with Edwin
「他には誰がいるの?」
「ん? 他って?」
「エドウィンたちとわたしとベッキーと、その……ジャック? 以外の人のこと」
わたしはずっと気になっていた。建物の窓に映る影が、一度完全に消えたはずの気配が、また愉しげにあたりを跳ね回っていることが。
でも……なんとなく、嫌な予感がしてるんだよね。聞かない方が良かったかもしれない。
「他はもういねえよ?」
「ですよねー」
うん、なんかそんな気したよ。
ここへきて初めて予想が当たったわ。
相も変わらずクスクスと笑う声を、わたしはなるべく耳に入れないよう軽く首を振った。
――大丈夫、この街に慣れているエドウィンがいるんだ、きっと何も起きない、起きてもなんとかなる、保証はないけれど、きっと、きっと。
そう言い聞かせていないと頭が溶けてしまいそうだった。
「ジャックってどんな人?」
気を紛らわせる為に、わたしの隣を歩く短い金髪の少年に問う。
彼は白い包帯に隠れていない方の緑色の瞳を煌めかせて答えた。
「いい奴!」
「そうなの?」
「ああ!」
ニコニコと頷くエドウィン。
「ここに一番はじめにいたのはジャックなんだけど、あいつが作った街な訳じゃなくて。だから誰もこの街の全部は把握してないんだ」
「え……誰も?」
「そう。誰も。愉しいだろっ?」
言葉は疑問形、だけど口調は明らかな断定。
――そう思うだろ? 思わないわけないよな!
そんな無邪気な意志が顕わになっていた。
「街の構造だってすぐ変わっちまうから地図もないし、いっつも俺らについてくる声も足音も正体なんか誰も解んねえ。でもそれでいいんだ。そうじゃないと飽きちゃうからな!」
……いやいやいや。
嬉しそうに語ってるところ悪いけど、ちょっと理解に苦しむよ。
飽きるとか飽きないとかそれ以前に、キミは帰りたくないのかい? わたしは帰りたい。切実に。
ああそうだ。そうだった。いつ言い出そうか、わたしは帰りたいんだって。
言いづらいなあ。
わたしの歩みが少し遅くなる。気が重いと足取りも重くなるものだ。
帰り道はきっと、『ジャック』に聞くのが一番手っ取り早い。
だけどそれは大きな賭けだし、地雷かもしれない。帰れないよ、なんて言われたら、わたしは一体どうするだろう。どうすればいいのだろう?
「あ、ここかな?」
少し離れてしまったエドウィンが足を止める。
それから少しキョロキョロとあたりを見回し、それからこっちを向いて「ああ」と笑った。
「なんだ後ろにいたのかー。お前歩くの遅えな!」
すんませんね。
小走りでエドウィンに駆け寄る。
彼が手で示したのは、他と同じような五階建てのレンガの建物だった。半円形を伸ばした形の窓が五つあって、玄関の前には三段程度の階段があって。唯一周りの建物と違うのは――明りがついていないことだろうか。
「ここなの?」
「たぶん。ジャックー?」
エドウィンが扉を叩くと少し重いノック音がした。
返事はない。
「……ほんとにいるの?」
「えー、いると思うんだけど……。なあー、ジャック? 迎えに来たぞー」
再び彼が扉に手を伸ばしたその時、すっとそれは内側に開いた。
エドウィンの指先が空を切る。
扉の奥はまっくら。
暫くの、静寂。
「……ああー、そっかー。悪かったな、手伝う手伝う」
(え?)
彼の言葉に反射的に疑問符が浮かぶ。闇が広がるその扉の向こうに、エドウィンは語りかけている。手を動かし柔らかに話すその姿は、明らかに――『会話』をしていた。
……『ジャック』の声は、わたしには聞こえないのだろうか。
「悪いアリス、先行っててくんない?」
くるりと振り返り、わたしを視界にとらえてそう言った。
「わかった。行ってるね」
わたしは首を縦に振って言う。黒いリボンでサイドテールに結った茶髪が少しだけ揺れた。
彼はもう一度「悪い」と断って扉を閉めた――が、ものの一秒でそれは開かれる。にゅっと出てくるさっき消えたばかりのエドウィンの顔。
「え、どうしたの?」
「お前アレだぞ! 覗くなよ!」
「…………あ、うん……ダメなんだ……」
エドウィンはキリッとした顔でこちらを指差すと、再びパタンと扉を閉めた。
別に覗こうともしてないのにこの、意味もなくどうでもいい疑いをあけられたこの気持ち。どうしてくれるわたしのこの気持ち。
心の狭いわたしはこっそり胸の内で呟いた。
エドウィンこのやろう。