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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第10章 父祖の辺獄と地獄篇 銀の月の村
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137話 幻惑の森

 ジジジと頭が痛む。


 脳の中で何かが暴れてるみたいに。

 でも、前ほどではない。

 まだマシな方。


 落ち着いて目を開ける。

 そこには、鬱蒼とした霧に包まれている森の姿があった。


 通称、幻惑の森。

 全てを惑わす何者にも囚われない場所。


 霧は濃く、目の前は白い。

 白色に包まれたその景色は、俺達を惑わす。

 この霧は固有能力なのだ。


 銀叉の一族が得意としている精神干渉。

 その影響力の残滓とも呼べるこの能力は、脳に直接作用してこの森へ訪れた者の感覚を惑わしてくる。

 息を吸うことで霧が脳内に侵入して。


 別に、体に悪影響を及ぼす訳じゃない。

 方向感覚が狂うだけ。

 霧で守っている里に近付けさせないため。


 空からの侵入も、この霧が立ち込めて難しい。

 陸路ならもっと難しい。

 だから、里への道順を正確に知る者でなくてはたどり着けない場所なのだ。


 「相変わらず鬱蒼としてますよねぇ・・・」


 シトネが溜息を吐く。

 コイツが溜息すると、なんかムカつくんだよな。

 別に悪いことはしてないんだけどさ。


 「お前の里だろ?」

 「でも、わたしの友達はみんな里を出たがってますけどね」

 「・・・猫らしいな」


 猫は自由奔放。

 現世でのイメージと、銀叉の猫達のイメージは結構被る。


 「ここの魔物は強いんだろ?そんな気を抜いていいのか?」

 「プラムさんが何とかしてくれるんでしょう?」

 「他人任せかよ」


 猫だけども。


 「いいわ。どうせ、貴方を中心に結界を張るのだし」


 言って、プラムはいつものように気配断ちの結界を俺の周囲に張る。


 「で、どう行くんだ?」


 俺がこの幻惑の森に入ったのは2度目だ。

 なのに、全く自分の位置が把握出来ていない。


 1秒ごとに自分の感覚が上書きされている印象を受ける。

 上書きの後に来るものは忘却だ。

 自分の立っている方角、位置、時間。

 全てが霧の向こうへと消えてしまう。


 「こっちよ」


 プラムが俺に行くべき方向を指示する。

 それに従って、俺は歩き始めた。


 「やっぱ荷物はない方が楽だな」


 俺がプライド領に持ってきた荷物は殆ど置いてきた。

 多分、今頃はオセが処分しているんじゃないだろうか?

