140話 堕ちるということ
宿に泊まってから3日目。
変化のない日常に、少しストレスを感じる頃合い。
何か、俺の中で刺激を探し求める本能的な何かが形成されていた。
俺、こんなに若者っぽかったっけ?って思うくらいだ。
むしろ、今までが刺激的すぎたのかもしれない。
日常で命を懸けすぎると、命を懸けない日常に違和感を感じてしまう・・・みたいな。
だから、宿の室内で目を覚ました後、プラムに俺は真っ先に声をかけたのだ。
「行こう」
「どこへよ?」
「幻惑の森へさ」
「どうしてよ?」
「そこに魔石があるからさ」
「・・・自前の魔石が欲しいの?」
「欲しい!」
・・・どうしてこんな会話の流れになったかと言うと、魔石のストックはあればあるほどいいじゃないか、という単純な考えが頭を巡ったからだ。
この村の外にある幻惑の森は天然の魔石がよく見られるらしい。
魔石を見るのに放置する理由は、魔物がいるから。
魔物が魔石の周りをうろついてるせいで、中々取れないのだ。
さらに、幻惑の森はいったん道を外れると必ず迷う。
村の住民ですらが迷う始末だ。
幻惑の森の奥に行けば行くほど魔石が落ちている可能性は高くなるが、それに比例して魔物の強さも上がっていく。
もちろん、猫達はそんな幻惑の森を渡れるような実力は持っているのだが、なにせ能動的に動こうとしない。
極めて受動的だ。
自分から動こうとしない奴が多すぎるのだ。
だから、魔石は今もそこらに転がっている・・・と推測出来る。
「嫌だわ」
だが、プラムも積極的には動こうとしないタイプみたいだった。
「何でさ」
「めんどくさいもの」
「お前がいなきゃ、幻惑の森で俺、迷子になっちゃうぞ?」
「だったら行かなきゃいいじゃない」
「行っても損はないだろ?」
「魔石が取れるからって言うんでしょう?」
「そりゃ言うさ」
魔石があった方が絶対にいい。
戦闘で能力がその分使えるからだ。
能力はエネルギーがないと使えない。
魔石はあればあるほど損がない。
「魔石はいらないわ。用意してくれるでしょう?」
「あの婆さんが?」
「そうよ」
「でも、自前でも用意しておいた方がよくないか?」
「危険な行為をしてまで?」
「・・・」
それを言われると弱かった。
本音を言うと、その危険というやつを俺は求めていたりするのだから。
「・・・イライラしてるわね?」
「そう見えるか?」
「最初っからね。ストレスが溜まる生き物だものね、人間は」
愚かしいだろう?
俺もそう思う。
プラムの目もそう言っていた。
「人間はもうそういう種族なんだよ」
「だから、自分がそういう風にストレスを発散させるのも仕方ないと?」
「だって、自然に理由もなくイライラするんだから、どうしようもないだろ?」
理由のないストレス。
ストレスの解消法は様々だ。
暴力に頼ったり、趣味に没頭したり。
善に偏るか、悪に偏るかは自分次第。
なんてくだらないことと彼女は思うだろう。
「猫にはない感情だわ」
「でも、ストレス自体は何かの形で溜まるだろ?」
「人間と違って、自然に解消されるし、ましてや理由がないなんてことは皆無よ」
「それが猫の感覚か?」
「人間の方が狂ってるのよ」
「俺もその人間だけどな」
そう言うと、プラムはクスクスと笑う。
また愚かしそうに俺を見て、だ。
「だからと言って、それに私を巻き込むのはいただけないわね」
「・・・ダメか?」
「嫌だわ」
完全に拒否られた。
彼女は、俺にそっぽを向いて目を閉じる。
「どうしても行きたいなら、誰かそこら辺の猫を誘ってみなさい?私はおすすめしないけど」
「多分、誰も来ないだろ」
「行くとしても、シトネぐらいじゃないかしら?」
「・・・頼りない」
「頼りないのは貴方も一緒よ」
同感だ。
俺は森に迷う。
シトネも森に迷う。
どっちも一緒だ。
どっちも頼りない、ちっぽけな生き物。
「じゃあ、おとなしく待ってろって?」
「そうよ」
そう言って、プラムは完全に口を閉ざした。
俺を無視しているとも取れる。
それを見て、俺の鬱憤がさらに蓄積されていくのが分かった。
醜い塊がポタポタ水滴として落ちていく。
黒い、邪悪なモノ。
世界をどうしようもない方向へ誘導した、原初のモノ。
俺は、その正体をよくは知らない。
なのに、そのモノに俺は体を委ねたくなる。
抑えられない衝動。
イライラ。
そんな訳の分からないモノを内に秘めた俺が、どうしようもなく嫌いだ。
相手にこの衝動をぶつけたい。
ぶつけるなら、魔物がいい。
だが、俺は死ぬのは怖い。
卑怯な生物だ、俺は。
人間ってなんだ?
