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「お腹空かない?」
「あ、いえ…」
「いつまで固くなってるのよ。ほら、ゆったりして」
「響が、ゆったりしすぎなの。翔、弥生ちゃん、ごめんね」
「いや…俺は良いけど…」
「………」
「弥生」
「あ、あぁ…。えっと、そうですね…」
「弥生は緊張しすぎだね」
響は弥生の頬をつまんで、グニグニと動かしてみる。
でも、弥生は余計に固まるばっかりで。
「響。そんなことしちゃ、可哀想でしょ」
「だって、全然笑ってくんないんだもん」
「響のことが、怖いんだよ」
「えぇ~。そんなことないよね?」
「え、あ…。はい…」
「そんな質問をして、思ってることを、答えられるわけが、ないじゃない」
「そうなの?」
「………」
「ありゃりゃ」
「響…だっけ。部屋に戻ってもいいか?荷物も置きたいし」
「ん?ここで泊まるんじゃないの?」
「こんな、五月蝿い人がいたら、寝られないでしょ」
「だってさ、リュウ」
「わたしは一言も喋ってないの」
「そうだっけ?」
「喋ってるのは、響だけだよ」
「光だって喋ってるじゃない」
「わたしは、響が、バカなことばかり言うから、後処理をしてあげてるんでしょ」
「喋ってるのには変わりないじゃない」
「減らず口ばっかり、叩かないの!」
「ほいほい。分かりましたよ~だ」
ヒラヒラと手を振ると、翔お兄ちゃんと弥生に背を向けるように、横向きに寝転がって。
そして、翼を少しパタパタさせる。
「じゃあ、翔、弥生ちゃん。部屋は、どこ?」
「四〇三だ」
「えっと、ここが、四〇五だから…隣だね」
「なんで隣なんだ?隣は四〇四じゃないのか?」
「そうだな。じゃあ、チビも一緒に来るか?」
「自分は、チビって名前じゃないんだぞ。ルウェって名前!」
「あぁ、ごめんな。じゃあ、ルウェ、弥生。行こうか」
「行ってらっしゃい」
「すぐに、お昼ごはんだから、荷物を置いたら、すぐに、帰ってきてね」
「分かった」
翔お兄ちゃんは荷物を持つと、弥生の背中を叩く。
すると、かなりびっくりしたみたいで、尻尾をピンと立てていた。
弥生はあたふたと荷物を取ると、一度お辞儀をして一目散に部屋を出ていった。
「…ごめんな。いつもはもっと愛想良いんだけど。人見知りが激しくて」
「大丈夫大丈夫。気にしてないって」
「そうだね」
「ちょっとずつ、仲良くなっていけばいいの」
「ああ。よろしく頼むよ」
そして、翔お兄ちゃんも部屋を出る。
自分もついていって。
「よし。ほら、見てみろ。ここが四〇五。で、隣が四〇三」
「ホントだ…」
「四っていうのは、不吉なものを連想させるから、こういう旅館とかでは避けられるんだ。まあ、階数を誤魔化すわけにはいかねぇから、四階は四階だけどな」
「ふぅん」
「よし。じゃあ、先に戻っててくれ。すぐに行くから」
「うん」
翔お兄ちゃんに言われたまま、部屋に戻る。
部屋では響と光が話していて。
「翔って、格好いいよね…」
「光は、ああいうのが好みなの?」
「えっ、あ、そういうんじゃなくて…」
「あぁ、歳上が好きなの?」
「違うよ!」
「まあ、良いんじゃない?犬は何に対しても誠実だって聞くしね~」
「何の話なんだ?」
「光の恋の話。一目惚れササニシキなんて、翔もニクい男だねぇ」
「だから、違うって!」
光は顔を真っ赤にさせて。
それを見て、響はニヤニヤしている。
「わたしも、翔お兄ちゃんは格好いいと思うの」
「そ、そうだよね!」
「あちゃあ。恋敵が増えちゃったか」
「だから、違うって!」
「そんなに顔を赤くさせながら言っても説得力がないよ」
「赤くない!」
必死に否定するけど、やっぱり赤いんだぞ。
翔お兄ちゃんのことが、ホントに好きなのかな。
「あ、そういやあの子がいないね。名前、なんて言ったっけ」
「まだ聞いてなかったと思うの」
「あれ?そうだっけ」
「あの子ってのは、こいつのことか」
(うぅ…。離せ~!)
翔お兄ちゃんが、さっきの龍を連れて部屋に戻ってきた。
翼を握られてるから、その子も身動きが取れないみたい。
「弥生も早く入れよ」
「うん…」
「そ、それじゃあ、わたし、お昼ごはんの用意を、してくるね」
「行ってらっしゃ~い」
「そうか。ここは自給形式なのか。厨房はどこなんだ?一緒に行くよ」
「え、あ…」
「あそこのちっちゃい建物だよ。お二人でごゆっくり~」
「どうせ、料理は、ここまで運べないんだから、みんなで一緒に行こうよ…」
「そうだな。その方が効率も良いし」
「でも、リュウは動けないんだぞ」
「なるほど…。そうか…」
「わたしは大丈夫なの。みんなで先に食べてきて」
「そうはいくかよ。ほら」
「わわっ!?」
翔お兄ちゃんは掛け布団でリュウをくるむと、一気に担ぎ上げて。
…すごい力持ちなんだぞ。
「さあ、行こうか」
「か、翔お兄ちゃん…」
「よ~し、出発~!」
「………」「………」
(わたしも~)
「お昼ごはんなんだぞ!」
そして、みんなで部屋を出て厨房へ。
光は弥生と一緒に俯きながら一番最後について。
「ほら、二人とも。もっと前に来なよ!」
「………」「………」
「んー。ダメだなぁ」
「光は、地があんなかんじなのか?」
「いや、さっきの明るいかんじが地だよ。でも、今は翔のことを意識してるみたいだから」
「ふぅん…って、俺?」
「そうそう」
「響お姉ちゃん…。そういう秘密はあまり喋らない方が良いと思うの…」
「ふぅん」
「…光も大変なんだな、いろいろと」
「で、どうなのよ。翔は」
「んー。まだ分からないってのが一番合ってるかな。でも、響よりは良いってのは確かだ」
「そりゃね~…って、どういう意味よ!」
「はは、冗談だよ」
空いてる方の手で、響の頭を軽く叩く。
響も、わざとらしく頬を膨らませて。
…なんだか、光よりもずっと仲が良さそうなんだぞ。
リュウも、同じ意見みたい。
そして、光と弥生は相変わらず後ろの方を歩いていて。