120話 赤い月が照らす、密会の夜
「まだ着かないのか?」
「もうすぐの筈よ?」
「でも、かれこれ6時間は歩いてるぞ」
そうなのだ。
俺は6時間歩きっぱなしなのだ。
いい加減、休みたいのだが・・・
「腹も減ったし、いい加減休憩したいな」
「なら、歩みをもっと早めることね」
「いいよな、お前はずっと俺の肩に乗ってるだけだし」
「私だって、魔物が出現しないか警戒しているのよ?これだって神経使うわ」
と、言われるのが定番になってきたな。
「せめて転移が使えたらな」
「今まで貴方は誤解していたようだけど、転移はおいそれと使える物じゃないのよ?」
「だって、お前と会う1年前は頻繁に使ってたんだぞ?」
ダゴラスさんや、マリアさんが特別だったってことはよく理解はしてるんだけどな。
「無い物ねだりは止めなさい。私のパートナーであるならば、もっと忍耐強くなるように努力して欲しいわね」
「お前のレベルに合わせてたら、こっちの身がもたないって」
「あら、そんなことないわ。私が気に入った匂いの持ち主なのよ?自信をもちなさい」
こんな微妙な褒め言葉を受けるのもいつも通り。
何回も通った道だ。
俺とプラム・・・厳密には俺が、森の中を延々と歩いている。
空には黄昏時を演出する、太陽の如く輝く月がある。
移動はいつも昼に行うのだ。
魔物が比較的出ない時間帯に。
「私がいるからといって、気を抜いて良い理由には成り得ないし、させないわ」
「・・・そうかい」
辟易としながら歩いていく。
森と言っても、最初にダゴラスさんと来た名無しの森と違って、鬱蒼としない密度の低い森だった。
あそこより歩きやすい。
ピクニックに最適程度の道のりだ。
でも、こんなに歩き続けてたら、流石に嫌になってくるが。
それに、装備している俺の荷物も重い。
食料と魔石を入れたリュック。
腰にはベルトに納められた魔剣。
これを背負って、長距離歩ける人間はそういないんじゃないかと思う。
「貴方の潜在能力的には全く苦にしない道のりだと思うけど?」
「でも、実際にはツライ」
「酷い泣き言ね」
まあ、否定はしない。
だって実際に思ってることだし。
と、どうでもいいやりとりをしていると。
「お!」
「見えたわね」
俺達の今回の目的地。
光がもっとも溢れていて、月に1番近い土地。
プライド領の境の証となる看板が見えた。
この領土は昼が長いので、魔物も全体的に少なかったりする。
故に、魔物に対する警戒心は他の領土よりも断然低いし、抜穴も多い。
この領土に入ってから、俺を求めて接近してくる魔物も少なくなったような気がする。
「世間的には、俺は死んだことになってるんだろ?俺の心も読めないみたいだし、協力者がいなくても、変装すれば街に入って大丈夫じゃないのか?」
「無理よ。心が読めない時点で不自然だわ。1人だけ違和感のある存在が一般人の中に入ったらどうなると思う?」
「・・・無理か?」
「無理よ」
そっすか。
いや、1回でもいいから、普通に街中に入ってみたかったんだよな。
悪魔に遭遇=戦闘だし。
「余計なことは考えないの。雑念はミスを招くわ」
「でもさ、娯楽なんてこの世界に来てからからっきしなんだぞ?」
「・・・貴方のやるべきことは?」
金色の目をギラリと俺に向けて来る。
本当に目が光ってるみたいに見える。
「・・・大魔石の確保」
「そうよ。それだけ考えるように努めなさい?」
そう出来たらいいだろう。
だが、人間そうはいかない。
色んな感情あっての人間だ。
猫には分からないかもしれないが、俺がこう思うのも仕方ないことなんだよ・・・とは言えなかった。
・・・怖いから。
「そう、現在行方が知れてる大魔石は全部で5つ。1つは貴方が持ってるわね」
「ああ」
「プライド領、ラスト領、ラース領、スロウス領、エンヴィー領、グラトニー領に各1つで計7つ。」
「で、ラスト領の魔王アスモデウスは3年前に死亡。大魔石がどっかに消えた。グラトニー領の魔王ベルゼブブが行方不明。大魔石もどっかに消えて、これも行方不明と」
「街はお陰で大変みたいね」
「72柱と協定組んで、大魔石がない街を守らせてるんだろ?」
「結果的に欲望を満たす怠惰な豚に成り果ててるじゃない」
だな。
自身の願いは、叶えるべきものと認識していい。
だが、一度それが実現すると、墜落する輩が出るのもまた事実。
願望の達成は、目標を失うことと同義じゃなかろうか?