 今は大型拳銃と、魔剣だけが俺の装備だ。


 「結界があるからと言って、油断は禁物よ?」

 「分かってる」


 霧が濃いから、視覚的に見つかる可能性は低い。

 だが、それを逆手にとって狩りをする原生種や魔物がここには数多くいる。

 俺も1回その手の魔物に襲われて、痛手を被った。

 まだ、プラムと俺が会って間もない頃。

 忘れられない思い出の1つだ。


 俺は木々の間を通り抜けて、先へ進んでいく。

 霧が邪魔しているせいで、正常に前へ進んでいるか不安になってくるな。

 こういうのは微妙に進んでいる方向が狂っていくものだ。

 砂漠での遭難はそれが原因で死ぬことが多い。

 行けども行けども同じような景色の場合は、特に。


 「ん」


 前方から嫌な気配が漂ってくる。


 「この感じは魔物だな」

 「ええ!わたし嫌ですよ、戦うの!」

 「分かってるから大声出すな」


 俺はシトネの声に辟易しながら魔剣を抜く。

 魔剣と同調して、感覚を強化する。

 強化された視界の奥に、魔物の姿を捉えた。


 「紛れし隠者(ダバイック)ね」


 前に聞いた名前が俺の耳に入ってきた。

 確か、気配断ちの能力を使って狩りをする魔物だ。


 姿は白く、霧と同化出来るようにしてある。

 体は小さく、中型犬ぐらい。

 攻撃手段として、爪が大きく発達していた。


 性格は獰猛で狡猾。

 まあ魔物は獰猛な個体が大半だし、性格で判断してもあまり意味がない。

 幸い、相手はこっちの気配に気付いていない。

 俺のセンスの方が、相手の気配察知より秀でていることの証明だった。

 ・・・プラムの気配断ちが優秀なだけかもしれないけど。


 「狩ろう」

 「そうした方がよさそうね」

 「ええー!」


 シトネを無視して、魔物の死角に回り込む。

 木々という障害物があるお陰で、スムーズに後ろに回り込むことが出来た。

 そのまま、俺は自然体で魔物に接近する。


 「こ、怖いんですけど・・・」

 「すまんけど、ちょっと静かにしててくれ」


 魔物の外皮は硬い。

 だから、少しでも脆い場所を見つけ出す。

 この場合は、腹部か首だ。

 一撃必殺を狙うなら、俺は当然首を狙う。

 無駄な闘争は避けるのが狩りのセオリーだからだ。

 首を一点に狙って、俺は一気にダッシュする。


 魔物が気配を察知したのか、後ろを振り向く。

 その時には、俺は魔物のすぐ傍にいた。


 足で踏ん張って、腕に力を乗せる。

 バットをフルスイングする要領で、俺は横へ魔剣を振りかぶった。

 殆ど抵抗なく、魔物の首は明後日の方向へ飛んでいく。

 ゴロンと首が血を吹き出しながら転がっていった。

 返り血を浴びないように、すぐに後ろへ退避する。


 「よし」


 魔物が死んだのを確認してから、俺は魔剣を鞘に納める。

 魔物の中には、首を刎ねても平然と生きる種類もいる。

 目で相手を確認するまで、油断は出来ない。


 「・・・貴方、また急激に強くなったわね」

 「・・・そうだな。言われてみれば、全然体が軽いや」


 大魔石に近付くと、頭が痛くなるせいで意識していなかったが、プラムの言う通り身体能力は明らかに向上してる。

 少なくとも、魔物を単独で殺せるぐらいには。


 「また、俺の同調(シンクロ)が強まったのかな?」

 「・・・」


 プラムは何も答えてくれなかった。

 ただ、俺を見ているばかりだ。


 「・・・魔物の処理は?」

 「しなくていいわ。どうせ、他の魔物が食べるでしょうし」

 「それで邪悪種が爆誕とかないよな?」


 俺の脳裏にウルファンス山脈での出来事が思いこされる。

 俺のトラウマの1つ。

 あの時は恐怖心で動けなかったからな・・・ウルファンスに助けてもらわなかったら、今頃どうなってたか・・・


 「ないわ。そのくらい捕食をしてる魔物なら、私がすぐに気が付くもの」

 「・・・そっか」

 「そうですよねー!プラムさんなら当たり前ですよ!」

 「お前、煽るよな・・・」

 「はい?」


 自覚ないのか・・・

 別にいいけども。


 「進むわよ。ここで立ち往生は止めといた方がいいでしょうし」

 「分かった、行こう」

 「はーい」


 先へ進む。

 濃い霧をかき分けて、周囲の気配を探りながら。


 視界が悪いので、足元も確認しずらくなる。

 おまけに、ここは森だ。

 平坦な道が続いているわけじゃない。

 デコボコな道は足に負担をかけやすい。


 そういう地味な障害が、意外と体力を奪っていく。

 いざ戦闘に入って、体力を消耗してたんじゃあどうしようもないから、そこら辺にも気を使って。

 そうして進んでいくと・・・


 「川だ」

 「川ね」

 「川です!」


 3者の言葉が交わって、どこか遠くに消えていく。

 眼前には、横1メートル弱の川があった。

 深さはさほどもないだろう。

 程よく濁り、程よく綺麗な普通の川だった。


 「前回、この川見たな」

