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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第10章 父祖の辺獄と地獄篇 銀の月の村
145/244

145話 猫の儀式

 俺達が村を出る日の早朝。

 村の長が俺達の道具を全て揃えてくれているであろう今日。

 その日は、村全体が何かおかしかった。


 村の猫の様子が変なのだ。

 普段、猫達は食っては寝て、食っては寝ての不毛な毎日を過ごしている。

 俺すらも呆れるてしまうぐらいだ。

 でも、今日はそんなだらけ切った様子が見れなかった。

 皆無だ。


 そんな日は、何かある日に決まっている。

 基本、村を出入りする人間である俺に対して、猫達は悲しいくらい無関心だから、別のことだろう。

 そして、俺はその何かに心当たりがあった。


 宿から出た俺とプラムは、そのまま村の屋敷に繋がる大通りを歩いている。

 珍しく、小さい猫達でその道は生気が宿っている。

 いつもは本当に、閑散としている印象を受けるのだ。

 村や町は住む住人達次第でその性格を変えると言うが、これは極端な例だろうな。

 ギャップがありすぎる。


 いつも俺達にくっついているシトネはと言うと、どこかへ消えていた。

 どこへ行ったのかは分からない。

 この街の雰囲気がメンドクサイから、どこかでやり過ごしているとか、そんな感じだと思う。

 いずれにせよ、シトネの行動を邪魔することはない。

 危ないことをするような性格じゃないし、心配する必要もないだろう。


 「みんな、起きてんな。普段寝てるのに」

 「特別なことがあるからよ」

 「それってやっぱ、カイドウの邪悪種継承の儀ってやつか?」

 「そうよ。数十年ぶりに行われる滅多にない儀式。屋敷で私達の道具を直接手渡す前に、長が進行させるらしいわ」


 数十年ぶりの儀式。

 滅多にないと言われる理由は、俺もそこら辺をウロチョロしていた猫から聞いている。

 受け渡しの代物が、邪悪種だからだ。


 本来創造種の手には余る化け物なわけだが、銀の月の村の邪悪種はマリアさんの恩恵によって、猫達の制御下に置かれている。

 厳密に言えば、1匹の猫の支配下だが。


 里の邪悪種は里の猫なら、誰でも言うことを聞く訳じゃない。

 命令を聞くのは、ただ1人の猫だけ。

 それがカイドウだ。


 カイドウが邪悪種を操れている詳しい理由は分からない。

 けど、それはどうやら誰かと交代出来るシステムらしく、今回行われる継承の儀というのはカイドウから、他の選ばれた猫に邪悪種を受け渡すことらしいのだ。


 全部そこら辺を歩いていた猫達が言っていたことだから、本当かどうかは知らん。

 たまに適当なことを言うのだ、奴らは。

 適当に言うならまだいいが、酷い時は嘘を吐く。


 銀叉は悪魔みたいに心を読むことは出来ないが、心の在り方を騙すことは出来る。

 割と簡単に。

 だから、悪魔に対しても嘘を吐く。

 もちろん俺にも。


 と言うか俺なんかはいいターゲットで、猫達は俺に適当なことを言って、右往左往させるのが楽しいらしい。

 何ともムカツク話だ。

 ・・・騙される方も悪いけど。

 何を騙されたかは、言わないことにしよう。


 「長が継承の儀をやった後に、屋敷で俺達と会うのか」

 「みたいね」

 「どのくらいで終わるんだろうな、その儀式?」

 「すぐ終わるわ」

 「何で分かるんだよ?」

 「前にも見たからよ」


 ・・・儀式が前に行われたのは数十年前ってプラム本人は言ったよな?

 少なくとも、その数十年間を彼女は生きてるわけだ。


 「お前、本当に歳はいくつなんだよ?」

 「前にも言ったわよね?レディーに年齢を聞くものではないわ」


 いや、年齢次第ではレディーと呼べないかもしれないんだぞ?

