119話 大災害18~金眼白毛の猫が語りし災害の結末~
「貴方がウルファンスの助力を得て戦いを起こしてから、今日は約2年後よ」
俺はその時気付いた。
猫は多分、心の機微には敏感だが、同時に冷静すぎる動物であることを。
「・・・2年後」
「そうよ」
「あれから2年・・・経ったのか」
だとしたら、疑問は解決する。
「ここが砂だらけなのは・・・」
「大魔石が街を支えるパイプラインなのは知ってるわね?貴方がいない間は、大魔石もなかった。同時にどこかへ消えたのよ」
天使との再開。
飛行機内の会話。
つまり・・・つまり。
「街は壊滅。魔王を含め、当時いた悪魔全員が死亡。大魔石がないから、結界も張れず、街の再建も難しい。結局それが今の殺風景な景色に繋がるのよ」
尻尾をユラユラ振りながら、俺が入ってきた穴の向こうを金眼で見据える。
そこには無尽蔵の砂漠が見えた。
広い砂漠が。
「そんな・・・」
動揺。
が、同時に核心を突いていた。
だって、俺が見た景色とだいぶ違うこの砂漠。
風化した土の僕の残骸。
この変化は、時間だけが成せる結果。
少なくとも風化したという事実はそれを示している。
それがプラムの発言と見事に合致してしまっていた。
「クスクス、厳しい?悲しい?」
「いや・・・」
俺は・・・
「あの時いた・・・ダゴラスさんとマリアさん、ウルファンスはどうなった?」
ダゴラスさん達の行方を知りたい。
この世界の大物・・・72柱の行方が分からなくなったなら、行方を追おうと悪魔達がするだろう。
「死んだわ」
無慈悲の言葉が俺の耳にやってきた。
死んだ・・・死亡。
最悪の結果。
俺以外・・・全員?
「俺は・・・」
また、俺以外死んだ。
今度は味方も。
そうだった。
俺は害獣。
世界のバランスを乱す者。
これだ。
戦いは勝者と敗者。
どちらかが残る。
けど、これじゃあ・・・
「災害そのまんまじゃないかよ」
全てを壊す、自然の権化。
その後には何も残らない。
俺以外・・・
「まるで俺が災害じゃないか」
「そう思ってる連中が殆どみたいね」
「・・・だろうなぁ」
俺だってそう思ったのだから。
本人公認じゃ仕方ない。
ああ、もう。
俺は馬鹿だ。
大馬鹿だ。
エゴ。
俺の命を優先するばかり。
他は犠牲。
命を犠牲。
犠牲犠牲犠牲。
理想。
俺が現世へ帰ること。
俺の理想。
みんな生きていること。
都合がよすぎた?
俺が死ぬべきだった?
俺の決意はどこへ?
死ぬことに対する決意。
生き残ることに対する決意。
どれも済ませてきた筈だったが・・・
でも、不思議と涙は出ず、逆に冷静だった。
冷静すぎる程に冷静。
猫に負けるとも劣らない。
風に当たりたくて、出口へと向かう。
不毛の地へ。
歩きながら俺は尋ねる。
「生き残った奴は?」
「有名どころだけなら知ってるわよ?」
「それでもいい。教えてくれ」
「72柱の第10位、ヴァネール、ラース騎士団隊長2名。以上よ」
「それだけか・・・」
勝者はいた訳だ。
数名程度だが。
「貴方の起こした騒ぎは、地獄に大いなる変化をもたらした。世界はこの2年ちょっとで大きく変わったわ」
変化・・・
「マリアの枷がなくなったことで、各地の悪魔は騒ぎを起こしてる」
「マリアさんの枷?」
「彼女はこの世界に住む悪魔の心を微量にだけど、抑えていたのよ。その極めし能力を使ってね」
「・・・」
「本当なら、この世界の王にもなれた筈なのよ?精神妨害能力を無条件に無視して、周囲の悪魔や魔王、72柱すらも傀儡にする程の能力を使って」
でも、死んだ。
死んだらもう終わりだ。
死者には何も出来ない。
そう。
彼女の夫も子供も、もういない。
いないのだ。
「能は使うもの。彼女は最後までそれを全うした。悪魔としては、高潔に生きたと思うわ」
「要は俺のせいで死んだんだろ」
「捉え方次第ではそうね」
「ははっ、そうかよ」
笑えた。
笑えないが。
「クスクス」
「はははっ」
お互い笑う。
我ながら狂ってんな。
「俺は・・・どうすればいいんだろうな?頼ってた恩人が殺されて、周りは敵だらけ。肝心の大魔石はクズに変わって・・・」
「あら、大魔石はあるわよ」
「俺は見たんだよ、空になった大魔石を」
「あるわよ、しっかり」
「・・・どこに」
「私の目の前に」
何を言ってる?
