143話 意思の尊重
邪悪種の戦闘の後、俺達は銀の月の村へ戻った。
幻惑の森を覆っている霧で戻れないかと思いきや、プラムはまっすぐ村の方向へ案内してくれた。
その間、プラムやシトネの愚痴をシャワーの如く浴びせられていた。
心配させないでとか、手がかかるわねとか、なんで私まで巻き込まれなきゃいけないんですか!とか。
老猫のカイドウは、俺を助けた後、一言も口を開くことはなかった。
この猫も、通常の猫と違う性格の持ち主で、邪悪種なんて兵器まがいの生物を飼っているせいで、色々曲がった性格になったんだとか。
表面的にはそんな風に感じられないが、邪悪種同士の戦闘場面に至近距離でいても、動じる様子が全然なかった。
つまり、異常者ってことだ。
助けてもらった立場だからそんなことは言えないけども・・・
で、何故猫達が俺の位置を知っていたのかと言うと、シトネが俺の後をついてきていたからだ。
たまたまじゃない。
プラムから頼まれた尾行みたいなものだった。
彼女が俺のことを放置するかどうかで言えばそんなことはなく、いつも俺を助けてくれた今まで通り、今回もギリギリで助けてくれた。
基本的に彼女はツンデレなのだ。
あの後、カイドウが操っていた邪悪種は霧の先に姿を消した。
カイドウ曰く、元の場所へ帰ったと言っていた。
多分、村の川の先にある場所だろう。
元々村で管理している黒い邪悪種は、マリアさんがこの村の守護獣として提供したものらしい。
邪悪種の洗脳・・・
マリアさんなら出来てもおかしくない。
なんせ、空中要塞の時なんかは一際デカイドラゴンを苦も無く操っていたんだから。
それが、村へ帰る道中聞いた話。
で、その次はこれからの話。
順調に村まで進んで、門に到着。
俺達は無事に帰ってくることが出来たわけだ。
今は俺達が泊まっている旅館にいる。
でも、それで一安心ではなかった。
むしろ、ここからが本番みたいな感じの空気に不本意ながらもなっちゃっている。
プラム、シトネ、カイドウが座った状態で俺を取り囲んでいた。
別に責められているみたいな雰囲気じゃない。
だが、真剣ではあった。
・・・シトネ以外は。
「どうしてこうなったか分かる?」
プラムの冷たい声が俺の耳に入ってくる。
・・・これはお説教タイムだなぁ。
「・・・正直分からないよ。なんか、いつの間にか幻惑の森にいたんだ」
「それ以前の記憶はどこまであるのよ?」
「プラムと宿で話して、村を歩いてるとこまで」
「その間、貴方自身の状態は分かってたの?」
「・・・ムカッとしてた・・・と思う」
「でしょうね」
うう・・・
尋問を受けているみたいだ。
いや、俺が全部悪いから文句なんて言えないんだけどさ。
「今日の貴方、ずっと殺気立ってたわよ」
「へ?」
殺気だと?
俺が?
「俺、いくら怒ってても殺気なんて・・・」
「えー!ものすごく怖かったですよ!?」
「嘘だろ・・・」
やばい。
俺自身の心がコントロール出来ていない証拠だ。
これって・・・
「前々からその兆候はあったのよ」
「兆候?どっからだよ」
「大魔石のエネルギーが貴方の中に入ってからよ」
・・・丁度、俺が頭痛を感じていた時期だ。
「大魔石のエネルギーが失われることは通常ないわ。それは、貴方のその特別な力があってこそ。私と旅している間に、そう結論を出したわね?」
「ああ、俺も覚えてる」
俺がグリード領の廃墟から、この村まで歩いて旅していた時期。
俺とプラムは時々そういう話をしていたのだ。
「もし、大魔石のエネルギーが貴方に入ったことと、さっきの状況が関係あるのなら・・・私はそう思ったわ」
「・・・どうだろう」
俺も何が正しいのかよく分からない。
俺の中で、何かが起ころうとしている?
