153話 病を運ぶ蝿
「ハァ、ハァ・・・」
ナイフで体を刺す。
もうソレは死体なのに。
多分、死体はエンヴィー領の魔王だ。
服装からそう推察出来る。
顔はナイフで作られた傷でいっぱいだった。
傷口から流れる血が顔全体を覆っている。
そのまま固まったせいで、赤色の仮面を身につけているみたいだ。
今も刺し続けている胸は、もはや穴が開いている。
心臓も骨も滅茶苦茶にして、スープで煮込むみたいな感じになっている。
不快の境地。
側から見たら殆どはそう思うはずだ。
けれど、ナイフで刺し続けている悪魔を見れば分かる。
恐怖。
その顔は恐怖に歪んでいる。
恐怖はその身を竦ませるが、逆に敵に対して反撃するという本能めいた攻撃性を刺激することもある。
窮鼠猫を噛むと言う言葉がある。
きっと、ソレに支配されているのだ。
いくら刺しても安心感を得られない。
もっとキッチリ殺さないと、起き上がるかもしれない。
不安なんだ。
見ていて痛いほどよく分かった。
前に、俺自身がこんなことを経験した覚えがあるから。
「・・・ベルゼブブ?」
紺色のマントを着た痩せ型の悪魔。
男性で、顔を見る限り優男っぽかった。
イケメンって奴だ。
女性から見れば、可愛いと言われること間違いなしなルックス。
まあ、今は醜く歪んでるけど。
ベルゼブブを俺は見たことがない。
だが、彼だと思った。
何故なら、彼の側に巨大な生物がいるから。
饐えた聖礼なる蠅の王。
ベルゼブブの神聖種。
見た目は巨大な蝿そのまんまだ。
羽は4枚生えていて、透明に近いそれをブンブンとうるさく羽ばたかせて、緑色の霧を拡散させていた。
プラムの予想通りだったな。
ベルゼブブの神聖種は病原体を発生させる能力を持つ。
つまり、この霧に見える緑の煙は・・・
「絶対に空気を吸い込まないで」
「ヤバイか?」
「この神聖種は自分の体を分離させて、敵の体内に侵入させるわ。そして、その体を急激に衰弱させるの」
てことは、コイツはスプリットタイプか。
自身の体を分離させるタイプ。
有効な攻撃方法が、自然干渉系の属性能力に限定される生物だ。
俺も前、スプリットタイプの魔物に煮え湯を飲まされた経験がある。
「どうする?」
「交渉よ」
躊躇うことなくそう言う彼女。
・・・交渉か。
「攻撃してこないよな」
「少なくとも、神聖種は大丈夫よ」
「なんでさ?」
「攻撃が体内侵入による体の衰弱と、呼吸が出来なるほど肺に分離した体を詰める方法だけしかないからよ」
そうか。
それなら、既に俺はその攻撃に対して、対策をもう取っている。
闇をマスク状にして口に当てているからだ。
体に侵入することが攻撃の前提なら、その侵入口は闇で塞いでいる。
魔王の方は戦闘力が低いだろうから、襲われても対処は出来るだろう。
俺は警戒しながら、魔王に近付いていく。
「ハァ、ハァ・・・」
「よお!作業中すまないな」
フランクな口調で話すことにした。
暗い奴には明るくだ。
・・・多分。
てか、俺も暗いタイプだから演技が下手くそすぎる。
何せ、自分でもそう思うくらいだから。
「・・・」
「おい?」
「うああああ!?」
俺を見て、魔王が驚愕。
ナイフを俺に投げつける。
「危ないな・・・」
見切って躱す。
このくらいの抵抗なら、まだ優しい方だ。
「うあああ!!!」
「落ち着け」
「ああああああ!!!」
「落ち着け!!!」
怒号を発する。
相手にはっきりと伝わるように。
「俺は敵じゃない。安心しろ」
「あう・・・あう・・・」
体がガタガタ震えている。
余裕がないのだ。
よくもまあ、自分で逃げだせたもんだ。
魔王が落ち着くまで、無言で待つ。
武器は持たない。
信頼関係の構築を図るのに、得物はいらない。
「なんで・・・生きてるのさ」
青年の声が聞こえた。
青臭い感じ。
まだ成熟していない幼さを感じさせる声色。
「対策をしてるからな」
「・・・心が読めない・・・人間?」
「そうっすよ」
気軽に気軽に。
恐怖を感じさせないように、話しかける。
俺がこんなに気を使ってるのに、プラムは我関せずだ。
慣れたよ慣れた。
俺は気にしない。
「・・・僕を殺しにきたのか」
「だから敵じゃないって言ってるだろ?」
「じゃあ、何?」
「味方になるかもしれない1人と1匹さ」
彼は怪しげに顔をまた歪めた。
警戒と好奇心と希望が混ざった顔。
俺には分かる。
何回も見てるから。
「とりあえず、神聖種をコントロールしてくれないか?落ち着いて話せないだろ?」
「・・・嫌だ」
「なんでさ?」
「裏切り者が生きてるかもしれないから」
裏切り者?
