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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第9.5章 父祖の辺獄と地獄篇 プライド領プライド塔
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135話 準備のために

 ラースの空中要塞では、脱出用の転移の陣が2か所に設置されていた。

 密閉した空間内で、退路を作らない構造の建物は存在しないのじゃないだろうか?


 危機があれば逃げるのは当然。

 なら、ここプライド塔にもそんな場所が存在することはすぐに分かる。


 なんせ魔王がいる塔なのだ。

 魔物の襲来に備えて、脱出用の何かを作っているに決まっている。

 そう俺が考えていることをオセに言うと、ケラケラ笑ってその場所に案内してくれた。


 「これが脱出用の陣よ」


 目の前に描かれた大きな転移の陣を見ながら、プラムがそう言った。

 隠し部屋の奥。

 そこに堂々と存在している陣は、最近使った形跡が残されている。

 多分、彼女達が使ったんだろう。

 この大魔石が置かれている塔の真正面から、プラムが出ていくとも思えないし。


 「行先は?」

 「ラースの転移回廊か、プライド街から少し離れた林の中に繋がってるわ。私は貴方を待ってる1年間、ここを使って出かけてたわね」

 「魔物は・・・いないか」


 プライド領だもんな。

 この領土は基本的に魔物の数が少ない。

 俺がこの世界から離れていた1年間で、恐らく魔物も周囲に分散しているだろう。

 今頃は俺目掛けて再度進行中と言った感じか。


 「ただ、エンヴィー領に囚われているベルゼブブを助けるには、それなりの装備は必要よ」

 「・・・魔石なんかは全部使いきっちゃってるな」


 魔石は時間を置けば、再度使えるようになる。

 ただ、消費したエネルギーが大きいと、最大で数年間は使えない。

 俺が使用した3つの魔石は、まだ十全に使える状態ではなかった。


 「だから、いったん私の里に戻るわ」

 「まあ、やっぱりそうなるよな」


 魔石を保有している場所は限られている。

 そこらへんに使える魔石が落ちている訳でもないから、どこかの誰かから提供してもらわなければいけない。

 で、基本的に魔石をあげるようなバカは基本、この世界にいない。

 だから、プラムの味方がいる場所でしか俺達は準備を整えられないのだ。


 俺が大魔石に触れる前の1年前。

 プライド領に侵入する装備、そして手筈を整えてくれたプラムの仲間が、その里にいる。

 偽装能力を持った吸血鬼のリンドロ・・・ソイツの手配も、里にいる連中がしてくれたのだ。

 ある意味で俺の恩人達と言える。


 「オセは行かないのか?」

 「行ける訳ないでしょ!魔王にすり替わってんのよ?ここを離れる訳にはいかないんじゃない?」


 おっしゃる通りだ。

 オセは魔王。

 もうそう考えた方がいいか。


 「安心しなさいよ。ここを離れてもあんた達のサポートはしてあげるから」

 「それはだいぶありがたいよ」


 俺には元々味方が殆どいなかったのだ。

 神の気まぐれか何かは知らないが、最初はマリアさん達が俺に味方してくれた。

 その助けもなくなった今、悪魔との繋がりが出来ることは純粋に嬉しい。


 「アンデールが複製(トレース)で作った予備の重火器は殆どここに置かれてる。好きなの取ってっていいわよ。て言っても、人間のお兄さんしか銃なんて使えないでしょうけど」