「やっとか」
この1年間、ずっと停滞しているような気がしてた。
不安の拭えない毎日。
そう。
俺はこの中途半端な日々から早く脱出したかったんだ。
「中継ポイントね」
「決行が明日の午前4時からだっけか?」
「そうよ。ダファクルフの睡眠時間によって前後すると思うけど、他の索敵能力保持者が少ない時間帯は確実にそれね」
ダファクルフ。
プライド守護団隊長で、戦闘能力は非常に高いらしい。
特筆すべきなのは、固有能力で行う索敵で、これがまた普通の奴の何倍もの感知範囲を誇るのだとか。
ダファクルフの感知範囲は50キロメートル。
この領境から街までの距離も50キロメートル。
ここが、気付かれずに接近出来る限界地点なのだ。
「ここから本当に手引きしてくれるんだろうな?」
「貴方、ラース騎士団第3隊長と仲よかったんでしょ?なら、その思い出話でも話せばいいじゃない」
「いや・・・」
ララとは助けてもらったり、助けたりした関係だが、仲がいいと言うとそうじゃない・・・気がする。
アイツといた時は、エネルギー枯渇で気絶してた時期が長かったからなぁ。
「それにしても、吸血鬼か・・・」
「悪魔以外の他種族には銀叉、陽叉、夜叉の3種族と吸血鬼以外会っていないって言ってたわね」
「そうなんだよ。今回協力してくれるのが吸血鬼だろ?だから、どんなのが来るのかちょっとな」
俺らだけでは、プライド領には踏み込めない。
それは明確だった。
だから、プライド領の内側から支援してくれる存在が必要だ。
悪魔はもう味方なんて期待出来ないだろう。
なら、誰が味方をしてくれる?
・・・悪魔以外の種族だ。
そもそも、この世界の全知的生命体の中で、悪魔という種族が占める割合は4割だ。
その他の知的種族を総合すると6割。
個々では1番種族的に多いのが悪魔だが、全体数からすると半分もいかない。
今の吸血鬼は悪魔とのハーフしかいないから、純粋な吸血鬼はゼロだ。
誰もいない。
そのハーフの中でも、特に吸血鬼側の特徴を強く残したのが現在吸血鬼と呼ばれている存在。
それが俺の味方なのだ。
これからはそんな存在達と、どんどん協力していかないといけない。
幸い、悪魔以外の他種族は悪魔のことを憎んでいるか、関知しないような態度を貫くかのどちらかだ。
そんな関係性を、黙って見てるだけじゃあ勿体無いだろう。
「それじゃあ、夜になるまで休憩するか」
「そうね」
プラムが俺の肩からピョンと降りる。
その直後、無詠唱で気配断ちの結界を俺らの周囲に張った。
これで外部からは気付かれにくくなっただろう。
この辺は魔物や害獣もいない。
俺の後をついてこない限り、現れることはないだろう。
よって、狩人も現れない・・・と思われる。
「あ〜、やっと肩の荷が降ろせる」
ドサドサとリュックやら装備品を地面に置いていく。
クソ重いったらありゃしない。
これをよく6時間も持ってたもんだ。
我ながら感心する。
「視覚は塞いだか?」
「いいえ、音と匂いだけよ」
「分かった」
言いながら、リュックにしまっていた食料を取り出す。
「毎日干し肉じゃあ飽きるよな」
「食べられるだけありがたいと思いなさい?」
「ですよね」
プラムにも干し肉を分け与える。
コイツには力をつけてもらわなくちゃ困る。
俺の生命線はプラムが握っているようなものだからな。
食料は保存してある分を切らしても、周りの野生原生種を狩って食えばいい。
だから遠慮せず、思いっきり肉にかぶりつく。
「んん、まあおいしいな」
「そうね」
プラムもかぶりつく。
彼女は雑食ではなく、肉食だ。
野菜なんかは一切食わない。
