142話 カイドウの邪悪種
邪悪種・・・おぞましい者。
純粋ではないナニカ。
狂気の産物。
俺ではまだ手に負えない存在だ。
なのにそれが2頭、俺の目の前にいる。
1頭は俺を食らおうとしている獣型の邪悪種。
もう1頭は、黒い霧に覆われた、人型の邪悪種だった。
「・・・」
何も言えない。
2つの殺気がこの場を飽和する。
原初の殺意だ。
1番最初に世界で生物を殺したのは、何かは知らない。
だが、目的は想像出来る。
・・・食べる為だ。
原始世界は、純粋な欲で溢れていた。
生存欲求。
生きること。
生きるには、食べるしかない。
食べるなら、他の生物を殺すしかないだろう。
今、この時代もそうした行為は延々と繰り返されている。
だが、両者の出すこの殺気は、殆ど純粋な意思の延長に存在していた。
原初の存在。
邪悪種は、その体現者なのかもしれない。
そんな存在の1頭が、俺に近付く。
黒い方の邪悪種だ。
黒い霧のような何かで、全身を覆われているため、人型である以外のこと以上は分からない。
でも、確かにソイツは俺を見ていた。
「・・・食う・・・のか」
思わず見つめ返す。
強大な力に、ただ俺は力を抜くしかない。
俺は・・・俺は、後どのくらいの実力でコイツのことを倒せるのだろう?
「「そのままじっとして」」
頭にテレパシーが届く。
そして、肩にトンッと軽い衝撃が伝わった。
肩を見る。
そこには、見慣れた金色の瞳を持った、1匹の猫がいた。
「・・・プラム・・・か」
「だから危ないって言ったでしょう?」
プラムの表情は余裕そうだった。
邪悪種が2頭もいるこの状況で。
何でここが分かったのかは分からない。
何で助けてくれたのかも分からない。
でも、安心感がどっと俺の中に生まれる。
「ここ、怖いですぅ!!!」
遅れて猫がもう1匹地面に落ちてくる。
シトネだ。
泣きながらシトネが俺の目の前で、猫らしくうまく着地する。
「シトネ、早くして」
「分かってますよ!!」
俺へ近付いて、俺の膝に乗る。
片手を猫パンチの如く胸へ乗せると、無言で能力を使用した。
見る見るうちに、俺の切り傷が減っていく。
血は止まり、生気が溢れていく。
・・・治療能力か。
「すまん、シトネ」
「・・・珍しいですね、謝るなんて。別にいいですけど」
「いや・・・」
こんなことになった原因が、俺のせいだなんて言いにくい。
俺が撒いた種だ。
自業自得なのだ。
「シトネも貴方もじっとしてて」
プラムの視線は、黒い邪悪種の方に向けられていた。
黄金色に染まるその瞳は、映す邪悪な黒い霧すらも深く飲み込んでいく。
「コイツは?」
「私達の味方よ」
・・・思い出した。
銀の月の村では、邪悪種が飼われていることを。
幻惑の森の罠。
「・・・前に言ってたやつか」
「ええ」
前方から、敵意丸出しの視線が届く。
獣の邪悪種だ。
人型のソイツは、わざわざ両腕を地面につけて、四足の構えをとる。
その四の足の先端には、恐ろしいくらい鋭いであろう刃物みたいな爪が、いつの間にか形成されていた。
知能を微塵も感じさせない殺気の中で、俺はそれを見ることしか出来ない。
「よいしょ!」
プラムが乗っている肩の反対側に、また軽い衝撃。
見ると、また猫が俺の肩に飛び乗っていた。
茶色の毛の猫。
目は・・・両方真っ白。
恐らく、失明している。
「カイドウ・・・?」
この猫も顔見知りだった。
守衛のカイドウさん。
村を守備している猫の一団。
それらを率いている、一種のボス猫だ。