今回俺がやらかしたことが、自然じゃないことぐらいは分かっている。
正常な人間は、まず自身の身を危険に晒すような真似はしない。
そんなことをするのは、自殺願望者ぐらいだ。
俺は、その自殺願望者と同じ行動を取った。
明らかにこれはおかしい。
今は大丈夫だ。
俺の心の中で迫りくる黒い波は荒立っていない。
その波に俺が飲まれたら制御が効かないのだ。
「仮にこの考えが正しければ、次に大魔石へ貴方が触れた時、どうなる?」
「・・・悪化するよな」
「多分ね」
まだ仮定の段階でしかない考えだ。
けど、現実味はある。
そして、実際に大魔石に触れた後の俺は変化している。
変化とはつまり暴走。
制御が出来ていないことを指す。
暴走の恐ろしさは俺も知っている・・・気がする。
何か、俺の中で警告しているのだ。
これは危険だ、と。
「別に、貴方が今回の件のように暴走するからと言って、私は貴方の傍を離れるつもりはない。けど、周りは違うわ。歯には歯を・・・敵意には敵意を。」
「・・・それは、この村の猫達のことを言ってるのか?」
「そう。猫は然るべき対処を取るでしょうね」
当然と言えば当然だろう。
いつ爆発するかも分からない爆弾みたいなものだ、俺は。
爆発する前に処理しておきたいと思う気持ちは道理。
俺もそこは分かる。
分かりすぎる程に。
「わしがいる理由の1つじゃ」
カイドウが今まで閉ざしていた口を開ける。
「君・・・人間の監視も任されていたことの1つなのじゃよ」
確か、プラムはシトネに俺を追わせていたと言っていた。
じゃあ、カイドウとプラムがあの場で一緒に居合わせたのは、仲間だからと言うことじゃない?
「まあ、俺を監視する理由は想像つくよ」
俺が危険だからって言いたいんだろ。
確かに、俺は悪魔を今まで多数殺してきている。
警戒するのも頷ける。
「じゃあ、前回この村に来た時も?」
「そのとおり」
「・・・何で、今そんなことを教えるんだよ」
目的が俺の監視なら、わざわざ本人に言う必要はないだろう。
そのまま密告すればいい話だ。
そして、村のトップであるあの猫が何らかの方法で俺へ介入してくるだろう。
でも、それがない。
ってことは・・・
「場合によっては、俺を殺す気だったんだろ?」
「いやいや、とんでもない。それは勘違いじゃ」
「ん?」
「本来、わしはここで君の敵にならなければいけない。が、わしもわしで事情があるのじゃよ」
「事情?何の事情だよ」
「わしの頼みごとを聞いてほしいだけのことでの」
・・・取引か。
「俺がその頼みごとを聞いたら、何があるんだ?」
「貴方に対して全面的に協力させてもらうかの」
やっぱりか。
ここで、俺がこのじいさん猫の頼みを一蹴しても、何のメリットもない。
と言うか、デメリットばかりが残る。
仲間が敵になること程、厄介なことはない。
このまま密告されれば、あっという間に包囲されてリンチなんてこともありうるのだから。
「・・・いいよ」
「ありがたい、ありがたい」
ちっともありがたそうに見えないが、それは猫だからだろう。
顔の表情が乏しいせいで、感情を読みにくい。
尻尾がフルフルと振れているので、好意的な印象・・・だと思う。
でだ、ここからが肝心。
「その頼みってなんだ?」
俺にも出来ることと出来ないことがある。
それはあっちも分かっていることなんだろうが・・・
「その同調の力を借りたいのじゃよ」
「・・・戦うのか?」
「いや、別のことに使わせてもらう」
戦闘以外で使う?
どうやって?
