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「鏡の世界?にわかに信じがたいな」
「ホントなんだぞ!」
「ルウェが、そういうなら、そうなんだろうね」
「うん!」
(鏡の世界…。ボクは気付かなかったけど…)
「寝てたの?」
(起きてたよ…。ボクたちだって、四六時中寝てるわけじゃないし…)
「ふぅん…。じゃあ、なんで気付かなかったの?」
(うーん…)
「注意力散漫なんだろ」
(あっ、酷いよ!)
「鏡の世界から、どうやって、出てきたの?」
「ていうか、どうやって入ったんだ」
「んー…。分かんないんだぞ…」
「分かったら苦労はしないよ」
「まあ、そうだけどな。弥生も行ってきたらどうだ」
「なんでそうなるのよ!」
「良い経験だろ」
「そんな経験なんてしたくない!だいたい、戻ってくる方法も分からないのに、帰ってこられなくなったらどうするのよ」
「大丈夫だって。ルウェだって帰ってきたんだし」
「あ」
「どうしたの?」
「鏡の世界で誰かに会ったんだぞ」
「え?誰に?」
「分かんない」
「えぇ…」
「よく覚えてないんだぞ」
「なんで?」
「うーん…」
「分かったら苦労しないんだろ?」
「むぅ…」
(なんだろ…。ルウェの記憶にも曖昧にしか…)
「ルウェの記憶に、残ってるの?」
(鏡の世界はね)
「ふぅん」
うーん…。
あのときはちょっと寝ぼけてたからかな…。
あの人のことも…。
「はぁ…。結局、鏡の世界って何なのかな…」
「さあな。そういう不思議な世界があるんだってくらいにしか分からないな」
「えぇ…」
「別にそれでもいいと思うの。ルウェはちゃんと帰ってきたんだから」
「まあ、そうだな」
「…ありがと、なんだぞ」
うん。
ありがと。
響が起きたから、リュウと弥生は川へ下りていった。
自分は、光と翔お兄ちゃんと一緒に部屋に残って。
窓から外を見てると、鳥がこっちに向かって飛んでくるのが見えた。
最初は分からなかったけど、真っ直ぐこっちに向かってきてて。
「光」
「ん?」
「あれ」
「どれ?」
「こっちに来るんだぞ」
「えっ、何が?」
「鳥」
「鳥?」
光が外の方に振り返った瞬間、その鳥が光の肩に止まった。
何が起こったのか分からず、光はすごく慌てて。
「わっ!えぇっ!?」
「なんだ。どうした」
「鳥が飛んできたんだぞ」
「ふぅん…」
「ふぅんじゃ、ないでしょ!取って!取って!」
「虫じゃないんだから…。そら、こっちに来い」
翔お兄ちゃんが呼ぶと、鳥はそっちへ飛んでいって。
それでも、まだ光は動揺してるみたいだった。
「鷹だな。どこから来たんだ?」
「……?」
「足輪は付いてないな。どこかで飼ってるってわけでもないみたいだけど…」
「はぁ…はぁ…。もう、なんなのよ…」
「手紙を持ってるわけでもない。じゃあ、なんでこの部屋に突っ込んできたんだ?」
「うーん…」
「ふぅ…。もしかして、聖獣とか…」
(違うよ~)
「あっ、ミコト。どこに行ってたんだ」
(散歩~)
「ミコトって?」
(わたしの名前だって。兄ちゃんが付けてくれたの)
「ふぅん。ミコト」
(うん)
良い名前だと思うんだぞ。
でも、翔お兄ちゃんはいつの間に考えてたのかな…。
鏡の世界より不思議なんだぞ。
「あっ、お前、こいつの言葉が分かるんじゃないのか?」
(どうかな…)
「なんだよ」
(無口なのかな…)
「喋ってないのか?」
(んー…)
「なんだ、はっきりしないな」
(うぅ…)
(今は何も喋ってないよ)
「悠奈は分かるの?」
(まあね。ミコトもそのうちはっきり分かるようになるよ)
(ホント?)
(うん)
(よかったぁ)
ミコトは安心すると、クルリと一回宙返りをした。
それを見て、鷹は首を傾げる。
「それで?こいつは何なんだ」
(さあ?)
「さあって…」
(だって、本当に何も喋らないんだもん)
「ふぅん…」
「野生の、鷹なんじゃ、ないの?」
「野生の鷹が、こんなに人間に慣れてるか?」
「そんなの、知らないよ…」
「何なんだ?お前は。本当に」
「………」
鷹はキョロキョロと周りを見回して。
ミコトが目の前をフラフラと飛んでいても、全く動じない。
(んー)
「………」
(何も喋らないね)
「………」
「ミコトがそうやって威圧するからじゃないか?」
(えぇ…。そんなこと、ないよね?)
「………」
「ほら。そうだって」
(うぅ…。威圧なんてしてないもん…)
「まあ、焦ることはないだろ。こいつの好きなようにさせてやればいいじゃないか」
(うぅ~…)
「それにしても、響がいなくて、よかったね」
「ん?なんでだ」
「響、きっと、触りたくるもん」
「…それは大変そうだな」
「大変そう、じゃなくて、大変なの」
(わたしも、響にいじめられた!)
「それは、お前が悪さをしてたからじゃないのか?」
「あはは…。ミコトの場合、それも、あるかもしれないね…」
(違うもん!)
「まあ、何にせよ、お前のイタズラがいろんな人に迷惑を掛けたのは事実だ」
(うっ…)
「反省しろよ」
(はい…)
すっかりしょげてしまったミコト。
悠奈はもう丸くなって眠っていて。
「……!」
「おわっ!?」
「あっ」
急に翼を大きく広げると、鷹はまた窓からどこかへ飛んでいってしまった。
何かを見つけたように。
…どうしたのかな。
「はぁ、結局何も分からなかったな」
(うん…)
「また来るよ、きっと」
「うん。自分もそう思う」
もう森の中に入ってしまって見えなくなったけど。
あの鷹は、きっとまた来るんだぞ。