こんな醜い感情を、どうして持っている?
捨てたい。
どうやったら捨てられる?
「ちょっと外に出るよ」
背を向けるプラムにそう言うが、彼女は何も言わなかった。
そのまま廊下に出て、外に向かう。
建物から出ると、月の光が上空を包む霧に透過して、何とも言えない幻想的な景色を生み出していた。
世界はこんなに奇麗なのに、俺の心は晴れない。
晴れないから、晴らしに行くのだ。
どこへ?
あそこへ?
あそこへ行こう。
俺は歩く。
途中で何匹もの猫を見かけたが、ソイツらは俺を一瞥しただけで、すぐに興味をなくす。
そんな様子を見るだけで、何となくイライラする。
理由なんかない。
理由がないのにもムカついてくる。
俺は何なんだ?
一体どうしたい?
いやいや、さっきまで考えてたじゃないか。
俺はストレスを発散させに行くのだ。
俺は・・・俺は・・・
戦うことで、ストレスを発散出来るなら。
この心を蝕むナニカを取り除けるなら。
人間の本質は混沌。
光でもなく、闇でもなく混沌。
照らす訳でもなく、包む訳でもない。
じゃあ、混沌ってなんだ?
人間ってなんだ?
誰もそれは教えてくれない。
人間じゃないから。
天使なら教えてくれる?
スティーラなら。
そうだ。
彼女はきっと教えてくれる。
そう。
俺は帰りたい。
大魔石を手に入れたい。
天使に会いたい。
自分が何者かを知りたい。
その先はまだ知らない。
けど、俺にはそうすることしかどうしようもないのだ。
それしか希望がないのだから。
希望がないと、俺は生きていけない。
弱い。
弱い弱い。
そんな心が俺を蝕む。
心のありようが、俺の行動を明確にした。
「・・・」
いつの間にか、俺は霧が包まれている森の中にいた。
いつからそこにいたかは分からない。
思考が視界の邪魔をしたのだ。
俺って、こんなに後先考えない奴だっただろうか?
後ろを見ると、もうすでに村が見えていなかった。
見えないってことは、戻れないってことだ。
戻れないってことは、つまり俺は帰れない。
いや、帰れなくってもいいのか?
いいのか。
そうだ。
俺は何をしにここへ来た?
せっかくなら、目的を達成しなくちゃ。
目的は1つ。
俺は殺す。
魔物を。
黒い。
黒いよ。
悲しい。
でも、歩みは止まらない。
止まってくれない。
俺はどうして・・・
どうして歩いているの?
あてもなく森を歩く。
歩いて歩いて、見つけた。
見つけたのは、1頭の黒いナニカ。
見たことがある。
魔物だ。
闇の器の捕食者と呼んだ、かつて俺の腕を切った魔物だ。
憎い。
憎いよ。
思い出す。
ダゴラスさんの腕が切られたあの時。
俺は暴走してたんだっけ?
