はじめましてお嬢さん方
「あーあ、残念。どうする?気づかれてたってさ」
不意に頭上から降ってきた、少年の声。
弾かれたように上を見あげるけれど、そこには夜空とそれを遮る建物たち、だけ。
人の姿はない。
言葉とは裏腹に楽しそうな声色で、見えない少年の声は言う。
「なぁ、シャルロット?」
――シャルロット……?
思うと同時に今度は右、やっぱり降ってくるように、少女の高い声。
「エドウィンがうるさいからじゃないっ。ねぇ、エティもそう思うでしょ?」
あたりを見回すと、わたしと同じようにキョロキョロと首を動かすベッキーの姿が見えるだけ。
次は、さっきの子よりももっと幼い女の子の声が言う。
「……アイザックも……うるさかった、よ」
「ええー! おれはちゃんとしずかにしてただろお?」
間髪入れずに幼い男の子の声。
――『アイザック』だろうか?
「……してなかった」
「しーてーたあー」
「してなかったもん」
「しーてーたーのおおー!」
「あーハイハイ静かに静かに、じゃあもうみんなうるさかったって事で! 解決!」
「なんも解決してないわよバカッ、どーすんのよぉ」
「だからそれを最初に聞いたんじゃんか~俺がお前に~」
「あれ? そうだったっけ?」
「ねーエドお~エティが~」
「ちがうの、アイザックがわるい、の!」
「おれわるくないしぃ!」
くるくると木の葉が舞い落ちるように降りかかる愉しげな声たち。
いや、降りかかるだけではなかった。
恐らく同じ人のものであろう声が、上から、後ろから、遠くから、足元から、一瞬でその源が移ってしまうのだ。
どういうこと?
今までの囁きと全く違う、きちんと人格のある、はっきりとした意思を持つ子供の声。
それらをしんと黙らせたのは、ベッキーの一言だった。
「――ねぇ、あなたたち、どこにいるの? 全然わかんないよ」
凛として響く彼女の声。
のち、沈黙。
息を潜めた静寂の街に、構わずベッキーは問いかける。
「いなくなっちゃったの? ねー」
しばらくの無音のあと、幼い男の子の声が応える。
「まだいるよー」
「どこ?」
「それは……」
今度の返事は消え入りそうな女の子の声。
男の子がしゃべってしまうのを止めたような、そんな感じだ。
「教えてほしいか?」
一番最初の男の子が言う。
「だってどこにいるか解んないとさあ、どっち向いてしゃべったらいいか解んないよ。ねえアリス」
「えっ何そこなの!? あ、いや……そうだね」
なんだベッキーそんなこと考えてたのか。
すげえなベッキー。
したたかだなベッキー。
その時。
ふっ――――
――と、わたしの首筋に甘い息がかかる。
「ずっと、ここに、いたわ……?」
「――――ぎッ、ぎゃああああああああー!!」
……うん、なんかもう、言うことないよ。
こんな野太い声わたし出るんだーとかもうどうでもいいよ。デジャヴだしね。
ちくしょう!
わたしを指差し大爆笑するのは、わたしよりももっと背の低い女の子。きっとわたしより年下なのだろう。
先が内巻きになったプラチナブロンドの長い髪、青い瞳。
服は紫っぽいワンピースに茶色のベルト、長いオレンジのリボンとハロウィンチックな感じで。
「あはははー! ぎゃーだって、かわいいいー、あははは」
「あはははは、アリスったらビビリだなあー! あははははー」
ベッキーまで笑いだしちゃって、なんかもう穴掘って隠れたい。
だってびっくりするでしょーよいきなり後ろで声がしたらさああああー!
「あんまり脅かすなよ可哀そうだろっ」
ぺしっと女の子の頭を叩く男の子――きっと、いちばん最初に声を聞いたあの人。
金髪に若草色の瞳、黒のズボンとベストにオレンジのネクタイ。ついでに黒にオレンジのリボンがついたシルクハット。
なんだこの人もハロウィン仕様?
そういう団体なの?
……あ、わたしもか。
「ビビらせてごめんなー、俺エドウィンっていうんだ。そっちは――」
「シャルロットよっ」
えへん! と胸をはって答える女の子、もといシャルロット。
それから、呆れたように笑う男の子が、エドウィン。
「あたしはレベッカだよ! そっちのビビリはアリスでーす」
「ちょっ、もう否定はしないけどその紹介やだ!」
「いいじゃん、なんか紹介ついてたほうが名前覚えてもらえるよ?」
真っ黒お目目をまた上向き半円にニヤつかせてベッキーが言う。
何か言い返そうと口を開いた瞬間、あやうく悲鳴が転がり出そうになって手で口を塞いだ。
誰かがわたしのスカートの端をひっぱったのだ。
ばっと振り返ると――小さな男の子と女の子が立っていた。
「おれらのこともわすれんなよなー! おれアイザックだから!」
「……エティ、です」
ダークブラウンの髪とブルーの瞳。
男の子、アイザックのほうはつんつん跳ねてて、女の子もといエティはふわっとしたショートボブになっている。
双子かな?
なんかちっちゃくてかわいい。何歳だろう。
っていうか……うん……。
うん。
そんな一気に出てきても名前覚えられませんごめんなさい。
こんなにここに人がいたことに驚きつつ――わたしは曖昧に「よろしく」と微笑んだ。