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「簡単なことだ。こいつはオレたちと話したいと思ってるんだから。オレたちも、こいつと話したいと思えばいいだけだ」
「でも、鷹となんて話せるわけがないじゃないか」
「どうして」
「俺たちは鷹の言葉が分からないし、そもそも鷹がこっちの言葉を理解してるのかも疑問だ」
「鷹の言葉が分からないって、話そうとしたことはあるのか?」
「いや、さすがにそれはないけど…」
「七宝やミコトに分かって、オレたちに分からないなんてことはないだろ。最初から諦めていたら、出来ることも出来なくなるぞ」
「うーん…」
「翔でも、口では勝てないみたいだね~」
「兄ちゃんは、もともと口が上手いってわけでもないからね」
「そんなことないだろ…」
「あるよ」
「あるね」
「あるかも~」
「あるんだぞ」
「あるの?」
「あるって」
「あるな」
「お前らなぁ…」
翔お兄ちゃんは机に突っ伏して、ため息をつく。
でも、本当に、口は上手いとは思わないんだぞ。
「そういえば、男の人って兄ちゃんだけだよね。女の人が一人だけだったら紅一点だけど、男の人が一人だけだったら何なの?」
「んー…。黒一点?」
「響、適当なこと、言わないの」
「じゃあ、光は分かるの?」
「それは…」
「そんなことだろうと思ったよ」
「うぅ…」
「いろはお姉ちゃん、なんて言うの?」
「そうだな…。両手に花かな」
「こんな花ならいらない…。棘だらけじゃねぇか…」
「ははは。一番棘があるのは翔かもしれないな」
狼の姉さまは、翔お兄ちゃんの頭をポンポンと叩く。
翔お兄ちゃんが少し恥ずかしそうにしているのを見て、光はなんだか怒ってるみたい…。
「これ以上はダメみたいだな」
「……?」
「さて、そろそろこいつの話も聞こうじゃないか」
「あ、そうだったね」
「でも、ホントに、分かるの?」
「やってみないと分からないだろ」
「そうだけど…」
「ほら。光からやってみるか?」
「え、えぇ…」
鷹が光の方を見る。
でも、光はおどおどとして。
「怖がると、こいつにもその気持ちが伝わる。そしたら余計に心が通じなくなるぞ」
「でも…」
「そうか。じゃあ、光は後回しだな」
「ごめんなさい…」
「謝ることはないよ。最後に出来ればいいんだから。な?」
「うん…」
「さあ、次の挑戦者は誰だ?」
「はい!は~い!」
「よし、響だ」
「よ~し…」
響は正面から鷹を見据えて、何かすごく怖い顔をして。
ホントに怖いんだぞ…。
「響。そんな鬼気迫るような顔で睨んでると、鷹が畏縮してしまうぞ」
「え?そんな顔してた?」
「ああ。力を入れすぎだ」
「んー…。そんなこと言われてもなぁ…」
「普段、みんなと話してるように接してみろ」
「んー…」
響は、またジッと鷹を見て。
さっきよりは、マシになった…のかな。
でも、集中力が切れたみたいで。
「はぁ…。ダメだなぁ…」
「ふむ…。やっぱり、最初が鷹だと難しいのか…」
「えっ、どういうこと?」
「オレは、最初は狼と話してて、それから他のやつらに広げていった。もしかしたら、話しやすいのと話しにくいのがいるのかと思ってな」
「えぇ…。そういうことは先に言ってよね…」
「今気付いたんだ。でも、そうなると、今こうやって練習してても効果は薄いってことになってしまうな…。どうしたものか…」
「狼なら、明日香がいるの」
「明日香?あぁ、あの白狼か。でも、今は望のところにいるんだろ?」
「あ…。そうだったの…」
「まあ、良い練習相手がいるって分かっただけでも儲けものだよ。ありがとう、リュウ」
「えへへ」
「さぁて、そうとなれば、こいつをどうするかだけど…」
「いいんじゃない?話せるようになるまで保留ってことで」
「………」
「怒ってるぞ」
「そんなこと言われても…」
「………」
何も言わずに翼を広げると、鷹はそのまま外に飛んでいってしまった。
んー…。
残念だけど、狼の姉さましか言葉が分からないんじゃ…。
「あーあ。まあ、行ってしまったのは仕方ないか…」
「じゃあ、どうする?練習相手もいないし」
「もう…。響が、もうちょっと、頑張れば…」
「光なんて、話そうとすらしなかったじゃない」
「そ、それは…」
「こらこら、喧嘩をするんじゃない」
「喧嘩なんて、してないもん…」「………」
「帰ってしまったのは仕方ないじゃないか。また来てくれることを祈ってだな…」
「だいたい、紅葉お姉ちゃんが通訳をしてくれたらよかったんじゃない」
「ひ、響…」
「そうだな。オレが通訳をすれば、よかったのかもしれないな」
狼の姉さまは響の横に座って、真っ直ぐに見つめる。
それに少し戸惑ったのか、響はぎこちなく目を逸らして。
「でも、通訳を通すと話せる時間は半分以下になる。それに、話し手が思っていることと通訳が思っていることが違っているかもしれない。しかも、通訳と聞き手が思っていることも違っているかもしれない。ただでさえ間違うのに、間にひとつ通すだけで間違いは二倍にも三倍にもなるはずだ。そう思わないか?」
「………」
「楽な道を選んで一生間違えたまま過ごすくらいなら、苦労したとしても正しく理解する方が良いだろ。少なくともオレはそう思ったから、お前たちにあいつと話す術を教えた」
「………」
「紅葉の言う通りだな、響」
「………」
「あっ、響…」
響は席を立つと、厨房から出ていった。
光もそれを追いかけて。
「響お姉ちゃん、どうしちゃったの?」
「いろいろ考えることがあるんだろうよ。まあ、光もいるし、放っておくのが一番だ」
「ははは…。オレの責任でもあるんだがな…」
「今、紅葉が行っても無駄だろ。光が上手くやってくれるよ」
「…そうだな」
不安そうに厨房の入り口から廊下の方を覗いてる弥生の頭を撫でて。
狼の姉さまは、何か複雑な顔をしていた。