あの時の方がまだいいかもしれない。
俺、今、ヤバイ。
ヤバイヤバイヤバイ。
止まらない。
真正面から魔物に近付く。
魔物が俺に気付く。
当たり前だ。
今の俺は、だいぶ愚かな行為を取っている。
「ギリリリリリリシャヤヤヤイイイイイイアアアアァァァァ!!!!」
変な声が俺の耳に届く。
届いて、弾ける。
弾けて消える。
敵対。
上等。
俺は、宿から持ってきた魔剣を構える。
もうそれは無防備な構え方だった。
隙だらけ。
けど、負ける気はしない。
勝気だ。
根拠はない。
けど、絶対に勝てる気がした。
魔剣と同調する。
何かが俺の性質に混ざり合う。
そこには、今まで感じたことのない強大な力というべき何かが感じられた。
異質。
いや、純粋?
力があまりに大きいと、その根源が純粋であろうが、人間は異質に感じられるものだ。
勝手な基準。
だが、そんな基準がないと、俺はどうすることも出来ない。
基準は分からない。
だが、本能で分かった。
分かるなら、もういいや。
メンドクサイ。
タタカオウ。
殺して、帰ろう。
どこへ?
もうマヨちゃたのに。
戻れないのに。
でも、俺はそこにいた。
なぜ来た?
もういいや。
「あああああああああああああああ!!!!!!!!」
叫んで、突っ込んだ。
力がみなぎって、体に力が入る。
力は絶対に悪い性質が入り混じっているみたいだ。
殺すの?
殺せよ。
相手の体が変形し終わる時には、もうすでに相手の体を斬っていた。
斬り終えていた。
ブラックイーターの体が真っ二つに割れる。
血が噴き出る。
黒い靄が晴れて、醜い全身が露になる。
醜い。
気持ち悪い。
だから、間を置かずにまた俺は体を斬り付ける。
魔物は俺の敵。
だから、また斬る。
魔物は俺の敵。
だから、さらに斬る。
そんなことを、100回は続けただろうか?
相手の体は細切れになっていた。
料理をしているみたいだ。
ははは!
ざまあみろ。
これで、俺の恨みは晴れたんじゃないかな?
ダゴラスさん、どうですか?
見てますか?
上から見れてますか?
やったよ、俺。
勝ったよ。
俺、強くなったよ。
戦えた。
戦えて、終わった。
でも、俺の黒いナニカはまだこびりついていた。
「シツコイナ」
まだ、落ちないのか。
汚れはまだ落ちないのか。
いいだろうよ。
とことんまで付き合ってやるよ。
いいよ。
やるよ。
いいのかい?
「・・・ごめんね」
細切れになった相手に向かって話しかける。
これからもっと刻むであろう相手に向かって、謝った。
謝ったところで、どうなるわけでもない。
魔物はもう死んでいるのだから。
前にも言ったことだが、死者は話さない。
話してくれない。
いや、話さない。
いいじゃないか。
もっと切り付けても、文句言わないってことだろ?
いいじゃん。
俺が勝ったんだから、この気持ち悪い死体は俺のものだ。
だから、切りつけても構わないのさ。
「クククク」
ノリノリで相手の体をさらに切る。
切りすぎて、切れているのかも怪しいが、とにかく突き刺す。
ぐちゃぐちゃ。
血でグロイ。
内臓も出てる。
ちゃんと調理しないとね。
どうやる?
「はははははははははははははは???」
魔物の気配が近付いてくるのが分かった。
新しい魔物だ。
多分、ブラックイーターと同じような強さだと思う。
俺の敵じゃない。
今の俺なら、きっと楽に殺せる。
食材を料理するみたいに。
簡単に。
今の俺は、強い。
敵うと思ってんのか、ああ!?
殺せるものなら殺してみろよ。
逆にぶっ殺してやる。
「ここに来いよおぉぉぉ!!!!!!!」
叫んで、もっと魔物を集める。
集めて、パーティーを開いてやる。
料理を大量に作ってやらなきゃね。
誰にあげる?
誰にもあげられないんじゃないの?
まあいいや。
作ってから考えよ。
そうして俺は目にした。
俺の目の前に、大量に集まってきた魔物の群れを。
薄く笑って、俺は喜んでその群れへと突撃した。




