145話 猫の儀式
俺達が村を出る日の早朝。
村の長が俺達の道具を全て揃えてくれているであろう今日。
その日は、村全体が何かおかしかった。
村の猫の様子が変なのだ。
普段、猫達は食っては寝て、食っては寝ての不毛な毎日を過ごしている。
俺すらも呆れるてしまうぐらいだ。
でも、今日はそんなだらけ切った様子が見れなかった。
皆無だ。
そんな日は、何かある日に決まっている。
基本、村を出入りする人間である俺に対して、猫達は悲しいくらい無関心だから、別のことだろう。
そして、俺はその何かに心当たりがあった。
宿から出た俺とプラムは、そのまま村の屋敷に繋がる大通りを歩いている。
珍しく、小さい猫達でその道は生気が宿っている。
いつもは本当に、閑散としている印象を受けるのだ。
村や町は住む住人達次第でその性格を変えると言うが、これは極端な例だろうな。
ギャップがありすぎる。
いつも俺達にくっついているシトネはと言うと、どこかへ消えていた。
どこへ行ったのかは分からない。
この街の雰囲気がメンドクサイから、どこかでやり過ごしているとか、そんな感じだと思う。
いずれにせよ、シトネの行動を邪魔することはない。
危ないことをするような性格じゃないし、心配する必要もないだろう。
「みんな、起きてんな。普段寝てるのに」
「特別なことがあるからよ」
「それってやっぱ、カイドウの邪悪種継承の儀ってやつか?」
「そうよ。数十年ぶりに行われる滅多にない儀式。屋敷で私達の道具を直接手渡す前に、長が進行させるらしいわ」
数十年ぶりの儀式。
滅多にないと言われる理由は、俺もそこら辺をウロチョロしていた猫から聞いている。
受け渡しの代物が、邪悪種だからだ。
本来創造種の手には余る化け物なわけだが、銀の月の村の邪悪種はマリアさんの恩恵によって、猫達の制御下に置かれている。
厳密に言えば、1匹の猫の支配下だが。
里の邪悪種は里の猫なら、誰でも言うことを聞く訳じゃない。
命令を聞くのは、ただ1人の猫だけ。
それがカイドウだ。
カイドウが邪悪種を操れている詳しい理由は分からない。
けど、それはどうやら誰かと交代出来るシステムらしく、今回行われる継承の儀というのはカイドウから、他の選ばれた猫に邪悪種を受け渡すことらしいのだ。
全部そこら辺を歩いていた猫達が言っていたことだから、本当かどうかは知らん。
たまに適当なことを言うのだ、奴らは。
適当に言うならまだいいが、酷い時は嘘を吐く。
銀叉は悪魔みたいに心を読むことは出来ないが、心の在り方を騙すことは出来る。
割と簡単に。
だから、悪魔に対しても嘘を吐く。
もちろん俺にも。
と言うか俺なんかはいいターゲットで、猫達は俺に適当なことを言って、右往左往させるのが楽しいらしい。
何ともムカツク話だ。
・・・騙される方も悪いけど。
何を騙されたかは、言わないことにしよう。
「長が継承の儀をやった後に、屋敷で俺達と会うのか」
「みたいね」
「どのくらいで終わるんだろうな、その儀式?」
「すぐ終わるわ」
「何で分かるんだよ?」
「前にも見たからよ」
・・・儀式が前に行われたのは数十年前ってプラム本人は言ったよな?
少なくとも、その数十年間を彼女は生きてるわけだ。
「お前、本当に歳はいくつなんだよ?」
「前にも言ったわよね?レディーに年齢を聞くものではないわ」
いや、年齢次第ではレディーと呼べないかもしれないんだぞ?