 「うーん、慣れれば強力な武器なんだけどな」

 「慣れればね。でも、あたし達には何百年も使ってきた能力という武器がある。下手に新しいものを使うより、使い慣れた物の方がいいわ」

 「でも、魔王連中は銃を使えるように訓練してるんだろ?」

 「現世に行くからよ、それは。地獄でそんなものは使わない方がいい。少なくとも、ここの世界の住人はね」


 そういう考え方か・・・

 まあ、素で元々強い奴らだ。

 俺がこれを必要とするのは、俺がまだまだ弱いからだ。

 もっと強くなくちゃな・・・


 オセの言葉に従って俺は武器庫の方へ行く。

 何百種類もある現世の武器から、迷わずに俺の使うべき武器をピックアップ。

 弾も取ってきて、すぐにオセのいる場所に戻ってくる。


 「何の銃なの、これは?」


 オセが興味津々で俺が選んだ銃を覗き込んでくる。


 「これはデザートイーグルって言って、そうだな・・・大型の獣を殺す用の銃だよ」


 デザートイーグルは本来人間を殺すにはオーバースペックな自動拳銃だ。

 何故かと言えば、それは威力が高すぎるから。


 銃っていうのは本来、人体の内臓部分を損傷させることによって、ダメージ効果を得る目的で作られている。

 周囲の肉を爆散させるまでに威力を昇華させても、人間相手ではあまりメリットが得られない。

 だから、これは人間以外の殺傷で使われるのが正解だ。


 今回の場合は、魔物に使おうと思っている。

 魔物はダメージに対する耐久力が半端じゃない。

 魔物の重要器官を粉々に破壊するまで攻撃するか、工夫して倒すかしないと殺せない。

 だから、これが役にたつ。


 遠距離から正確に、高威力の物体を当てる。

 安全に、手間なく魔物を殺せるって訳だ。


 「ここらに銃はたくさん置いてあるけど、正直使い方とかよく分からないから、何が何だかサッパリなのよね~」

 「じゃあ、どの銃も同じに見えただろ?」

 「そうなのよ!試しに引き金を引いても何も起きないし」

 「弾、ちゃんと入れたのか?」

 「弾なんているの?」


 ラースの魔王は何もそこらへん教えてないのか・・・

 いや、オセがルシファーに成り代わる前に、そこら辺の説明はすでに済ましていたのか?


