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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第10章 父祖の辺獄と地獄篇 銀の月の村
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146話 猫の事情

 失意。

 俺の抵抗は無駄だった。

 プラムは初めから、俺がカイドウの死を否定することを知っていた。

 彼女はあらかじめ1個、魔石を持ち歩いていたのだ。

 俺を抑えるために。


 そう。

 最初から知っていた。


 でも、彼女を責めるわけじゃなかった。

 カイドウの死は、処刑じゃない。

 村を存続させるための通過点だ。

 仕方のないことなのだ。


 邪悪種の受け渡しは、神聖種の略奪の方法と同じ。

 脳を食べること。

 そして、その力を自身のものにすること。

 でなければ、カイドウが死んだ時点で、邪悪種が制御を離れて暴れてしまう。


 いずれはカイドウも衰弱する。

 誰だってそうだ。

 命の総量というものがある。

 命は有限なのだ。


 カイドウが邪悪種を引き継いだ時は、こうじゃなかった。

 カイドウは自身の父親の遺伝子・・・細胞を体内に保持していた。

 だから、カイドウは生まれた時から邪悪種をうまく操れていたのだ。


 しかし、今回は違う。

 カイドウの父親は、カイドウが若い時に倒れて寝たきりになった。

 それ以来、カイドウは父親のことばかりを見ていたそうだ。


 動くことが出来ない。

 話すことも出来ない。

 何もすることが出来ない。

 さぞ、苦しかっただろう。

 解放されたかったのだ、きっと。


 そして、カイドウは子孫を残さず、そのまま時を過ごしていった。

 何年も、何年も。


 カイドウの老化は早かった。

 心が摩耗していたからだ。

 心は体を支える。

 カイドウの心はボロボロだった。

 でも、職務は全うした。

 だから、断頭台の前にあれだけの猫達がやってきた。


 俺はただ1人、事情を知らなかった。

 俺だけが、カイドウについて何も知らなかったのだ。


 村の一部の猫は、俺が暴れる可能性について知っていたらしい。

 でも、カイドウが邪悪種の受け渡しについて、踏ん切りがついたのは俺が原因だという。

 村の猫はそれを知っていて、俺が暴走しかけても何も行動を起こさなかった。

 必要最低限、俺の動きを封じるだけに留まった。


 本当なら、殺されてもおかしくなかった。

 村の脅威は排除すべき。

 みんな、その意見には同意していた。


 仕方ないこと。

 みんな、そう思っていたのだ。


 でも・・・

 もし、それがカイドウじゃなくて、自分の大切な者だったら、俺はどうしてのだろう?

 それが大切な者でも、カイドウでも俺は同じことをしただろう。

 きっと、俺は助けようとしたのだろう。

 けど、俺はその後仕方ないことだと思えるのか?


 敵を殺すのはもう慣れた。

 命の重みは全て受け止める。

 自分のやってきたことが、すべて正しいかどうかは分からないけど。


 けど、味方の死はやはり苦しい。

 慣れるものじゃない。

 慣れてはいけない。

 俺は既に、何人もの味方を犠牲にしているのだから。


 ・・・あの後。

 カイドウの首が落とされた後、速やかに脳から邪悪種を操るのに重要な器官と思われるものを取り出した。

 その頭部は極めて丁重に扱われ、血をこぼさないように能力を行使しながら作業は進められた。

 結局、カイドウの1部を食ったのは門番のカリン。


 カリンは門番を務めるだけあって、実力は確かなものだった。

 プラムの屋敷の猫から選出される予想は外したものの、妥当な対象だと彼女自身も納得していたみたいだった。


 俺は、ただそのまま見ていただけ。

 何も出来ず、何も話せず。

 まるでカイドウの父親と同じみたいに。


 そして、全てが終わり、断頭台も解体された頃。

 俺は数匹の実力者であろう猫達の拘束を、解除された。


 「クソ・・・クソッ・・・」


 理解は出来た。

 けど、納得は出来ない。


 村のために犠牲にする命。

 カイドウも理解して、自分の意思で首を切断された。

 何もかも、悪いことではない。

 むしろ、カイドウの心の整理がつくまで、邪悪種の受け渡しを延期していた事情がある猫達は正しい。


 これは、俺のわがままなんだろうか?

 俺は子供?


