135話 準備のために
ラースの空中要塞では、脱出用の転移の陣が2か所に設置されていた。
密閉した空間内で、退路を作らない構造の建物は存在しないのじゃないだろうか?
危機があれば逃げるのは当然。
なら、ここプライド塔にもそんな場所が存在することはすぐに分かる。
なんせ魔王がいる塔なのだ。
魔物の襲来に備えて、脱出用の何かを作っているに決まっている。
そう俺が考えていることをオセに言うと、ケラケラ笑ってその場所に案内してくれた。
「これが脱出用の陣よ」
目の前に描かれた大きな転移の陣を見ながら、プラムがそう言った。
隠し部屋の奥。
そこに堂々と存在している陣は、最近使った形跡が残されている。
多分、彼女達が使ったんだろう。
この大魔石が置かれている塔の真正面から、プラムが出ていくとも思えないし。
「行先は?」
「ラースの転移回廊か、プライド街から少し離れた林の中に繋がってるわ。私は貴方を待ってる1年間、ここを使って出かけてたわね」
「魔物は・・・いないか」
プライド領だもんな。
この領土は基本的に魔物の数が少ない。
俺がこの世界から離れていた1年間で、恐らく魔物も周囲に分散しているだろう。
今頃は俺目掛けて再度進行中と言った感じか。
「ただ、エンヴィー領に囚われているベルゼブブを助けるには、それなりの装備は必要よ」
「・・・魔石なんかは全部使いきっちゃってるな」
魔石は時間を置けば、再度使えるようになる。
ただ、消費したエネルギーが大きいと、最大で数年間は使えない。
俺が使用した3つの魔石は、まだ十全に使える状態ではなかった。
「だから、いったん私の里に戻るわ」
「まあ、やっぱりそうなるよな」
魔石を保有している場所は限られている。
そこらへんに使える魔石が落ちている訳でもないから、どこかの誰かから提供してもらわなければいけない。
で、基本的に魔石をあげるようなバカは基本、この世界にいない。
だから、プラムの味方がいる場所でしか俺達は準備を整えられないのだ。
俺が大魔石に触れる前の1年前。
プライド領に侵入する装備、そして手筈を整えてくれたプラムの仲間が、その里にいる。
偽装能力を持った吸血鬼のリンドロ・・・ソイツの手配も、里にいる連中がしてくれたのだ。
ある意味で俺の恩人達と言える。
「オセは行かないのか?」
「行ける訳ないでしょ!魔王にすり替わってんのよ?ここを離れる訳にはいかないんじゃない?」
おっしゃる通りだ。
オセは魔王。
もうそう考えた方がいいか。
「安心しなさいよ。ここを離れてもあんた達のサポートはしてあげるから」
「それはだいぶありがたいよ」
俺には元々味方が殆どいなかったのだ。
神の気まぐれか何かは知らないが、最初はマリアさん達が俺に味方してくれた。
その助けもなくなった今、悪魔との繋がりが出来ることは純粋に嬉しい。
「アンデールが複製で作った予備の重火器は殆どここに置かれてる。好きなの取ってっていいわよ。て言っても、人間のお兄さんしか銃なんて使えないでしょうけど」
「うーん、慣れれば強力な武器なんだけどな」
「慣れればね。でも、あたし達には何百年も使ってきた能力という武器がある。下手に新しいものを使うより、使い慣れた物の方がいいわ」
「でも、魔王連中は銃を使えるように訓練してるんだろ?」
「現世に行くからよ、それは。地獄でそんなものは使わない方がいい。少なくとも、ここの世界の住人はね」
そういう考え方か・・・
まあ、素で元々強い奴らだ。
俺がこれを必要とするのは、俺がまだまだ弱いからだ。
もっと強くなくちゃな・・・
オセの言葉に従って俺は武器庫の方へ行く。
何百種類もある現世の武器から、迷わずに俺の使うべき武器をピックアップ。
弾も取ってきて、すぐにオセのいる場所に戻ってくる。
「何の銃なの、これは?」
オセが興味津々で俺が選んだ銃を覗き込んでくる。
「これはデザートイーグルって言って、そうだな・・・大型の獣を殺す用の銃だよ」
デザートイーグルは本来人間を殺すにはオーバースペックな自動拳銃だ。
何故かと言えば、それは威力が高すぎるから。
銃っていうのは本来、人体の内臓部分を損傷させることによって、ダメージ効果を得る目的で作られている。
周囲の肉を爆散させるまでに威力を昇華させても、人間相手ではあまりメリットが得られない。
だから、これは人間以外の殺傷で使われるのが正解だ。
今回の場合は、魔物に使おうと思っている。
魔物はダメージに対する耐久力が半端じゃない。
魔物の重要器官を粉々に破壊するまで攻撃するか、工夫して倒すかしないと殺せない。
だから、これが役にたつ。
遠距離から正確に、高威力の物体を当てる。
安全に、手間なく魔物を殺せるって訳だ。
「ここらに銃はたくさん置いてあるけど、正直使い方とかよく分からないから、何が何だかサッパリなのよね~」
「じゃあ、どの銃も同じに見えただろ?」
「そうなのよ!試しに引き金を引いても何も起きないし」
「弾、ちゃんと入れたのか?」
「弾なんているの?」
ラースの魔王は何もそこらへん教えてないのか・・・
いや、オセがルシファーに成り代わる前に、そこら辺の説明はすでに済ましていたのか?
