122話 悪魔の居住塔
リンドロの家に到着した後、数時間程休憩を取ることにした。
肝心な時に体力が消耗しているんじゃあ話にならない。
コンディションは十全に整えておくべきだ。
そんな理由でお邪魔した家は、ごく普通だった。
高い塔の一室。
長い長い階段の先。
マンションのように横へ並んだドア。
そのドアの1つを開けて室内に入ってみると、最初に思った感想がそれだった。
現世の室内と大して変わらない、平凡な内装。
護身用の武具が1つか2つ置いてある以外は、何も変なところはない。
そういえば、ダゴラスさん一家の家だって、そんなに変な個所は見当たらなかった。
今更何を意外に思ってるんだ?と自分で思ってしまった。
それはそれとして、シンプルなのは個人的に好印象だ。
無駄なものがないってことはいいことだ。
人によっては余裕がないと思われがちだが、俺からしてみれば知的な印象がある。
部屋の内装だけで、そこに住む住人の印象がガラリと変わるのだ。
「個室で休むか?」
室内に入るなり、リンドロがそう聞いてくる。
その提案はありがたい。
「お願い出来るか?」
「じゃあ、奥にドアがあるだろ?そこを使ってくれ」
指を指して案内されたその部屋は、ベット以外何もない簡素すぎる部屋だった。
まさに、寝るためだけの部屋って感じだ。
「しばらくそこで休んでるといい。何か必要な物はあるか?」
「特には」
「分かった」
俺の雰囲気を察したのか、彼はドアを閉めて退室する。
これで、俺1人と猫1匹だけの空間になった。
プラムが俺の肩からやっと降りて、今まで閉ざしていた口を開く。
「今の内に休憩なさい。ダファクルフが会議を開くまで、もう少し時間があるわ」
「言われなくてもそうするよ」
50キロも歩いてきたのだ。
足に負担がきている。
それなりにだるいし。
「いったん守護団メンバーの会議が始まったら、どのくらい時間がかかるんだ?」
「30分~1時間・・・と聞いているわ。内容によって、時間はまちまちみたいだけど」
「確実なことは何にも言えないよなぁ」
出来れば、確かな情報を手に入れるまで、ここで潜伏していたい気持ちはある。
だが、それだとリンドロがもたない。
彼はたった今も、能力を発動しっぱなしなのだから。
彼に能力発動のしわ寄せが来ないのは、魔石を使用しているから。
その魔石のエネルギーが切れたら、次は本人の負担だ。
残った魔石の分も含めて、タイムリミットは1日もないだろう。
本来、こうして休んでいる余裕はなかったりする。
けど、ちょこっと休む時間ならある。
そういう微妙な隙間の時間だ。
「プラム」
「何?」
「商店街のあの女いただろ?」
「いたわね」
その時お前は寝てただろ!とか思ったが、綺麗にスルーしておく。
猫にいちいち突っ込んでも、キリがないし。
「強そうじゃなかったか?」
「あら?目利きが出来るようになってきたわね」
少しだけ感心したように俺を見るプラム。
金色の瞳からは、全てを見透かす何かを感じる。
瞳に反射して映る、俺のことさえも。
「話してよかったのかな?」
「・・・どうでしょうね」
「やっぱ駄目だったか?」
「それは今後の行動次第よ」
「今後って?」
「何が味方で、何が敵なのか。この街は特に入り乱れる傾向があるから、分からないものよ」
その発言もよく分かんねぇよ。
もうちょっと単純な回答を期待してたんだが。
「でも、確かに色んな種族がいたな」
「それでも、悪魔に認められた数少ない知的種族なのよ。本来はもっとあそこにいるべき種族は多いはず」
「・・・お前も?」
「私には主人がいるもの。場所なんて、その方次第でコロコロ変わるわ」
「前にも聞いたような気がするんだけどさ、その主人って誰なんだ?」
「親しき仲にも礼儀ありって現世では言うんでしょ?今のはマナー違反だわ」
いやいや。
聞いて当然の質問だったろ。
1年間も一緒にいたんだぜ。
そのくらい、知っておくべきじゃないのか?