 「納得はしなくてもいい。種族が違えば考え方も違うだろう」


 俺を拘束していた1匹の猫が、俺に言う。

 諭すように。

 大人が子供に言って聞かせる感じで。


 「でもな、自分の考え方を他者に押し付けることをしたらダメだ。生命は互いの意思を尊重しあうことで成長出来る」

 「・・・」


 何も言えない。

 俺も正しいと思ったから。


 「もし、お前が納得出来ないなら、私達に攻撃してもいい。ただ、それはお前の考えに基づいて行った行為だ。私達にも己の考え方がある。その時は、遠慮なく戦おうじゃないか」


 仮に俺がここで暴れてもどうにもならない。

 戦っても、カイドウの死は覆されない。

 死は死。

 もう戻ってこない。

 それが・・・それこそが死なのだ。


 「・・・戦わないよ」

 「いい決断だ・・・お前は強くなるよ」


 そう言って、猫達は去って行った。

 継承の議を見ようと集まっていた猫達はもういない。

 広場に残されたのは、俺とプラムだけだった。


 「・・・俺、間違ってたかな」

 「それが貴方の中だけで完結していたなら、間違いではないわ」


 他者と考え方を共有すること。

 だから、相違が生まれる。

 正解と間違いだ。

 だけど、生命体は基本的に1人では生きていけない。

 知性を獲得した種族は特に。


 「・・・じゃあ、どっちが正しかったんだろう」

 「私から言わせてみれば、この世は何もかもが間違っていて、何もかもが正解なのよ」

 「・・・言ってること、分かんねえよ」

 「そうよね。私は私。貴方は貴方だもの。所詮、真に考え方を共有することは不可能だわ」


 でも、俺は・・・あの時感じたカイドウの意思は、しっかり理解していた。

 カイドウが何を考えていたかは分からない。

 その代わり、根底にある心は垣間見た。


 「でも、これだけは言える」

 「・・・何だよ」

 「私は貴方についていく。出来る限りね」

 「・・・ありがとう」


 何もない広場に、俺の言葉が揺蕩い広がった。



 ---



 「どうやら、落ち着いたみたいねぇ」


 村の長が俺を確かめるみたいな目で見てくる。

 危険かどうかじゃない。

 ただ単純に、安否を確認する目だ。

 俺が暴走しかけたことはどうでもいい。

 暗にそう言っているようで、冷たく感じられた。


 今は、俺とプラム・・・そして対面には、村の長とシトネがいる。

 屋敷の室内だ。

 俺を警戒することなく、部屋へ簡単に入れた。

 最初の頃と同じ、どうでもいいと思われているみたいだった。


 「あの時は・・・すいませんでした」

 「いいのよ、悩み多き年頃だものねぇ」


 若者と老人。

 構図はそれだ。

 軽く窘められているのだ。


 「この世に正しい答えはないと思いなさいな。だから、これから見つけるのよ。見つけるために、生きなければならない。あの儀式は、可能性の儀式とも呼べるもの。私達の命を繋ぐ、可能性が具現したものなんだからねぇ」

 「・・・言ってることは分かります。俺の考え方が甘かったです」


 これは俺にどうこう出来る問題のレベルじゃなかった。

 俺はあそこでカイドウをどっちみち止められなかっただろう。

 周囲の猫の能力は強かった。

 単体では、俺でも勝機はある。

 けど、集団に個は負ける。

 それが道理だ。


 俺があそこでカイドウを助けたとしても、猫達はそれでリスクを負うことになる。

 カイドウ自身も拒否するだろう。

 今になって、ようやくそんなことを理解した。

 そんなことすら、あの時俺は頭に入らなかったのだ。


 「坊ちゃんが正しいと思ったことは、必ず意味がある。ただ、対立した者達に敵う力は坊ちゃんにはなかった。それだけさね」


 猫側の立場からモノを言っていない。

 中立的な印象を受ける。

 だから、この婆さんは変わり者で、村の長なんだと思う。


 中立とは何か?

