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この世界でただ1人の人間の戦い  作者: 冒険好きな靴
第2章 地獄篇 ラース領辺境
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13話 悪魔の生活5~森の中~

 普通、森林地帯とはどんな場所だと考えるだろうか?


 木々が密集した、生き物が生息する土地。

 豊かな自然環境。

 資源の宝庫。

 新鮮な空気でマイナスイオンがどうたらこうたらの癒し空間。

 エトセトラ・・・エトセトラ・・・


 大概の人は、これらのことを第一印象として認識しているんじゃなかろうか?

 だが、俺の認識はどれも異なってる。

 もっと違うものだ。


 俺は記憶が無くなっているから、何でもかんでも新鮮な気持ちで望むことが出来ている。

 基礎知識として、基本的なことは頭の中に残ってはいるが、自分が生前覚えて来たことという自覚は無い。

 だから森に対して、新しい印象をすぐさま俺は抱くことになった。


 一言で言うと、森は怖い。

 怖いのだ。

 本能に直接働きかける恐怖を感じる。


 見知らぬ森というのは深みがある。

 普通の森の表層しか立ち寄らない一般人には分かるべくも無いことだが、その深みに一回でも気付くと分かってしまう。

 森は生きているんだと。

 

 より厳密に言うのなら、森には意思がある。

 しかも、普通の知性を有した生き物よりも、遥かに高い位置に存在している。

 人間なんて比べるまでもない。

 

 生き物を森が自分で生かしている自負があるかのように、堂々とそこに存在している。

 いや、実際に生かされているんだろう。

 人間は自然から独立して、あたかも自分自身の力で生きていると思い込んでいる。

 でも違う。

 人間は自然の力から提供された物を、加工して日々暮らしている。

 だが、提供される資源そのものが無かったら、人間はただ生きていくことすら困難になるのだ。

 人間だけではなく、全ての生き物がそうだ。

 そう、自然に生き物は生かされているも同然なのだ。

 その自然の象徴の1つが森であると言える。

 

 そして、森は栄養をいつでも必要としている。

 日の光、雨水、栄養豊かな死肉。

 森の中では植物達がそれらの栄養を弱肉強食と言わんばかりに奪い合っているのだ。


 当然そのままの状態なら、栄養が枯渇するだろう。

 だから、生き物が自然に生かされる代わりに森で死んで、体を提供するのだ。

 環境が生き物を養殖する天然の工場とでも言えばいいのだろうか。


 だが、それだけでは森の腹は満たされない。

 だから森の外部から来た獲物も標的に含まれる。

 そう。

 俺達だ。


 森は俺達が死体になることを望んでいる。

 だが、森はそんな自身の意思を狡猾にも隠している。

 もっと森の奥に誘い込み、俺達の体力を減らして他の生き物に殺されるのを待っているのだ。

 もしくは迷わせてそのまま力尽きるのを待っているのかもしれない。


 そんな、俺達を付け狙う視線のようなものがずっと感じられる。

 森の両腕に包まれた中で、俺はそのような感想を抱いた。


 森の意思に対抗するには、熟練の力と知恵が必要だ。

 だからしっかりとした足並みで固い土壌を歩くダゴラスさんは、見ていてとても頼りになる。

 俺なんかアレだ。

 森の中を歩くだけでもヨロヨロして何だか頼りない。

 こんなんで本当に俺は、ダゴラスさんを手伝って行けるのだろうか?

 そんなことを、森の奥へ2時間程歩いた段階でつらつらと思った。

 

 「ちょっと休憩しませんか?」

 「なんだ?もうへばったのか?」

 「いや、そういう訳では無いんですけど」


 とは言うものの、ちょっと疲れ気味だ。

 もちろんまだまだ体力は残っているけれども、このまま長時間歩き続けていけば俺はへばるだろう。

 天然の作り出す地形は、体力の消耗が平地と比べて激しくなる。

 足への負担も徐々に増して来るだろう。

 別に休憩は挟む必要はないが、休憩出来るのなら休憩したい。

 余力をできるだけ残しておきたいのだ。

 だが、ダゴラスさんが行くと判断すれば、俺は文句なく指示に従おう。

 