「銃はどれも弾を装填しないと使えないぞ?」
「ふぅん、メンドクサイのね」
「でも、弾さえあれば何発でも打てる」
「能力も、エネルギーさえあれば幾つでも使えるわよ」
手のひらに魔石を転がして、オセはそう言った。
まあ、どちらが有効な攻撃手段かは、ケースバイケースだろう。
状況によって、有利不利は常に変わる。
要は、攻撃を実際に行う当事者次第だな。
「それじゃあ、そろそろ行くわよ」
俺の肩に乗るプラムが催促してくる。
「一応病み上がりなんだけどな、俺」
「だったら尚更早く里に行かないとね」
「・・・マジでか」
俺が何を言おうと、もう移動することは確定みたいだ。
もう1日ぐらい、ここで休ませてもらいたかったが、仕方ない。
「それに、早くしないとエンヴィー領で捕まっているベルゼブブが処刑されるわよ」
「・・・タイムリミットって分かるか?」
「魔王からの伝令によると、丁度2週間後よ」
・・・俺の起きるタイミングは絶妙だったみたいだ。
ベルゼブブが助けられなくても、今回俺達に痛手はない。
けど、このタイミングで俺が起きたこと・・・それは偶然じゃないような気がした。
「本来この転移の陣は2か所にしか繋がっていなかったけど、シトネが里に繋がるように改造を施してあるわ」
「直接か?」
「それは危険だから、少し離れた幻惑の森の中に設置してるわね」
相変わらず用心深い。
幻惑の森なら、あそこの歩き方を知らない限り、里に着くことはないだろう。
「じゃあ、すぐにでも行くんだな」
「ええ」
後ろから咄嗟にオセが何かを投げてくる。
綺麗な半円を描いて俺の手に収まったソレは、比較的上等な魔石だった。
「それで転移出来るでしょ?」
「悪いな」
「いいのよ、魔王になってから腐る程魔石を余らしてるし」
ああ、そうか。
俺が最初に大魔石を触れてから、地獄にあるあらかたの魔石は魔王連中に徴収されたんだっけか。
おかげでもう魔石は簡単に手に入らなくなった。
ただでさえ元々手に入りにくかったのにだ。
「んじゃ、遠慮なく使わせてもらうよ」
「ちょ!待ってくださいよぉ!!!」
隠し部屋の出口の方から、シトネが全速力で走ってくる。
猫だから速い速い。
俺の足元まで駆けると、そのまま俺の肩にジャンプしてチョコンと乗った。
「何でわたしを置いてこうとするんですか!」
「いつまでも部屋の隅っこで落ち込んでるからよ」
「ええー!酷い!」
プラムの容赦ない言葉に、不満の声を荒げるシトネ。
本当に元気な猫だな・・・
「人間さんも人間さんで何とか言ってくださいよ!!」
「ごめん、お前のこと忘れてた」
これは素だ。
「酷い!!1年間も人間さんの尻ぬぐいをしてきたのに!」
「尻拭いって・・・」
いや、俺がミスして毒の餌食になったのは認めざる負えないか。
「貴方の尻拭いは、私がしてあげてたわね?」
「いっ!それは・・・ですねぇ・・・」
プラムがシトネの弱みを握っているせいで、また彼女の勢いがなくなっていく。
俺もシトネがプラムに何をやらかしたのか気になるな。
「まあ、それはどうでもいいことよ」
「どうでもよくないですよぉ!!」
「あら?どうでもよくないの?」
「うっ・・・」
秘密をバラしてやろうか?みたいな悪意が俺にも伝わってきた。
プラムは雰囲気で他者を脅すことに長けてる。
俺だってその餌食になった1人だ。
それに、猫は表情が作れないから、自然とポーカーフェイスになる。
状況が状況だと、それが恐ろしく見えることだってある。
「分かりましたよぉ・・・」
シトネは結局プラムに丸め込まれてしまった。
最初から予想出来ていたことだったから、別に気にしない。
オセはそんなやり取りを見て、ハハハと笑っていた。
漫才でも見るように。
「いいわねぇ、そんな会話が出来るなんて」
「両肩で会話を聞いてる俺の身にもなってくれ」
プラムはまだいいが、シトネは音量がでかい。
耳に必要以上の音をプレゼントしてくれる有難迷惑な猫なんだぞ?
