【造形師白書】
初めまして,望月快と申します.
この度は,自分が書いた話が皆様の御目に止まり,嬉しいやら不安やらで一杯です.初めての投稿です.作品としては結構短いので,気楽に読めると思われます.それでは,よろしくお願いします.
―1―
雪が溶け出し,川のかさが増す季節.家の近くにある水門からは,激しい音を出しながら水が溢れ出ている.今日は少しだけ雨が降った.未だ積もった雪のせいで,遠くから電車の走る音が聞こえる.
世の中は,すっかり卒業式ムードだった.その日,学生食堂で昼御飯を済ませ,アパートに帰ると,教授からの手紙が届いていた.内容は,自分の安否を気遣う言葉がふんだんに散りばめられてあったものだった.
流し読みをして,これで終わりかと,と思って手紙を机の上に置いてそのまま放置しようとしたが,もう一度読み読み直してみる.何か気になった単語があった筈だ.久しぶりに胸が躍るような感覚を覚えさせたのはどんな言葉だ.
見つけた.
「語学マニアな君を待っている論文がありますよ」
これだ.
外出の身支度にいくら時間がかかっただろう.それだけの時間をかけてでも研究室へ行く義務が俺にはあった.教授の言葉通り,俺は自他共に認める語学マニアであり,複雑語中途半端なところもあるという男だ.
水門を越えて,俺は研究室へ向かった.
―2―
研究室にて教授と会話を交わしたのは久しぶりだった.
「奈波君.3種類の珈琲豆を選んでくれ」
「先生・・・それより例の論文は」
「まぁ焦ることなかれ」
俺は教授に付き合うことにした.3種類の内の一つを選んで.
「奈波君.最近調子はどうだい.小説の方はうまくいっているのかい」
「あ・・・あぁ,現在リハビリ中で」
「そんな事だろうと思いましたよ.だからこの論文を用意したのです」
やっとですか,と呟き,俺は差し出された論文に目を通す.論文は全て異国語で書かれていた.造形師という民について延々と述べているそれと,休日の昼下がりから日没まで兎に角軽く目を通した.異国に住む,造形師と呼ばれる民.ザッと目を通しただけでもとても気持ち良くなっていく頭の中.俺が読んでいる間は研究室から席を外してくれたのは教授の計らいだった.
読み終わった後,教授にかの論文を持ち帰っていいですかと訊くと,笑顔で快諾されたので,俺は家でじっくり論文と付き合うことにした.
―3―
異国語で「造形師」を意味するその単語が何回も出てくる.大事な単語は,しつこいくらい繰り返される.論文というものはそうしうものだ.
論文の具体的な内容は,造形師についての大まかな紹介と,彼らの生業を民俗学の見地から論ずるというものだ.民俗学は俺の専門とは畑違いだったので,それ自体はさっぱりだったが,かの学問が分からなくても楽しむ事が出きる内容だった.
世界各地で目撃されている彼らは,どうやら故郷を持たない民らしい.つまりは常に移動しながら生活をしているということだな.何処へ向かおうともせず,世界を渡り歩いている彼らは,きっとすさまじく旅慣れているいるのだろう.俺は,造形師達に会ってみたくなった.
論文によると,彼らの風貌は実に様々だという.更に,彼らを目撃した人間の背格好と,それぞれの地域で"同じ"だというのだ.という事はなにか,日本で目撃されたら日本人っぽく,欧州で目撃されたら欧州の人々っぽく姿を露わにするという事か?
不思議な・・・人達だな・・・.
―4―
論文を渡された日の翌日,俺は水門を眺めながら,造形師のことをぼんやりと考えていた.
彼らは何処から来て何処へ行く?
まだ論文を全て読んだわけじゃない.ザッと目を通しはしたが,最後までじっくりと読んだわけじゃない.だから,ここであれこれ考えても仕様がないのだ.しかし,俺は読む前に,じっと彼らのことを考えずにはいられなかった.それ程,造形師という民に惹き込まれる「何か」があったのだ.
家に帰った俺は,早速続きを読むことにした.
彼らの移動手段について述べられた箇所がある.
「・・・造形師達は『邦畿の白砂宮』と呼ばれる家を組み立ててそこで寝泊りする・・・」
放浪の民が唯一,気を休めて静かに眠るところ.しかし「邦畿の白砂宮」と訳すのは大変だったな.何しろ一般に使われている単語ではないものな・・・.この論文の著者は,どうやってかの民の寝どころがそう呼ばれる事を知ったのだろう?直接彼らに聞いたのだろうか?ならもしかして―――.
―5―
ワクワク,ドキドキといった感情と共に俺は次のページを捲る.そして求めていたものが
そこには書かれていた.
あった.
著者と造形師との話が.それは,論文の付録にあったもので,とても短い会話録としてまとめられている.
「私の拙い言語野を駆使して,遂に彼らとコミュニケーションをとることが出来た.