と思ったが、やはり彼女には言えなかった。
怖いから。
「それよりも、荷物は忘れてないでしょうね?」
「大丈夫、揃ってるよ」
だいぶ前に、旅の途中で荷物を忘れた経験があるのだ。
それはただの干し肉だったが、プラムにかなり長い時間お説教された。
何故なら、それで魔物が集まる可能性も捨てきれないからだ。
ただでさえ、俺は魔物やらなんやらを集めるのに、またさらにリスクを増やしてどうする気だ?と、そう言われたのだ。
今回は大丈夫。
しっかりと確認した。
忘れ物はない・・・はず。
「んお、ここが儀式をするところか?」
「みたいね」
俺達が話しながらたどり着いた場所は、広い広場みたいな場所だった。
広場って言っても、ただ建物がその箇所にはないだけの寂しい場所だけど。
ただ、今だけは猫達がワラワラと広場に集合していて、かなり手狭になっている。
猫の体は小さいので、俺は慎重に歩かなきゃいけない。
まるで巨人になった気分。
これはこれで悪くないかも。
「すまん、ここ通るよ」
猫達がうっとおしそうな目で、体の大きい俺に道を譲る。
万が一にも猫の体を踏んだら、厄介なことになる。
グチグチ長時間俺に文句を言ってくるのだ。
それがまたメンドクサイ。
本当に猫ってメンドクサイ・・・
その猫の1匹であろうプラムはと言うと、そんなことはない。
キッパリ言って、キッパリ終わる。
実にいい。
素晴らしい。
俺はそういうのが好きだ。
会話自体は煙に巻く意味深な言葉が多くて、理解はしにくいけど。
広場の中央辺りまでやってくる。
そこには、大きな台みたいな設備が1つ置かれていた。
俺の目には、断頭台に見える・・・
「いやいや、まんまギロチンじゃんか!」
何故!?
こんな村で、誰かが悪いことをしたわけでもないだろうに。
何で首をチョンパされなきゃいけないんだよ。
「何?大きな声出して」
「ちょっとちょっと、何でギロチンがここにあるんだよ?」
「使うからここにあるのよ」
当たり前って声してるけどな、おかしいぞ。
使うなんて、そんな物騒な。
「誰に使うんだよ?」
「誰かによ」
はっきり答えてくれない。
断言してもいいが、彼女は嘘を吐かない。
でも、嘘を吐かないだけで何かを隠すことはある。
そういう時は、絶対何かあるのだ。
「何で答えてくれないんだよ」
「答えるべきではないからよ」
「何でさ」
「それを言ったら、答えるべきではないことを言ったも同然になっちゃうわ」
・・・あくまで言う気はないらしい。
いいだろう。
「私としては、屋敷の方へ行ってほしいのだけれど」
「俺、ここで見る。何がどうなるか見たい」
「・・・別にいいけど、後悔はしないでね」
後悔?
何で?
後悔するようなことがここで起きるのか?
どうしてそんなことを言うんだ?
「・・・それも何でって聞いていいか?」
「いいけど、答えないわよ?」
それでもいいさ。
どうせ、ここで見れるのだから。
「・・・分かった」
そう言っておいた。
俺はそれで納得。
彼女も納得。
これでいい。
自分のことを、少し子供っぽいと思ったが、気にしないことにした。
---
数十分後、広場には猫達がギュウギュウになってまで押し寄せてきていた。
それだけ今回の儀式が重要ってことなんだろう。
数百匹ではきかないぐらいの数が、ここには集まっていた。
案外、ここの村の面積は広い。
昔の悪魔達が建てた村だからだ。
猫の体は小さい。
だから、家1件に対して悪魔とは違い何十匹も住むことが出来る。
猫にプライバシーを気にする奴は殆どいない。
そんな猫は、プラムとシトネ以外に会ったことがない。
探せばまだいるんだろうが、全体数から見れば、かなり少ないのはもう分かる。
だから、みんな一緒に暮らすのだ。
自堕落になって。
そんな猫達が、急にある位置から綺麗に縦に割れていく。
モーセの滝みたいに。
その縦の空白にいた猫は3匹だ。
みんな、俺と面識のある猫だった。
村の長、カイドウ、シトネだ。
カイドウが1番先頭で、その少し後ろをシトネと村の長が歩いている。
その様子は普段からは想像も出来ない程落ち着いていた。
「シトネってあんなにおとなしかったか?」
「今は話さないほうがいいわよ?」
「?」
俺は首をかしげる。
言葉を必要としない、俺のボディランゲージだ。
「猫にとって、神聖な時間だからよ」
神聖な時間か。
人間で言うところの、宗教みたいなものだろうか?