 「別にいいぞ。丁度ここが獲物を待つポイントだからな」

 「ここがポイントですか・・・」

 「そうだ。あそこのちょっと奥に樹皮の色が微妙に違う木があるだろ?」


 ダゴラスさんの視線の先を見てみると、確かに周りの木々とは違う色をした木がそびえ立っていた。

 周りが明るい茶色なのに対して、こちらはかなり白っぽい。

 まるで現世にあるシラカバの木みたいだ。

 ここにはそんな木が、所々に生えていた。


 「これを目当てにニ尾サルがこの時間帯に来るから、それを見張るんだよ」

 「その二尾サルってどうやって捕まえるんですか?」

 「ん?捕まえないぞ」

 「・・・やっぱり殺すんですか?」

 「そうだ。生かしておいても意味が無いからな。まあ悪趣味な人間みたいにペットにするんだったら別だがな」


 ・・・俺が殺すか捕獲するかを今まで直接聞かなかったのは、殺すんだろうなという確信があったからだ。

 その裏にはその確信は間違っていて欲しいという少しの願いがあった。

 それももちろん予想通りに打ち砕かれた訳だが。

 というか悪趣味な人間って・・・

 俺も一応人間なんすけど。


 「どうやって獲物を仕留めるんですか?」

 

 もう1回聞き直す。

 殺すか生かすかも聞いていなかったのに、仕留める方法なぞ知る由も無かった。

 俺が仕留める方法を聞くと、ダゴラスさんは薄く笑みを浮かべて言う。


 「お前さんの背負ってるリュックあるだろ?下ろして中身を見てみな」

 「・・・」


 指示通りにリュックを下ろして中身を見てみる。

 中には色々な物がバラバラに入っていたはずだ。

 非常食のチョコのようなもの、乾燥肉、飲料水の入った革袋、これまた革袋に入った酒、予備用ナイフ、包帯、ロープ、そして・・・袋に二重にして入れてある瓶が1つ。

 中には透明な液体が入っている。

 これは・・・


 「瓶があったろ?」

 「ええ」

 「それで仕留めるんだよ」

 「これって・・・毒ですか」

 「アタリ。即効性の毒だ」


 予想が当たった。

 毒か・・・

 毒・・・なんて言っても、どんな物なのかはよく分からない。

 現世での毒は、実に様々な種類がある。

 人工毒、植物性、あるいは動物性自然毒、鉱毒などなど。

 俺の知識じゃあ全部なんてとても把握出来無い。

 ましてや地獄の毒なんて分かるはずが無い。

 だからせめて、毒の効果ぐらいは知りたかった。


 「この毒って使うとどんな風になるんですか・・・」

 「即効で死ぬぞ。多分3秒で」

 「はやっ!」


 いくら即効性って言ったってそんなに早いのかよ!

 毒についての知識が全然足りてないな、俺。


 「この毒はな、ニ尾サルが好む匂いを出すんだよ。元々はサルを捕食する植物が自分で生成してた毒なんだがな、あんまりにもサルが釣れて乱獲されちゃうもんだから、その植物だけ悪魔が除去して少なくなってんだ。俺の元同僚のレイディって奴が譲ってくれたんだ。貴重だから大切に扱えよ?」

 

 元々植物の毒なのか・・・

 まあ、自然界の生き物が生成する毒を、人間側で利用するなんて珍しいことじゃないしな。

 現世では、毒を使って薬を作ってたぐらいだし。

 でも即効性の毒って・・・


 「普通、獲物を捕食するための毒って麻痺毒とかじゃないですか。なんで即効性・・・」


 そう。

 自然界では栄養は貴重なはずだ。

 何せ、野生の生き物がみんな欲して止まない物だ。

 だからそんな貴重な栄養源を、直ぐに殺して栄養にするなんてちょっとおかしかった。

 普通なら直ぐには殺さない。

 獲物を生かしたまま、ちょっとずつ齧り取っていくように栄養を吸収する。

 その方が、新鮮な栄養を長期間摂取することが出来るからだ。

 残酷だけど、生き延びる手段としては妥当だ。


 「現世ではそうなんだろうがな、地獄の下等生物と言えども舐めちゃあいけない。遅効性の毒や命の危険性が少ない麻痺毒じゃあすぐに抗体を作って逃げ出すんだよ。現世の生き物よりも遥かに体が強いんだ」

