151話 エンヴィー大樹
「・・・着いたな」
光が視界から晴れる。
膨大な光の先に見えたのは・・・悪魔達だった。
「っ!!」
条件反射で剣を抜く。
左右を2本の魔剣で挟んで、首を刎ね落とした。
「くそおおおぉぉ!!!」
悪魔の総数を確認する。
5人の悪魔がそこにはいた。
何故か負傷している奴4名、健全な奴1名。
向かってくる健全な奴から殺そう。
相手が無詠唱で火球を手の平に出現させる。
火が出現する秒数は僅かだが、隙がある。
1秒よりも短い時間・・・その隙間を確認して、俺は剣を投げつけた。
「えっ」
不思議そうな声を出しながら、相手は自分の手を見る。
その手には火球ごと貫いた剣があった。
能力は発生途中で不安定になり、爆発を起こす。
爆風で悪魔の体が燃やされた。
「ぎゃああああああ!!!」
「・・・」
燃やされている悪魔の首を刎ねる。
これで少しは楽に死ねただろう。
「・・・後は襲ってくる奴はいないみたいだな」
改めて状況を確認する。
ここは狭い部屋だった。
人が10人もいればいっぱいになる広さだ。
その中に、悪魔が密集して入っていた。
最初に俺が斬り殺した奴と襲い掛かってきた悪魔は別として、他に4名の悪魔がいる。
全員苦しそうに呻いていた。
襲ってくる気配はない。
多分、本人達はそれどころじゃないんだと思う。
「なんだこれ?」
「外傷はないみたいね」
プラムの言う通り、倒れている悪魔達に主だった傷はなかった。
血も出ていない。
猫の嗅覚でも、彼らから血の匂いは感じ取れない。
「話せないよな」
「状態からするとね」
ゴホゴホ咳をしていて、中には涎を垂らして虚ろな目をしている奴までいた。
明らかに異常だ。
何らかの病気に見える。
意思の疎通は無理そうだった。
この部屋の出口はすぐそこにあった。
1枚の扉。
施錠もしていないであろう、簡易的なものだった。
「あの先、嫌な感じがするな」
「・・・そうね」
扉の先が臭い。
臭くて、脅威を感じる。
俺のカンも複数の戦闘を経て、だいぶ鋭敏になってきた。
そのカンが言っている。
この先は危ないと。
「・・・これ、ここに倒れてる悪魔と関係あるよな」
「私もそう思うわ」
「こうなった原因は?」
「・・・」
彼女は俺の問いに対して、目を閉じる。
思案中だ。
プラムも分からないらしい。
そもそも、悪魔がここで倒れているって状況は異常なのだから、何らかのイレギュラーがあったと考えるべきだ。
今現在起こっているイレギュラー。
それは、外で暴れている魔物達だ。
魔物が大樹に侵入して、何らかの能力を使った?
外には様々な種類の魔物がいたから、どんな魔物がこんなことをしでかしたのかは分からない。
でも、魔物による攻撃が原因だと一概には言えない。
というか、この大樹全域を覆っていた結界をすり抜けられる魔物なんているのか?
俺らは大結界をどうこうする方法を持っていたが、魔物はどうだ?
既存の能力で、こんな結界を破れるのは相当なチャントを付加した能力じゃないと・・・
果たして、そんな強力な能力を持った魔物は、あの街に侵入していただろうか?
