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「響は術式が使えるのか」
「まあ、龍だし。適性は高いと思うよ」
「そうか」
「本当は光の方が上手いんだけどね。でも、回廊の術式みたいな、ちまちましたのは苦手なんだよ。もっと、ガツーンと元素式をぶっ放すみたいなのが得意」
「何か、呼んだ?」
「いんや。皿洗い頑張って~」
「もう…。響も、手伝ってくれたら、いいのに…」
「俺が手伝うよ」
「えっ、あ、ありがと…」
翔お兄ちゃんは席を立って、流しのところまで歩いていく。
光の隣に立つとニッコリと笑って。
「それじゃ、皿洗いはあの二人に任せますか~」
「響お姉ちゃんは行かないの?」
「行かな~い」
「もう、響!」
「わたしはリュウの相手をしてるから、安心して皿洗いに専念しなよ」
「何、言ってるの!」
「まあまあ。抑えて抑えて」
「響!」
「ははは。大変だな、光は」
「ホント、そうだよ…」
「まあとにかく、早く終わらせよう。次の皿洗いは響に任せたらいいじゃないか」
「あー、ダメダメ。わたしが皿を洗ったら、汚いって怒られるし」
「ちゃんと、洗わないからでしょ」
「洗ってるよ。それなりに」
「ちゃんと、洗いなさい!」
「気が向いたらね」
「………」
「あはは。怒んないの。そんな顔してたら、翔に嫌われるよ」
「ひ、響!」
光はまた赤い顔をして。
それを見て、翔お兄ちゃんはイタズラっぽく笑っていた。
「さて、早く済ませようか」
「う、うん…」
二人は、またお皿洗いに取り掛かる。
それを確認すると、響はこっちを向いて。
「弥生。翔ってさ、いつもあんなかんじ?」
「うん」
「ふぅん」
「それがどうしたの?」
「どうもしないけどさ。光のお婿さんになるかもしれないんだから、変なのだと困るでしょ」
「兄ちゃんは、充分変だと思うよ」
「そうなの?」
「うん。暇があれば、一日中自動三輪を触ってるし、何かにつけて部品を欲しがるし…」
「あー、男の人ってそうだよね~。でも、わたしは分からないでもないかな。自動三輪をいじってるっていうのは、要するに趣味に没頭してるってことでしょ?一所懸命になれることがあるっていうのは、良いことだと思うよ」
「そうかな…」
「そうだよ」
弥生は、それでも納得出来ないというようなかんじで。
一所懸命になれること…。
自分は…何だろう…。
「あ、そうだ」
「ん?」
「自動三輪って何なんだ?」
「そっか。ルウェは知らないんだ」
「わたしも知らないの」
「あれ?そんなに普及してないのかな…」
「兄ちゃんが、北では結構見られるけど、この辺はあんまりないんだって言ってたよ」
「ふぅん。北だけかぁ」
「響お姉ちゃんも、北から来たの?」
「うーん…。北からと言えば北からだし、違うと言えば違うんだよね」
「……?」
「北にいた記憶はあるんだ。でも、記憶だけ」
「そんなことってあるのか?」
「んー。どうかな。赤ちゃんのときにいたのかもね~。わたし、生まれてすぐくらいに孤児になったみたいだから、どこで生まれたとか誰が親だとか、そういうことは分からないんだ」
「そっか」
自分も分からない。
響と同じなんだぞ。
「光も孤児なんだけどね。美希お姉ちゃんに会うまでは、一緒の孤児院にいたんだ」
「私と兄ちゃんも孤児だよ。古いお寺でお世話になってたんだけど、兄ちゃんがどこかで自動三輪を拾ってきてから、旅に出たんだ」
「へぇ~。もしかして、ルウェとリュウも孤児だったりするの?」
「うん」「そうだよ」
「なぁんだ。それじゃ、ここにいるみんなが孤児なんだね」
「うん」
「なんか不思議だね。みんな同じ過去を持ってて、今はこうやって旅をしてる。それで今日、ここに集まってる」
「不思議なのか?」
「ルウェは、不思議だと思わない?」
「…思うんだぞ」
「でしょ~」
響は頭を撫でてくれて。
…不思議。
もしも望が体調を崩してなければ、もしもベラニクに来なければ、もしもヤマトでリュウに会わなければ…。
もしもあの日、ヤゥトから旅立たなかったら。
今、こんな風に頭を撫でてもらってなかった。
みんなに会ってなかった。
不思議。
全部がこうなるように決まってたみたいに。
約束してたみたいに。
でも、決まってはいない。
自分が決めた道。
歩いてきた道。
ううん。
道は自分が歩いたあとに出来るんだ。
「みんなが助けてくれるもんね。前が見えなくても怖くない」
「うん」
「……?何の話?」
「秘密。二人の内緒だもんね」
「うん」
「えぇ…。気になるなぁ…」
「皿洗い、終わったよ」
「うむ。ご苦労であった」
「もう…。なんで、響が、えらそうに、してるのよ…」
「まあまあ。ほら、お茶菓子でも食べてゆっくりしなよ。お茶はわたしが淹れるからさ」
「うん、ありがと。でも、皿洗いは、代わってあげないからね」
「えぇ~…。そんなのってないよ~…」
「ほら。早く、お茶。喉、渇いちゃった」
「人使いがあらいなぁ…」
「もともと、響が、言ったことでしょ。責任持って、淹れてよね」
「はぁい…」
響はガックリとうなだれて、流しの方へ向かう。
…何かを言うときには、ちゃんといろいろ考えてから言わないといけないんだぞ。
自分も、注意しないと…。