150話 侵攻の魔物達
狩りとは、生命を食らう為の下準備だ。
生きていく為の行為。
どれにしたって、生命を獲ることには変わりない。
生きる為の基本的なことは、全部欲求に従って動くから、何故こういう行為をするのか?とか疑問めいたことは考えない奴が大半だと思う。
それが例え、知性を持った生物でも。
生きていく為に生きていく。
現状、これが答えみたいなものだ。
生きる理由なんて。
生物の3大欲求は、食欲、性欲、睡眠欲。
どれも欠かすことの出来ないものばかり。
呪いと言い換えてもいい。
とある宗教では、原罪ともされてる。
この考え方が正しければ、世界は罪で飽和されていることになる。
生きることが罰だと言ってるようなものだ。
生きた精算はどこでする?
何をどうやったら俺は・・・俺達は、この呪いを振り払えるのだろうか?
たった今も、生物同士は殺し合っている。
互いの生存欲求をぶつけて。
「鷹の大弓構え!!!!」
規則的に建てられた家々の屋根に、規則的に配列された狩猟団の悪魔達が攻撃体制に入っていた。
隊列は各屋根に縦2列、横5列で並んでいる。
弓は再装填に時間を要する武器だ。
その分、遠距離から攻撃するから、単体の敵を離れた場所から狙撃する分には問題ない。
でも、今回は話が別だ。
魔物は致命的な弱点というのが、あまり存在しない。
弓程度では、1発で仕留めるには攻撃力がまるで足りないのだ。
だから、連続で遠距離から効率的に攻撃するための配置がこれだ。
前の1列目の悪魔がまず矢を放つ。
その間に後ろの2列目で弓を持った悪魔が矢を装填する。
そして前後入れ替わり、あらかじめ装填した矢を放つ。
後はその繰り返し。
これで大した隙を作らず、弓矢で攻撃が出来る。
狩人の攻撃方法と言うよりは、騎士団に通じるものだ。
だが、ここまで積極的に大弓を使うのは、エンヴィーの狩猟団くらいだろう。
狩猟団が狙うのは、一斉に街へ侵入してきている魔物達だ。
地上からは、巨鬼、小鬼、壁の大蛇、焼熱の有角者なんかの、地上を移動するタイプの魔物が。
空からは狙い降下する者、岩の吸血者、窒息の行使者などの、飛行する魔物が上空を占めていた。
上も下も魔物魔物魔物だらけ。
これでいい。
これで、俺はやりやすくなる。
暴れろ。
攪乱しろ。
臭いに釣られて。
所詮、臭いの先に何があるのか考えられもしない生物達だ。
何かあるのか、ないのか。
何も考えず、ただ体を本能的に動かす食欲の権化。
世界の初期の生物像。
生きるために食べ、生きるために強化する。
ただその繰り返し。
何のために生きるのか、分からない知性ある生物達だって、現状は殆ど同じだ。
過程が違うだけで、結果はさして変わらない。
殆ど同じ。
俺の視点からは醜く見える。
悪魔対魔物の図は。
俺自身も、その内の1人に過ぎないのだが・・・
「撃てえぇぇぇ!!!」
誰かの怒号が俺の耳に届く。
直後、弓から矢が放たれる無数の音が聞こえた。
ズドドドドドドドドドドドと矢の雨が魔物に降り注ぎ、水の代わりに真っ赤な血が地面に落ちる。
だが、まだその程度では倒れない。
上空にいる魔物も、翼を矢で貫かれたぐらいでは止まらない。
そんなことで、本能は止められない。
だから、無尽蔵に撃つのだ。
一方的に矢を。
「紅蓮の大弓構え!!!」
別の方向から、また指示が聞こえた。
そこには、また同じような配置で屋根から弓矢を撃とうとしている狩人達がいる。
矢の先端は赤色に染まっていた。
火だ。
生物が本来忌み嫌うはずの火。
光をもたらす希望の火。
今は、死に至らしめるための要素に過ぎない。
「撃てえぇぇ!!!」
火の矢がまた雨の如く降り注ぐ。
今度は、倒れる魔物が現れた。
火が体の内側から燃えて、行動を不能にしたのだ。
火の能力の特徴でもある。
純粋な自然干渉系として使用するなら、球状の火の玉になるが、武器に付加すれば殺傷力を増すことが出来る。
頭に獲物を刺しても、致命傷になりえるかも分からない魔物相手なら、効果は抜群だろう。
そして、俺達も紛れる。
この争いの中に。
1人の醜い生命体として。
でもまあ、戦いはしない。
魔物と悪魔は互いに殺しあうことで目的を果たす関係だが、俺は違う。
殺すことが第1優先じゃない。
大体、そんなことを目標にする奴は魔物と大して変わらない。
魔物と悪魔の叫びが街中に響く戦場の中、俺とプラムは住宅街をコソコソと隠れながら移動していた。
無数の飛来する魔物に気を使いながら、どんどん街の中心部・・・・エンヴィーの大樹に近付いていく。
大樹の大きさは、大体街を覆っている防壁の1・5倍くらい。
高さにして20メートルはあるんじゃなかろうか?