 「すぐに抗体を作るって・・・」


 無理だろ、と言いかけて止めた。

 何回も自分に言い聞かせるように言う。

 ここを現世の常識に照らし合わせちゃダメだ。

 ・・・いい加減慣れなきゃな。


 「んじゃあ疑問も解けたところで、作業に取り掛かりますかい。休憩はその後だな。悪いが」

 「いえ、全然ですよ。むしろやらせてください。何すればいいですか」

 「おお、いいねえ。それじゃあついて来い」


 そう言うとダゴラスさんは、俺の手から毒入りの瓶を取って、シラカバのような木に向かって歩き始めた。

 瓶を持った手の反対の手にはナイフを持って。

 俺もそれについていく。


 木のすぐ傍まで来たダゴラスさんは、袋から瓶を取り出し、瓶の入り口についていたコルクを抜いた。

 中からモアっとした匂いが漂ってくる。

 危険な匂いっぽい。

 その瓶を手馴れた感じで傾けて、あらかじめ用意していたナイフの刃の腹にあたる部分に毒を4滴ぐらい垂らした。

 その後、ナイフを上へ下へと傾けて毒を全体に伝わせていく。


 「まずはこうして適当にナイフに毒を伝わせるだろ。そうしたら木に塗りつける。場所は自分の胸あたりにある樹皮でいい。ナイフで塗りつけながら1周するんだ」


 言葉の通り、ダゴラスさんはナイフの腹を木に押し当てながら、太い木の周りを1周した。

 たった4滴でちゃんと塗りつけられてるのか?

 何か途中で切らしてるような気がする。

 でも本人はいたって真面目な顔でそのまま木に塗りつけている。

 ただの杞憂か?


 これを後、9箇所他の木に同じようにしてやるんだ。それだけだな」

 「・・・それだけですか?」


 なんか拍子抜けした。

 簡単じゃないか。

 もっと難しいことの補助をするのかと思ってた。

 最悪肉弾戦も覚悟してたのに・・・


 「だから舐めるなって。この作業、簡単に見えるが実は危険だ。一滴でも肌の出てる所についたらまずいからな」

 「あっ、即効性の毒なんでしたっけ」

 「そうだ。皮膚からでもちゃんと浸透するんだから気を付けろよ。死にはしないが付着したら大変だぞ?目に入ったら失明ものだ」

 「すいません・・・気を付けます。」

 

 これは俺が生意気だったなと思って謝る。

 そうして謝ったらダゴラスさんに怪訝な顔をした。

 あれ?謝り方間違えたか。


 「別に誤らなくてもいいぞ。堅苦しくしようって訳じゃあ無いんだからな。敬語なんて使わなくてもいいくらいなのに」


 逆だった。

 優しいなあダゴラスさんは。

 ますます好感度アップしてしまうじゃないか。

 でも、明らかに年上っぽいんだから敬語は使っておくべきなんじゃないかと思うんだ。


 「まあいいか・・・お前さんがその作業をしてる間に俺はやることがあるんでな。後はよろしく頼むわ!」

 

 そう言って瓶とナイフを渡された俺は、1人残されてしまった。

 ダゴラスさんは、俺の目の届くギリギリの場所に行ったかと思うと、座り込んで何かをし始めてしまった。

 何をしているんだろうか?

 多分自分のやるべきことをやっているんだろう。

 ・・・とりあえず、俺も自分のやるべきことをやってからか。

 

 1本はダゴラスさんが手本にとやってくれたので、残り9本。

 俺はすぐ近くにあったもう1本の白い木に向かい、先ほどの手本と同じように毒をナイフに4滴かけてみる。

 おぼつかない手つきでナイフと毒の入った瓶を扱っていく。

 すると・・・


 やべ。

 1滴ミスってこぼしてしまった。

 やってしまった・・・

 やばい、いきなりこれかよ。

 落ちた1滴の毒が、地面に生えていた雑草に付いてしまった。

 俺は不器用でもあったようだ。

 ああ・・・貴重な毒の一滴が・・・

 あらかじめ注意を受けてたのに。

 うなだれて下を見てみる。

 

 げっ!

 見ると、毒の付着した箇所から雑草が毒々しい色になっていた。

 枯れるでも無く、溶けるでも無く、ただただ毒々しい色に染まっていく。

 それも一瞬で。

 毒を塗った白い木を見ても、これといった変化は見られない。

 同じ植物でこれだけの違い。

 毒によっては、植物同士であっても毒性が大きく異なるんだろうか?

 

 植物は聞いたことがないが、現世の動物なら聞いたことがあるような気がする。

 例えばコーヒーなんかに含まれているカフェイン。

 眠気覚ましとかでよく知られている。

 人は日常的にカフェインを摂取しているが、他の動物にとっては猛毒みたいな成分なんだとか。

 それと同じような事なんだろうか。

 毒で禍々しく変色した植物を見て俺はそう思った。


 失敗したものは仕方ない。

 次に失敗しないようにすればいい。

 単純で都合のいい考え方だが、これが一番上達する考え方だと思う。

 

 次は失敗しないようにと慎重にナイフに毒を垂らす。

 ・・・よし。うまくいった。

 その後はナイフを傾けて、毒を伝わせてっと。

 