「でも、気になるんだよ。お前のご主人様に俺、1回も会ってないんだぞ」
「しつこいと、嫌われるわよ?」
「うっ・・・」
プラムに睨まれる。
体は小さいくせに、威圧感はでかいのだ。
何をしてくるのか、想像も出来ないプレッシャー。
何でそんな小さい体から出てくるのか、不思議でならないよ・・・
「それよりいいの?」
「何がさ?」
「会議まで後4時間。プライド塔まで30分もかからないわ。早く寝なさい」
「ああ、分かったよ」
彼女の言う通りだ。
疑問なら、やるべきことが終わった後にでも解消すればいい。
目の前に大事があるのだ。
それに集中すべきだろう。
荷物を全て壁に立てかけておく。
特別に、魔剣だけはすぐ近くに置いておく。
俺が寝るときにしているいつもの癖だ。
体が疲れているせいか、ベットに横になると不意に眠気が襲ってくる。
「久しぶりのベットだ・・・」
フワフワとしていて気持ちいい。
やっぱ疲れてたんだな、俺。
そのまま目を閉じると、俺の意識は真っ暗になった。
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「ぎょえっ!?」
ザクッと頬に痛みが急に走る。
目が覚めて頬を撫でると、少しだけ血が出ていた。
「起きた?」
「・・・痛いんだけど」
「私が呼びかけても起きなかったじゃないの」
そう言う彼女の爪は、少しだけ赤くなっている。
俺の頬をひっかいたんだろう。
乱暴な起こし方だ。
「そんなに俺、熟睡してたのか?」
「3度も私が呼びかけても起きなかったわね」
「そろそろ別の方法も試してくれないか?痛いの嫌なんだけど」
「嫌よ、めんどくさい。それに前々から言ってるじゃない。仏の顔も3度までって」
「それは現世の言葉だ。この世界じゃないだろ」
「お堅い思考は嫌いだわ」
なんだっけ?
スティーラにも映画館で同じことを言われてたっけ?
そんなに俺、頭硬いか?
「猫は頭柔らかすぎるだろ」
「結果的に、遅刻するよりはいいでしょ?」
「そうなんだけどさ」
結局文句は言えない。
彼女、フォローはしてくれるが少し厳しい。
文句の1つでも言いたくなるが、反論したところで完璧に返り討ちにあって終わるだけだ。
彼女に口では勝てないのだった。
「ふわぁ・・・」
欠伸が出た。
リラックスして寝れたな。
最近は屋外で寝ることもしばしばだ。
室内で睡眠を取れることのありがたさって言ったら・・・
この頬の痛みがなければ、もっとよかったな。
「出るぞ」
「ええ」
彼女がピョンと身軽に俺の肩に乗ってくる。
猫のしなやかさはいつ見ても見事だ。
俺もその身体能力にはしばしばお世話になったことがあるから、よく分かる。
かなり便利な体なのだ。
ドアを開けると、すぐそこにリンドロがいた。
飲み物を飲みながら、椅子に座って本を読んでいたようだ。
書いてあるルーン文字を読んでみると・・・悪魔賛美と書かれていた。
・・・なんか自己顕示欲のある奴が読みそうな本だな・・・
「もうそろそろ起こそうかと思っていたところだ」
俺が出てきたのを確認すると、彼は本をパタンと閉じた。
「どのくらい寝てたんだ?」
「3時間だな」
「そっか」
少ないが、寝ないよりは全然マシだ。
後々こういうことが響いてくる。
そんな経験が俺にも結構あった。
睡眠はマジで重要な準備の1つなのだ。。
「装備品の支度は?」
「元々準備してあるから大丈夫だ」
「なら、すぐにでも行けるな」
「もう少しで出なきゃ、もう予定の時刻に間に合わないもんな」
遅刻はヤバイ。
潜入出来るベストタイミングを逃したくはない。
「確認しておくが、俺が案内するのはプライド塔、防壁前でいいんだな」
「いいよ。あんたが去ったのを確認してから行動に移すから、巻き込むことはないと思う」
「なら、いいんだ」
協力するとは言っても、巻き込まれたくないらしい。
そういう気持ちは分からないでもない。
プラムは気に入らないようだったが、俺はそういうのもいいと思う。
自己保身と言うと聞こえが悪いが、これも大切なことの1つだ。
自分が死んでしまったら、元もこうもない。
相手よりまず、自分を優先すること。
これが本来正しい生き残り方なのだから。
「潜入はどういう方法で?」
「それは・・・説明しずらいし、しない方がいいと思う」
「・・・分かった。何も聞かないよ」
それがいいと思うよ。
自分が巻き込まれたくないのであれば。
「今の内に荷物を装備しておいた方がいいんじゃないのか?」
「そうするよ」
部屋に戻って、リュックを開ける。
ここからはもう食料品などは邪魔になる。
邪魔な物はここに置いておいていいらしいので、遠慮せずに置いていく。