その頂上に輝く1つの大魔石。
まだ、ラースの魔王によって移動されていない魔石の1つ。
大樹の周辺は、魔物の侵入に備えて頑丈な結界が張られている。
チャントぐらいは付加しているだろう。
あの結界を物理的に通り抜けることは出来る。
でも、俺としては隠密に徹したい。
無駄な戦闘は避けて避けて避けまくってやる。
「うおお・・・鳥の魔物に見つかりそうで怖いな」
「鳥の目はいいわ。風を切る音で聴覚が生かせない分、視覚が発達しているの」
「じゃあ、殆ど結界意味ないってことじゃん」
「じゃあ、消してもいい?」
「・・・すんません」
結界がなかったら、とっくのとうに見つかっています。
プラムには感謝してますよ・・・
「見つからないように頑張るよ」
「頑張って、見つかったらどうしようもないわ」
「・・・モチベーション向上に貢献してくれよ」
「応援してほしいって言ってるの?」
「・・・ダメか?」
「結果が全てよ」
・・・厳しい。
生死が関わるこの状況で、言い訳が通じないのは分かっている。
正解を常に選ぶことを意識しなければならない。
普通なら、間違えても取り返しがつく。
けど、今間違えたら死ぬ可能性がある。
取り返しがつかないのだ。
後悔する間もなく、俺は昇天してしまう。
それでも言い訳をするなら、ソイツはただの馬鹿だ。
ただ慌てふためく奴の方がまだいい。
「肝に銘じておくよ」
「今更ね」
「分かってる」
この街は2階建ての住宅が殆どだ。
他の街と同様、背丈の低い建造物が殆ど。
で、魔王が住む建物が例外的に高いというのも、一貫して共通している。
路地裏などの影のある場所を選んで、素早く走る。
たまたま鳥型の魔物が俺の目の前を遮る。
・・・俺には気付かなかったみたいだ。
「ビクビクしながら進むの、いつまで続くんだろうな」
「戦いがあっても、なくても貴方は変わらないわ」
「俺が臆病者ってか」
「ええ。だから、私が貴方を守ってるのよ」
こんな時でも、彼女の言うことは変わらない。
俺を心配していないみたいで、冷たいと思うのもいつも通りだ。
それで安心出来るのも事実なんだけど。
しばらく進むと、大きな建物があった。
大きいと言っても、3階建ての教会みたいなところだけど。
教会みたいな建物の真正面は、魔物と矢の舞踏会状態だ。
遠距離攻撃の応酬。
矢が刺さり、魔物の攻撃が悪魔の体を貫く。
魔物の断末魔より、悪魔の悲鳴の方が遥かに数が多い。
魔物はタフだが、悪魔はそうでもない。
死ぬ確率は悪魔の方が高い。
自然から離れたから。
世界の恩恵を享受することから離れたから。
自然に頼っていかないと生きていけないくせに。
自然を破壊するのに、自然に依存しているくせに。
矢が降るタイミングは一定じゃないから、よく見極めて路地裏から出なきゃいけない。
猫の目なら難しくはないが、通常の人間の目では容易なことじゃない。
ましてや目で追いかけることも難しいのに、体が反応することなんて到底無理だ。
物が消費され、命が消費されていく。
ハイリスクノーリターンだ。
得るものなんて、何もない。
強いて言うなら、自分の経験になるくらいか。
影のある経験になるけども。
「世界は無駄だらけだ」
「同感ね」
「だろ?」
自分の目的があればいい。
後はもうどうでもいい。
他の連中と共存なんて、俺には無理だ。
それを肯定してくれる奴が相棒なら、こんなに心強いものはない。
「よっ!」
教会の建物横の路地から出る。
矢は降らない。
