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「これ、いつ捕ったの?」
「ルウェが寝てる間」
「美味しい」
「うん」
朝ごはんは、カゥタって名前の鳥の肉を焼いたものだった。
初めて見たけど、森にはこんな鳥もいたんだな。
自分が片方の羽根を食べて満腹になってる間に、望は残り全部を食べきっていて。
「カゥタの羽根はね、ちょっとした処理ですごく綺麗な装飾品になるんだよ」
「綺麗?でも、茶色だぞ?」
「まあ、見てて」
そう言って、望はさっきから沸かしてあったお湯の中に羽根を浸した。
すると、羽根はくすんだ灰色になってしまった。
「………」
「あ、疑ってるでしょ」
「うん」
「じゃあ、びっくりして心臓が飛び出さないように、しっかり押さえておいてね」
「…うん」
心臓はどこから飛び出すのかな?
とりあえず、胸のところを押さえておくんだぞ。
「三、二、一…はい!」
勢いよく羽根をお湯から出す。
でも、何もなくて。
「望…?」
「ほらほら。しっかり見てて」
「うん…」
言われた通り、ジッと見詰める。
んー…。
「あっ!」
「ふふふ。どう?」
「すごく綺麗!」
羽根の灰色は、下の方から色が変わっていって、綺麗な青…緑…赤…あれ?
「光の当たり具合によって色が違って見えるでしょ」
「うん!」
「玉虫色とか虹色って言うんだけどね。乾いたら、好きなところに付けたら良いよ」
「うん!ありがと!」
「どういたしまして」
玉虫色…。
すごく綺麗な色…。
明日香が戻ってきて、片付けも済んだあと、次のところへ出発。
どこに行くのかは分からないけど。
森の中をずんずんと進んでいった。
「ほら。これがツゥカル。この草が一番高く売れるんだ」
「なんで?」
「全部が薬になるからね。葉、茎、根。それに、どういうわけか、人間の手で育てられない草なんだよね。自然の力ってやつなのかな。不思議だよね」
「………。あ、うん」
「聞いてなかったでしょ」
「…うん」
「まあ、ルウェにはまだ難しいかな」
「むぅ…」
なぜだか、望はすごく嬉しそうだった。
薬草を見つけては丁寧に教えてくれ、珍しい虫を捕ってきては楽しそうに見せてくれて。
「これがね、ヤク…」
「……?望?」
捕ってきた虫を草むらに投げ込むと、望は腰に差してあった小刀に手を触れる。
「ウゥ…」
「ルウェ、警棒」
「う、うん…」
短い言葉だったけど、何をしないといけないかは分かった。
額当てをもう一度しっかりと締め、警棒を構える。
「明日香」
「………」
「ルウェ。ジッとしてて。動いちゃダメだよ」
「うん…」
でも、何?
何があるの?
望と明日香は、同じ一点を見詰めていた。
「出てきなさい。さもなくば、敵とみなします」
「………」
………。
でも、誰も出てくることはなくて。
望が動き出す。
明日香は、いつでも動けるように準備をして。
「繰り返します。大人しく出て…」
と、見詰めていた場所あたりで、いきなり望が消えてしまった。
「かかれ!」
「おぅ!」「よっしゃ」
「え?え?」
誰かの掛け声と、二人の男。
軽い身のこなしで、一気に近付いてくる。
一人があと数歩のところまで迫ってきたとき、明日香が跳んだ。
「ガゥ!」
「くそっ!ワン公!」
「何やってるん!振り払えや!」
「いてぇ!ち、千切れる!犬じゃねぇ!狼だ!」
「あぁもう!ややこしいもん連れとるなぁ!」
もう一人が助けに入る。
手には小さな刀を持っていて。
「明日香!」
「グァウ!」
「うぐあぁぁ!」
間一髪で身体を捻り、刀をかわす。
その動きで、噛みつかれていた男の腕は大きく裂けて…。
明日香は、次は刀の男の足首に噛みつき、うつ伏せに押し倒す。
「ウゥ…」
「ぐっ…あぁぁ…」
牙が足に食い込んで。
うぅ…。
血が…血が…。
思い出すのは、あのときの葛葉の姿。
血塗れで…。
「明日香!やめて!」
「ウゥ…」
「あっ…がぁ…」
「明日香ぁ!」
もう…もう嫌…。
「明日香。やめなさい」
「………」
「望!」
地面から望が這い上がってきた。
…あの場所に、落とし穴が掘ってあったみたい。
「"治癒"」
「うぅ…」
望は、腕を噛まれた男の傷口に手をかざして、術式を掛ける。
…治癒なんて術式、聞いたことないけど。
でも、血はすぐに止まって。
「あなたも」
「くっ…」
足を噛まれた男にも、術式を掛ける。
さっきと同じように、すぐに血は止まった。
「さあ。目的を話しなさい。あと、もう一人がどこにいるか」
「くそっ…。大誤算や…」
「………」
「痛っ!き、傷が!」
「話さないと、治療はやめます」
「話します話します!」
「………」
「目的は物取り。分かるやろ…。小娘が…ええ気になって…」
「………」
「痛い!すんません!調子乗ってました!」
「余計な言葉はいらないです」
「はぁ…。もう一人はとっくの昔に逃げとるやろ。くそっ。だから、あんなやつと組むんはいらん言うたんや…」
「そうですか。それより、地下牢と獣の餌ならどっちが良いですか?」
「は、はぁ!?」
「獣の餌が好みですか。では、さようなら。ルウェ、行くよ」
「え…あ…うん…」
「お、おい!ちょい待てや!おーい!」
望は、そのまま淡々と歩いていく。
すごく怒ってるみたいだった。
でも、自分はあの人たちが気になって。
「あ、あの…」
「なんじゃい、坊主。笑うんやったら笑えよ。はぁ…。しかし、えげつないな…。治療するだけして…。ホンマ、こんな血生臭いところにおったら獣の餌やで…」
「こ、これ…」
「あぁん?」
「お金…」
「…ふん。いらんわ」
「でも…」
「お前の大切な金やろ。オレらみたいなやつが使える金ちゃう」
「あぅ…」
「ほら。なおせなおせ。それに、はよ行かんと姉ちゃんとはぐれるぞ」
「あ…うん…」
「…でも、ありがとうな。オレらのことは心配いらんから」
「うん…。じゃあね…」
「ああ。またな」
お兄ちゃんは優しく頭を撫でてくれて。
姉さまみたいに優しく。
そして、別れを告げて、望を追いかける。
お兄ちゃんとは、また会えそうな気がするな。
うん、きっと。