「私には見えるわ。貴方に膨大なエネルギーが混じっているのを」
俺に?
この猫には俺がどんな風に見えている?
「重要なのは、大魔石じゃなくてその中身でしょう?」
「・・・だな」
あくまで俺が欲しいのは、世界を渡るためのエネルギーだ。
現世へ行くこと。
それが出来ればいい。
「それに、貴方にとっての希望はまだ残ってるし」
猫が目を向こうに向ける。
遥か彼方の地平線へ。
「何が希望だ?」
「私と貴方自身よ」
「ああ、じゃあ味方になってくれるんだな」
「猫の気紛れだけどね」
やっぱあるんじゃないか。
猫の気紛れ。
「なあ」
「なに?」
「悪魔って死んだらどこへ行くのかな?」
「・・・」
プラムが少し黙る。
そして言った。
「死んだ、と言うことは、もう何者でもなくなるってことよ。死んだ先で、死者は何も残さない。過去が死んだ者の存在を固定するの」
「死ぬ前にやった功績?」
「そう。じゃあ、死んだ後はどうなるか分かる?」
「分からないから聞いてるんじゃないか」
「そうよね」
瞳の中の瞳孔に、俺の顔がよく写る。
俺の顔は酷く歪んでいた。
怒り、悲しみしかないような顔。
心はこんなに平静なのに・・・
「死んだらね、その後は誰も知らない状態になるのよ」
「・・・そうなんだ」
「死んだこともない者達が、どうして死後を宗教として纏め、語れるのか?真実は何なのか?是非、私も知ってみたいわね」
誰も知らない状態か。
でも、結局俺の前からはいなくなった。
これからずっと、いないのだ。
寂しいな。
俺に優しくしてくれたのに。
砂漠に一滴の涙が落ちる。
声は出ない。
ただ、目から涙が勝手に出ていた。
別に泣く程悲しい訳じゃない。
でも、泣いていた。
俺のために死んだのか。
それとも別の目的のために死んだのか。
今となってはもう知ることは不可能だ。
死者はただ黙ったまま喋らない。
この世に残してきた何かで意思を伝える。
思い通りにいったことも、いかなかったことも。
自身の人生で残した痕跡が教えてくれる。
これからそんな痕跡に触れるかもしれない。
俺が行動する限り。
俺が諦めない限り。
「・・・俺、少し疲れたよ」
涙が止まった後も、しばらく黙って立ち続けていた。
---
先には砂漠が広がっている。
地平線の先まで。
歩いていけるのか?
飢え死にしないのか?
そんな考えも頭を掠めたが、考えたところでどうしようもない。
とにかく、動かなくちゃいけないのだから。
「まず・・・西に行きましょう」
「行きましょう?プラムも一緒に行くのか?」
「ダメ?」
「いや、全然」
むしろお願いしたいところだ。
何故か、この猫のことが頼もしいと思える。
俺にとっての希望。
どうせ、悪魔にとっての絶望とやらなんだろ?
「いいよ、行こうじゃないか」
どこまでも。
天使に会って、1つ俺が得た物がある。
得たというよりは、戻ったと言うべきか。
本質を取り戻す。
それが記憶を取り戻すということ。
俺の本質は、通常の人間より、だいぶ離れている。
そんな気がした。
「西には何がある?」
「私の仲間がいるわ。そこで色々準備を整えましょう」
仲間か・・・
俺に協力する奴なんているのか?
「悪魔以外の種族。貴方がこれから頼るべき創造種。私と同じ、創造する者達」
「ソイツらも、俺の味方になってくれるのか?」
「そうね、そうだといいわね」
またクスクスと笑う。
「何でそこをボカすんだよ」
「何が起こるかなんて、確実に分かると思う?」
「そりゃ思わないけどさ」
安心させるということを、この猫はしてくれないらしい。
まあ、これはこれでいいか。
目の前には果てしない砂漠。
向こう側には山が広がっている。
まずはここを越えなくてはいけない。
「じゃあ、これからよろしく。プラム」
「ええ、よろしく。人間さん」
そして俺達は歩き出した。
絶望か、希望かも分からない道を手繰りよせるために。




