魔が攻勢に出るまで、時間の問題だろう。


 「世界を弄る者は世界に繋がる人間の運命についても知ってるよ。だから、人間さんにもアドバイスをくれるんジャナイ?」

 「俺の運命?分かるのか?」

 「当然ダヨ。人間さんも世界を構成する一部ダカラネ」


 そんな俺は悪魔から世界の敵だと言われてるけどな。

 もちろん、全力で否定するけど。


 世界の味方は悪魔だろう。

 悪魔の敵は人間である俺だろう。

 けど、世界の敵は俺じゃない。

 明確に敵が誰かを決めている訳じゃないからだ。


 俺の目の前にいて、邪魔するなら斬る。

 それだけだ。

 目的の阻害になるなら敵。

 だから、悪魔という種族の括りで敵判定をしてはいない。


 俺を殺しかけたくれた悪魔達に対して、憎くないかと問われればそりゃあ憎いさ。

 けど、敵じゃない。

 俺はそう思っている。


 少しして、目の前に違和感のある扉を見つけた。

 何というか・・・捻じれてる?

 何が捻じれてる訳でもないけど、何かそう感じた。

 こんなの感じたこともない。

 特別に異質な違和感だった。


 「この先か?」

 「へぇ、感じ取れるんダ」

 「いや・・・なんか変じゃないか?」

 「ご主人様の周りは歪んでる。けど、それが分かるのはその現象に感応出来る者ダケサ」


 感応?

 現象ってこの捻じれっぽいのか?

 よく分からないな・・・


 「行クヨ」


 その言葉に促されて、俺は扉の前まで進む。

 ノブを掴んで、中に入る。


 そこには、可愛らしく笑う幼女がいた。

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