俺が考えていると、彼女が目を開けた。
思考が終わったのだ。
「・・・ここには誰が囚われていると、事前の情報で分かっていた?」
「あれだ・・・魔王だろ?」
確か、名前はベルゼブブ。
独立派の珍しい魔王で、それが故にラースの魔王と敵対してしまった悪魔。
現在ベルゼブブの統治していたグラトニー領には大魔石がない。
だから魔王の代理人をたて、街の守護に72柱を使っているって話だ。
「ベルゼブブは大樹にいるって聞いたわね?」
「そうだな。街の情報を手に入れる時に、一緒に知ったっけ」
「そのベルゼブブは、今何をしていると思う?」
「・・・囚われてるんじゃないのか?」
「囚われていた、としたら?」
「脱出したって言いたいのか?」
「・・・恐らくは」
ありえないことではない。
魔王の戦闘力は弱い。
だが、ある者を使役することは出来る。
神聖種。
俺が殺されかけたりした、あの厄介な種族。
ベルゼブブの神聖種は、虫型の生物だ。
どういう原理かは知らないが、病原体を発生させて対象者を殺す。
そう・・・病気のように。
「・・・あ」
「気付いた?」
プラムの言いたいことが分かった。
もし、ベルゼブブが抵抗して神聖種を大樹内で呼び出したら・・・
病原体が、大樹内部を蹂躙したら・・・
「それっぽいな」
「でも、あくまで可能性の1つよ」
「・・・魔物とかがやったとか?」
「それとも、魔物の侵入に便乗して、力のある強大な悪魔がやってきたか」
そっか。
そういう可能性もあるのか。
72柱が襲ってくることも考えなくちゃいけないのか。
「でも、こんなことが出来る悪魔っているのか?」
「毒は能力で生成可能よ」
「・・・どんな能力を混ぜたらそんなことが出来るってんだよ」
「風よと、太陽の誉れをよ」
そんなんで出来るのか?
「空気中に毒が含まれているのは知ってる?」
「空気中って・・・俺らが吸ってる空気か?」
「そうよ」
「今、普通に吸ってるんだけど」
「でも、極微量に毒は存在するわ」
「・・・つまり?」
「二酸化炭素よ」
むむ。
聞いたことがあるな。
空気中に含まれている、炭素の酸化物。
物を燃やすと簡単に出てきたりするあれだ。
「空気中に含まれている二酸化炭素を吸ったとしても、有毒性はないに等しいわ」
「だろうな。今も俺、吸ってるし」
「でも、もしその濃度が高まったら?」
「・・・死ぬな」
俺も思い出した。
あの気体は毒になるのだ。
二酸化炭素は、たった3パーセントの濃度を超えるだけで、体調を崩す。
7パーセントを超えた場合は、死だ。
つまり、有毒の気体。
「それを能力で作ると、毒になるのか」
「風よで空気を安定させて、太陽の誉れをで中の気体を選り分けて集める。そういう固有能力があるわ」
「なるほど・・・」
「他にも色々あるけど、代表的なものはそれね」
以前に貶たりし驕傲の聖鳥獣と戦ったことがあったが、あの神聖種もそんな感じで毒を広げていたのだろうか?
「・・・それを考えると、扉の先は危険か」
「悪魔の症状で推察するなら、何らかの中毒症状がピッタリ当てはまったのよ、私は」
見ると、もう意識がなくなっている悪魔がいた。
涎を垂らして、虚ろな目になってた奴だ。
・・・呼吸をしていない。
「死ぬほど強烈なものみたいだな」
「この部屋に影響がないのは幸運だったわね」
彼女の言う通りだ。
もし、彼女の予想通り部屋に毒が満ちていたんなら、俺達は問答無用で倒れていたはずだ。
生物は呼吸をしないと生きていけない。
呼吸は命の行為と一緒だ。
当たり前のことではあるが、生存に最も重要な要素だろう。
「それじゃあ、どうすればいいんだろうな?」
八方塞がりじゃないか?