屋根にいる悪魔が鳥の魔物に殺られたからだ。
だから、周辺に生き残っている魔物は当然いた。
路地から死角になっていた位置から、魔物が2頭出てきた。
「ああくそ!やっぱ戦うんだよなぁ!!!」
相手は、巨鬼と壁の大蛇だった。
巨鬼はでかい図体なのに、動きが素早い。
物理的な攻撃手段・・・腕と足だけを用いて攻撃してくる魔物だ。
壁の大蛇は岩の能力を使う。
能力を使って皮膚に岩を固定しているから、見た目は細長い形の岩そっくり。
岩を生成し、飛ばして攻撃してくる。
本当なら岩壁に擬態して攻撃してくるんだが、こんな街中だ。
自然界の擬態はかえって不自然だろう。
そんな2頭が、俺を見た瞬間に襲い掛かってきた。
蛇がその場に留まって、デブは真っすぐ俺に突っ込んでくる。
魔剣を2本同時に抜く。
魔石は必要ない。
己の腕だけで十分だ。
デブの爪を猫の目で見極めて、掻い潜る。
継続して前へ走り、2本の剣を腹に突き刺す。
「ヴァアアアァァァァァ!!!」
「うるせぇ!!!」
2本の剣を右方向へ、横に押す。
ズブズブと肉が斬れて、デブの右腹が裂けた。
痛みに怯むことなく巨大な手をハンマーみたいに振り下ろしてくる。
剣では受けきれないだろう。
素直に横にステップして躱す。
最初の移動で回避して、デブとの距離を離さないようにする。
そして、また両方の剣で腹を斬りつける。
「キシャアアアァァァァ!!!!」
蛇が岩を生成して、口から発射してくる。
人の頭程だ。
「よ!」
岩はデブの背中にクリーンヒットした。
俺と蛇の位置は対角線上だからだ。
その間にデブがいる。
魔物同士は悪魔と違って仲間ではない。
魔物は魔物で敵対しているのだ。
今は周囲に悪魔がいるから魔物もそっちを優先して襲っているが、本来ならそういう関係の方が普通。
であるからして、蛇はデブのことなんか気にせず攻撃をぶっ放してくる。
そういうことなら、俺も利用させてもらうまでだ。
背中の攻撃に意識が向いて、デブが俺に背を向ける。
もう隙だらけだ。
遠慮なく、2刀流でズバズバ斬りつけていく。
左右からバツの形に両方の剣を振り下ろす。
すぐに両方の手を反して、下からまたバツの形に斬る。
右の剣で斬り、次は左で。
硬い箇所は両方使って、ただ腕を振る。
斬ることだけしか考えない。
ブヨブヨの肉がミキサーにかけられたみたいに抉れている。
数秒間絶え間なく斬ると、腹の奥の背骨に剣が届く。
そして、音を立てて倒れた。
デブが倒れるのと同時に、岩が俺目掛けて飛来する。
片方の剣で受けて、次弾を反対の剣で弾く。
2刀は攻撃や防御の選択肢が増える戦闘スタイルだ。
1撃1撃は軽いが、手数はその分増える。
相手の攻撃が片手で受けられる軽い部類なら、2刀あった方が有利に決まっている。
それほど苦労なく蛇の近くまで近付く。
蛇の表皮は岩だ。
斬れるものじゃない。
だから、開いていたその口に2本の剣を突き刺した。
血が大量に口から流れてくる。
・・・即死だ。
「・・・能力なしでも倒せるもんだな」
「倒したなら、行く場所があるでしょう?」
「へいへい」
休憩する余裕はない。
彼女の言うことはもっともだ。
誰も俺達を見ていないことを確認して、教会の入口へ駆ける。
ドアを蹴って開ける。
中には・・・誰もいない。
内装はそのまんま教会だ。
横に長い椅子があり、奥には祭壇みたいなものがあった。
「ここがそうなのか?」
「あの悪魔が言っていたことが本当なら、ここね」
