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「結局、こっちに来るんだね」
「悪いか?」
「悪くはないよ」
「四階はもともと大人数用の部屋が用意されてるみたいだからな」
「そうなの?」
「ああ。隣の部屋もかなり広かったから。広い部屋に二人だけってのも寂しいだろ」
「ふぅん。そういうものかな」
「そういうものだ」
荷物を部屋の隅に置いて、翔お兄ちゃんは窓際に、弥生はリュウの布団の隣に座る。
みんなで一緒の部屋に泊まる方が良いって、弥生が言い始めたからなんだけど。
「兄ちゃん、一番歳上だし、私たちをしっかり守ってよね」
「こんな平和な村で、お前たちを守らないといけないような状況になるとも思えないけどな」
「そんなの分からないでしょ。巨人の兵隊が来たらどうするのよ」
「巨人の兵隊は、いくら兄ちゃんでも無理だなぁ…」
「巨人の兵隊って?」
「あぁ。昔話だよ。見上げるほどの大きな人が攻めてくるって話なんだけど」
「ふぅん」
巨人の兵隊…。
そんなのが攻めてきたらどうしよう…。
翔お兄ちゃんでも無理だって言ってるし…。
「心配無用!わたしが術式で吹き飛ばしてあげるから!」
「え?ホント?」
「ホントホント。お姉さんたちに任せなさい」
「わ、わたしも、入ってるの?」
「当たり前じゃない。光の方が得意でしょ?大規模に吹き飛ばすのは」
「そ、そんなこと、ないよ…」
「またまた~。謙遜しちゃって~」
「ひ、響!」
「いったぁ!」
光は響の肩を思いっきり張る。
でも、響が大袈裟に痛がるから、また頭を叩いて。
「なんで頭まで叩くのよ…」
「自分で、分かるでしょ」
「これで結婚出来なくなったら、光のせいだからね!」
「どうぞ、ご勝手に。でも、責任は、取らないからね」
「うぅ…。光のバカ…」
「ふん」
「あ、そうだ。お風呂に行こうよ」
「響の話は急過ぎるな…」
「そんなの、いつもだから、気にしちゃ、ダメだよ」
「そうか…」
「ほら、早く準備して。もう行くよ」
「え、あ、待ってよ!」
響は荷物に手を突っ込んで下着だけを取り出すと、出入口まで走っていく。
そして、早く早くと急かして。
「みんな、洗濯物があるなら、出して。洗わないと、いけないから」
「うん」
「リュウ、大丈夫?ダルいところとか、ない?」
「大丈夫なの」
「じゃあ、もう動いていいかな。一緒に、お風呂、行こ」
「うん!」
「弥生、翔。洗濯物は、ない?」
「あるよ~」
「俺はいいかな…。自分で洗うし…」
「一緒に、洗った方が、効率がいいじゃない」
「いや…」
「積極的だねぇ、光」
「え?何が?」
「気になる男の人の洗濯物を求めるなんて」
一瞬、何のことかと考えた光だったけど、だんだん顔が赤くなっていって。
「えっ、あっ、か、翔っ。そ、そういうことじゃ、ないの!せ、洗濯物が、洗濯しないと!」
「落ち着け、光。分かってるから」
「あっ、うん…」
「自分の洗濯物は自分で洗うから、弥生のを頼むよ」
「うん…」
すっかり落ち込んでしまった光。
大丈夫かな…。
響も出入口の方から戻ってきて、そっと光の肩に手を乗せていた。
やっぱりお風呂には誰もいなくて、貸し切り状態。
昨日も入ったけど、こんな広いお風呂だと…
「ルウェ、走っちゃ、ダメだよ!危ないから!」
「わぁっ!」
「危ない!」
足が滑って、前へつんのめる。
でも、次の瞬間には光がしっかりと受け止めてくれていて。
「だから、言ったでしょ!」
「ごめんなさい…」
「もう…。怪我はない?」
「うん…」
「そう。良かった」
「さすがだねぇ。あの距離を一瞬で、だもんね」
「光お姉ちゃん、すっごく速かったの!」
「うん、速かった!」
「そ、そんなことないよ…」
「名前負けはしてないよね。白龍ってのもあるかもしれないけどさ」
「名前負け…。響は、五月蝿いくらいに、よく響く声だよね」
「誉め言葉と受け取っておきましょうか」
「誉めて、ないよ」
「そういうことは、思ってても言わないのが優しさってものでしょ」
「あんまり誉めると、響は付け上がるから」
「っくし!」
「あぁ、そうだね。早く入ろ」
「うん…」
うぅ…寒い…。
早く温泉に浸かりたいんだぞ…。
今度は転ばないように。
岩で囲っただけの広い湯船まで、慎重に急いで歩いていく。
「一番~」
「あちゃあ、負けたか~」
「やあっ!」
「ルウェ!飛び込まない!」
「うわっ、なんだ!?」
飛び込んだ先、水しぶきが湯気の向こうの影に掛かる。
…誰?
「ん?ルウェか?」
「うん」
「ってことは…」
「あーっ!スケベの翔が女湯にいるよ!」
「翔お兄ちゃん~」
「スケベ?」
「えっ…?」
「バカ言ってんじゃねぇよ!混浴なんだろ!」
「あー、そんなことも書いてあった気がする」
「気がするじゃねぇだろ…。ていうか、響。お前のその手拭いは何のためにあるんだ」
「ん?こうやって頭に乗せるため」
「もっと使い道があるだろ!」
「どんな?」
「…お前には、もう少し恥じらいというものが必要だな」
「恥じらい?あぁ、翔は女の子の裸は嫌い?」
「そうじゃねぇよ。でも、お前も良い年してるんだから、もう少しお淑やかにだな」
「はいはい。そんなの気にするだけ無駄だから。ていうか、そういうのは光の役目だし」
「はぁ…。まったく…」
「ほら、光も早く来なよ。そんなところにいたら風邪引くよ」
「う、うん…」
光は大きな岩の後ろに隠れて、なかなか出てこない。
どうしたのかな…。
「もう!早く来なって!」
「やぁん…」
待ちきれずに響が引っ張ってくる。
光は必死に抵抗するけど、結局ズルズルと引き摺られて。
「恥ずかしがっても仕方ないでしょ。お風呂に入らない気なの?」
「入るけど…」
「言っとくけどね、そこに突っ立ってる方が余計に見られるよ」
「……!」
「いや、見てどうということもないけど…」
「えぇ~。ほら、見てよ。この肌。透き通るみたいに白いでしょ」
「やぁ…。なんで、わたしなのよ…」
「わたしのを見せても仕方ないでしょ。好感度を上げる良い機会なんだから」
「俺の目の前で言ってたら、全く無意味だけどな…」
「そんなことないって。光の肌を見たら、絶対に好きになるって」
「やめてぇ…」
「おいおい…」
嫌がる光を翔お兄ちゃんの前まで無理矢理引っ張っていって。
光は顔を真っ赤にさせて泣いてるし、翔お兄ちゃんは慰めるように光の頭を撫でてるし。
そしてそれを、自分はリュウと弥生と一緒に少し離れたところで見ていた。
…それにしても、響ってすごく強引なんだぞ。
なんだか満足そうに頷いてるけど…。