131話 星の見渡せる家
ちょっとの間、俺達は星を見続けた。
どのくらいの時間かは正確には分からないが、そんなに長くなかったと思う。
外の世界ではプラムが俺を待ってる。
あんまり悠長にはしていられない。
それは分かってるつもりなんだが・・・
隣の彼女と一緒にいると、もっとここに居たいと思ってしまう。
大して親しくもない筈なのに、何でだろう・・・
「スティーラはさ、何でいつも俺の前に現れて色んなことを教えてくれるんだ?」
「以前にも言ったでしょう?貴方と言う魂の案内役だと」
「そういう言い方だったからさ、最初地獄にもたくさん人間がいるかと思ったんだ。けど、1人もいなかったぞ」
「いえ、ちゃんと人間は地獄に落ちていますよ」
「・・・1人も会わなかったんだけど」
「人間以外となら、たくさん会ったのではありませんか」
・・・そのとおり。
けど、俺の疑問を解く発言ではない。
俺そう思ったのを顔で理解したのか、スティーラは話を続ける。
「さっきの話でアニマについて教えてくれたけど、察するにそれは魂とか命ってことなんだろ?」
「流石です。貴方はよく物を忘れますけど、理解力はいいですものね」
スティーラの姿がパッと消えた。
何の前触れもなしに。
「うお!?」
「フフフッ」
直後、俺のすぐ隣に突然現れた。
いつの間にか俺の座っているイスがソファーになっている。
2人分座ることの出来るスペースがあるタイプだ。
俺が何かを言う前に、彼女が肩を密着させてきた。
「またかよ」
「今度は自重します。前回は貴方が戸惑っていましたし」
「それでも近すぎだろ」
「このぐらいは我慢してください」
我慢って言うかさ・・・
色々な我慢って言うかさ・・・
「いや、恥ずかしいからさ」
少し彼女と間を空ける。
・・・名残惜しいけど。
「・・・仕方ないですね」
彼女はしぶしぶ俺を追うことはしなかった。
これでいいんだよ、多分。
「人間や悪魔が、今の世界に愛と言う素晴らしい感情を残しているという事実は、天使をも感動させているというのに」
「でも、それがお前と俺の間に起こるとは限らない」
「いえ、最早既成事実にまで進展していますが?」
「それは嘘だ。たった3回の出会いで既成事実を作れるような関係はありえない・・・とは言えないか」
世の中の人間には、出会った瞬間にくっついちゃう者達もいるみたいだし。
他にも金とか利害関係があったりすると、結構複雑化しちゃうか。
「でも、ありえない」
「ありえないはありえません」
「それは俺個人も同意するけど、それでも今の関係に既成事実はない」
「それは今だけですよ」
「・・・どういう意味さ」
「・・・さあ?」
珍しくニヤニヤしながら彼女はそう答えた。
俺の目線ではいじわるに見える。
「やっぱり面白いですね、貴方は」
「会う度になんか態度が砕けてないか?」
「会う度に貴方が、私の知っている貴方になっていくからですよ」
「前にも言ってたなぁ・・・どういう意味かさっぱりだけど」
「忘れた部分の多い記憶の中身は、自身の試練で取り戻すべきものです。それまでお預けということですよ」
試練か。
俺の記憶は試練によって、取り戻されるという。
試練は門から授けられ、その時に必要となるのが記憶・・・だったっけか?
「結局門の試練ってなんだよ」
「あら、おう気付いてるかと思いましたが?」
「へ?」
なんのこっちゃ?
「門の試練をクリアすると、自分の記憶が戻ってくると私は言いましたね。その記憶はしっかり大魔石に触れる度に貴方へ戻っているし、膨大なアニマ・・・魂によって、欠けたその身を補完出来ている訳です」
「大魔石のエネルギーを手に入れることが試練?」
「もちろんです」
うわ・・・
何気なく試練をクリアしてた訳か。
ってことは・・・
「大魔石は後5つだから、後5回の試練ってことか」
「単純に考えればそうですね」
「単純じゃなかったらどうだっていうんだよ?」
「言えません」
・・・そのセリフに慣れてきている自分が怖いよ。
「でも、俺何かを思い出した感じはしないけどな。大魔石は2個目なのに」
「今までの貴方は記憶を失っていたのです。今の状態は、ただ単に思い出せないだけ。その2つの違い、分かりますか?」
「前者は思い出す余地がない?」
「正解です。ですから、ふとした瞬間に自身の考え方が違ってくるかもしれません」
記憶を取り戻したとして、考え方まで変わるもんなのか?
記憶に纏わる話には、不思議なことが多い。
脳については分かってることより分からないことのほうが多いくらいだ。
何が起こっても不思議じゃないか?
「この景色だって、貴方の心の中から映し出されたものです。これを見て、思うことはあるのでは?」
「・・・」
この夜空。
確かに、俺は少し特別に思ってる。
景色が綺麗だとか、そんなレベルじゃなくて。
何か、本当に大切なことがこの場所であった気がする。
こういう気持ちも、俺の変化と言えるんだろうか?