前に肉だけ食ってて飽きないか?と聞いたことがあるが、いつ何処でどんなに食ってもうまいらしい。
「なあ」
「なに?」
「マリアさんとかって本当に死んじゃったのかな」
「またその話?」
やれやれ、みたいな目で俺を見るプラム。
「72柱なら死んだわ。間違いなく」
「絶対?」
「絶対よ」
何回も聞いたことだ。
だが、未だに信じられない。
だって、死んだ現場を俺は見ていないのだから。
いつの間にか死んでしまったようなのだから。
「この話はもうしないって言ったでしょう?」
「そうだけどさ・・・」
なんかな・・・
「私の仲間が調べたのだから間違いないわ。72柱の遺体は全て、あそこで見つかった。もうそれで終わったことなのよ」
「・・・」
分かってる。
分かってるさ。
俺がこんな感情を引きずってるのは、全部自分の問題だってことも。
空を見上げる。
月が夜を迎える準備をするため、徐々に輝きを失わせていた。
もうじき夜だ。
吸血鬼とは夜に落ち合うことになっている。
俺は黙々と食料を食べ続けた。
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数時間後。
吸血鬼がやってきた。
闇に溶け込むようにして現れたソイツは、随分とやつれていた。
ここまで来るのに大変な心労があったんだろう。
領土を抜け出すのにも大変なのに、この距離だ。
疲れもするさ。
「あんたが人間か」
珍しい物を見るような目つきで俺達を観察する吸血鬼。
俺もプラムもそう見られるのはあまり好きじゃない。
だが、俺以外とは滅多に話さないからなぁ、プラムは。
「手引きしてくれる奴か?」
「そうだ。名前をリンドロと言う」
リンドロと名乗った男は、大柄の男性だった。
肌の色は血が抜けたような白色。
頭に生える2本の角は、他の悪魔連中より短い。
背中には力を感じ取れる大剣型の魔剣が背負われていた。
「結界が張ってあったのに、よく分かったな?」
「見抜くことと偽装することは得意分野なのだ。それを見込んで俺を呼んだのだろう?」
「まあな」
実は、この吸血鬼のことに関して、俺殆ど何も知らない。
全てプラムだけが知っている。
俺が知ってるのはせいぜい、コイツの能力だけだ。
「で、どうする?場所を移動させるか?」
「いや、ここでいいよ。下手に動いて魔物に察知されたくないし」
俺が動くと魔物も動く。
それに今は夜だ。
動かなくていいなら、動かない方がいい。
「なら、ここに座らせてもらおう」
俺の真正面にリンドロが座る。
警戒はしない。
プラムが何も反応しないからな。
「お前の能力って偽装出来るんだろ?変装とかじゃなくて」
「そうだ。外見内面問わず、別人に成り済ませる。全て隠すのではなく、ある限定した部分を目立たなくして、別の印象を持たせるといった感じか」
「それが失敗したら、俺、死ぬんだからな」
今回の計画は無謀だ。
なにせ、真正面から敵地へ行くのだから。
「仲介人からは、お前達を偽装して、プライド塔へと進ませるということだったが・・・」
「俺、どうしてもそこに用事があるからさ」
「ララ様が命を賭して守った命だ。出来ることなら協力は惜しまない。だが、俺が案内出来るのは精々がそこまでだぞ?」
「いやいや、十分だよ。そこまで行ければ、あとはこっちでなんとかするからさ」
その為の準備は済ませてきた。
その為の1年間だ。
「対価は本当にいらないのか?テレパシーの時じゃあ受け取らないって言ったそうだけど」
「いらんよ。種族の誇りを傷つけるからな」
「・・・ララも同じようなこと言ってたな」
種族柄、そういう傾向が強いのか?