 「銃はどれも弾を装填しないと使えないぞ?」

 「ふぅん、メンドクサイのね」

 「でも、弾さえあれば何発でも打てる」

 「能力も、エネルギーさえあれば幾つでも使えるわよ」


 手のひらに魔石を転がして、オセはそう言った。

 まあ、どちらが有効な攻撃手段かは、ケースバイケースだろう。

 状況によって、有利不利は常に変わる。

 要は、攻撃を実際に行う当事者次第だな。


 「それじゃあ、そろそろ行くわよ」


 俺の肩に乗るプラムが催促してくる。


 「一応病み上がりなんだけどな、俺」

 「だったら尚更早く里に行かないとね」

 「・・・マジでか」


 俺が何を言おうと、もう移動することは確定みたいだ。

 もう1日ぐらい、ここで休ませてもらいたかったが、仕方ない。


 「それに、早くしないとエンヴィー領で捕まっているベルゼブブが処刑されるわよ」

 「・・・タイムリミットって分かるか?」

 「魔王からの伝令によると、丁度2週間後よ」


 ・・・俺の起きるタイミングは絶妙だったみたいだ。

 ベルゼブブが助けられなくても、今回俺達に痛手はない。

 けど、このタイミングで俺が起きたこと・・・それは偶然じゃないような気がした。


 「本来この転移の陣は2か所にしか繋がっていなかったけど、シトネが里に繋がるように改造を施してあるわ」

 「直接か?」

 「それは危険だから、少し離れた幻惑の森の中に設置してるわね」


 相変わらず用心深い。

 幻惑の森なら、あそこの歩き方を知らない限り、里に着くことはないだろう。


 「じゃあ、すぐにでも行くんだな」

 「ええ」


 後ろから咄嗟にオセが何かを投げてくる。

 綺麗な半円を描いて俺の手に収まったソレは、比較的上等な魔石だった。


 「それで転移出来るでしょ?」

 「悪いな」

 「いいのよ、魔王になってから腐る程魔石を余らしてるし」


 ああ、そうか。

 俺が最初に大魔石を触れてから、地獄にあるあらかたの魔石は魔王連中に徴収されたんだっけか。

 おかげでもう魔石は簡単に手に入らなくなった。

 ただでさえ元々手に入りにくかったのにだ。


 「んじゃ、遠慮なく使わせてもらうよ」

 「ちょ!待ってくださいよぉ!!!」


 隠し部屋の出口の方から、シトネが全速力で走ってくる。

 猫だから速い速い。

 俺の足元まで駆けると、そのまま俺の肩にジャンプしてチョコンと乗った。


 「何でわたしを置いてこうとするんですか!」

 「いつまでも部屋の隅っこで落ち込んでるからよ」

 「ええー!酷い!」


 プラムの容赦ない言葉に、不満の声を荒げるシトネ。

 本当に元気な猫だな・・・


 「人間さんも人間さんで何とか言ってくださいよ!!」

 「ごめん、お前のこと忘れてた」


 これは素だ。


 「酷い!!1年間も人間さんの尻ぬぐいをしてきたのに!」

 「尻拭いって・・・」


 いや、俺がミスして毒の餌食になったのは認めざる負えないか。


 「貴方の尻拭いは、私がしてあげてたわね?」

 「いっ!それは・・・ですねぇ・・・」


 プラムがシトネの弱みを握っているせいで、また彼女の勢いがなくなっていく。

 俺もシトネがプラムに何をやらかしたのか気になるな。


 「まあ、それはどうでもいいことよ」

 「どうでもよくないですよぉ!!」

 「あら?どうでもよくないの?」

 「うっ・・・」


 秘密をバラしてやろうか?みたいな悪意が俺にも伝わってきた。

 プラムは雰囲気で他者を脅すことに長けてる。

 俺だってその餌食になった1人だ。

 それに、猫は表情が作れないから、自然とポーカーフェイスになる。

 状況が状況だと、それが恐ろしく見えることだってある。


 「分かりましたよぉ・・・」


 シトネは結局プラムに丸め込まれてしまった。

 最初から予想出来ていたことだったから、別に気にしない。

 オセはそんなやり取りを見て、ハハハと笑っていた。

 漫才でも見るように。


 「いいわねぇ、そんな会話が出来るなんて」

 「両肩で会話を聞いてる俺の身にもなってくれ」


 プラムはまだいいが、シトネは音量がでかい。

 耳に必要以上の音をプレゼントしてくれる有難迷惑な猫なんだぞ?


 「いいじゃない!それが仲間ってものよ!」


 ほう・・・

 72柱からそんな言葉が聞けると思ってもいなかった。

 だから、好奇心で俺は聞いてみる。


 「オセって仲間は他にいるのか?」


 72柱は基本、社会から疎外されて生きている。

 本来はこの世界の強大な力は、悪魔社会の外に向けられるべきものだからだ。


 それに、力のある悪魔は個人的な願いを持つようになる。

 望もうと、望まないも。

 そういう性質なのだ。


 そして、今まで出会った72柱の悪魔はなんというか・・・仲間に飢えていた。

 関係性に飢えていた。

 それを見て、人間と大して変わらないと俺は思った。


 力を持つと、悪魔は人間の性質を宿してしまうのか?

 スティーラの主張では、悪魔は本質的に強暴らしい。

 力を得ると、本質に近付く?

 それとも・・・


 「いないわね」


 俺が考えている間に、彼女は簡潔にそう言った。

 一切見栄を張ることなく。


 「だからね、時々この街の蚤の市に行ってたのよ。上等な魔剣をチラつかせれば、強い奴は簡単に気が付く。あたしは対等に話せる悪魔が欲しかったからね。でも、そうやって近付いた悪魔はみんなあたしとは違う考え方だった。お兄さんなら分かるでしょ?」

 「分かるよ。俺だけじゃなくて、ここにいるみんなも多少は分かると思うよ」


 俺は結構普通の悪魔を見てきた。

 それで思ったことは、みんなゲームのNPCぽいってことだ。

 街で見る大衆は活気があったが、個人個人で見ていくと分かる。

 何とも言えない違和感がそこにはあるのだ。


 「そんなある日、お兄さんたちが偶然あたしの前に来てね、話しかけてくれたのよ。その時あっ!と思ったわ。まともな会話が出来るんだ、ってね」

 「そうだな、最初に会ったのが蚤の市だったもんな」

 「あたしは気になって、ルシファーとの契約をすっぽかしてお兄さんを追ったわ。そして揺れ動かされた。強い目的を持って動いてるお兄さんを見て、あたしも自分のやりたいことをやろうと思ったのよ。契約で小物みたいに自分の欲求を満たしているのが嫌になったの」

 「だからか・・・魔王に成り代わったのは」

 「そうよ。あたしがこうなったのはお兄さんのおかげなのよ・・・ある意味ではね」


 彼女は、キラキラとした明るい雰囲気でそう話した。

 如何にも人間らしい態度で。


 「だから仲間はお兄さんってことになるんじゃないかしらね?」

 「仲間だろ。じゃなかったら、こんなに信用してないって」

 「・・・ふぅん」


 オセは目つきを変える。

 その目はプラムを見ていた類のものだった。

 違うのは、そこに飛びっきりの笑顔があることだけ。


 「お兄さん、やっぱりあたしが気に入っただけのことはあるわ」

 「でしょう?」


 俺じゃなくプラムが返答した。

 俺が何かを言う前に、それを阻止する形で。


 「ま、とりあえず貴重な時間をこんなあたしの話で割くことはないわ」


 オセが軽く俺の体を押して、転移の陣へ移動させる。


 「行きなさいよ」

 「・・・分かった」


 魔石のエネルギーを転移の陣へ流す。

 すると、見慣れた赤い光が俺の足元からやってきた。


 1人と2匹がどんどん赤い光へ飲まれていく。

 その様子を、ずっと黙ってオセは見ていた。

 何も語ることなく。


 そこに親しみがないわけじゃない。

 語らないから冷淡というわけでもない。


 語らなくても分かることはある。

 彼女は、間違いなく俺達の味方だ。

 そう俺は確信した。


 そうして俺達は、赤い光の中に消えていった。

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