「危なかったな、若いの」
「・・・何でカイドウがここに」
「私が案内したのよ」
プラムが俺を見ながら言う。
「邪悪種を扱える、この村唯一の猫だから」
「でも・・・」
「まあ、話は後にしておいた方がいいんじゃないかのう?」
突然爆音のような音が鳴り、獣の邪悪種の姿が消える。
ガンッと衝撃が黒い邪悪種の目の前で響く。
一瞬で邪悪種に肉薄して、爪を振るったのだ。
黒い邪悪種は霧を眼前に展開して、それを盾にして防いでいる。
感覚を強化していないと、認識出来ないスピードだ。
その霧から次々と何かが飛び出てくる。
それは膨大な数の武器だった。
槍、斧、剣、そんな武器の形状をした黒い霧が、相手を突き刺そうとする。
獣の邪悪種は後ろに飛びのいて、それを躱す。
闇の器の捕食者の比ではない数の霧の武器を続々と出現させ、獣の邪悪種に黒い霧で出来た武器が放たれていく。
その数は恐らく500を超えている。
武器の雨だ。
そんな攻撃でさえ、人型とは思えない俊敏さで相手は避けていく。
身を捻り、跳躍し、爪で弾き、そして近付く。
コンマ1秒たりとも同じ場所にはいない。
関節などと言うものは存在しないらしく、時折腕が反対方向に曲がるのが見える。
変幻自在に曲がる体を使った動き。
それは、生物が体現出来る究極の動きのようにも感じられた。
「強いのお」
呑気に観戦するカイドウ。
目が見えていないはずなのに、目の前の戦況が分かっているみたいだった。
俺達のすぐ前に獣の爪が掠るが、黒い邪悪種によって、それは阻まれる。
いつの間にか、俺達は薄く広がった黒い霧に包まれていた。
それは恐ろしく、だが頼もしい守りのようだ。
獣の邪悪種が大きく後ろへ移動し、武器を避ける。
その距離約20メートル。
武器が届くまで、極若干のタイムラグがある距離。
その隙に、邪悪種が口をあんぐりと顎が外れて見える程に開く。
口から大きい砲丸のような風の塊が発生して、直後に発射された。
風の砲丸は途中の木々をなぎ倒し、霧で形成された武器も吹き飛ばしていく。
まるで台風が圧縮されているみたいだ。
「防ぐのじゃ!」
カイドウがそう言うと、黒い邪悪種は黒い霧を体からさらに噴出させて、巨大な壁を作る。
黒い壁に阻まれて、風の砲丸が着弾。
凄まじい風の爆発音が弾けて響く。
砲弾は続けて発射されて、黒い霧に接触して爆発し続ける。
後ろ側の壁が球場に幾つもボゴンボゴンと膨れるが、全てを受けきっている。
衝撃の余波は一切こっちへ届いていなかった。
獣の邪悪種から、風の斬る音が集約されているのが分かる。
キィキィと不協和音を出しながら、特大サイズの風が、さらに圧縮されているのが見えた。
風が不純物を巻き込んで、それすら押しつぶす。
そうして出来たのは、薄い色をした奇妙で半透明の球弾だった。
獣の邪悪種が、両腕を地面に叩きつける。
地面が捲り上がって、前方の足が固定される。
そして、放った。
風が解放されると同時に、暴風以上の衝撃を伴って、全てをなぎ倒す。
風が通過した地面が抉れている。
土や木々を巻き込んだその風は、一気に黒い壁に衝突して貫通した。
プラムが結界を即座に張るが、すぐさまピキピキとひび割れる。
「きゃああああ!!!」
悲鳴を上げるシトネの声に押されて、とっさに動く。
無理矢理痛む体を動かして、俺はプラム達に抱き着いて庇う。
結界が割れて、ダイレクトに俺の背中に攻撃が当たった。
「ぐっ・・・くっ!!!」
痛い!・・・が、何とか耐えられる!