実は、俺達がドマーク洞窟に入る前ある程度この街について、情報を聞き出していた。
この教会についても。
「通路はどこだって言ってたっけ?」
「祭壇よ」
ここには転移の陣があるらしい。
あの大樹に繋がる、数少ない陣が。
「貴方なら、感じられるわよね?」
「まあな」
転移の陣が呼び出す者は光だ。
光が生命や物質を他の陣まで導くのだ。
その特異性は意思にも表れている。
俺は何度も光に触れたのだ。
その痕跡がどこにあるかぐらいは感じ取れる。
「・・・こっちだな」
俺は祭壇の方向へ歩いていく。
特別変わった場所はない。
けど、それは見た目だけ。
悪魔には感じられないだろうその意思の奔流が、1番奥の壁・・・その向こうから感じられた。
「隠し扉・・・だと思う」
「ここに転移の陣があること、誰も知らないでしょうね」
知ってたら、悪魔は隠せないもんな。
ジャミングの能力とか、特殊な能力がないかぎりは。
「取っ手はないな」
「スイッチも見当たらないわね」
「そっか」
俺は魔剣を1本だけ手に取る。
そして、思いっきり剣を壁に当てた。
ガァンと音が響き、剣が弾かれる。
壁の表面に傷は付いたが、それだけだ。
破壊出来ていない。
鉄みたいな感触がした。
「堅いよ」
「・・・魔剣の能力の出番ね」
「魔石のストックがみるみるうちに消費してるけど、大丈夫か?」
「私がエネルギーを肩代わりするわ。ただし、一瞬だけよ」
それなら魔石はとっておける。
後の戦闘で使えるだろう。
「悪いな」
「いいのよ」
プラムからエネルギー共有してもらう形で、魔剣にエネルギーを注ぎ込む。
闇の食欲は貪欲だ。
あっという間に提供した食事を貪り食ってしまう。
プラムから提供してもらえるエネルギーでは、もって1秒とかそんなんだろう。
魔剣を構える。
そして、振ると共にエネルギーを魔剣に通した。
微量の闇が、刀身に纏う。
「これでどうだ!」
剣閃が三角形に壁を斬る。
闇の効果で、抵抗なく剣で斬ることが出来た。
綺麗な正三角形の完成だ。
穴の向こうには、新しい空間が広がっているのが見えた。
「ふぅ・・・」
「大丈夫か?」
「平気よ、問題ないわ」
とは言いつつも、彼女はちょっと疲れたみたいだった。
魔石でも十分に賄えないのに、彼女の負担が軽いとは思わない。
でも、これ以上俺は何も言わない。
気にしても、仕方ないことだ。
俺達は斬って作った入口に入る。
そこは小さな部屋だった。
なにも置いてある物がない。
ただ、中央に転移の陣が設置されているだけだ。
「ここに入れば、大樹の中か」
「迷っている暇はないわよ?」
「迷わないよ」
言葉通り、陣の中へ入る。
バックパックから魔石を1個取り出して、陣にエネルギーを注ぎ込む。
「よし、起動したな」
赤い光で、小さな部屋が光り輝く。
以前は眩しくて怪しい光だと思ったが、今じゃもう慣れ切った。
陣の上に乗る俺達の体が、光によって運ばれていく。
「これで使った魔石が・・・4つか」
「・・・上々ね」
「お、褒めてくれるんだ」
「腕が立たなければ、魔石を何個使おうとこんな戦場切り抜けられないわ」
「へぇ、そういうもんなのか」
「そういうものよ」
光に身を委ねながら、普通通りに会話する。
命を賭ける時こそ、こんな感じでいいのだ。
彼女も俺も、いつ死んでもいい覚悟は持っている。
だから、これでいい。
「いきなり敵が現れてもいいようにしてね」
「りょーかい」
緊張感のない会話の後、俺達は光に消えた。