 それは、どこにも属さないことである。

 生命は役目を持って生まれてくる。

 何らかの役目が。


 それを放棄して、全てを見渡すこと。

 所属することを放棄する役目に所属するのだ。

 そういった役目には孤独が付き物だ。


 孤独は強い者にしか耐えられない。

 精神的な孤独、物質的な孤独。

 ごまかしは効かない。

 全部、やってきたことが自分に跳ね返る。

 この村の長がやってきたことは、全て自分で受け止めている。

 そんな決意の前に、俺は何も言えなかった。

 所詮、俺はこんなものだと。


 「さて、話を戻そうかね」


 視線が俺からプラムに移される。


 「道具は揃えたよ」


 その言葉と同時に、シトネが部屋の隅に置いてあった包みを俺達の前に置いてくる。

 彼女は無言だ。

 そして、目がずっと下を向いていた。

 ・・・話す気はないらしい。


 「魔石10個、保存のきく食料、治療薬、ナイフ2本、魔具1点、以上だね」


 包みを開けて、中の物を確認する。

 確かに、言われた物は入っていた。


 「魔石を到達するのに時間がかかってねぇ・・・」

 「いえ、ありがとうございます」


 プラムは話さないので、俺が代わりに感謝の言葉を言っておく。

 なのに、長はプラムに視線を合わせたままだ。


 「ここの村が銀色の月に照らされていた頃は、魔石も簡単に手に入ったんだがね。最近はここら辺でも少なくなってきたよ」


 苦労して取ってきたんだろう。

 言葉から滲んで、俺にそう思わせる。


 「でも、お嬢ちゃんもよくやるもんだねぇ。身を粉にして」

 「・・・」

 「ま、それもいいだろう」


 長が俺の方を見る。


 「支えてくれているお嬢ちゃんがいるんだ。坊ちゃんは行くとこまで行けるだろう」

 「・・・はい」

 「けどねぇ、坊ちゃん。あんたは自分の行きたい場所を知っているのかい?」

 「・・・それは、俺の願望ですか?」

 「そうじゃなくてもいい。けど、坊ちゃんは行かなければいけない場所も分かっていないんじゃないのかい?」


 行きたい場所。

 行くべき場所。

 行きたい場所なら分かる。

 けど、誰からも求められていない俺が、行くべき場所って・・・


 「俺は誰からも必要とされてません。なのに、やるべきことがあるっていうんですか」

 「見えるんだよ、見守られているのが。つまり、求められているのさ、坊ちゃんもね」

 「?」

 「今は分からなくてもいい。直に理解するだろうさ」


 そこで、長がゆっくりと立ち上がる。

 話は終わりらしい。


 「シトネ、見送ってやんな」

 「はい、お母さま」


 ・・・また1つ、俺は知らない事実を理解した。

 お母さまか・・・

 そうだったんだ。


 「こちらへ」


 シトネが普段とは違う言葉使いで、門まで見送る。

 その歩き方さえも、どこか別の猫みたいに見えた。


 「・・・シトネ」

 「・・・はい」


 門についた後、俺は彼女に自然に話しかけていた。


 「お前、屋敷の猫だったんだな。それも、村の長の娘」


 それが理由だったんだろう。

 屋敷に近付かなかったのは。

 プラムはそのことさえ俺には教えてくれなかった。

 悪意はないと思う。

 彼女のことだ。

 どうせ、俺には関係のないことだと判断したんだろう。

 黙することは、嘘を吐いたことと同義だろうか?

 ・・・俺にはよく分からない。


 「・・・黙っていてごめんなさい」

 「いいよ、もう」

 「わたし・・・別れ際には、本当のことを話していいって言われたんです」

 「何を?」

 「ずっと、母様に言われて監視してたんです・・・あなたを」

 「・・・だから、ずっと俺の傍にいたのか」


 宿の時も、邪悪種に襲われた時でさえも。

 てっきり、あの時はプラムに言われてついてきただけかと思ったのに。


 「ずっと、黙っていてごめんなさい」

 「きっと、それも仕方ないことなんだろうな」

 「・・・ごめんなさい」

 「俺も、何かごめんな」


 お互いに誤った。

 これは必然だ。


 「わたし、多分もう会えません」

 「・・・会わないってことか?」

 「わたし、カイドウさんの首を斬った時、あなたの顔を見ちゃったんです」

 「・・・」

 「多分、一生忘れられないと思います。だから、会えません」

 「そっか」


 俺の態度は、猫達とは違う。

 猫達は努めて冷静だった。

 俺は真逆。

 そんな俺を見て、思うところがあったんだろう。

 彼女もまた、猫の中では変わり者なのだ。

 母親と同じで。

 

 「じゃあ、お別れだな」

 「・・・ごめんなさい」

 「いいのよ、謝らなくて」

 「プラムさん・・・」


 重く閉ざしていた口を開ける。


 「そのまま、謝らずに堂々と生きなさい。何だかんだ言って、私は貴方を気に入っていたのよ?」

 「もっと使える猫がいたのに、その中でグズなわたしを使ってくれましたもんね」

 「ここの猫達はいけ好かないのよ。それはシトネ、貴方も同じでしょう?」

 「ハハッ、そうですね」


 いつもの笑い声じゃない。

 少し、悲哀が混ざっている。

 けど、笑わないよりだいぶマシだった。


 「行くわよ」

 「ああ」

 「・・・お元気で」


 シトネに背中を見せて、歩いていく。

 俺達に興味を示そうともしない、いつもの猫達。


 本来の種族の在り方。

 悪魔の在り方を、俺は不自然だと思っている。

 じゃあ、他種族の銀叉が正しいのか?


 俺は、どっちにも違和感を感じてる。

 だから、今後ここで生きていくであろうシトネの顔はこれ以上見れなかった。


 そうして、俺とプラムは銀の月の村を出て行ったのだった。

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