 「これが目印よ。直接里と繋がってるわ」

 「でも、これに沿って歩いたらダメだったんだっけ?」

 「よく覚えてたわね。それは罠よ」

 「え?ダメだったんですか?」


 シトネがとんでもないことを聞いてくる。


 「おい、里の住人」

 「なんです?」

 「なんです?じゃないだろ。もし、お前1人でこの森に入ったら、絶対に迷うだろ?」

 「何言ってるんですか?今1人ではないじゃないですか」


 プププとシトネが俺を小馬鹿にしてくる。

 ・・・ムカつくが、我慢しておく。


 「でも、川の先には何があるんですか?」

 「銀叉の方で飼っている邪悪種よ」

 「え!そんなの飼ってたんですか!?」


 里の住人の筈のシトネが驚く。

 おい、里の住人ともう1回言いたい。

 言いたいが、再度我慢する。


 「飼ってるというより、結界で幽閉していると言った方がいいわね」

 「へぇ~そうだったんですか」


 シトネは感心したように頷く。

 俺はそれを無視しておく。

 ツッコミを入れたら負けなのだ。


 「喉が渇いてきたな」


 水を見て、喉が渇いていることに意識が向く。


 「飲んじゃダメよ」


 プラムが制止してくる。


 「ダメなのか?」

 「生活排水も混じってるから。人体には毒よ?」


 生活排水か・・・

 試しに、水をすくって舌で舐めてみる。

 ピリッと辛い味がして、すぐに吐き戻した。


 「・・・毒だな」

 「でしょう?」


 悪魔の生活形態はそんなに人間と変わらない。

 だから、こんな汚い部分も人間と大して変わらない。

 それは猫でも同じってことだろう。


 生物は基本的に、自然を破壊しながら生きるしか生存の術がない。

 全て、資源は自然が賄う。

 生物と自然の間で資源は循環していると言われているが、俺からしてみればだいぶ違う。

 自然からの一方的な享受を生物は受けているに過ぎない。


 さらに言うと、人間の死体は自然の養分になることは少なく、逆にそれは穢れを与える。

 人間は日々、毒物を体に蓄積して生きているから。

 自然から剥離された存在だから。

 でも、自然はそれを養分に置き換えて、吸収しようとする。

 悪魔でも根本のところは変わらない。

 自然と共に生きている生物でさえも、穢れは微量に存在するものだ。


 生物とは、世界にとって忌むべき者達なのかもしれない。

 そう思った。


 「このまま川に沿わず、少し右の方へ行くわ」


 川とは少し逸れた方向に視線を向けるプラム。

 俺は彼女の言葉に従って、歩き出す。

 霧がさらに濃くなっていき、もう殆ど先が見えない状態になってきた。


 「プラムがいなかったら迷ってるな」

 「だから私がいるのよ」

 「本当におっしゃる通りです」

 「それより気を付けて。その先にトラップがあるから」

 「ああ」


 それは俺も気付いている。

 足元に、横へ張られた糸が仕掛けられていた。

 その頭上には、太い木の枝を尖らせた棘が幾つもぶら下げられている。

 足元の糸へ足を引っかけた途端に、頭へ木が突き刺さる、という寸法だ。


 「大丈夫。前とは違って、よく罠が見えるから」


 高度に隠された罠の痕跡を、正確に判別して避けて歩く。

 強化された感覚があればこそだ。

 途中の道には、トラップに引っかかったであろう悪魔の死体や魔物の死体が見かけられた。


 ここまで奥に来た悪魔ということは、それなりに強かったんだろう。

 ここの魔物を退ける強さ。

 それを以ってしても、罠を見破れなければ死んでしまう。

 魔物だろうが、悪魔だろうが。

 そして、里の住人だろうが。

 ここはそういう場所だ。


 俺が進む度に、プラムが進行方向を調整するように話しかけてくる。

 やっぱり知らず知らずのうちに横へ逸れて行っているのだ。

 多分、森ってこんな風に遭難するんだろうな。


 しばらくすると、霧が急激に薄くなっていく。

 視界が晴れたその先には、気で出来た門があった。

 高さ3メートル。

 横は霧の先まで伸びていて視認出来ない。

 門のすぐ前に、1匹の猫が座っていた。


 「・・・来たね、プラムさんと人間さん。それとシトネ」

 「帰ってきましたー!」

 「また来たわ。よろしく」


 そう挨拶を猫同士で交わす。

 俺も会ったことがある猫だ。

 名前はカリン。

 門番役の猫だ。


 ニャオンとカリンが短く鳴く。

 すると、木の門が誰に押される訳でもなく奥へ開いた。


 「長が待ってるよ」

 「ええ」


 短く返して、俺に奥へ進むようにプラムが促す。

 門を潜ると、感覚を置かずに門が閉められる。

 後ろからゴンッと門が閉まった音が響いた。


 そうして歩いた先に見えたのは・・・


 「銀の月の村に到着だな」


 猫がそこら中にいる奇妙な村だった。

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