「そこの彼女が言うには、わしの頼み事はそれで成就するだろうと言っていたんでの」
「プラムが?」
俺は彼女を見る。
プラムはごまかすことなく俺と目を合わせた。
やましいことなんか一切ないことが分かる誠実な目で。
「その頼み事と言うのはの・・・」
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今、1件のボロ屋の前に来ている。
俺の肩と頭には、3匹の猫が座っていた。
「ここか」
「そこじゃ」
「じゃ、中に入るぞ」
本人、じゃなくて、本猫の許可を取って中に入る。
中からはかび臭い臭いが若干するが、俺からしてみれば嗅ぎ慣れた優しい臭いだ。
半年間も風呂に入らなかった俺の体臭より、何倍もマシだ。
あれは最悪だったなぁ・・・
自分の体から異臭を感じたらもう終わりだ。
臭いのレベルが限界突破している証だ。
その臭いに比べれば、こんなカビ臭さはどうってことない。
余裕さ余裕。
室内は1つの部屋しかなかった。
真ん中にはテーブルがあって、床はちょっと汚い畳。
それだけしか語るものがない部屋。
その奥に、1匹の猫がいた。
毛はボロボロ。
恐らく、貧困から来るものじゃなく、単純に年なんだろう。
銀叉の猫の寿命は知らないが、100年くらい生きてんじゃないかと思えるくらい、相当年季が入った風貌だった。
知性の塊みたいな印象。
こんな場所に住んでいるのに、みすぼらしくは見えない。
猫の意思が強くはっきりとこの室内に充満しているのがすぐに分かったからだ。
ただ、その老猫は全く動かず、目は閉じたままだった。
いわゆる寝たきりというやつだ。
数日に1度、目が開くぐらいしか反応を見せる様子がないとカイドウは言っていた。
「この猫はわしの父親じゃ」
「ああ・・・じゃあ、この猫なんだな」
「・・・よろしく頼むのう」
俺は老いた物言わぬ猫に近付く。
3匹の猫は俺の肩から華麗に飛び降りる。
俺の邪魔にならないように。
そして、意思が俺の意思と同調を開始する。
俺がカイドウから頼まれたこととは、口が聞けなくなり、動くことも出来なくなったこの長寿の老猫の意思を表面に出すことだった。
話せない、身動きも出来ない。
つまり、他の猫とコミュニケーションが取れない。
どうすることも出来ず、ただそこにいるだけ。
死なす訳にもいかず、食料を与えられる日々。
さて、本猫は自身の状態について、どう思っているだろうか?
このままが良いのか。
或いは・・・死にたいのか。
そう、生きたいと思っているとは限らない。
周囲に迷惑をかけるぐらいなら、死んでやるとか。
現世の話しに例えよう。
脳死の患者がいたとする。
この先覚醒するかどうか、全く分からない状態の人間だ。
立場は、家族でも何でもいい。
とにかく、ソイツ大切な人だ。
殺すわけにもいかないから、生命維持装置はとりあえずつけておく。
問題はその先だ。
患者自身の生命を維持しておくには、金がかかる。
それも、安くない費用だ。
それが、覚醒しない限りずっと続く。
患者がいつ目が覚めるかは医者にも分からない。
そこで問いだ。
まあ、まずありえないことだが、患者自身がその自分の状態を知っているとする。
だが、自分の意思では目が覚められない。
そんな時、患者はその状況をどう思うだろう?
答えは2択だ。
生きるか、死ぬか。
生きれば、目覚める可能性は残される。
だが、目覚めないかもしれない。
それに、金も莫大にかかり世話をする人間の負担も出てくるだろう。
死ねば、可能性は閉ざされる。
だが、無駄な時間や金は消費されない。
すっぱり諦められる分、心の整理も幾分か軽くなるだろう。
命を諦めることになるが、今確実に生きている者達に迷惑をかけないで済む。
もう一回言おう。
生きるか、死ぬか。
患者はその状況をどう思うだろう?
普通の人ならこう答えるだろう。
そんなものは人それぞれだから、正確な答えなんかないと。
ケースバイケースだと。
・・・でも、俺は思う。
正確な答えがない問いなんか、存在しないと。
「やるよ」
俺は寝ている老猫に向かって、手を差し伸べる。
その体に触れた瞬間、確かにその猫の意思が火として燃えていることを感じた。
この世に干渉出来るのは、肉体があるから。
肉体が動かなければ、どうすればいい?