恐らくそうだろう。
そういうことにしておこう。
そう思っていないと、好奇心でまたプラムに質問してしまいそうだ。
3匹は割れた猫の道を無言で歩いていく。
シトネの雰囲気が別者みたいで、なんだか気持ち悪い。
普段はあんなに元気なのに。
そのまま3匹は、断頭台の階段を上って、中央へ行く。
そして、カイドウが後ろを振り向いて、村の長とシトネに向かい合った。
「カイドウ、ここまでよく村を守り抜いたねぇ。村の猫を代表して感謝するよ」
誰にも頭を下げないと密かに思っていた俺の予想を打ち砕いて、村の長が頭を下げる。
それに合わせて、シトネも頭を下げた。
現世の日本人みたいに。
周囲も日本の家屋みたいな建物だから、余計にそれっぽく見えてしまう。
これは驚いた。
あの婆さん、他の猫にも頭を下げるのか。
「いいえ、いいえ・・・」
平坦な声で、カイドウはそう答えた。
寂しそうだが、悲しみはその意思から感じられなかった。
・・・なんだろう。
嫌な予感がする。
「もうわしの役目は終わりましたのじゃ」
「そうかい。前とは見違えたねぇ。何か、スッキリすることでもあったのかい?」
「・・・新しい可能性を、そこに見たのじゃ」
「だから、変わったのかい?」
「変わったというより、元の状態に戻った気分じゃ。綺麗になったんじゃよ」
村の長はカイドウの言葉を聞いて、少し笑った・・・気がした。
短いやり取りだった。
なのに、言外の言葉が外にこれでもかと漏れ出ていたように感じられて、俺にはすごく濃密に感じられた。
本当に・・・本当に嫌な予感。
こんな時に限って、悪い予感は当たるのだ。
会話が終わったんだろう。
カイドウは移動する。
どこに移動するかって?
俺、悪いけどもう見当がついている。
断頭台の、丁度上に刃がある部分。
切断する首を固定する箇所。
多分、そこだ。
いや、絶対そこだ。
「ダメだ・・・」
小さく言う。
今度は俺の予想を裏切らずに、断頭台の刃が降りる残酷な位置へ歩いていく。
それを見て、俺の心臓が早くなっていくのを感じた。
「ダメだ!!」
大声を出す。
誰も話していないせいで、俺の声はかなり大きく響く。
カイドウがそれを聞き取って、俺の方を見る。
表情からは分からないが、でも分かる。
薄く笑っていた。
何で笑う?
何で自分からそんな場所へ行く?
分からない。
俺が何も知らないから?
でも、どんな事情でこんなことをやるっていうんだよ。
少しの間、そうしてただろうか?
また、カイドウが自分から断頭台の中央へと歩き出す。
「おい待て!なんでお前が死ぬんだよ!訳分からないぞ!?」
大声で言ってるのに・・・
カイドウには聞こえてるはずなのに、歩みが止まらない。
どうして?
どうしてだよ!?
「誰か説明しろよ!なんでカイドウが・・・」
急に、金縛りにあったように体が動かなくなる。
隣で、プラムが俺の瞳を凝視して、能力を行使していた。
「・・・っぐ!?」
体が動かない。
動いてくれない。
どうして止める?
なんでアイツが死ぬんだ?
「どう・・・して・・・」
「カイドウは死ななきゃいけないからよ」
「・・・こ・・の・・・」
プラムはあくまで冷静に話す。
それが俺の抵抗を強くする。
「言ったわよね?邪悪種の受け渡しだって。神聖種をどうやって召喚王は奪ったのか、貴方は覚えているわよね?」
覚えてる。
忘れるわけがない。
初めて見た、カニバリズム。
吐き気を催した、狂気の行為。
「邪悪種も同じよ。同じなの」
食うのか?
カイドウを?
猫が?
この場合、誰だって言うんだよ?
俺が金縛りを受けている間、事は進行していた。
縦に割れた猫の道から、1匹の猫が出てくる。
カリンだ。
村の門番猫。
気のいい猫だった。
アイツが食うのか?
