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一緒に遊びましょう


 好奇心は身を滅ぼすと言うが、今回重傷を負ったのは精神の方だった。


 右手にじわりじわりと広がる生ぬるいどろんとした感覚。傷口に全くしみないのが不思議で、一体どんな薬なんだろうと右手を浸けていた液体を確認してしまったのが間違いだった。

 目に飛び込んできたのは目に優しくないオレンジ色。


 ちょっ、待て待ておかしいおかしい。傷口につけていい色じゃないよこんな蛍光色。


「ちょっ、ジャックこれ何!? なんの薬!?」


 反射的に目の前の少年に叫ぶ。

 しかしその問いに答えたのは、背後から聞こえた舌足らずな声だった。


「アリスばかだなー、それはお薬じゃなくてスープだよ」

「……は?」

「かぼちゃのスープ」


 そう言ってくりっとした瞳でわたしを見上げるのは、双子のお兄ちゃんアイザック。皆のところにジャックとわたしが戻ってきた時に真っ先にジャックに飛びついたのはこのアイザックだった。

 焦げ茶色の短い髪に青い瞳のかわいい男の子だ。


「お薬なんてないんだからしょーがないだろおー」


 さも当然だと言うように口を尖らせる。

 ジャックを庇っているようにも感じたが、そもそも『文句を言うアリスが悪い』という意志がありありと出ている。……いやいやいや、ありあわせにしてもなんかもっと……ねえ?

 ていうかかぼちゃのスープってこんな蛍光オレンジでしたっけ。


「ちなみにそれは?」


 真剣な表情でわたしの手を治療しているジャックに問いかける。

 何やらぷるぷるしたゼリー状のもの(しかも紫色)を塗り終え、今は白いぐにぐにした物を巻いている最中だ。


「これは、よくわかんないけどキャンディアートに使う飴だと思うよ。さっきのはぶどうのゼリーだけど、しみちゃったかな……ごめんね、下手で」

「……ううん……大丈夫……」


 ありがとうジャック、君は心優しい子だね。……聞かなきゃよかった、なんてこれ以上愚かな後悔があるだろうか。いやない。


「つーかアリス、なんでそんな怪我した訳? すげー痛そうなんだけど」


 そう言ってジャックの座っている椅子に手をかけたのは、エドウィンだった。


「この街訳わかんないから早く出たくて門登ったらさあ、落ちちゃってさあ」


 ……なんて言える筈もなく、どう答えていいか分からず黙っていたら「早く治るといいな」と話を締めくくってくれた。なんとなくじんわりと心に広がっていく暖かいものを感じつつ、ふと気づく。

 エドウィンの右目はなんで飴じゃなくて包帯なんだよ!


 ――と。


「ジャック、キレイな布ってこれでいいかしら?」


 そう言って部屋に入ってきたのはシャルロットと、確かエティ……待って、またごっちゃになってきたよ。もしかして全員集合じゃない?

 ちょっと整理してみよう。


 まず、今入ってきた女の子ふたり。

 シャルロットとエティ。


 プラチナブロンドの長い髪にオレンジのリボンをしているのが、シャルロットだ。空色の瞳に白いブラウス、紫のワンピース、茶色いベルト。

 背はわたしより小さくて、多分七、八歳くらいだろう。


 で、次、シャルロットと一緒に入ってきたちっちゃい女の子――エティ。

 多分五歳くらいだろうけど、誰よりも無口で大人しい。

 照れたようにシャルロットの後ろに隠れる仕草がなんだか可愛い、ショートボブの茶髪に藍色の瞳の女の子だ。


 その双子のお兄ちゃんがアイザック。

 顔はエティとそっくりな茶髪藍眼だけど、こっちは『大人しい』とはかけ離れたような男の子だ。いいコンビだね、なんか。


 で、後はエドウィンとジャック。

 短い金髪と緑眼に右目の包帯、黒髪黒目の美少女顔に黒と紫のボーダーのマフラー。


 ……覚えたかな? 大丈夫かな。

 頑張れわたし。


「これ、巻いとくね。早く治りますように」


 シャルロットとエティから受け取った布をわたしの手に巻くジャック。

 彼女たちが持ってきたのは淡いピンクや黄色などのパステルカラーのはぎれだった。何かを切り取ったあとらしく歪な形をしていたけれど、埃がついてたり黒ずんでたりなど目に見えて汚れている感じではない。

 暗くて賑やかで黒と紫と不自然なまでに明るいオレンジ色しか見えないような街の中で、淡く優しく綺麗なままのこの色は少しだけ浮いて見えた。


「ところでアリスどうしてそんなケガしちゃったの? 痛そうだわ」

「あははは、それさっきエドウィンもいってたー!」

「ええっ、エドと一緒!? 嫌よ!」

「シャルロット……地味に傷つく」


 きゃっきゃっと笑いあうシャルロットとアイザック、こめかみに手をあてるエドウィン。

 エティはアイザックの服の裾を掴んでみんなを見上げている。

 そして、みんなの中心で座っていたジャックが黒い髪とマフラーを小さく揺らして立ち上がった。


「どこ行くの?」


 聞いたのはわたし。彼はにっこりと微笑み、


「アリスの靴探してくるよ」

「えっ、い、いいよ! わたしが自分で……」

「駄目だよ、アリスはお客さまなんだから」


 あたたかい手のひらで両手を包むような、ふわりとした笑顔。それに有無を言わせない威圧感を感じたのはどうやらわたしだけのようだ。

 彼のこの表情は苦手かもしれない。大人しく、お言葉に甘えておこう。

 無言で小さく頭を下げる。


「じゃあアリスはひまなんだな!」

「そうね! ねぇ遊びましょうよー」

「あそぼあそぼー!」


 ジャックが部屋を出るのと同時、わらっと寄ってくるシャルロットとアイザックとエティ。エティ無言だけど。

 ちょっとびっくりして皆を見て(三人とも本当はわたしより背が低いのだけど、わたしは座っていたから見下ろす必要はなかった)、それから少しだけ遠いエドウィンを見た。

 彼は首をすくめて笑ってみせる。


「レベッカが待ちくたびれてるんじゃない?」


 そう言って、まるでお姫様でも誘うように恭しくお辞儀しながら両開きの扉を開く。

 大袈裟に軋みながら開いた扉の向こうは――


 ――『凄惨』の一言に尽きた。


 中身が入ったまま倒れているティーポットやカップ、粉々に割れているお皿、ぐちゃぐちゃになった毒々しい色のパイやお菓子やゼリーたち。

 綺麗に盛り付けられた物もあれば床に撒き散らかされているものもあり、まるで誰かが暴れまわった後のようだ。


「あーアリスー」


 そんな間の抜けた声とともに床に座り込んでいたカボチャ頭が振り返る。

 身体中をベタベタにして笑ったそれは恐怖心を煽るというより滑稽極まりない姿だったけれど、わたしの背筋を冷たくするには十分だった。

 凍るというよりも『冷たくなる』。火照った時に冷水を飲んで身体の内側から冷やされるみたいな、じわっと広がる寒気。



 ああ、なんだか、わたしの知っている彼女とどんどんかけ離れていくなあ。



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