141話 捕食の恐怖
「あああああああ!!!!」
大量の魔物が俺の周りを取り囲む。
乱戦。
だが、俺に当たる攻撃は滅多にない。
爪が俺の脇腹を掠めるが、横に馳せて躱し、剣で斬り付ける。
そのまま横に延長して剣を振って、攻撃をいなしていく。
無数の攻撃に、単数の攻撃。
圧倒的不利。
でも、楽しめた。
黒いナニカはまだ取れないけど。
むしろ、戦うたびにどうしようもない苛立ちが俺を包む。
どうしようもない、この気持ち。
なんだろう。
もう駄目なんだ。
プラムの忠告を聞いても、俺の足は止まらなかったんだ。
彼女の言うことは正しい筈なのに。
正しいのに・・・
止まらない。
魔剣がギシギシと唸る。
シンクロして、俺の気持ちを受け止めている影響なのか、悲鳴を上げてるような気がした。
剣が泣くのか?
でも、確かにそんな苦しみの感情も、混ざっている。
でも、それを上回る激情が俺の体を動かし続ける。
魔物が突進を仕掛けてくる。
それを横にかわす。
だが、避けた先でも魔物はそこにある。
どこによけようが、そこにある。
でも、そこで体を動かすことをやめたらそこで終わりだ。
だから、動かし続けなけらばいけない。
死にたくないのなら。
死を逃避するなら、体を動かすことを工夫しなければけない。
工夫しろ。
工夫して、考えること。
人間の稼働限界を超えた動きが出来るのは、今の同調があるからだ。
なら、その同調で何が出来る?
俺にしか出来ないことがある筈なのだ。
その動きを再現する。
怒りを乗せて。
激情を技に乗せると、その分飛躍的に技の速度が向上した。
向上した分、より効率的に魔物を殺せる。
殺せるってのは良いことだ。
だって、殺せるんだから。
魔物は害獣。
害獣は殺すべき。
悪魔はそう言ってたじゃないか。
なら、俺が殺しても大丈夫。
でも、なんで俺がそんなことに正当性を感じているのかは分からない。
そもそも、何故、俺はこんなことを考えているんだ?
同調のせいか?
意思が混ざり合っているから?
分からないまま、俺は体を動かし続ける。
怒りのままに。
魔物の死体が50を超えた頃、俺の目の前に明らかに強そうな魔物が現れた。
全長5メートルの狼。
狼にしては大きすぎる生物だった。
口からよだれを出していて、まさに食欲全開みたいな状態だ。
いいねぇ。
俺は好きだよ、そういう隠さない奴は。
知能のある生物は何かしら隠すことを得意としている。
同種族の間でも、会話で嘘を吐くぐらいだ。
汚いのさ、俺からしてみれば。
なのに、この狼の出す、純粋な食欲。
絶対にコイツは強い。
この感じは、絶対に魔物だ。
強い殺気に惹かれて来たんだろう。
俺は戦うに値するって?
それは俺の勝手な思い込み?
いいじゃん。
結局戦うんだから。
結果はどっちがどんなことを思おうと、大して変わらないのだから。
さて、この狼は俺のこのどす黒い心を解消してくれるのかな?
どうだろう。
ヤバイ。
また戦いたくなってきた。
「ハハハハハハハハハハハ!!!!」
嬉しくなって、笑う。
恐ろしくないかって言われたら、恐ろしい。
当然だ。
こんな化け物が、俺を食おうとしてるのだから。
でも、俺を食おうがどうだろうが、そんなのは関係ない。
恐怖よりも、苛立ちのほうがだいぶ勝っているから。
よく見ると、周りで様子を伺っていた魔物達は姿を消していた。
巻き込まれるとでも思ったのか?
