121話 プライド街
他者を識別する方法は様々だ。
顔の見た目、声、身長、服装などなど。
そのどれもが変更の出来る要素だ。
全て何かで誤魔化せる。
現世ではそれで誰かを十分騙せるだろう。
悪魔相手には一発でゲームオーバーだが。
悪魔を騙すには、まず自分の心を変えなくてはいけない。
別人のように。
それが出来るのは、長い時間をかけて、ゆっくり暗示をかけた者だけ。
残念ながら、俺には出来ない。
だが、出来る者が1人だけいた。
そもそも、悪魔相手に騙くらかすなんてことは無意味だ。
やる意味がない。
それをやるくらいなら、魔物や害獣相手に完璧に気配を消せる結界を張れた方がいい。
そっちの方が、よっぽど生産性がある。
だからこそ、リンドロはこれまで注目されててこなかったし、俺らに目をつけられた。
「よし、よろしく頼むよ」
「任せとけ」
翌朝。
まだ、月の赤い光が暗い周囲を照らす頃合い。
リンドロは俺達に能力をかけようとしていた。
服はとっくに着替え終えていて、マントに顔を隠せるフードがついたものだ。
流石に変装もしないで、街中に入るのは躊躇われる。
「痛くないよな?」
「姿が変わる訳ではない。お前達の印象が変わるだけだ。見かけの印象も、心の印象もな」
心の印象、ねぇ・・・
「いくぞ」
俺達に手をかざすリンドロ。
彼は、口を静かに開いた。
「変化のない変化」
結界が俺達を包む。
布のように、柔らかく。
それは全身を包むが、感触や阻害感は一切ない。
形状が安定していないのか、指の動きに合わせてグニャグニャ結界が折り曲がる。
こんな結界もあるのか・・・
「よし、こんなものか」
「終わったのか?」
「終わったよ。もう動いていいだろう」
普通に歩いてみる。
そんなに変化はなかった。
「これ、どんな能力を混ぜたんだ?」
「気配立ちの能力をドレインの能力で上手く加工するとこうなる。まず吸血鬼にしか出来ないだろう」
ドレイン。
吸血鬼の専売特許だ。
悪魔にも、極々少数だが使える者もいるというが・・・
「じゃあ、行くか」
「・・・」
猫は答えない。
今は猫だからだ。
だから、リンドロもただの猫だと思い込む。
「あっちの方向でいいんだよな?」
「そうだ」
森の中だから、イマイチ方向が分からない。
やっぱ案内役は不可欠だな。
俺1人じゃ迷ってるところだ。
「道のりは・・・50キロか。お前、よく歩いたよな?」
「いや、吸血鬼的にはそんなに遠くはない。身体能力が通常の生物と比べて高いからな」
そっか。
確かララも、吸血鬼に戻った時は身体能力が軒並み上がってたっけ。
「でも、俺は人間だからなぁ」
これを何とか軽くする方法はある。
けど、ここではもう1人悪魔がいるから使えないし、無暗に使いたくもない。
溜息をついて、大きなリュックを背負う。
相変わらず重くて、嫌になってくる。
俺が愚痴を言おうとすると、肩の方から威圧感。
見ると、猫の目がギラリと俺の方を向いていた。
目で説教してこないでほしいな・・・
---
とぼとぼ歩くことまた6時間。
プラムに何か言ってやりたいが、彼女の立場を考えて黙っていることにしていた。
結果、リンドロと話していたのだが、これまた彼も悪魔とは少し違う考え方の持ち主だった。
吸血鬼という種族の成り立ちは、ダゴラスさんが1年前に語ってくれたから、大体のことは知っている。
知っているからこそ、彼の話も面白かった。
基本的な考え方としては、ララと同じ種族の誇りというやつが根底にある。
吸血鬼は1度暴走して、絶滅しかけた種族だ。
その中で、正気を保って状況を改善した先祖に、多大な尊敬の念を抱いている。
それを手助けしてくれたマリアさんに感謝していると。
プライド領内で、悪魔と共存出来る計らいをしたのもマリアさんだ。
今の生活は、マリアさんの賜物。
そんなことを言っていた。
聞いてて思ったことは、コイツ、マリアさんリスペクトなんだなってことだ。
まるで神様みたいに話している姿が印象的だった。
多分、彼に周りの悪魔にもこの感情はばれてるだろう。
だって、彼に隠す気なんてないだろうから。
「見えてきたな」
「やっとだ・・・」
プライド街の象徴。
あの街の中で、1番高い建造物である、プライド塔の先端部分が見えた。
そこには遠目からでも分かる程、光り輝く1つの物体がある。
「大魔石はまだ健在なんだな」
「当たり前だ。これがなかったら、街は大パニックだろう」
「街の大結界もあれが全部賄ってるから?」
「そうだ」
まあ、そうだよな。
そして俺の中に、同様に大魔石のエネルギーがあるってことは言えない。