以下に私と彼らの,とても短い会話録を示す:
『あなた方は何の為に旅を続けておられるのですか』
『我々は自身の先祖らの子を捜し求め,悠久の時を刻む民である.我々は世界の調停の為に生き観測者により評価されるべき民.そなたよ,この応えで満足してはくれぬか.我々は一刻も早く吾子らを助けにいかねばならぬのだ』
私は彼らとの会話を通して更に造形師に対する興味を持った.造形師の語り様は,貫禄がありそしてミステリアスだ.新たに得ることが出来た情報を,わざと付録としたのは,それ自身がまだ解明の余地があり,また謎めいているので,本文に載せたら読者を混乱させるのではないかと考えたからである」
―6―
会話録を読み終わった時,ただの異国語に対する興味から始まった読解は,
やがて造形師そのものへの興味へと繋がっていったことに気付いた.
論文の隅から隅まで読んだ俺は,教授にそれを返そうと研究室へと赴いた.
「奈波君!待っていました.どうだい,造形師について造詣が深くなったかい」
「もう,洒落じゃないんだから・・・.それよりどうしたんですか,その大量のスクラップブックは」
「聞いて驚きなさい,造形師に関する報道を集めたものです.どうですか奈波君・・・これで少しは研究室に来てくれるようになって欲しいものです」
「・・・」
教授の言葉は兎も角,俺はスクラップブックの一部を取り,目を通した.そこには,教授が集めた,あの論文で造形師と思われる民に関する記事でページが埋まっていた.しかし,当初の期待とは裏腹に,スクラップブックに載せてあった記事の多くは,あの論文で述べられていた造形師の事実とは全く別物だということが分かった.
―7―
「怪人現る!!!」
「連続殺人事件の犯人は噂の怪人の仕業か」
「放浪の民,今日も現れず」
「噂の怪人,今度は強盗か」
ちょうど手にしたスクラップブックには,造形師に関するあまり良くない記事が貼ってあった.造形師が殺人や強盗を犯すとは思えなかった俺は,内心ショックだった.記事はどこか三文オカルト雑誌めいた書き方が目立ったが,一度ショックを受けると立ち直りが遅い俺は,そこに書かれている事が全て真実だと思ってしまう.俺は教授に,あの論文の著者と直接話がしたいと申し出た.
「この論文の著者は・・・すでに亡くなっています.大体生きていたとしても,直接会うのは困難だと思います」
クソッ,なんてことだ.著者が亡くなっているなんて・・・.
「しかし最後のページを御覧なさい.著者のメッセージともとれる言葉が記してあります.希望はまだ潰えてませんよ,奈波君」
確かにそれはあった.
以下に,あの論文の著者が書いた【造形師白書】と題された文章群を記して,
この季節の変わり目に訪れた出来事の話の終わりとしよう・・・.
―8―
「何故,何故彼らを怪人と呼ぶことが出来るのだ?!少なくとも,彼らの事を直接見聞きして来た私には到底『怪人』などという異名はとれない.彼らの汚名を返上する為,私はここに私が得た造形師に関する極秘事項と考察を記す.
彼らが何の為に旅をするかだが,とある造形師が私に語りかけてきた.
『この世界には砂時計という興味深いものがある.砂で時を計る・・・.まるで我々の先祖のようではないか』
彼は私に言った.
『砂時計の中の砂が・・・もし宙に浮くものだとしたら・・・.伝説の粒子タキオンだとしたら,我々は旅をせずとも調停をすることができる.相反するものを分かつ,境界の力を得ることになる.いかなる時空へ繋がる,最高の力だ』
私は既に彼らが,宙に浮く砂を材料とした浮遊石を持っていることを知っていた.だが,浮遊石と境界の力の繋がりが分からなかった私は,その日の夜,テントの中で彼らの言葉に対して考察を加えることにしたのだ.
―9―
考察した結果,私は彼らが言う『吾子』に会ってみたくなった.私の考えを要約すると次の様になる.
浮遊石と境界の力とのつながり.私は先ず,彼らが口にしていた砂時計というものに着目をした.砂時計の中で落ちている砂が,浮遊石と同じ材質のものだとしたら?砂時計という一つの物体のみ見つめると,時間は止まるか後戻りすることになるだろう.
対して境界の力だ.境界の力とは,『いかなる時空へと繋がる力』.彼らは,境界の力を使って何をしたかったのか?思うに彼らは世界中の砂時計を集めるために旅をする民であり,先祖の子である『吾子』を捜し助ける民でもあるのではなかろうか.
現に彼らは,初見のものに出会う時にそのものと『同化』することにより争いを避けて来た,優しき民なのである.決して殺人や強盗を犯す蛮族ではない.
この私の考えに反論があるのなら,喜んで聴こう.連絡先は
XX-2943-2971-XX S・H
まで」
最後まで読んで下さり,まことにありがとうございます.
主人公・奈波のモデルは,正しく私です.教授も私の研究室の担当だった方がモデルです.SFのあり方として,一つ提案したいことがあります.それは,「科学をどれだけ本気で理解しようとしているのか」です.SFといえば,やれタイムスリップだ,やれ宇宙だ,やれ異世界だなどとありますが,果たして作者は「自然」に謙虚な気持ちで接しているのでしょうか.自然科学を徹底して見つめているのでしょうか.そうではないと思います.この【造形師白書】では,スクラップブックの記事が,昨今の稚拙なSF作品を暗喩しています.最後になりましたが,ここまでお付き合いして下さり,ありがとうございました.