カイドウを?
「貴方も黙って見ているべきよ」
「ぐっ・・・味方・・・だったんだぞっ!!」
「この村を守るには、欠かせないことよ。邪悪種の存在は幻惑の森に棲む魔物を退け、うまく分散させる。それがなければ、幾ら結界で村を守っても、魔石が減る一方だわ。大魔石と違って、魔石は有限なのだから」
言ってることは分かる。
けど、俺は反対だった。
味方なのだ、カイドウは。
敵ならいい。
遠慮なく殺せる。
けど、味方なんだぞ!?
頭がおかしいのか?
俺の方がおかしいのか?
どっちがおかしい?
分からない。
分からない!!
「ぐっ・・あああああ!!!!!」
力が溢れてくる。
俺に少しずつ溜まった他の意思が、暴れ狂う。
そうだ。
俺は確かに魔剣や、他者と繋がっていた。
溜まっていくナニカはあったのだ。
それは穢れと言ってもいい。
他者と繋がった証と言ってもいい。
どちらでもいいが、俺の中に少しずつあったのだ。
意思の欠片が。
「ああああああああ!!!!」
プラムの金縛りを無視して、無理矢理起きようとする。
体が痛い。
けど、味方が味方に殺されようとしている。
無理だ。
俺は耐えられない。
少しだけ、体が動く。
もっと、もっと力がほしい。
求めに応じて、意思が深くから掘り起こされる。
1番初めに繋がった意思さえ届くようにと願って。
「ああああああああ・・・ああ・・・」
でも、それは叶わなかった。
プラムとは別に、周りから集まった猫達が、俺の瞳を覗くのだ。
それと同時に、もっと体が頑丈に締め付けられる。
脳に信号さえ送れないぐらい、ガッチリと脳を固定されたみたいだった。
スルスルと意思が自分の心の中に沈殿していく。
力は入らなくなり、俺はちっとも体を動かせなくなる。
「うっ・・・うう・・・」
「暴走・・・触れもしないで同調?」
プラムが疑問の声を出す。
けど、すぐに平静な声を取り戻した。
「そこでじっとしてなさい」
「・・・」
もはや、俺は話せなかった。
それぐらい、精神干渉の力が強かったのだ。
抵抗が出来ない。
悔しい。
悔しい悔しい悔しい!!!
カイドウの小さな頭が、そのサイズに合わせて作られた固定台にキッチリと固定される。
あんな小さな頭が、切り落とされるのだ。
何だよ。
命が消えるのに、どうして周りの猫は動揺もしていないんだよ。
おかしいよ。
おかしすぎる。
敵じゃないのに。
味方なのに。
シトネが、無言で断頭する刃に繋がる紐を口に加える。
お前もなのか・・・シトネ。
あんな陽気だった猫なのに・・・
「君が悲しむことはない」
カイドウが首を固定されながらも、そう話した。
俺を見ながら。
ただ、俺を見ながら。
「君はわしを救ってくれた。守護役になった瞬間から、この終わりは定まっていたのじゃ。心残りはあったが、それは君が解消してくれた」
言ってることが、すぐに理解出来た。
そうか。
あれが、そうだったのか。
だから・・・
「わしはもう心残りはない。だから、こうして長に継承の議を頼んだのじゃ」
でも・・・でも・・・
そう思っていても、体の自由は効かない。
こんなに近くにいるのに。
それを猫達が許してくれない。
「ありがとう。そして、さよならじゃ」
ダメだ。
ダメだ。
「短い時間じゃったが、君との出会いは素晴らしかった」
そんなことを言ったら、死ぬみたいじゃないか。
やめろ。
頼むから。
でも、心の奥ではもう分かっていた。
すでに、もう遅いと。
手遅れだと。
「じゃあの」
そう言って、目を閉じる。
その瞬間、カイドウの頭は体から切り離された。
あっけなく。
俺は、ただそれを見ていることだけしか出来なかった。
ギロチンの落ちる音と同時に、彼方から聞こえた獣の雄叫びが場に響き渡るのだった。