おいおい。
ツマンナイナ。
俺のイライラをぶつけさせてくれよ。
「ああああ!!!!」
狼の魔物に俺は突進する。
闇の器の捕食者でも反応は難しいみたいだったし、大丈夫だろう。
そう考えていた俺が甘かった。
狼はその巨体を信じられないくらい軽やかに使って、俺の横へスライドするように移動する。
ただ前へ突っ込んだ俺は、急に足で止まれる訳もなく、狼の巨爪へ吸い込まれる。
「いいぞいいぞ!!」
俺は止まろうとしなかった。
逆に、加速した。
加速して、狼が腕を振るう前に通り抜ける。
その際、魔剣で腕の部分を切る。
だが、表面的な傷を付けるだけで終わった。
狼は俺を見る。
敵意の籠った目で。
食欲以外に、殺意も沸いたみたいだった。
今の俺に魔剣の能力は使えない。
魔石がないからだ。
闇は物質の動きを沈静化させる。
あの硬い皮膚も、沈静化した状態で斬れば、訳もないだろう。
それが出来ない。
でも、出来なくてもいい。
いいんだよ。
俺がこのストレスを開放出来るのなら。
「ハハハ!!」
また、猪突猛進に狼へ迫る。
動き自体はさっきと変わらない。
ただ、突っ込むだけだ。
ただ、相手の動きをよく見るようにした。
腕の動き。
筋肉の躍動。
全部、見逃さない。
狼が同じ動作で俺を串刺しにしようと、腕を動かす。
よく見ると分かる。
動きが単純だ。
四足で歩行するように作られた体の構造は、可動限界がどうしても出来る。
横に動くというより、前方へ効率よく進むための体構造。
巨大な爪を掻い潜って、足を止める。
急停止した反動が体に残る、その内に剣を振るった。
しっかりと剣に力が伝わる姿勢で攻撃したので、腕の中間辺りまで剣が食い込む。
が、食い込んで、そこで止まる。
「堅いなぁ!堅いなあぁ!!」
剣を抜こうとするが、抜けない。
筋肉が剣を莫大な力で挟んでいた。
そのまま俺は左右に振り回される。
「アッハハハハハ!!!」
勢いで、剣が抜ける。
そのまま俺は大木に体を叩きつけられた。
「つっ!」
意識が真っ白になる。
元々景色が白いせいで、もう何も見えない。
でも、心は真っ黒。
ボタボタ何かが落ちてくる。
落ちてるから、止まらない。
鋭敏な感覚が魔物の位置を教えてくれる。
目なんか見えなくても、大丈夫。
俺は強いんだからさぁ。
意識がはっきりしないまま、俺は気配の強い方向へ走る。
強い殺意が烈風になって、俺の体を貫こうとしているのが分かった。
横へ俊敏に避けて、すかさず殺意に対して、剣を突き立てる。
ザクリと肉が裂けた音がした。
そのままの勢いで、どんどん刺していく。
単純作業みたいに、延々と。
狼が抵抗しようとしているみたいで、殺気が複数の方向から俺へ向かってくる。
けど、鋭敏に感じ取った俺の感覚が筋肉を動かす。
考える前に動ける。
脳が指示を出すのすら遅く感じる。
体はそれについていけている。
身を捻って四方の脅威を躱し、もっと強い息使いのする位置へ飛び跳ねる。
体当たりの要領でぶつかって、毛を掴む。
また、力いっぱい突き刺した。
血に濡れる。
その度に、白い視界が正常に戻っていく。
代わりに、周りが赤く見えた。
白と赤のコントラスト。
それが、美しい芸術のように感じ取れる。
気付いた時には、もう狼は倒れて死んでいた。
俺はずっと心臓の位置を刺していたのだ。
魔剣が真っ赤になっていた。
純粋な赤。
獣の赤。
野生の赤。
人間にはない色だ。
故に、美しく見える。
人間はない物ねだりのどうしようもない本質を抱えているから。
「ああ・・・疲れた」
黒いモノが、少し収まる。
発散されたんじゃなくて、収まる。
体が疲れたから?
それとも、満足したから?
何に満足?
何に俺は怒っていた?