「いいじゃない!それが仲間ってものよ!」
ほう・・・
72柱からそんな言葉が聞けると思ってもいなかった。
だから、好奇心で俺は聞いてみる。
「オセって仲間は他にいるのか?」
72柱は基本、社会から疎外されて生きている。
本来はこの世界の強大な力は、悪魔社会の外に向けられるべきものだからだ。
それに、力のある悪魔は個人的な願いを持つようになる。
望もうと、望まないも。
そういう性質なのだ。
そして、今まで出会った72柱の悪魔はなんというか・・・仲間に飢えていた。
関係性に飢えていた。
それを見て、人間と大して変わらないと俺は思った。
力を持つと、悪魔は人間の性質を宿してしまうのか?
スティーラの主張では、悪魔は本質的に強暴らしい。
力を得ると、本質に近付く?
それとも・・・
「いないわね」
俺が考えている間に、彼女は簡潔にそう言った。
一切見栄を張ることなく。
「だからね、時々この街の蚤の市に行ってたのよ。上等な魔剣をチラつかせれば、強い奴は簡単に気が付く。あたしは対等に話せる悪魔が欲しかったからね。でも、そうやって近付いた悪魔はみんなあたしとは違う考え方だった。お兄さんなら分かるでしょ?」
「分かるよ。俺だけじゃなくて、ここにいるみんなも多少は分かると思うよ」
俺は結構普通の悪魔を見てきた。
それで思ったことは、みんなゲームのNPCぽいってことだ。
街で見る大衆は活気があったが、個人個人で見ていくと分かる。
何とも言えない違和感がそこにはあるのだ。
「そんなある日、お兄さんたちが偶然あたしの前に来てね、話しかけてくれたのよ。その時あっ!と思ったわ。まともな会話が出来るんだ、ってね」
「そうだな、最初に会ったのが蚤の市だったもんな」
「あたしは気になって、ルシファーとの契約をすっぽかしてお兄さんを追ったわ。そして揺れ動かされた。強い目的を持って動いてるお兄さんを見て、あたしも自分のやりたいことをやろうと思ったのよ。契約で小物みたいに自分の欲求を満たしているのが嫌になったの」
「だからか・・・魔王に成り代わったのは」
「そうよ。あたしがこうなったのはお兄さんのおかげなのよ・・・ある意味ではね」
彼女は、キラキラとした明るい雰囲気でそう話した。
如何にも人間らしい態度で。
「だから仲間はお兄さんってことになるんじゃないかしらね?」
「仲間だろ。じゃなかったら、こんなに信用してないって」
「・・・ふぅん」
オセは目つきを変える。
その目はプラムを見ていた類のものだった。
違うのは、そこに飛びっきりの笑顔があることだけ。
「お兄さん、やっぱりあたしが気に入っただけのことはあるわ」
「でしょう?」
俺じゃなくプラムが返答した。
俺が何かを言う前に、それを阻止する形で。
「ま、とりあえず貴重な時間をこんなあたしの話で割くことはないわ」
オセが軽く俺の体を押して、転移の陣へ移動させる。
「行きなさいよ」
「・・・分かった」
魔石のエネルギーを転移の陣へ流す。
すると、見慣れた赤い光が俺の足元からやってきた。
1人と2匹がどんどん赤い光へ飲まれていく。
その様子を、ずっと黙ってオセは見ていた。
何も語ることなく。
そこに親しみがないわけじゃない。
語らないから冷淡というわけでもない。
語らなくても分かることはある。
彼女は、間違いなく俺達の味方だ。
そう俺は確信した。
そうして俺達は、赤い光の中に消えていった。




