レベッカちゃんの本
レベッカ=アッカーソン。
"Rebecca=Ackerson"。
レベッカって、あの、『ベッキー』?
「ま……まさか。まさかね」
そう呟いた声はわざとらしいくらいに震えていて、状況が状況ならわたしは笑い飛ばしていただろう。
確かに、ベッキーの苗字は『アッカーソン』だけれど。ベッキーが火事で死んだ? 馬鹿な。そんなことあるわけがない。有り得ない。
根拠のない動揺にまかせ乱暴にページを戻すと、そこにはやはり動く水彩画が広がっている。他の子のものと違って、『レベッカ』という名前の少女の顔は全て真っ黒なクレヨンのようなもので塗りつぶされていたけれど。
ほら、ほらね。
顔わかんないじゃん。
ベッキーじゃないでしょ?
ほら?
ね?
ね?
「……やだな、もう、こんなとこで、同姓同名なんて、ふふ、へんなの、偶然ってへんなの……」
そう言いながらもわたしの手は、カバーに爪跡が残りそうなほど強く本を握りしめていた。自分に言い聞かせるでもなく、ただただ口が動くままに「有り得ない、有り得ない」と呟く。
確かめたかった。
これが、この『死んだレベッカ=アッカーソン』が、わたしの友達じゃないと。ベッキーじゃないと。
乱暴にページを掴んでめくる。
クスクスと漏れる笑い声は自分のものとは思えない程気持ち悪くて、こんなに有り得ないって繰り返しているのに手は焦ってページを捲る。
きっと、これは、偶然だ。
『レベッカ』の両親は『ベッキー』と同じ名前だったけれど。
家も街並みも見覚えのあるものだけど。
わたしとベッキーで考えたはずのくだらない遊びをして笑っているけれど、茶髪に緑色の目をした女の子が隣にいるけれど、その子の名前は『アリス』と書かれているけれど。
「……嘘だ……」
一筋だけ涙が頬を伝う。
それはちょうど黒く塗りつぶされた『レベッカ』の顔の上に落ち、クレヨンの油分に弾かれて滑り落ちた。
去年のハロウィンの日、ちょうど一年前の夜。
はしゃいだ子供の火の不始末のせいで、『レベッカ=アッカーソン』は焼け死んだ。
彼女の本の最後のページは、乱雑に乱暴に塗られた黒一色だった。
認めたくなくて信じたくなくて、それはエドウィンやシャルロットやアイザックやエティの本に抱いた感情とは全く、全く違うもので。
みんな可哀想な最期を迎えたのに。悲劇的な結末だったのはベッキーの本だけじゃなかったのに。
真っ黒なページを力なく撫でる。わたしはさっきまでの無根拠な否定の理由がようやくわかった。
それはきっと、殺人も事故もわたしには関係ないと、可哀想だけれどわたしとは無縁なのだと、そう信じて生きてきたせいだ。
通り魔に男の子が殺されたんだって。うわあそうなんだ。可哀想だねえ。父親の暴力で娘が死んだんだって。そうなんだ。可哀想だなぁ、わたしのお父さんは優しくて良かった。母親に見捨てられた兄妹が干からびてるのが発見されたんだって。なんて可哀想なの、そんな非道いことをする人がいるなんて!
――ねえアリス、知ってる?
「……やめて」
頭の中で誰かの声が響く。
耳を塞いでかたく目を閉じる。
誰かは言う。
――×××でねえ、火事があったんだって。そこに住んでた女の子が、焼け死んだんだって。
「やめてよ……」
背を丸めて縮こまる。このまま潰れて小さくなって消えちゃえたらな。そしたら、楽なのに。
声は心底気の毒そうに言う。
――可哀想にねえ。アリスの親友のレベッカが、こんな形で死んじゃうなんてね。
――死んじゃうなんてね。
―― か わ い そ う に ね !
「こんな所で何してるのかな、アリス?」
「ッ!」
何かが崩れて壊れる寸前、不意に耳元で聞こえた柔らかな囁き。
吐息がかかるくらい近かったそれは、あの子のものだ。
「素敵な本読んでるんだね。僕にも見せて?」
いつの間にこの部屋に入ったのか。
額がつきそうな程の距離に、少しも笑っていないジャックの顔があった。