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「それにしても、毎日増えるねぇ。ちょっとした旅団じゃない?」
「そうかもな」
「紅葉が一番のお姉さんね」
「そうだな」
「いくつ?」
「さあ」
「分からないの?」
「ああ」
「そっかぁ。残念」
「何が」
「うちの茜と同い年かなぁ、なんて思ったんだけど」
「そう思うなら、そうなんだろ」
「…辛口だねぇ、紅葉って」
「そうか?」
狼の姉さまは首を傾げて。
カラクチ?
カラクチって何なのかな…。
「しかし、やっぱりここの南瓜は美味いな」
「あれ?ここに来たことがあるの?」
「ああ」
「へぇ~。そりゃ気付かなかったなぁ」
「部屋からあまり出なかったからな」
「えっ、どうして?具合が悪かったの?」
「いや、景色を見てたんだ。ずっと。ここはリュクラスに似てるからな」
「禁地に?はは、いくら田舎って言っても、あの原生林には敵わないよ~」
「いや、雰囲気がな。オレが育った森にそっくりなんだ…」
「え?育った森?」
「えっ、あ、いや。森に囲まれたところだったんだ…」
「そっかぁ。紅葉も田舎出身なのね」
おばちゃんは納得したように頷いて。
でも、狼の姉さまは少し焦ってるみたいだったけど…。
「それより、翔。あんまり食べてないみたいだけど大丈夫なの?それとも、二日続けての南瓜は嫌だった?」
「…え?あ、あぁ、大丈夫…です」
「兄ちゃんは、ミコトと契約して体力を使っちゃったから、元気がないんだ」
「ミコト?」
「昨日も来てた黒い龍の子なんだぞ」
「あぁ、あの子。契約したってことは、翔とミコトがくっついたってこと?」
「そうなのかな」
「ふぅん。じゃあ、あのイタズラ娘は翔と弥生と一緒に旅に出て、村からいなくなっちゃうってことかぁ…」
「寂しい?」
「…まあね。また一人、村から離れちゃうんだなって思うと…ね。イタズラばっかりする、困った子だったかもしれないけど、あの子が起こす事件で村が活気付いてたってのもあるんだ。まあ、犯人は答えを発表されるまで分からなかったんだけど。…あはは、しんみりするなんて、らしくないね。ごめんごめん」
おばちゃんは頑張って笑ってみせるけど、寂しさは隠しきれなくて。
…なんとか元気付けられないかな。
「あのっ!」
「ん?」
「えっと…。兄ちゃんも私も、こうやって故郷から出て旅をしてるけど、一回も故郷のことを忘れたことなんてないよ。だから、ミコトもきっと、いつまでも覚えてると思うの。心はいつも、ここにいる」
「…そうだね。ありがとね、弥生。それを聞いて元気になってきたよ」
「えへへ」
「心はいつも、ここにいる…か」
「え?」
「時経れども変わらぬ故き里、我が心に有り。幾千の明日を迎え、幾千の宵を過ぐれども。たとい、その姿を失えど。我が心に、故郷有り」
「難しいねぇ…」
「時が過ぎたとしても変わらない故郷は、私の心にある。何千の朝を迎え、何千の夜を過ごしても。たとえ、その姿が失われても。私の心に、故郷はある。…とまあ、こんなかんじだな」
「へぇ。古典風だよね」
「準古典といったところだろうな。本当の古典が書かれた時代から見れば、ごくごく最近に書かれた小説の一節だ」
「小説かぁ」
「ああ」
「心に故郷…か。心の故郷じゃなくて」
おばちゃんは少し箸を置いて目を瞑る。
そして深呼吸をして、またゆっくりと目を開ける。
「心に故郷。みんな、そこにいる。だから、寂しくない」
「うん!」
「そっか。ありがと、弥生。本当に。大切なことに気付けたよ」
「えへへ」
もう、寂しい顔なんてしてなかった。
ミコトが、みんなが、心にある故郷にいることが分かったから。
だから、もう大丈夫。
…でも、翔お兄ちゃんは大丈夫じゃなさそう。
光が必死になって支えてるけど、もうほとんど眠っていた。
目を開けると、月の光がそっと広がって。
また目を瞑ると、闇が温かく包み込んで。
ふたつの間でユラユラしてると、何回目かに目を開けたとき、狼の姉さまの顔が急に現れた。
「わっ!」
「シーッ。もうみんな寝てるからな」
「ご、ごめんなさい…」
「眠れないか?」
「ううん。いつも、これくらいなんだぞ」
「そうか」
「狼の姉さま」
「ん?」
「響に謝ってもらったの?」
「まあな」
「いつ?」
「さっき」
「さっきって?」
「さっきはさっき」
「むぅ…」
「はは、そんなことは別にいいじゃないか」
少し乱暴に頭を撫でてくれたけど。
でも、気になるのは気になるんだぞ…。
「それより、ヤーリェはどうだった?おかしなところはなかったか?」
「えっ、どういうこと?」
「いつも一緒にいると分かることも多いが、分からないことも多い。分からないことは他の人に聞くしかないんだ」
「自分だって、ヤーリェとずっと一緒にいたいもん…」
「そうだな。でも、ルウェまで一緒にいると、ヤーリェの微細な体調変化に気付けないかもしれないだろ?」
「うぅ…」
「そう唸るなよ」
狼の姉さまは、優しく頭を撫でてくれた。
ちょっと悔しかったけど、とても気持ちよくて。
「…前と変わらなかったんだぞ」
「そうか。ごめんな」
「…うん」
「お詫びと言ってはなんだけど」
ギュッと抱き締めてくれた。
狼の姉さまの温かさと良い匂いが広がって。
そっと目を瞑ると、嬉しい気持ちが溢れてきた。
「お休み、ルウェ」
「うん…」
狼の姉さまが優しく背中を叩くたびに、闇は深くなっていって…。