黒い霧の壁が威力を減少させてくれているおかげだろう。
背中がどんどん切れていくのが分かるが、気にしない。
途中、岩が思いっきり俺の背中にぶつかって、また意識が白む。
だが、まだ離すわけにはいかない。
風が止むまで、そのまま我慢した。
「う・・・うぅ・・・」
風が止んだのを確認して、3匹の猫達を離す。
即座に、シトネが俺に治療能力をかけてくれた。
俺の足元を見ると、俺の血が風で大量にまき散らされていた。
・・・我ながら酷い量だな。
「えっ・・・」
そんな声を出して、シトネの治療が中断される。
「う、後ろ・・・」
シトネが恐怖した声で後ろを見ながら言う。
俺も振り向く。
そこには、獣の邪悪種がすぐ近くに、俺を食べようと近付いていた。
「嘘だろ・・・」
そのまま直立で人間のように歩きながら、俺達に迫る。
・・・動けない。
前には見えなかったものが、今の俺には見える。
圧倒的捕食意思だ。
純粋に、汚らしい意思。
触れた瞬間、吐きそうな程綺麗で歪んだ存在。
世の中は広い。
こんな意思のあり方が存在するなんて・・・
口をあんぐりと開ける。
風の砲弾を連続で撃ったせいか、もう口はボロボロだった。
だが、破壊された組織が傷口を急速に修復している。
邪悪種の不死性。
・・・殺しても殺せない原因か。
口の中が鮮明に見える所まで俺達と距離を狭める。
歯が見えた。
人間の歯が。
涎がヌメヌメと歯を伝い、すぐ近くに落ちる。
笑っていた。
ニヤニヤと。
「うおおおおおあああああ!!!」
必死になって、プラム達を庇う。
犠牲になる覚悟で。
そして・・・獣の邪悪種が横に吹っ飛んだ。
カイドウが呼んだ方の邪悪種が、相手を攻撃したのだ。
・・・手から伸びる触手で。
「ギ・・・・ィィ・・・」
獣の邪悪種がうめき声をあげる。
それを構うことなく、黒い邪悪種はどんどん触手を作り出し、相手に突き刺していく。
最初は1本だったが、10本、100本と凄まじい数に増やして、抜くことなく突き刺していく。
やがて、相手の全身が突き刺さった触手で見えなくなった後、全ての触手を切り離した。
「食ってしまえ」
カイドウが指示を出す。
その直後、黒い邪悪種の全身が急激に膨らんだ。
骨が軋んだ時に出る音が、全身から出ている。
腕や足が伸び、頭が膨らみ、人間の形を維持したまま巨大化していく。
そして、上の霧に接触した時点で巨大化が止まった。
「・・・でかい」
多分、高さは10メートル。
俺が倒した狼以上のでかさ。
黒い霧が全身を包んでいるため、殆ど黒い巨大な物体にしか見えない。
でも、手足や頭はしっかりとついている。
黒い邪悪種は巨大な手を突きさした自身の触手に向ける。
すると、数百本の触手が急に霧状になって、自身の纏っている霧へと還元された。
そのまま腕を伸ばして、獣の邪悪種を握る。
バギンと音がして、少しの間両者の動きが止まる。
相手の四足が、深く地面にめり込んでいた。
4本全て地面に固定して、持ち上げられるのを防いでいる。
それを見て、黒い邪悪種はニヤリと顔を歪めた・・・気がした。
巨大な手で握ったまま、どんどんギギギギと拮抗した力を上回る腕力を見せつける。
そして、四足を固定した地面ごと、相手を軽々と持ち上げた。
「ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!!!!」
口から凄まじい音と共に、風の砲弾が発射される。
さっき、連続で出した風の攻撃よりも、規模がでかい。
だが、それは全て黒い邪悪種の胸部に命中するが、微動だにしていなかった。
まるでダメージが入っていない。
圧倒的だ。
虫と人間。
そんな印象を俺は受けた。
相手を自身の口まで持っていく。
獣の邪悪種の抵抗も空しく、そのままパクリと口に放り込まれて、食べられてしまった。
巨大な口を閉じて、ゴリゴリと咀嚼する。
口内で爆発のような音が何回も響くが、咀嚼する度にその勢いは減っていって、相手の抵抗が止んだと同時にゴクリと飲み込まれた。
普通に、ご飯を食べるみたいに。
「・・・終わったのか?」
「終わったわね」
俺の質問に、プラムが答える。
俺を見下ろしていた邪悪種は、頼もしいとも、不気味なようともとれる表情を、口の端を上げることで俺達に見せつけた。