 ナイフには柄のようなものは無いので、手にかからないように注意深く行っていく。

 手袋しているから大丈夫だとは思うけど。

 念には念を入れてな。


 その工程を終えたら、木に素早く塗りつける。

 樹皮がザラザラで、何か塗りつけているような感覚が全然しない。

 でもまあその様子は手本を見せてもらった時から思っていたことなので、おそらく大丈夫だろう。

 

 1本が終わったらまた1本と、単純な作業を繰り返していく。

 やり始めて3本目で手順をスムーズに行うことができ、6本目で倍のスピードで出来るようになり、9本目を始める頃には殆どダゴラスさんの手本と同じような感じで終えることができた。


 いいね。

 単純で誰でも出来る作業だろうから、別に大したことは無いんだろうが。

 でも、こんな小さなことでもできるようになると嬉しいもんだ。


 ・・・


 よし、報告しよう。

 目線を遠くへ移す。

 そこには黒い大剣を横に置いた、人型の影が確認できる。

 俺はさっきから座り込んで、なにかをしているダゴラスさんのそばに近寄って、作業が終わったことを伝えた。

 

 「ダゴラスさん、作業終わりましたよ」

 「よし、終わったか。こっちもそろそろだな」


 よく見てみると、ダゴラスさんはとても綺麗とは言えない厚い紙のようなものに、赤いインクを使って奇妙な模様のようなものを書いていた。

 ・・・どこかで見た気がしないでもない。

 軽いデジャヴを覚える。

 どこだったっけ・・・


 ああ・・・

 映画館にあったあの銀色のドアだ!

 あのドアの端の四方に描かれていた奇妙な模様にそっくりなんだ。

 ところどころ細部に違いがある気がするが、全体から見た印象としてはあの模様にそっくりだ。

 一体何なんだろうか?


 「それって何を書いてるんですか?」

 「これ、何だと思う?お前さんは」

 「って言われても・・・」


 普通に分からないです。

 意地悪言わないでくださいよ・・・


 「分かんないか?確か俺達の獲物のノルマは教えたよな」

 「はい、全部で20頭」

 「どうやって持ち帰ると思う?」

 「・・・」


 ああ・・・俺ってバカだ。

 流されるままに準備して、作業して、そんな疑問も思い浮かばないなんて・・・

 獲物を狩ったら持ち帰るのは当たり前だ。

 放置なんてしておいたら、他の生き物に食われるか何かされるだろう。

 でも、そんな大量の獲物を一度に運ぶことは難しいだろう。


 「そんな時にな、悪魔の能力を使うのよ」

 「使うんですか!能力!」

 「そうだ」

 「でも使えないって・・・」

 

 言ってたよな?確か。

 

 「それは悪魔に対してだな。能力を使ったほうがいい状況ではバンバン使うさ。制限はもちろんあるけど」

 「でもそれって勝手に能力を使った場合と区別がつかないんじゃあ・・・」


 一つの疑問。

 昨日の夜に家族が悪魔について、説明してくれたことの意味がなくなってしまう。

 

 「いや、分かるんだよ」

 「どうやってですか?」

 「・・・こういうのはマリアが説明得意なんだけどなあ。まあ、現世で言うパソコンみたいなもんだ」

 「パソコン?」

 「そ、パソコンについてはあんまり知らないが、あれだろ。使った履歴みたいなのがアレには残るんだろ?」

 「確かに残りますね・・・」

 「昨日の夜、悪魔には精密探知機があるって例えしたな。その探知機は何の能力を使ったか、そしてどんな風に能力を使ったか分かる機能がついていると思えばいいさ」

 「・・・便利過ぎますね・・・それ」

 

 本当に便利すぎると思う。


 「んー・・・まあ厳密には違うんだがな。あんまりうまく説明出来んわ。軽く言っちまえば、悪魔みんなが現世の警察みたいなもん、ってことだな」


 警察か。

 自分やみんなで治安を守っていると言いたいんだろうか?


 「なんか、本当に説明してもらってばっかで申し訳ないです」

 「別にいいさ。何も覚えてないし、地獄についても何も知らないんだろ?」

  

 ・・・ホントにありがたいっす。


 「そんで話を戻すと、この紙はな、能力を使って発生する装置のような物だ」

 「何するんですか。これで」

 「さっきの疑問を解消するんだよ。これで」


 獲物を持ち帰る時の問題のことだろうか。

 

 「まあここからは俺の分野だから心配しなくていいさ。説明するより実際に見せたほうが早いからな。取り敢えず休憩しよう」


 そう言って、ダゴラスさんは俺に座るように促した。

 だから、俺もそれに甘えるように、木の根元に腰掛けた。

 


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