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「なんもない村でねぇ。ごめんよ」

「いえいえ」

「あの宿のお客さん?」

「はい」

「大変ねぇ。お姉ちゃん、病気なんだって?」

「え?なんで知ってるんだ?」

「村の情報網をナメちゃいけないよ。噂なんてあっという間に広がるんだから」

「ふぅん」


村の情報網…。

自分がおねしょしたとき、みんなが知ってたのもそうなのかな…。

あのときは、すっごく恥ずかしかったんだぞ…。


「あの。夕飯は、こちらでって、聞いたんですが…」

「そうだよ。うちはねぇ、村全体でお客さんを受け入れるってのが信念なのさ。その割には何もないけどね」

「いえ。わたしの、故郷も、こういう山村だったので、すごく落ち着きます」

「へぇ。そうなのかい。それじゃあ、ここを第二の故郷だと思って、ゆっくり羽根を伸ばせばいいさ。まあ、あんたたちは翼だけどね」

「はい」

「そういえば、みんな龍だね。こんなに龍が集合するのも珍しいねぇ」

「そうなの?」

「ああ。それに、みんな違う色ってのはさらに珍しいね」

「白、黒、赤、蒼なんだぞ」

「ふふ、そうだね」


おばちゃんは頭を優しく撫でてくれた。

囲炉裏の火が、チロチロと揺れていて。


「そうだ。あんたたち、だんと太鼓は食べた?」

「だんと太鼓って?」

「部屋に置いてあったお菓子でしょ。包装紙に書いてあったよ」

「そうそう。餡子を焼いたお菓子。いちおう、この村の名物なんだよ」

「へぇ~。美味しかったんだぞ」

「うん。お茶が美味しく飲めたの」

「お茶!渋い趣味だねぇ」

「桐華お姉ちゃんがね、よく淹れてくれるの」

「桐華お姉ちゃん?桐華っていうと、旅団天照の?」

「うん」

「あら大変。今日の朝方に発っちゃったわ。ルイカミナに向かってるみたいだったけど…」

「うん。いいの。今はルウェたちと旅をしてるし、それに、ヤーリェといろはお姉ちゃんも待たないといけないの」

「そう。ならいいの。早馬を出さないといけないかと思ったわ」

「ハヤウマ?」

「普通は緊急伝令用の馬を指すんだけど、急ぎの用がある人のために走らせる馬のことも言うわねぇ。うちの村には自慢の駿馬がいるのよ。間に合わない用事はないわ」

「へぇ~。すごいですね」

「今は、どこに、いるんですか?」

「今は川の方に下りてると思うよ。でも、地元民でないと下りるのはきついかな。谷風も結構強いしねぇ」

「じゃあ、戻ってくるのを待って会った方がいいですね」

「そうだね。まあ、夕飯までには帰ってくるよ」


シュンメって、どんな馬なのかな。

ヤゥトには馬はいなかったから楽しみなんだぞ。


「そうそう。部屋はどうだった?良かったでしょ?」

「はい。畳も、綺麗だし、きっちり、掃除もしてあって」

「旅の宿って汚いところが多いもんね~」

「えっ、そうなの?」

「はい。宿賃が安い代わりに、雇ってる人も少ないんです。だから、掃除も行き届かないってところも多いんですよ」

「へぇ~。知らなかったねぇ」

「木賃宿にもなると、ほとんどボロ屋ですね。ホントに寝る場所の提供ってくらいで」

「山ん中では分からないことばっかりだねぇ。木賃宿?初めて聞いたよ」

「旅人さんとはお話しないの?」

「するよ。するけど、ここに泊まってくのは旅団が多いからね。あんたたちみたいな、少数で泊まりにくる人は少ないんだよ。温泉はタダだから、通りがけに入っていくってくらいかねぇ」

「ふぅん」

「旅団は各地に自分の宿を持ってるからね。特に三大旅団ともなると、かなり大きい宿を持ってるって聞くわね」

「うん。すっごく大きいの」

「旅団天照の宿ねぇ。一度でいいから見てみたいよ」

「クーア旅団の宿もおっきいんだぞ」

「クーア旅団?あぁ、そういえばルウェはクーア旅団の腕輪をしてるわねぇ」

「うん。お姉ちゃんに貰ったんだ」

「へぇ、お姉ちゃん。誰かしらねぇ」

「タルニアお姉ちゃん!」

「タルニア?んー、そんな子いたかしら…?」

「クーア旅団の団長なんだぞ!」

「あぁ、謎の団長さん。ルウェは団長さんに会ったことがあるの?」

「うん。優しいお姉ちゃんなんだぞ」

「そう。クーア旅団の団長さんも女の子だったのね。意外だわ」

「そうなんですか?」

「ガッチリしたかんじのおじさまが仕切ってるって噂が有力だったからね」

「わたしは、すごく格好いい、お兄さまだって、聞いてました」

「それは、クノお兄ちゃんなんだぞ」

「クノお兄ちゃん?」

「あぁ、クノさんね。あれは格好いいわね。おばさんも、あと十歳若かったら求婚するんだけどねぇ。ホントに惜しいことしたわぁ」

「そ、そんなに、格好いいんですか?」

「あ、光。何か期待しちゃってるの?」

「そんなことない!けど…」

「ふふふ。格好いいけどね、あの子はダメよ」

「な、なんで、ですか?」

「あの子には好きな人がいるのよ」

「えっ、誰ですか?」

「さぁね。それは分からないよ。でも、あれは確実にいるわ」

「うん。クノお兄ちゃんは、お姉ちゃんのことが好きなんだぞ」

「へぇ~。団長さんが」

「あちゃあ。残念だったね、光。勝ち目はないよ」

「だから、そんなんじゃ、ないって!」


光は顔を真っ赤にさせて、響を睨んでいた。

…でも、クノお兄ちゃんはお姉ちゃんじゃないとダメなんだぞ。

きっと。

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