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キチガイさんはだあれ


 頭が痛い。


 疲れた? 飽きた? うんざりした? どれもなんとなく違うけれど、全部足して割ったらだいぶ近くなりそうだ。


 部屋の隅に座って皆を見わたす。床には大量のお菓子や皿が落ちているけれど、それを咎めるどころか気にする人すらいない。


「ねー、おれもう飽きたあ」


 床に転がった『ジャック・オ・ランタン』を足蹴にしながらアイザックが言う。


「そうねえ、確かに飽きたわ」

「……ちがうこと、したい……かも」

「んーそうだなー、何するー?」


 シャルロットはフルーツのパフェをぐちゃぐちゃと混ぜながら、エティは床に落ちたゼリーを潰しながら、エドウィンは空になった陶器の皿を床に捨てながら次に何をしようかと話し合う。


「レベッカ、なにかない……?」


 エティが小さく呟くと、ベッキーは「あたし?」と首を傾げた。


「んー、じゃあねぇ……あたしクリスマスやりたいなあ」


 空洞の目できょるんと皆を見つめ、わたしには理解不能な提案をする。

 だけどそこにいるわたし以外の全員が歓声をあげた。


「それいいっ!」


 アイザックがばっと立ち上がって言う。散々蹴られてひび割れていたジャック・オ・ランタンがぱきりと踏みつぶされた。


「ずーっとハロウィンだったもんなー!」

「クリスマスっていったら何かなあ? まずツリーとリースと、あとは~」

「レベッカ、あの、イルミネーションがいい……!」

「素敵! どこにあるかしら、探しにいかないとねっ」


 楽しそうにわいわいと話す皆。とても入っていく気になれず、改めて膝を抱え直した。

 やっぱり頭が痛い。


「じゃあさ、お菓子も料理もこんな色のじゃない方がいいよな?」


 オレンジや紫の毒々しいお菓子やケーキを指差しエドウィンが言う。

 みんなが手を叩いて喜ぶ。


「片づけようよー」

「一個ずつおろすのめんどくさいねぇ」

「テーブルクロスごとすてちゃう?」

「そうね!」

「そっち持って~」

「いくぞ? せーのお」


 それは、例えば手品(マジック)の合図のように。

 ……だけど、あれはテーブルクロスを勢いよく引いてもワインが零れないことに素晴らしさがあるのであって、上に乗っていたものが無惨に床にばらまかれたこの結果のどこに歓声をあげればいいのか分からなかった。

 奇麗さっぱり何もなくなった長い長いテーブルの上に、今度は何を置くかの会議が始まる。


「アリス! ねえ、何食べたい? クリスマスっていったらやっぱケーキとチキン?」


 ベッキーが楽しそうにわたしのところにやってきて言う。


「……? なんでそんなとこ座ってるの? 立ってよー、おいでよおー」


 ぐいぐいとわたしの腕を掴んで引っ張ったけれど、とても立ち上がる気になれない。「具合悪いの?」とわたしの顔を覗き込む彼女ですら、安心材料にはなってくれなかった。

 ああせめて彼女の顔で、カボチャの面の奥の素顔でわたしを心配してくれたら。


「……ベッキー、そのお菓子とか料理って、誰が作ってるの?」


 膝に顔をうずめ尋ねる。

 「え?」という小さな返事の後、わたしの質問と同じことを皆に尋ねる声が聞こえ、そして、無音。


「……知らねーけど、ジャックが持ってくるからジャックなんじゃね?」


 エドウィンの声。

 多分そうだよねーと、皆の声。


「……誰かが作った料理をさ……そんな風にぐちゃぐちゃにしたら、良くないと思うんだけど……」


 ぼそりぼそりと呟く。「あー」と納得したような声が聞こえて愕然とした。本当に、本当に罪悪感とかなかったんだ。

 けれど、重ねられた言葉はさらに信じられなかった。


「でもいくらでもあるし別によくない?」

「そうよねー」

「かたづけはてつだうし……」

「ねえ?」


 ねえ。


 そうだよねえ。


 そうでしょ?


 そうでしょう?