 と思ったが、やはり彼女には言えなかった。

 怖いから。


 「それよりも、荷物は忘れてないでしょうね?」

 「大丈夫、揃ってるよ」


 だいぶ前に、旅の途中で荷物を忘れた経験があるのだ。

 それはただの干し肉だったが、プラムにかなり長い時間お説教された。

 何故なら、それで魔物が集まる可能性も捨てきれないからだ。

 ただでさえ、俺は魔物やらなんやらを集めるのに、またさらにリスクを増やしてどうする気だ?と、そう言われたのだ。


 今回は大丈夫。

 しっかりと確認した。

 忘れ物はない・・・はず。


 「んお、ここが儀式をするところか?」

 「みたいね」


 俺達が話しながらたどり着いた場所は、広い広場みたいな場所だった。

 広場って言っても、ただ建物がその箇所にはないだけの寂しい場所だけど。

 ただ、今だけは猫達がワラワラと広場に集合していて、かなり手狭になっている。

 猫の体は小さいので、俺は慎重に歩かなきゃいけない。

 まるで巨人になった気分。

 これはこれで悪くないかも。


 「すまん、ここ通るよ」


 猫達がうっとおしそうな目で、体の大きい俺に道を譲る。

 万が一にも猫の体を踏んだら、厄介なことになる。

 グチグチ長時間俺に文句を言ってくるのだ。

 それがまたメンドクサイ。

 本当に猫ってメンドクサイ・・・


 その猫の1匹であろうプラムはと言うと、そんなことはない。

 キッパリ言って、キッパリ終わる。

 実にいい。

 素晴らしい。

 俺はそういうのが好きだ。

 会話自体は煙に巻く意味深な言葉が多くて、理解はしにくいけど。


 広場の中央辺りまでやってくる。

 そこには、大きな台みたいな設備が1つ置かれていた。

 俺の目には、断頭台に見える・・・


 「いやいや、まんまギロチンじゃんか!」


 何故!?

 こんな村で、誰かが悪いことをしたわけでもないだろうに。

 何で首をチョンパされなきゃいけないんだよ。


 「何?大きな声出して」

 「ちょっとちょっと、何でギロチンがここにあるんだよ?」

 「使うからここにあるのよ」


 当たり前って声してるけどな、おかしいぞ。

 使うなんて、そんな物騒な。


 「誰に使うんだよ?」

 「誰かによ」


 はっきり答えてくれない。

 断言してもいいが、彼女は嘘を吐かない。

 でも、嘘を吐かないだけで何かを隠すことはある。

 そういう時は、絶対何かあるのだ。


 「何で答えてくれないんだよ」

 「答えるべきではないからよ」

 「何でさ」

 「それを言ったら、答えるべきではないことを言ったも同然になっちゃうわ」


 ・・・あくまで言う気はないらしい。

 いいだろう。


 「私としては、屋敷の方へ行ってほしいのだけれど」

 「俺、ここで見る。何がどうなるか見たい」

 「・・・別にいいけど、後悔はしないでね」


 後悔?

 何で?

 後悔するようなことがここで起きるのか?

 どうしてそんなことを言うんだ?


 「・・・それも何でって聞いていいか?」

 「いいけど、答えないわよ?」


 それでもいいさ。

 どうせ、ここで見れるのだから。


 「・・・分かった」


 そう言っておいた。

 俺はそれで納得。

 彼女も納得。

 これでいい。

 自分のことを、少し子供っぽいと思ったが、気にしないことにした。



 ---



 数十分後、広場には猫達がギュウギュウになってまで押し寄せてきていた。

 それだけ今回の儀式が重要ってことなんだろう。

 数百匹ではきかないぐらいの数が、ここには集まっていた。


 案外、ここの村の面積は広い。

 昔の悪魔達が建てた村だからだ。

 猫の体は小さい。

 だから、家1件に対して悪魔とは違い何十匹も住むことが出来る。


 猫にプライバシーを気にする奴は殆どいない。

 そんな猫は、プラムとシトネ以外に会ったことがない。

 探せばまだいるんだろうが、全体数から見れば、かなり少ないのはもう分かる。

 だから、みんな一緒に暮らすのだ。

 自堕落になって。


 そんな猫達が、急にある位置から綺麗に縦に割れていく。

 モーセの滝みたいに。

 その縦の空白にいた猫は3匹だ。

 みんな、俺と面識のある猫だった。


 村の長、カイドウ、シトネだ。

 カイドウが1番先頭で、その少し後ろをシトネと村の長が歩いている。

 その様子は普段からは想像も出来ない程落ち着いていた。


 「シトネってあんなにおとなしかったか?」

 「今は話さないほうがいいわよ?」

 「?」


 俺は首をかしげる。

 言葉を必要としない、俺のボディランゲージだ。


 「猫にとって、神聖な時間だからよ」


 神聖な時間か。

 人間で言うところの、宗教みたいなものだろうか?