コイツが俺を助けてくれる動機は、俺が害獣扱いされているのが不憫だからだ。
害獣だから、魔王に会えないということが不平等だろうと。
実際には、俺達は街を破壊するキッカケを作りに来たようなもんだ。
これを知ったら、リンドロは黙ってないだろう。
プラムはそれを見越してジャミングをかけている。
「本当にこのまま素で行っても大丈夫なんだろうな?」
「くどいぞ」
「いやいや、俺らのリスクを考えてくれよ。見つかって困るのは俺達だけなんだぞ?」
「今ここで能力を解除してもいいんだぞ?」
「それは困るな」
この距離では、確実にダファクルフに見つかってしまうだろう。
それは俺も避けたい。
ま、従うしかないか。
「分かった分かった、行こう」
「信用しろ。俺は大丈夫だ」
言葉自体は頼り甲斐がありそうなんだがな。
「信用するよ」
そうして歩くこと数十分。
街の外壁が目前まで迫っていた。
壁・・・どの領土の街にも建てられているものだ。
魔物や幻想種から、自分達の楽園を守るために作られたソレは、他の知的種族を遠ざける目的でも作られた。
他種族にとっては、忌み嫌う物。
その中でも吸血鬼は別だが・・・
巨大な防護壁に近付くと、今度はくり抜かれたような窪みの中に門が見えた。
門のそばには3人の悪魔が見えた。
警備だ。
装備もそれなり。
両手で長い槍を持ち、辺りを警戒している。
なので、向こうもすぐに俺達がやってくるのを察知していた。
多分、弱い。
俺なら数秒で排除出来る。
だが、それはしない。
久しぶりに純粋な悪魔を見た。
ちょっと緊張・・・
出来るだけ平静を装う。
態度でばれたのでは、もうどうしようもない。
完全にこっちに非がある。
ああもう、悪魔と普通に会話出来る日が俺に訪れる可能性はあるんだろうか・・・
「・・・」
ジロジロと俺達を一瞥する。
さて・・・
「ここの出だな?」
「そうだ。狩りを行っていた」
「よし、通れ」
疑問の余地なしに、悪魔の1人からそう言われた。
心を読まれたんだろう。
これで、リンドロの能力が確かなことが証明された。
多分、俺の緊張状態もカバーしてくれたんだと思う。
人間じゃあありえないことだ。
身分証明書も見せずに出入りするなんて。
「開門!!」
3人の内の1人がそう声高らかに言う。
それと同時に、門の扉の片方が少しだけ開く。
少しだけと言っても、十分俺達が通れる広さだ。
「いいぞ」
何でもなさそうに、俺達に対してそう言った。
・・・成功だ。
これで中に入れる。
喜々として扉の向こう側へ行く。
そこには、今までの街とは比べ物にならない程の高さのある建造物の群があった。
「すごいな・・・」
ちょっとこれは芸術的と言えるかもしれない。
建物が全部、真っ白い塔のような形をしている。
それも、中途半端な高さではない。
15メートルとかそんな感じ。
普通の一軒家が皆無だ。
ここまで行くと、現世の都会を思い起こさせる。
「全部建物高いんだな」
「この領土、他種族も結構受け入れちゃってるから街内の種族数もかなり多い。住む奴らの数が多ければ、必然的に広さも必要になってくる」
「けど、街の結界はそう簡単に広げられないんだっけか」
「そうだ。だから建物を高くしたんだよ。幸い、ここはいつも光源の月が真上に来ているから、幾ら建物を高くしても影なんか出来ないのも理由の1つだ」
この世界は現世と違って、月は動かない。
地震なんかに対しての耐久度さえクリアしてしまえば、ビルのような高い塔を作り放題ってことか。
なるほどな・・・
「じゃあ集団で暮らしてるのか?」
「いや、それぞれ家族ごとに個室だよ。プライバシーは確保してるさ」
「じゃあマンションみたいな感じか」
「マンション?」
あ、悪魔はマンション知らないか。
「まあ、他に類を見ない暮らし方だよ」
「そうか・・・」
見れば見るほど凄いな。
ビルの形じゃないので、なおのこと新鮮だ。
見ると、塔の間に作られたレンガの道に、無数の悪魔が行きかっている。
一般の悪魔だ。
外では魔物やら危険な原生種がうろうろしてるのに、この中だけは平和が築かれていた。
・・・悪魔達だけの安寧が。
「おっ」
悪魔の子供がすぐそばを通り抜けていく。
何も警戒心を抱かずに。
だから実感した。
俺は普通に街には入れてるんだってな。
こんな無警戒で悪魔を大勢見るのは、ラース街以来だ。
あの時はララに連行されてたんだっけ。
懐かしいな。
「魔王がいる場所がここからでも見えるな」
この高い塔の中でも、一際高い建造物がひょっこり頭を覗かせている。
プライド塔。
魔王の居住している場所だ。
