探索再開
小さく軋んで閉まった扉を見つめわたしは息をついた。
それと同時に胸にこみ上げる不思議な安心、安堵。
――なんという幸運、図らずもわたしは自由に行動できるようになったぞ!
どうせ、ベッキーたちがどこを会場に遊んでるのかなんてわたしには解らない。自由に街を探索できるこんないい機会を、ふいにしてたまるものか。
わたしは先程までの恨み事などすっかり忘れて(やはり胸の内で)叫んだ。ありがとうエドウィン!
決意も新たに、なんとなく口元が緩むのを感じながら、トントンと足音軽く階段を下る。
「どこ行こうかな~」
なんてね。
あー気楽だわー。
妙に清々しい気分で顔を上げると――
――一秒も待たずに街中の家が一斉に灯りを落とした。
肩が跳ねる。
息が止まる。
せっかくわたしを慰めに来てくれた安心と安堵が、逃げていく。
……ああそうだ、忘れてた。
わたし、この街が嫌いなんだった。
◆
道がおかしい。
狂ったように整列する建物、歩けど歩けど変わり映えしない景色。
さっき通った時はこんなことはなかったはずだ。
――街の構造はすぐに変わる、地図なんかない。
そう愉しげに話していたエドウィンの顔が浮かぶ。
こういう事かちくしょー。
ワァー! ヤバーイ、チョーオモシローイ! ウケルー!
「……このやろう、エドウィンはすぐジャックのとこ連れてったくせに」
ある程度の時間をここで過ごしてきた上に地元(?)愛のハンパない彼と、毒ばっか吐いてる新参者のわたし。もし街に自我があったとしてどちらが街に好かれるかといえば、どんなバカでも一瞬で答えが出る。
ああごめんね街さん、早く出て行くから意地悪しないでおくれよ。頼むから。ほんと。
とにかく、門を探そう。
何はともあれそこからわたしは来たわけだし、このまま無意味に散歩を続けるよりよっぽど希望はある。
きっと何か手がかりがあるはずだ。
――クスクス、クスクス。
――ひそひそ、ひそひそ。
ささやかれるこの声も、とてもわたしを歓迎しているとは思えない。
ああくそ、早く帰りたい……
そのために目指すべきかは解ってる。
ただ一つ、この街と橋を隔てていた門だ。
厳密にはわたしは門をくぐった覚えはないんだけど、橋を歩いてきたのは覚えてる。『門』である以上、こっち側とあっち側を区別しているのも確か。向こう側はきっと、きっと、わたしの望む世界なはずなんだ。
とにかく歩くこと数分。
途中で曲がったり路地に入ったり来た道を戻ってみたりしてみたけど、特に進展はなかった。ちなみに建物にもやっぱり入れなかった。
もしかして「ベッキーたちのところに行こう」って思いながら歩いたらすぐについたりするのかな?
なんかもう……それくらいのことは起こってもおかしくなさそうだ。
そんなことを考えながら歩いていた時。
――ねえ、ジャックのこと、すき?
「……え?」
――すき?
「……」
声がした。
少女にも少年にも聞こえるような、何人もが声を重ねたような、加工したような、不思議な声が。
誰?
いや、きっと誰でもないんだ。まだまだ絶えない笑い声の主はきっとこの街。それならこの声も……
――きらい? ジャックのこと、きらいなの?
「……嫌いじゃないよ。好き」
――すき?
「うん」
頷きながらわたしは答えた。
この子たちを怒らせたら二度と帰れない、なんてこともないとは言い切れない。とりあえずジャック大好き! ってことにしとこう。会ったことないけど。
声たちはひそひそと何かを話し合った後、ぷっとふき出し、それから大爆笑しだした。
――すきだってー!
――すきだってー!
――ジャックのこと、すきなんだってー!!
…………。
な、殴りたい。
笑いながら遠ざかっていく声にわずかな殺意を覚え、それからはっとした。なんて心が狭いんだアリス。ていうかなんかこの街に来てから短気になった気すらする。なんてこった。
次に何か言ってきたら大人の対応攻撃をかましてやろうと身構えるが、しばらく待っても以降なんの反応もなかった。
そんな訳で、軽く自己嫌悪状態になりながらとぼとぼ歩いていたわたし。
特に何かを感じたわけでもなくふと、本当にほんの気まぐれで顔を上げたとき、目の前には大きな大きな門が建っていた。
馬鹿にされた気がしたけれど、あの応答は案外お気に召したのだろうか。