 恐らくそうだろう。

 そういうことにしておこう。

 そう思っていないと、好奇心でまたプラムに質問してしまいそうだ。


 3匹は割れた猫の道を無言で歩いていく。

 シトネの雰囲気が別者みたいで、なんだか気持ち悪い。

 普段はあんなに元気なのに。


 そのまま3匹は、断頭台の階段を上って、中央へ行く。

 そして、カイドウが後ろを振り向いて、村の長とシトネに向かい合った。


 「カイドウ、ここまでよく村を守り抜いたねぇ。村の猫を代表して感謝するよ」


 誰にも頭を下げないと密かに思っていた俺の予想を打ち砕いて、村の長が頭を下げる。

 それに合わせて、シトネも頭を下げた。

 現世の日本人みたいに。

 周囲も日本の家屋みたいな建物だから、余計にそれっぽく見えてしまう。

 これは驚いた。

 あの婆さん、他の猫にも頭を下げるのか。


 「いいえ、いいえ・・・」


 平坦な声で、カイドウはそう答えた。

 寂しそうだが、悲しみはその意思から感じられなかった。

 ・・・なんだろう。

 嫌な予感がする。


 「もうわしの役目は終わりましたのじゃ」

 「そうかい。前とは見違えたねぇ。何か、スッキリすることでもあったのかい?」

 「・・・新しい可能性を、そこに見たのじゃ」

 「だから、変わったのかい?」

 「変わったというより、元の状態に戻った気分じゃ。綺麗になったんじゃよ」


 村の長はカイドウの言葉を聞いて、少し笑った・・・気がした。

 短いやり取りだった。

 なのに、言外の言葉が外にこれでもかと漏れ出ていたように感じられて、俺にはすごく濃密に感じられた。

 本当に・・・本当に嫌な予感。

 こんな時に限って、悪い予感は当たるのだ。


 会話が終わったんだろう。

 カイドウは移動する。

 どこに移動するかって?

 俺、悪いけどもう見当がついている。


 断頭台の、丁度上に刃がある部分。

 切断する首を固定する箇所。

 多分、そこだ。

 いや、絶対そこだ。


 「ダメだ・・・」


 小さく言う。

 今度は俺の予想を裏切らずに、断頭台の刃が降りる残酷な位置へ歩いていく。

 それを見て、俺の心臓が早くなっていくのを感じた。


 「ダメだ!!」


 大声を出す。

 誰も話していないせいで、俺の声はかなり大きく響く。

 カイドウがそれを聞き取って、俺の方を見る。

 表情からは分からないが、でも分かる。

 薄く笑っていた。


 何で笑う?

 何で自分からそんな場所へ行く?

 分からない。

 俺が何も知らないから?

 でも、どんな事情でこんなことをやるっていうんだよ。


 少しの間、そうしてただろうか?

 また、カイドウが自分から断頭台の中央へと歩き出す。


 「おい待て!なんでお前が死ぬんだよ!訳分からないぞ!?」


 大声で言ってるのに・・・

 カイドウには聞こえてるはずなのに、歩みが止まらない。

 どうして?

 どうしてだよ!?


 「誰か説明しろよ!なんでカイドウが・・・」


 急に、金縛りにあったように体が動かなくなる。

 隣で、プラムが俺の瞳を凝視して、能力を行使していた。


 「・・・っぐ!?」


 体が動かない。

 動いてくれない。

 どうして止める?

 なんでアイツが死ぬんだ?


 「どう・・・して・・・」

 「カイドウは死ななきゃいけないからよ」

 「・・・こ・・の・・・」


 プラムはあくまで冷静に話す。

 それが俺の抵抗を強くする。


 「言ったわよね?邪悪種の受け渡しだって。神聖種をどうやって召喚王は奪ったのか、貴方は覚えているわよね?」


 覚えてる。

 忘れるわけがない。

 初めて見た、カニバリズム。

 吐き気を催した、狂気の行為。


 「邪悪種も同じよ。同じなの」


 食うのか?

 カイドウを?

 猫が?

 この場合、誰だって言うんだよ?


 俺が金縛りを受けている間、事は進行していた。

 縦に割れた猫の道から、1匹の猫が出てくる。

 カリンだ。

 村の門番猫。

 気のいい猫だった。


 アイツが食うのか?