「必要なのは・・・魔剣、ナイフ、魔石、転移の媒体紙・・・」
必要な物を取り出して、後はリュックごとベットのそばに置いておく。
リンドロには悪いが、仕方ないことだろう。
食料の中には希少な魔物の肉類も干し肉の形で加工して入っている。
それで手打ちと思えば、まあきは軽くなる。
「こんなもんか」
傍目にはマントで隠れて見えないが、荷物自体はそれなりにある。
腰に付けるタイプの頑丈なバックパックを装着しているから、そんなには目立たない。
戦闘中でも簡単にナイフや治療キットが取り出せる構造であるこのバックパックは、この1年間結構愛用している。
それにめいいっぱい必要な物は詰め込んだ。
これで不備はないはず。
「おまたせ」
部屋から出ると、彼も支度の準備が整ったみたいだった。
お互いいつでも外に出られるな。
「じゃ、行きますか」
「そうしよう」
こうして俺達は部屋から出て行く。
部屋から居住塔の入り口にかけて、何人かの悪魔にバッタリ出会ったが、お互い挨拶だけしてすれ違った。
その際警戒心をむき出しにしてしまったが、リンドロがフォローしてくれたおかげで助かった。
悪魔に出会うと警戒する癖・・・直した方がいいのかどうか、正直分からないな。
でも、本当にリンドロの能力は便利だ。
街の潜入にこれほど違和感なく潜り込めるなんて、俺も素直に感心するばかりだ。
市街地に戻ると、相変わらず悪魔達が大勢ワラワラしていた。
歩行者がこれほど多いくせに、これだけスムーズに流れるように歩くことが出来るのにも感心する。
やっぱり街には新鮮な要素が多いな。
新しい発見が満ち満ちている。
「こっちだ」
リンドロに連れられて、プライド塔方面へと歩き出す。
道の途中で、塔の根元部分に商品を並べている商店街みたいな所があったが、数時間前に会った緑色の髪の女のことを思い出して、立ち止まることはしなかった。
どうにも俺は好奇心に弱いみたいだ。
しっかりしないとな。
どんどん進んでいくと、剣をぶら下げた悪魔の数が多くなってきていた。
街の雰囲気に馴染んでいるが、他人の意思を直接感じられるようになった俺にはよく分かる。
ちょこっとだけ警戒心が混じっているのを。
つまり、その悪魔達はプライド守護団で、今は仕事中ってわけだ。
そんな警戒心をスルスルとすり抜けて、どんどん奥へ。
すると、今度は建造物自体が少なくなってきた。
建物の高さは奥に進むほど高くなり、逆にその数は減っていく。
外から遠目で見ると、山のように見えるはずだ。
その中心部。
この街で1番高い塔である、プライド塔。
それを守る防壁の前に俺らはたどり着いた。
この街は他の街の例に漏れず、魔王の居住地には巨大な壁がグルリと一周するように建てられている。
ラースの時は、結界が3重にも展開する超厳重な守りだったが、プライド塔はそんなでもない。
あっったとしても、そんな同時展開するようなことはしてこないと事前にプラムが言っていた。
彼女の言うことには、隠し事が多い。
だが、間違ったことは今まで1つもない。
情報が極めて正確なのだ。
だから、今回も大丈夫だと思う。
ここまで来ると、一般の悪魔は殆どいない。
訳アリな悪魔や、他種族、警備にあたっている悪魔しかいなくなっている。
これじゃあ目立つな。
俺達が歩いてたどり着いた位置は、防壁の巨大な正門から離れた場所。
入り口もなく、ただ高い壁が俺達を見下ろしてた。
高さは街の外壁よりも少し小さめだが、堅牢さではこっちの方が上っぽい。
ここから侵入する奴はいないと思っているのか、警備の悪魔はいなかった。
それでも、やがてはここまでやってくるだろう。
手早くことを進ませなければならない。
「俺はここまでだが・・・いつ、能力を解除したらいいんだ。早くしないと、警備団に見つかるぞ」
「今、ここで解除してくれ。同時にあんたはここから逃げてくれればいい」
「分かった」
リンドロが即座に俺達へ手を向ける。
エネルギーが流れてきて、それは俺達を包んでいた柔らかい結界をボロボロと崩していく。
リンドロの能力が今、崩壊した。
同時に、気配がダダ漏れになる。
ダファクルフや副団長達はいきなり現れた気配に気付いただろう。
「じゃあ、魔王に会えるように頑張れよ」
「ああ、ありがとう」
そう言って、彼は誰もいない方向へ走っていった。
これで、後はここから防壁内部へ入るだけだ。
「準備はいい?」
プラムが俺に問いかけてくる。
引き返せない地点。
今なら、まだ間に合うだろう。
全力で逃げれば、街からは抜け出せる。
ポイントオブノーリターン。
1年前にも過ぎた道。
いい加減、死線は慣れた筈だ。
・・・俺の言う言葉は決まっていた。
「もちろん!」
宣言と共に、俺は自分の力を行使した。