俺はそこに行かなくちゃならない。
「まずは俺の家に案内しよう」
「ああ、よろしく頼むよ」
そう言って歩き出す。
大勢悪魔がいる場所をかき分けていく。
こういう場所ではスリなんかが多発しそうだが、悪魔の間じゃあ起こるまい。
安心して悪魔達をかき分けていく。
人ごみをかき分けていくよりも余程スムーズに進んでいく。
相手同士の行動が何となく分かるから、お互いが避けあえるのだ。
さらに言うと、悪魔はみんな表情が明るい。
基本、悲しそうな表情をしていない。
まるで、洗脳されているかのようにみんな楽しそうに歩いている。
そういう点は、好印象だと思った。
「迷いそうだな」
道自体は広いのだが、何分悪魔が多い。
それに混じって見たこともない種族の奴らが闊歩している。
体が2メートルもある大柄な体格の奴や、逆に子供みたいな身長の癖に、髭面のおじさんがいたり。
見た目が多種多様で結構面白い。
そしてどこを見ても同じような景色。
初めてここを散策したら、絶対に迷うだろう。
「こっちだ」
前へ進むリンドロを見失わないようにする。
リンドロは魔剣を持っているから、目立って助かる。
ここで置いてきぼりを食らったら厄介だからな。
「ここから商店街に入るぞ」
悪魔をうまく避けて行くと、先の方に蚤の市みたいな場所があった。
骨董品やら食材やらが乱れて置かれている。
中には魔物の素材を加工した武具なんかも売っていた。
それを物色する悪魔もいる。
自分の職業で入用だったり、趣味だったりするんだろう。
悪魔も人間程じゃないが、色々いるし。
また、種族に合わせて売られている物も幾らかあるみたいだ。
悪魔が履くには小さすぎる靴とか帽子。
後は3メートルもあるダゴラスさんが使ってた大剣以上の大きな剣とか。
本当に色々な奴らと、色々な物が集まってるって印象だった。
「ん」
横目で何となく商品を見ていたら、珍しい物を見つけた。
「これ、魔剣だ」
「フフッ、分かる?」
俺の一言に対して反応したのは、どうやら魔剣を売っている悪魔のようだった。
若い女性の悪魔だ。
肌は白いが、フードを深めに被っているせいで素顔はよく見えない。
ただ、チロッと緑色の綺麗で珍しい髪がはみ出ているのが見えた。
「何となくね」
とは言いつつも、確信はある。
売られている剣から意志がはっきり感じ取れたからだ。
他の物質よりも明確な力。
俺にははっきりと分かる。
「安いわよ」
「残念だけど、俺、金を持ってないんだ」
「なら、物々交換でもいいわ」
女店主は俺の腰に付けている魔剣に目をやる。
「それも魔剣でしょ?」
「よく分かったな」
魔剣の判別が出来るということは、それなりに能力が熟達していることでもある。
魔具の中に眠るエネルギーの流動を感じ取れるのだ。
こういう反応をする奴は、すごく戦い慣れている者だと、以前プラムに教えてもらった。
「ごめん、これは仕事で使うんだ」
「察しはつくって。武器持ってる輩で旅のしやすい恰好っていったら大概狩人でしょ?」
勝手に俺の職業を予想されていた。
でも、その方が都合がいいかもしれない。
「私、武器の目利きは得意なの。お兄さんが持ってる物もとてもいいけど、こっちも負けてないわよ」
「やけに積極的なんだな」
「最近は弱い悪魔が多いからね。業物を使うなら、腕利きがいいじゃない」
弱い悪魔って・・・
珍しい物言いだ。
コイツ・・・
プラムを一瞬だけ見る。
俺の期待を裏切って、スヤスヤと寝ていた。
どうしよう・・・
「腕利きって言ってもらえるのは嬉しいけど、また今度にするよ」
「あら、残念」
「ごめん」
「別にいいのよ」
踵を返してそそくさとその場を去る。
あまり現地の悪魔と話してもいいことはないだろう。
それに、あの女店主もいずれ・・・
歩くと、リンドロがその場で俺を待っていたみたいだった。
顔が少し怒ってる。
「物色するなら言ってくれればいいじゃないか。お前の心は読めないから、唐突な行動をされても困るんだぞ」
「ごめんごめん。今行くよ」
「今後は声くらいかけてくれ」
「そうするよ」
迷惑をかけてしまったが、許してくれたみたいだった。
彼は気がいい奴みたいだ。
俺と相性よさそう。
「こんな行動でも目立つんだぞ?」
「だよな」
日常生活でみんなと行動が合わせられないってことは悪魔の中では滅多にない。
つまり、今のやり取りは目立つのだ。
周囲から浮いて見える。
実際、数人の悪魔が俺とリンドロの様子をチラチラ見ていた。
「とっとと進むか」
余計なことはせずに、先へ進むべきだろう。
そう判断して、俺達は雑踏の中に姿を消した。