 カイドウを?


 「貴方も黙って見ているべきよ」

 「ぐっ・・・味方・・・だったんだぞっ!!」

 「この村を守るには、欠かせないことよ。邪悪種の存在は幻惑の森に棲む魔物を退け、うまく分散させる。それがなければ、幾ら結界で村を守っても、魔石が減る一方だわ。大魔石と違って、魔石は有限なのだから」


 言ってることは分かる。

 けど、俺は反対だった。

 味方なのだ、カイドウは。

 敵ならいい。

 遠慮なく殺せる。

 けど、味方なんだぞ!?


 頭がおかしいのか?

 俺の方がおかしいのか?

 どっちがおかしい?


 分からない。

 分からない!!


 「ぐっ・・あああああ!!!!!」 


 力が溢れてくる。

 俺に少しずつ溜まった他の意思が、暴れ狂う。

 そうだ。

 俺は確かに魔剣や、他者と繋がっていた。

 溜まっていくナニカはあったのだ。


 それは穢れと言ってもいい。

 他者と繋がった証と言ってもいい。

 どちらでもいいが、俺の中に少しずつあったのだ。

 意思の欠片が。


 「ああああああああ!!!!」


 プラムの金縛りを無視して、無理矢理起きようとする。

 体が痛い。

 けど、味方が味方に殺されようとしている。

 無理だ。

 俺は耐えられない。


 少しだけ、体が動く。

 もっと、もっと力がほしい。

 求めに応じて、意思が深くから掘り起こされる。

 1番初めに繋がった意思さえ届くようにと願って。


 「ああああああああ・・・ああ・・・」


 でも、それは叶わなかった。

 プラムとは別に、周りから集まった猫達が、俺の瞳を覗くのだ。

 それと同時に、もっと体が頑丈に締め付けられる。

 脳に信号さえ送れないぐらい、ガッチリと脳を固定されたみたいだった。


 スルスルと意思が自分の心の中に沈殿していく。

 力は入らなくなり、俺はちっとも体を動かせなくなる。


 「うっ・・・うう・・・」

 「暴走・・・触れもしないで同調?」


 プラムが疑問の声を出す。

 けど、すぐに平静な声を取り戻した。


 「そこでじっとしてなさい」

 「・・・」


 もはや、俺は話せなかった。

 それぐらい、精神干渉の力が強かったのだ。

 抵抗が出来ない。

 悔しい。

 悔しい悔しい悔しい!!!


 カイドウの小さな頭が、そのサイズに合わせて作られた固定台にキッチリと固定される。

 あんな小さな頭が、切り落とされるのだ。

 何だよ。

 命が消えるのに、どうして周りの猫は動揺もしていないんだよ。


 おかしいよ。

 おかしすぎる。

 敵じゃないのに。

 味方なのに。


 シトネが、無言で断頭する刃に繋がる紐を口に加える。

 お前もなのか・・・シトネ。

 あんな陽気だった猫なのに・・・


 「君が悲しむことはない」


 カイドウが首を固定されながらも、そう話した。

 俺を見ながら。

 ただ、俺を見ながら。


 「君はわしを救ってくれた。守護役になった瞬間から、この終わりは定まっていたのじゃ。心残りはあったが、それは君が解消してくれた」


 言ってることが、すぐに理解出来た。

 そうか。

 あれが、そうだったのか。

 だから・・・


 「わしはもう心残りはない。だから、こうして長に継承の議を頼んだのじゃ」


 でも・・・でも・・・

 そう思っていても、体の自由は効かない。

 こんなに近くにいるのに。

 それを猫達が許してくれない。


 「ありがとう。そして、さよならじゃ」


 ダメだ。

 ダメだ。


 「短い時間じゃったが、君との出会いは素晴らしかった」


 そんなことを言ったら、死ぬみたいじゃないか。

 やめろ。

 頼むから。


 でも、心の奥ではもう分かっていた。

 すでに、もう遅いと。

 手遅れだと。


 「じゃあの」


 そう言って、目を閉じる。

 その瞬間、カイドウの頭は体から切り離された。

 あっけなく。

 俺は、ただそれを見ていることだけしか出来なかった。


 ギロチンの落ちる音と同時に、彼方から聞こえた獣の雄叫びが場に響き渡るのだった。

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