普通なら、どうすることも出来ない。
けど、俺なら・・・
意思と意思を接続する。
俺が同調を使う時は、相手側の意思に乗っ取られないように抵抗や圧力をかけておく。
けれど、今回はそうしない。
相手の意思に、俺の体を提供してやるのだ。
多少は俺の影響が残るだろう。
が、それは老猫の意思を世話する相手に伝える障害にはなりえない。
全部、ノープロブレムだ。
俺の意思が隅っこに追いやられていくのを感じる。
別の何かが俺の中に入ってきたのだ。
それは、老獪で、厳格であり、ある種悟ったような魂の欠片だった。
意思とは魂だ。
魂と魂が触れる行為。
俺はこの同調をそう解釈している。
そして、俺ではない別の意思が、俺の体を動かした。
「・・・久方ぶりじゃ。こんなにも体が動くのは」
俺が喋っているのだが、俺の言葉ではない。
こんな口調でもない。
つまり、成功したってことだ。
だが、あまり時間がない。
猫の意思が凄まじい勢いで消耗している。
多分、精神も衰弱していることの現れだと思う。
「父さん・・・」
「こっちも久しぶりじゃの」
カイドウが目を見開いて、そう言う。
この2人が話したのは何年ぶり何だろうか。
「わしはずっと、あんたのことを見ていた」
「知っている」
「じゃが・・じゃが・・・」
「もうよい。全てもう遅かった」
優しく俺はそう言った。
「殺してくれてよかった。それでよかった」
「・・・父さん」
諦念が俺の心に満ちる。
ある境地にたどり着いた1つの結論。
それは死だった。
「楽に・・・なりたかった。お前もそうじゃろ?」
「ええ・・・そうですとも・・・」
「もう、これでよい」
消えていく。
たった数十秒で、魂の灯が。
俺の圧迫された心が元に戻っていく。
そして、俺の体は俺だけのものになった。
「・・・死んだよ」
ただ一言、俺はそう言った。
動くことのない老猫の体を触ると、唯一生命を感じられた心臓の鼓動と呼吸がどちらも止まっていた。
「もう、寿命だったんだ。どっちにしても・・・」
「・・・」
カイドウは黙ったままだった。
泣くこともなく、怒ることもなく。
そうして1分が過ぎる。
静かすぎるこの空間で、シトネすらも声を出さない。
老猫が静かに息を引き取ってから、最初に声を出したのはカイドウだった。
「ありがとう。これで、ずっと胸に引っかかっていたものが取れたわい」
「・・・前に村へ俺達が来た時、何で俺をここに呼ばなかった?」
「怖かったんじゃよ。ここへ君を呼ぶのがの。こうして取引の形に持ち込まない限り、わしはこうしてここにいなかったじゃろうから」
・・・意思が伝わらないが故に、相手の意思を汲み取ろうと想像する。
そして、相手の思考を自分の脳内に再現する。
黙して語らない病人と、見舞い人の図だ。
病人の考えは、所詮病人にしか分からない。
そのまま時が流れていくと、今度は患者の目が覚める時が怖くなる。
患者の考えをこっちで推測していたから、患者がどう思っているのか実際に聞くのが怖くなるのだ。
本当にこれで正しいのか、それは患者にしか分からない。
でも、確かに答えはそこにあるし、それは無視していいものじゃない。
知れるなら、知っておくべきだ。
俺はそう思う。
だから、この行為はきっと正しかったのだ。
「・・・聞けて良かった。いつか礼はするからの」
「俺がやらかしたことを黙ってくれるだけじゃなかったのか?」
俺がそう聞いても、カイドウは何も答えてくれなかった。
「死体、どうします?」
シトネが俺に寄り添うように言う。
この場の空気に飲まれて、少し恐縮しているみたいだった。
「火葬じゃの。骨はこちらで処理しよう」
「・・・やけに簡単に言うんだな」
「父は死んだのじゃ。解放されたのだ。わしも一緒に解放されて」
解放・・・
このじいさん・・・もし自分の父親の言葉が聞けず、そのまま寿命で死んでしまったら、どんな結末になっていただろうか?
今と大して変わらない?
それとも、解放されなかったんだろうか?
カイドウの心は。
その疑問は心の中にしまっておいた。
プラムは俺達のやっていることを神妙そうにただ見つめていた。
俺が悪魔と話している時のように、一言も話さない。
この時ばかりは、彼女が何を思っているのか想像出来なかった。
「ではの」
カイドウが俺達に別れの言葉を述べる。
そうして、今日の異常な出来事は幕を閉じたのだった。