「・・・いつか、思い出せるといいな」
「試練を受け続ける限り、その願望への道は失われません」
「どっちみち、もう後には引けないんだよ。犠牲にしたものが大きすぎる」
等価交換。
何かを得るために、何かを差し出すという行為。
合理的で、冷たくて、でも、納得出来る考え方。
世の中の基本的なルールは、何かをあげたりもらったりが大半だ。
それも多分、人間の宿命ってやつだ。
逃れようのない事実の1つ。
「貴方はいつでもそうでしたね。ネガティブな思考でも、現状を打破する魅力に満ち溢れている」
「俺はそんないいもんじゃないぞ」
「第3者からの感想は素直に受け取っておくものですよ?」
「・・・参考程度にしておくよ」
あまり俺は他者から褒められたことがないんじゃないかなぁ・・・
素直にそういう言葉を受け取ることが出来ていないもの。
「さっきの話でも出てきましたが、アニマとは魂そのもの。貴方の本質はそのアニマから来るものです。もう少し、自分の命に従って私に好意的な反応を示してくれていいはず」
「・・・いいこと言ってると思ったけど、なんか急に話の方向がずれたな」
「私は最初からこの方向性で話していますが?」
おいおい、彼女、キャラ崩壊してないか?
最初のイメージとはだいぶ違っているぞ。
好意的な態度を示してくれるのはありがたいが、少し俺の方で話題を逸らすことにした。
「起源はさして重要ではないですよ?とか言ってたけどさ、何でこんな規模のでかい世界誕生の話をする気になったんだよ?」
話が露骨に切り替わったことを知って、彼女は嫌そうな顔をする。
が、俺の求めに応じて態度を切り替えてくれた。
「貴方は最初から説明しないと、納得しない人間ですからね」
「じゃあ最初から最後まで説明したらいいんじゃないか?」
「これも前に言いましたが、貴方の使命を導く為の手順があるんです」
「じゃあ、その使命って?」
「言えません」
弾みで言ってくれるかと思ったが、ガードが堅い。
前に言った質問の返答権も更新されていないようだった。
ふと、彼女が気を張った表情をする。
・・・何だろう?
「そろそろ、出ないとマズイですね」
「外の世界か?」
「ええ、伝えるべきことは伝えましたから良いとして、名残り惜しいですね」
俺もなんとなくそう思う。
まだたった3回会った仲だけど。
「以前、どのようにこの世界から抜け出たか覚えていますか?」
「前回と前々回はドアを作ったな」
「今回も作ってもらいます」
「・・・だろうな」
なんにだって終わりは来る。
楽しいことも、苦しいことも。
終わりがあるから始まるのだ。
スティーラがソファーから立ち上がる。
それに合わせて俺も腰を上げた。
「んで、どこにドアを作ればいい?」
「今回は・・・あそこですね」
彼女が指をさす。
そこには、半壊した1軒の家があった。
1階立ての家で、面積もさほど広くない。
1人で暮らす人向けって感じだ。
「行きましょう」
「分かった」
彼女の後をついていく。
ボロボロの家と距離が短くなるにつれて、あの家から懐かしい雰囲気が漂ってきた。
恐らくだが、俺、あの家を見たことがある?
俺が旅をしている頃に。
・・・旅?
なんで今、俺は旅をしていると思った?
いや、今の記憶は鮮明だった。
俺はかつて旅をしていたのか?
誰かと。
誰かと?
一緒にいた・・・気がする。
誰かは分からない。
けど、確実にいたはずだ。
ソイツと俺は、この家を見たのだ。
吹き曝しのこの家を。
後は何も思い出せなかった。
俺の前世の記憶なんだろうな。
俺は、現世で何をしていたのか?
少なくとも、一緒に旅が出来る仲間みたいな人はいたみたいだ。
俺がもし現世に帰ったら、知り合いに会えるかもしれない。
そう思うと、少し希望が見えてきた。
「ここですね」
家の傍までたどり着く。
家は半壊していたが、正面にある玄関口は無事だった。
目の前には木で出来たドアがある。
「では、いつもどおりに」
「いつもどおりって言うけど、まだ3回目だぞ?」
「そうでしたね」
俺の言うことに同意するが、自分の言ってることを否定していない感じがする。
不思議な言い方だった。
「やるぞ」
目を閉じる。
前回のように。
この世界が自分のものだという認識を持って。
想像力を持たない人間はいない。
本を読む時、人間は書かれている文字からその中身を想像して、楽しむ。
自分なりの解釈をしながら。
いわば、これは自分で書いた本を自分で読んでいるみたいなもんだ。
本質的に意味はない。
ただの自己満足だ。
だが、それこそが今、俺がここにいることの証明だった。
その証明を軸にして、もっと想像の可能性を広めていく。
我思う、ゆえに我あり。
自分はなぜここにあるのか、と考える事自体が自分が存在する証明になるということ。
どんな場所でも、俺は俺を考えることで俺であることを証明出来る。
だから、なんだって出来るのさ。
目を開くと、すぐ傍に木のドアがあった。
目を閉じる前と見た目は変わらない。
ドアの隙間から光が漏れているのと、小さくドアの真ん中に文字が書かれてあること以外は。
「casa?」
「イタリア語で家という意味です」
「なんで毎回イタリア語なんだよ?」
「・・・」
彼女は黙って答えてくれなかった。
言えませんではなく。
「まあいいや」
俺はすぐにドアを開ける。
外で待っている愛しい猫、もといパートナーのために。
「迷いがないですね」
「スティーラとはどうせ、また会えるだろ?」
少し彼女が笑った気がした。
「では、また」
「何年後かは分からないけどな」
「いつまでも待っていますよ」
・・・どこか別の場所で聞いたようなセリフだな。
「それじゃ!!」
「ええ」
俺はドアの向こうに消える。
振り返ることなく走って。
そうして俺は、光に飲み込まれた。




