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「響。あんまり急ぐと、喉に、詰めるよ」
「ん」
「よく食べるねぇ。たくさん作っておいてよかったよ」
「成長期ですから」
「はは、そうだね」
響はご飯をお味噌汁で流し込むと、箸をクルリと回してお椀を光に渡す。
すると、光はムッとした顔をして響の頭をはたいた。
「いったぁ~…」
「もう!目の前に、あるんだから、自分で、入れなさいよ!」
「むぅ…。光のケチ」
「ケチで、結構。わたしは、響のお母さんじゃ、ないんだよ」
「じゃあ、なんなの?」
「えっ…それは…」
「響のお姉ちゃんなんだぞ」
「あー、そうだね。お姉ちゃん。ねぇ、お姉ちゃん。お代わり」
「自分で、入れなさい」
「妹が可愛くないの?」
「こんな妹なら、いらない」
「えぇ…。お姉ちゃんに見捨てられた…」
「ははは。じゃあ、お母さんが入れてあげようかね」
「ありがとうございま~す」
「もう…。すみません」
「いいのいいの。久しぶりに娘とごはんを食べてるみたいで嬉しいよ」
「娘さんが、いるんですか?」
「ああ。今はルイカミナにいるけどね。ほら、ご飯だよ」
「ありがとうございます。で、どんな人なんですか?」
「私に似て美人だねぇ」
「へぇ。あんまり期待出来ませんね」
「ひ、響!」
「はは、そりゃそうだね。私に似てたらダメだ。でも、美人なのは本当だよ。親の欲目を差し引いてもね」
「名前はなんていうんだ?」
「茜。ルイカミナ自警団の第一部隊隊長なんだよ」
「第一部隊ですか。すごいですね。精鋭中の精鋭しか入れないって聞きますけど」
「そうらしいね。昔から、腕っぷしだけは強かったから」
「いや、腕っぷしだけでは入られないと思いますよ」
「そうかねぇ。まあ、あんまり危険な仕事はしてほしくないってのが実際のところだね。結婚もまだなのに…」
「今、何歳なんですか?」
「私は四十二だよ」
「いや、そうじゃなくて…」
「ははは。茜は今年で二十歳。二十にしちゃ、ポワポワしてるけどね」
「ポワポワ…」
「そうね。リュウみたいなかんじね」
「わたしは、ポワポワなんてしてないの」
「おっと、これは失礼したわね」
「むぅ…」
「ははは」
おばちゃんは、リュウの頭を撫でながら大笑いする。
楽しそうに、寂しそうに。
真っ暗な夜道。
星がキラキラ輝いてて、とても綺麗。
「はぁ~、お腹いっぱい」
「響は、食べ過ぎ」
「光お姉ちゃんも、いっぱい食べてたの」
「そうそう。他人のこと、言えないよ?」
「そ、そんなこと、ないもん…」
「ふぁ…。眠たいんだぞ…」
「そうだね。早く宿に戻ろっか」
「うん…」
お腹いっぱいになったら眠たくなってきた…。
欠伸が止まらないんだぞ…。
「それにしても、望お姉ちゃんはどうなったのかな。誰も何も報告してくんないし」
「そうだね…。心配だね…」
「こっそりさ、様子を見に行ってみる?」
「ダメだよ!それで、響も、倒れちゃったら、どうするのよ!」
「ご、ごめん…」
「大丈夫になったら、また、連絡があると思う。そのときまで、我慢しよ?」
「うん…」
「でも、やっぱり心配なの…」
「それは…そうだけど…」
望…。
早く元気になってほしいんだぞ…。
また、望と一緒に旅をしたい…。
だから…。
フカフカの布団は羽根みたいに軽くて、身体に巻きつけなくても暖かかった。
「でも、毛布もあんまりきっちり巻きつけない方がいいよ。毛布と身体の間にある空気が温度を保ってくれるから。その前に、苦しいしね」
「ふぅん」
「まあ、硬い毛布では、羽毛布団には勝てないけどね」
「そうなの?」
「うん。ていうか、この布団は羽毛だよ」
「羽根が入ってるのか?」
「そうそう。フワフワでしょ?」
「うん」
「ねぇ、光。何の羽根を入れるんだっけ?」
「………」
「光?」
「………」
「ありゃりゃ。寝ちゃってるね。疲れたのかな。やけに張り切ってたし」
「リュウも寝てるんだぞ」
「なんだ。じゃあ、わたしたちしか起きてないんだね」
「うん」
「そういや、ルウェも眠いって言ってたよね。目、冴えちゃった?」
「うん」
「あるよね。猛烈に眠たかったのに、布団に入ったら目が冴えるんだよね~」
「響も眠られないのか?」
「そうね…。ルウェが眠たくなるまで起きててあげるよ」
「じゃあ、早く寝ないと…」
「いいよいいよ。無理に寝ようとしたら、余計に目が覚めるでしょ?」
「うん…。でも…」
「大丈夫だよ。わたしはルウェのお姉ちゃんだからね」
「…うん」
そっと頭を撫でてくれた。
嬉しくて手を伸ばすと、しっかり握ってくれて。
「…ねぇ」
「ん?」
「一緒に寝ていい?」
「ふふふ。甘えん坊さんだね。いいよ。こっちに来なよ」
「うん」
布団の中に入ると、響は少し後ろに退がって場所を空けてくれた。
「あったかい…」
「そうだね」
「響」
「ん?」
「えへへ。なんでもないんだぞ」
「そっか」
「ん~」
良い匂い…。
姉さまや葛葉と同じ匂いがする…。
お姉ちゃんの匂い…。
「眠れ我が子よ 今日をいだいて
眠れ我が子よ 明日を夢見て
今日が昨日より良い日なら 明日はもっと良い日になる
今日が昨日より悪い日なら 明日はきっと良い日だから
眠れ我が子よ 翼を広げ
光り輝く 明日へ羽ばたこう」
澄んだ歌声は、闇の中でいつまでも響き渡っていた。