 ねえ。


 ねえ。ねえ。ねえ。ねえ。ねえ。ねえ。ねえ。ねえ。ねえ。



「――っ……!」


 瞬間、部屋中を震わせる大きな音。

 驚いて身を固めこっちを見る皆。


 立ち上がったわたしは、そばにあったロングテーブルを蹴り倒していた。


「いい加減にしてよ……」


 発した声は今までにないくらいに震えている。それがどんな感情からくるものかは、分からないけれど。

 ベッキーがわたしに伸ばした手を払って、口が動くままに喋った。


「馬鹿じゃないの……? 壊して並べて、またぐちゃぐちゃにして、壊して……何やってんの、頭おかしいんじゃないの? おかしいよ……」

「ちょっと、アリスどうしたの?」

「『どうしたの』? どうしたのって、何が!? 今やってることが普通だとでも思ってるの!?」

「落ち着いてよ、急にそんな、アリス……」

「落ち着いてなんて、意味わかんな――」

「アリス!!」


 誰かに名前を叫ばれはっとする。その声がベッキーのものなのかエドウィンのものなのか、シャルロットかアイザックかエティなのかも分からなかった。

 ただ、余韻のように耳に響いて消えないのは、ヒステリックで情けないわたしの(・・・・)声。


 皆がわたしを見ている。その視線は、哀れみ? 呆れ? それとも引いてる? どれもなんとなく違うけれど、全部足して割ったらだいぶ近くなりそう。


「……違う……」


 頭を抱える。

 耳を塞ぐ。

 首を振る。


 見てる。

 皆がわたしを見てる。

 言葉では言い表せない、だけど明らかに負の感情のこもった、決して暖かくはない瞳で。


 視線に耐えきれなくなったその刹那、堰を切ったように言葉が流れ出た。


「――ッ、違う、違う違う違うおかしいのはわたしじゃないわたしが普通なの頭がイカレてるのはわたしじゃないあんたらよ!! やめて、やめてっ……そんな目で見られる筋合いなんかない……!!」


 何か言いかけたベッキーを突き飛ばし、扉を叩くように開いて部屋から逃げ出す。

 がむしゃらに走るその最中ですら、全てがわたしを嘲っているように思えてならなかった。



  ◆


 胸に抱いた黒いショートブーツを落とさないよう、ジャックはそっと背中で扉を押し開く。


「ごめんアリス、やっぱりパンプスは見つからなくて……」


 そう呟きながら顔を上げて、彼は少し驚いた。


「あ、ジャックだ!」


「ジャックおかえり!」


「お帰りなさいー!」


 ぱっと笑顔になったこの『街』の『住人』たちにただいまと返しながら、少年は部屋を見回す。


 赤と緑を基調にしたリボンやリース、雪を模して散りばめられた白い綿、ツリー、イルミネーション。

 そして、部屋の隅に押し固められたぐちゃぐちゃの紫と橙。


 ジャックは微笑みながら皆に聞いた。


「クリスマス?」

「そうだよー!」


 間髪入れずに返ってくるアイザックの嬉しそうな返事。


「レベッカが言い出してくれたのよねー」


 とシャルロットが笑えば、


「ねー」


 とエティが微笑んで首を傾げる。


「ジャックもやるよな?」

「僕も入っていいの?」

「当たり前だろー!」


 エドウィンがそう言ってジャックの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 少しくすぐられるような気恥ずかしさはあるものの、兄のような存在の彼にそうしてもらうのがジャックは好きだった。


「レベッカ、アリスは?」


 照れを隠すように話題を変え、部屋の中央に置かれたツリーにオーナメントを飾るカボチャ頭の少女に訊ねる。

 レベッカは手を止め「知らなーい」と答えた。


「なんかよく分かんないけど怒ってどっか行っちゃったー」

「え……どっかって、外に?」

「うん、なんか超怒ってた。どうしたのかなー」

「まだハロウィンしたかったのかもしれないわね」

「そういえばアリスは来たばっかだもんなー」

「さがしにいく……?」

「そうするー?」


 それぞれ好き勝手に言葉を交わした後、皆が今も扉の前に立っているであろう少年の方を向く。


「ねえジャック…………あれ?」


 当たりを見回すが、そこにいる筈の黒髪の少年は見当たらない。

 つい先刻まで彼が抱えていた黒いブーツは床に転がり、扉は小さく軋んで閉じる。


 そこに、ジャックはもういなかった。


「……」


 パーティー会場のようなその空間を静寂が覆う。

 しんと黙ったその部屋の中で、誰かがぼそりと呟いた。



「……つまんない。アリスばっかり」





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