少なくとも、悪魔とは違うベクトルの考え方だと思う。
「決行は明日の早朝4時から。偽装はその時に、ダファクルフに気付かれないようにやるらしいぞ?」
プラムを見ながら俺が言う。
彼女は知らん顔をしていた。
これもいつものことだな。
「大丈夫だ。誰も俺が精神干渉を誤魔化せることに気付いていないからな」
「頼もしいな」
ジャミングの出来る存在というのは、この世界ではかなり少ない。
それに加えて、悪魔という種族が領土に迎え入れた、数少ない創造種の1つ、吸血鬼。
その中でも、ノーマークの注目されていない者。
この条件をクリア出来る存在は中々いないだろう。
故に頼もしい。
「偽装の能力使う時のエネルギーはどっち持ちだ?」
「全てこちらでいい。魔石もこちらで用意した」
と、リンドロがズボンのポケットから1つの赤色に光る小石を取り出す。
「・・・よく魔王が管轄する街の中でこれが手に入ったな。今は魔王による徴収で殆ど残ってないだろ」
「入手経路は言えないが、悪魔側ではないと言っておこう」
他種族から?
魔石を保有している創造種もいるらしいし。
「能力を使って街に入るけど、その後は違和感なく元の生活に戻れるな?」
「問題ない」
「だったらいいんだ」
コイツがもし捕まって、魔王に情報が漏れたら、犠牲になるのは今回の仲介人だ。
世話になった者を、危険には巻き込みたくない。
もちろん、協力してくれるコイツ自身の安全も考えてだ。
「お前と猫と街へ行って、プライド塔まで送ればいいんだろう?俺にとってはまだ簡単な方だ」
「それで油断されても困るんだよ。一応頼みの綱なんだしな」
「そんなヘマはしない」
だといいけど。
「途中で偽装能力が解除されることはないのか?」
「全くない。妨害さえなければな」
「その妨害とは?」
「明らかな敵意を持った攻撃とかだ。だがまあ、攻撃されるとしたら身元がばれたと思った方がいいが、それは偽装前に持ってきたいざこざのせいでいいだろう。偽装後からは絶対に情報は漏れない」
よっぽど自信があるんだろう。
絶対なんて言葉は、本来そんな簡単には使えない。
コイツが自分の力を過信しているのか、それとも言動に見合った実力なのか・・・
プラムと一瞬目を合わせる。
彼女は軽く頷いた。
・・・大丈夫らしい。
「それよりも、余裕がないのはお前達だろう。魔王と直接会いたいそうだが・・・」
本当は、魔王と会って話すだけじゃないんだけどな。
現在進行形でプラムのジャミングは続いているらしく、俺達の思惑は吸血鬼に知られていないようだった。
黙っていても、仕事をする辺り、本当に凄いと思う。
「俺じゃあ近付く前に殺されるし」
「そうだろうな。悪魔の認識では、討伐された災厄を呼ぶ害獣として記憶されてるぞ」
「ま、領土1つダメにしたから」
自分で言っておいてなんだが、全力で否定したい
だがしかし、我慢する。
「よくそんな奴を助ける気になったよな?」
「誰にでもチャンスはある。俺達の先祖もそうだったように。暴走した吸血鬼もチャンスがあるべきだったと思っている。そういうことだ」
悪魔と吸血鬼の歴史。
悪魔は排他主義的なところがある。
自身の周囲の安全だけを築いて、平和を謳っているのがその思い当たる節だ。
「よし、なら何にも問題はないな」
「ああ」
これで、残った不確定要素はプライド塔に入った後のことだけだな。
「ふゎ・・・」
あくびが出てきた。
ちょっと眠いな。
「プラム、俺、仮眠してるわ」
「・・・」
彼女はプイッと顔をそらす。
本当に俺以外の奴がいると、態度が変わるなぁ・・・
「ってことで、ちょっと寝るわ」
「ああ、いいぞ」
精神や気配を偽装するリンドロ。
彼は、逆に言うと俺達に対しても偽装で目を欺いてくる可能性がある悪魔だ。
でも、確信を持って言う。
コイツはシロだろう。
なにせ、プラムが1回見てるのだから。
そんな根拠を持って、俺は睡眠を取ったのだった。