「・・・わかんね」
俺の体は傷だらけだ。
特攻じみた戦い方をするから・・・
捨て身も同然だ。
体がボロボロにならないはずがない。
細かい傷、大きな傷。
そのどれもが切り傷で、出血している。
血が流れすぎていた。
俺の意思が血に乗って、流れていく。
それは地面に染み込んで、土を癒しい色に染めていた。
周囲を見てみる。
周りは魔物でいっぱいだった。
さっきから狼型の魔物と戦っているところを見ていた魔物達だ。
本来は魔物同士で争うはずだ。
けど、それをさせない気配が、新しくここへやってきたみたいだった。
奥から新たな魔物が現れたのだ。
また、巨大な狼だった。
今俺が殺した魔物にそっくりな魔物。
多分、同種。
涎を垂らして、食欲を外に漏らしていた。
それはもちろん、俺へダイレクトにぶつけられている。
・・・気持ち悪い。
人は食べられる恐怖を長らく忘れてきた。
捕食される立場ではなくなったからだ。
でも、俺は知っている。
人間は本来捕食される側で、か弱い生命体なのだと。
人間は、道具がないとあまりに無力だ。
戦闘には向いていないであろう2足歩行からして、もう弱弱しい。
人間は自然から離れすぎた。
だから、代償を背負った。
そのことを自覚しない人間が、現世にどれほどいるだろう?
人間がこれまで生き残って繁栄してきたのは、知能があるおかげだ。
知能こそが武器だったのだ。
けど、それでも自然には抗いがたい。
知能は資源を求める。
資源が道具を形作るからだ。
結局、人間は自然には逆らえない。
だって、自然は俺達の母親なのだから。
自然の権化と言っても過言ではない存在が、ノソノソとこちらへ歩いてくる。
俺は木に寄りかかったままだ。
もう体がうまく動いてくれない。
「・・・またかよ」
その狼は、他の魔物を簡単に散らして俺が殺した魔物を一口で飲み込んでいく。
飲み物みたいに飲み込むから、50を超えるであろう魔物の死体を、数分で片付けてしまった。
残ったのは同種の巨大な狼・・・その死体と俺だけ。
デザートは最後だと言わんばかりの目つきで、俺と狼の死体を交互に見る。
まず近付いたのは、狼の死体だった。
見た目は自分と同じだ。
なのに、ためらうことなく狼型の魔物を食っていく。
肉を引きちぎって、咀嚼し、飲み込む。
目は食欲で満ちていた。
純粋で、恐ろしい本能。
狼の死体を完全に食い切った時、狼型の魔物の目が黒く染まった。
体がグニャグニャと変化して、体毛も黒く変化していく。
生命が混ざり、汚染が体に満ちていた。
この体に溜まった汚染に耐えようと、器が進化しようとしている。
強大な中身に伴うように。
「・・・邪悪種」
かつて見た、あの現象。
あの時の俺は、逃げ出した。
迫る恐怖から。
今の俺も逃げ出せない。
力がもう入らないのだ。
魔物の体がどんどん圧縮されていく。
黒い体が小さくなって、体の形が変化する。
そうして誕生したのは、人型のナニカだった。
あの時と全く一緒。
ただ、凍てつく器の捕食者みたいに氷で出来た体ではなく、れっきとした体毛で全身が覆われていた。
名前を付けるなら、獣人・・・だろうか?
全身余すところなく野生的な体毛がビッシリ生えている。
顔部分もだ。
目の位置だけ毛が生えていないらしく、2つの黒い眼光が俺を捉えていた。
ソイツから感じ取れる意思は、複数の魔物の残痕がグチャグチャに集結されて、ミートになった感じ。
精神がもう生物の形状をしていない。
それはただの魂の集合体のようで・・・
「もういいよ」
動くことを諦めた。
これは俺が悪い。
プラムの忠告を聞かなかった俺の責任だ。
でも、後悔はしていない。
ここに来たことで、安らぎを得られた。
心は確かに平穏を獲得したのだ。
だから俺は、ここで食われても何も感じないし、何も傷付かないのだった。
「「・・・何諦めてるのよ」」
「・・・えっ?」
声が聞こえた。
頭から。
よく知っている声。
その時、幻惑の森の霧・・・その奥から、何か黒い意思がやってくるのを感じた。