「裏切り者って?」
「僕を殺そうとした悪魔達さ」
「ああ・・・」
言い換えると、こうだ。
僕以外の悪魔全員。
コイツの境遇は、俺と似ている。
ベルゼブブという悪魔は、全ての悪魔を敵に回してしまったんだろう。
気持ちが痛いほど理解出来てしまう。
痛すぎるぐらい。
「それなら大丈夫。俺達以外、みんな死んだよ」
「・・・本当か?」
「72柱とかもな」
信用してくれないと、少し困る。
魔石のエネルギーはしっかりと消費されているのだ。
魔石がなくなったら、俺とプラムは死ぬ。
実質、俺とプラムがこの神聖種をどうこうする方法はない。
殺しきれる生物じゃないからだ。
そして、魔王を殺せもしない。
神聖種が暴走してしまう。
そうなったら、魔石が切れる前に逃げなくちゃならないが・・・逃げきれないと思う。
それを考えるのが、後魔石の数が3つを切る前だったんならよかったんだけど・・・
もう魔石が残り少ない。
いくら上手く闇を最小限で出現させても、限度ってものがある。
コストはどうしてもかかってしまうのだ。
無料なんて都合のいい言葉は、こっちの世界では泣きたくなるぐらい存在しない。
「信用出来ない」
「ま、そうだよな」
心も読めないだろうし。
「お前も僕を油断させて殺す気なんだろ」
「殺す気ならもう殺してる。お前、見たところ弱そうだし」
「・・・」
図星だな。
まあ、最初から分かってたことだけど。
「でもさ、どっちみち俺達と組まなきゃお前、死ぬぞ?」
「な、なんでだよ・・・」
魔王相手にこんな脅すような感じで話すなんてな・・・
でも、必要なことだ。
俺達にとっては。
「だって、見ての通り、外には魔物がウヨウヨしてる。いずれは魔物も全部殺されるんだろうが、その殺す対象にはお前も入ってるんだぞ?」
俺は結界の向こうを指差す。
鳥型の魔物が、空中を漂っている。
その内の数頭は、火を吐いたりして結界を破ろうとしていた。
恐らく、俺狙いだと思う。
「うるさい!僕にはこの子がいる。この子は最強なんだ」
魔王が神聖種を指差す。
この子は最強ねぇ。
余程自信があるらしい。
「いいや、お前は自分も手駒を過信し過ぎてる。最強なんて存在しないからだ。そんなんじゃあ殺されるのも時間の問題だぞ」
「僕は殺されない!大魔石があれば、ここに饐えた聖礼なる蠅の王の分体を拡散し続けられるんだぞ!誰にも負けない力がある!」
はーん。
神聖種のエネルギー負担は大魔石で賄ってるのか。
うーむ。
これじゃあ半永久的にここに籠城出来ちゃうじゃん。
魔王と交渉する余地がない。
・・・どうしよう?
「無駄よ」
俺が悩んでいると、プラムが魔王に話しかけた。
助け舟を出してくれるらしい。
「断罪者がここに来たら、どうなるかは想像出来るわね?」
「・・・猫?」
「今はそんなことどうでもいいわ。問題なのは、あなた自身なのよ」
いや、俺達の問題でもあるし・・・とは言わない。
わざと魔王にそう言ったんだろうから。
「能力にも相性がある。貴方の神聖種がいくら強力な能力を所持していようと、所詮分体。自然干渉系能力で攻められたら、ひとたまりもないわね?」
「・・・」
「断罪者のヴァネールは炎の執行者。幸い、この街には転移の陣がたくさんあるわ」
幸いって・・・
ドSっぷりが酷い。
よくそんなに強気で言えるよな。
尊敬するよ。
「ヴァネールがここにやってきたら貴方、殺されるわよ?間違いなく」
「うっ・・・」
おお。
魔王がたじろいでる。
効果は抜群みたいだ。
「どうする?」
彼女が問いかける。
でも、これって実は選択肢なんてない。
死ぬか、生きるかしか魔王に残された道がない。
ここに籠城すれば、ヴァネールに焼かれて死ぬ。
でも、生きる道はある。
「俺達と一緒に組めば、お前は生き残れるぞ」
最後の一押しを俺は言った。
救いの手を差し伸べるように。
「・・・ヴァネールが来ても・・・来ても大丈夫さ。転移で逃げればいい」
「この大樹にある陣は2つ3つしかないわ。どれも隠されてるけど」
「・・・嘘だ」
「本当よ。貴方では探せない。陣の位置を聞ける悪魔もいない。貴方が全員殺してしまったから」
魔王が言葉の拷問に苦しんでいた。
こんなん誰でもキツイよな。
「それに、転移で逃げたとしてもアテはあるのかしら?」
「誰かが・・・助けてくれる」
「誰よ?言っておくけど、多種族はアテにしない方がいいわよ?悪魔に恨みを持っている者も多いから」
吸血鬼辺りなら、助けてくれる可能性はあるだろう。
・・・一時的にだろうけど。
結局、その先はゲームオーバーだ。
「うう・・・でも、でも!!」
「でも?」
「・・・」
ベルゼブブが黙りこくる。
追い詰められている。
その時、魔石のエネルギーが1個カラになる。
後、残り2つ。
「貴方は八方塞がりなのよ、もう」
「どうしたらいいってんだよぉ・・・」
「私達が助けてあげる」
プラムが悪魔の声を甘く漂わせる。
悪魔よりもよっぽど悪魔めいていた。
「・・・」
また黙る。
時間がないが、もう言えることは言ったみたいな雰囲気で、プラムも待つ。
命の選択。
選び難い事実。
魔王の答えはハッキリしているのだと思う。
でも、それでも選びたくないことはあるものだ。
人間でも悪魔でも、それからは逃れられない。
魂が汚れているかぎり。
「僕は・・・もうまともに生きていけないのか?」
「どうしてお前がラースの魔王の意向に反対したのかは知らないけど、こうなった以上、もう悪魔の味方はいないだろ」
「ちくしょう・・・」
怒りが伝わってくる。
どうしようもない、どこにも発散出来ない怒りが。
「ちくしょうちくしょうちくしょお!!!」
「・・・」
「なんで、こんなことに・・・」
直後、悲観。
哀れだ。
俺みたいで。
俺を見ているみたいで。
そして・・・
「・・・助けて・・くれ」
魔王はプライドを捨てたのだった。