息を止めるのは無理だ。
探索中に絶対息切れする。
「方法なら一応あるわよ」
「・・・風の能力か?」
「何でよ?」
「風で空気を吹き飛ばせるだろ?それで毒も飛ばせないか?」
「毒で空間が満たされていたらどうするの?風で飛ばしても、毒はやってくるわよ」
「うっ・・・そうじゃないかもしれないじゃん」
「そうだとしたら貴方、死んでるわよ?」
言い訳はなし。
そう彼女の金瞳は言っていた。
やっぱり彼女には逆らえない。
「結界で毒と俺達を遮断したらどうだ?」
これはナイスアイディアだと自分でも思った。
「ダメよ」
簡潔即答で否定された。
俺のナイスなアイディアが・・・
「結界で毒は防げないのか?」
「防げるわよ?」
「ええ・・・否定したじゃん」
プラムがやれやれと頭をふった。
「結界は毒を遮断するけど、同時に空気も遮断するのよ」
「・・・いずれは呼吸出来なくなるのか」
「正解」
この大樹はでかい。
見た目から推察する限り、数十分で魔石にたどり着けることはないだろう。
探索途中で、呼吸困難に陥るのが関の山だ。
「じゃあ、どうしろって言うんだよ?」
「貴方には、魔剣が2本あるでしょ?」
「・・・使うのか?」
「今が使うべき時よ」
まあ、考えてみれば闇は何に対しても有効に働く反則の固有能力だ。
全てを沈静化して、動きを止める。
闇の包容力の前には、誰も逆らえない。
無慈悲で優しい包容力、とでも言えばいいのか。
遍く生物は、闇に逆らえるように出来ていない。
そんな気がするのだ。
「魔石、使い切りそうな勢いだな」
「最後の局面まで持てばいいわ」
「その最後の局面っていつ来るんだろうな?」
「それは貴方次第よ」
「ですよね」
彼女ならそう答えるだろう。
そう思っての質問だった。
もうそれはドンピシャの答えで、こっちが安心する程だ。
「じゃ、アドバイス通りに」
俺は魔剣を1本持つ。
闇夜黒剣だ。
こっちの魔剣の方が長く使っているから精度が高い。
何も魔剣を2本使うことはない。
今は戦闘じゃないし、今は如何に闇の能力を器用に使えるかの局面なのだから。
でも、いつ戦闘に入るかも分からない状況だ。
いつでも黒錠剣を使えるようにしておく。
「毒を吸い込まないようにすればいいんだよな?」
「そうね。悪魔の症状を見る限り、皮膚から侵入するタイプの攻撃じゃないみたいね。呼吸する口に能力を当てるのがいいと思うわ」
「分かった。やってみるよ」
俺は魔石からエネルギーを取り出して、剣に注ぎ込む。
イメージは水道の蛇口だ。
少しだけひねって、水を調節する。
水はエネルギーに似ている。
何にでも形を変えるし、使い方次第で恩恵や害悪を与える。
でも、生存するには不可欠なもの。
その量を調節するのだ。
「いい感じだな」
魔剣がもっとエネルギーを欲しがるが、それに出来るだけ抵抗を加えてやる。
蛇口の力加減は、俺の意思の裁量だ。
加減を間違えれば能力は解除されるし、強すぎれば能力は必要以上に規模を増す。
能力の安定化の基礎。
出力の制限ですら、固有能力だと一気に難しくなる。
俺がこういう真似を出来るのは、あくまでこの能力が魔剣由来のものだからだ。
だから魔剣との繋がりを強く、強く意識しなくちゃならない。
魔剣から、薄く闇が出てくる。
その闇を、俺とプラムの口元に持ってくる。
それで優しく包み込んだ。
「これで大丈夫かな」
「これでダメなら、もうどうしようもないわ」
らしい。
俺もそう思う。
「ぁ・・・ぁっ・・・」
室内にいた悪魔達のうめき声が、さらに弱弱しくなる。
もう助からないだろう。
なら、せめて・・・
「なあ?」
「何?」
「コイツら、楽にしてやってもいいか?」
「同情?」
「言い方悪いなぁ・・・まあそうなんだけどさ」
「・・・お好きに」
「ありがとう」
俺は1人1人、額に魔剣を刺していく。
せめて、苦しまないように手早く行う。
ものの数秒で全てが終わった。
「行こう」
そう言って、扉を開ける。
危険な香りが漂うその室内へ、俺達は足を踏み入れた。




